『人びとを中心にすえ、パンデミックに打ち勝つ』 UNAIDSが2025ターゲット発表 エイズと社会ウェブ版532

 寒さが一段と身に沁みます。もう世界エイズデー(12月1日)は過ぎてしまいましたね。遅くなって恐縮ですが、その世界エイズデーに先立ち、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が11月26日、新たな報告書『人びとを中心にすえ、パンデミックに打ち勝つ』を公表しました。公式サイトのプレスリリースはこちらです。

www.unaids.org

 UNAIDSは毎年7月と11月に総括的なレポートを発表しています。7月の報告書にはその前年末までの推計データが紹介されているので、その数字をもとにして、いま世界は、そして各地域や各国のHIV/エイズをめぐる状況は、こうなっているのかということが推測できます。

 そこから半年もしないうちに出てくる11月の報告書は何を中心にするのか。作成を担当する方は、毎年のことなので、かなり頭を悩ませるのではないでしょうか。

 その点、今年は話題に事欠かない年でもありました。まず、新型コロナウイルス感染症COVID-19がもたらす影響は、7月公表のデータ(昨年末現在)には反映できません。今回の報告書では、まだ途中経過ではありますが、その影響が予想以上に大きくなること、対応にHIV/エイズの経験が大いに役立てられる(実際に役立っている)ことなどが盛り込まれています。

 もう一つ、そのCOVID-19の影響も踏まえたうえでの話ですが、今回の報告書では、2030年に(公衆衛生上の脅威としての)エイズ終結を目指すという国際社会の共通目標達成に向けて、2025年までに目指すべきターゲット(中間目標)が明らかにされました。この点が実は、報告書の最大の注目点でしょうね。

 

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 これまでの中間目標は、2020年末にケアカスケードの90-90-90ターゲットを高速対応で達成することでした。しかし、もう2020年の終わりも目前に迫っています。いままでのように「相当、がんばらないと90-90-90は達成できなくなっちゃうぞ」とはっぱをかける時期は過ぎてしまいました。

 こういうときには、健闘はしたものの、残念ながら目標は達成できませんでしたということをあっさりと認め、新たにより高次の目標を設定することで、目先を変える手法がよく取られます。

 締め切りまで決めて野心的な目標を掲げることは、大きな成果を上げる原動力にはなるものの、目標が野心的なだけに、なかなか最初の計画通りにはいきません。

 しかし、締め切りが来たからといって、試合が終了するわけでもありません。

 HIV/エイズの流行はそれでも続いています。もちろん、90-90-90ターゲットも締め切りが過ぎたからもうなしにしようというわけではなく、その指標の達成は引き続き追求しつつ、じゃあ、これからどうしたらいいのかということは実は3年ぐらい前から様々な関係分野の専門家や当事者による委員会で検討し(ということは3年ぐらい前から2020年の高速対応達成は難しいぞと思っていたということでもありますが)、新たな2025年ターゲットが作成されました。

 プレスリリースでは、次のように説明されています。

 『これらのターゲットは、HIVおよび性と生殖に関する健康サービスの普及を重視し、あわせて懲罰的な法律や政策の撤廃、スティグマと差別の解消に焦点を当てています。それは人びとを中心にすえたターゲットです』

 そして、そうした考え方に基づく、6つの95%、3つの10%未満などの指標も示されています。90-90-90より複雑になっている印象もありますが、社会的な課題に果敢に踏み込み、より具体的な成果を積み上げていきたいということなのでしょうね。

 プレスリリースだけでは、2025ターゲットそのものの説明には不十分な印象もあります。報告書冒頭の要旨部分、および関連して発表されている2025ターゲットの具体的説明についても、日本語仮訳の作成作業を進めているので、少し時間がかかるかもしれませんが、いましばしお待ちください。

 以下プレスリリースの日本語仮訳です。とりあえずご覧ください。

 

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UNAIDSが世界的な行動の強化を各国に呼びかけ、2025年に向けた大胆なHIV対策の新目標を提案

 COVID-19の流行でエイズ対策はさらに軌道を外れ、2020年ターゲットは達成できなかった。UNAIDSは各国に対し、健康への過少投資が招いたこの苦い教訓から学び、エイズおよび他のパンデミック終結に向けて世界的な行動を強化するよう求めている 

 

ジュネーブ 2020年11月26日  UNAIDSは新たに発表した報告書『人びとを中心に据え、パンデミックに打ち勝つ』の中で、世界的なパンデミック対策への投資を思い切って増やし、大胆で野心的ではあるが達成可能なHIVターゲットを採用するよう各国に呼びかけています。こうした目標が達成できれば、世界は2030年までに公衆衛生上の脅威としてのエイズ終結に向けた軌道に戻るでしょう。

 世界的なエイズ対策はCOVID-19パンデミックの前から軌道を外れていたとはいえ、コロナウイルスの急速な拡大がさらなる後退を強いることになりました。COVID-19パンデミックHIV対策にもたらす長期的な影響の数理モデルによると、2020年から2022年の間に推定12万3000~29万3000件のHIV新規感染が増え、エイズ関連の死者は6万9000~14万8000人増えるおそれがあることが示されています。

 「人権を重視し、人々を中心とした包括的なHIV対策への投資が十分になされなければ、その代償は恐るべきものになります」とUNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長は述べています。「政治的にお気に入りのプログラムばかり実施していても、COVID-19の流行を抑えたり、エイズ終結を果たしたりすることはできません。世界規模で対策を軌道に戻すには、人びとを最優先し、流行の拡大を助長している不平等に取り組まなければならないのです」

 

軌道に戻る新たなターゲット

 サハラ以南のアフリカでは、ボツワナエスワティニのように目覚ましい成果をあげ、2020年ターゲットを達成し、上回っている国もあるのですが、大きく後れをとっている国の方が多くなっています。高い成果をあげた国は、他の人びとにたどるべき道を切り開いています。 UNAIDSはパートナーと協力してこうした教訓を生かし、人びと中心のアプローチによる2025年ターゲットを提案します。

 これらのターゲットは、HIVおよび性と生殖に関する健康サービスの普及を重視し、あわせて懲罰的な法律や政策の撤廃、スティグマと差別の解消に焦点を当てています。それは人びとを中心にすえたターゲットです。とりわけ、最も高いリスクに曝され、取り残されがちな若い女性と少女、思春期の若者、セックスワーカートランスジェンダーの人たち、注射薬物使用者、ゲイ男性など男性とセックスをする男性といったひとたちを中心にしています。

HIVサービスの新たな提供目標は、HIV陽性者やHIV感染のリスクが高くなっている集団に対し95%の普及率達成を目ざしています。人を中心にしたアプローチを取り、感染が集中しているところに焦点を当てることで、各国は流行を制御しやすくなるでしょう。

2025年ターゲットはまた、効果的なHIV対策を進められる環境を確保し、差別禁止に向けた野心的な目標を含めるよう求めています。その目標には、懲罰的な法律と政策がある国を10%未満に減らし、HIV陽性者やHIVに影響を受けている人たちのスティグマと差別の経験を10%未満に減らし、 ジェンダーの不平等と暴力の経験を10%未満に減らすことが含まれています。

 

パンデミックに打ち勝つ

HIVや他のパンデミックに対する投資と行動が不十分だったことから、世界はCOVID-19の流行にさらされています。医療制度と社会のセーフティネットがもっと強力だったら、世界はCOVID-19の感染拡大を遅らせ、影響にも耐えることができたでしょう。保健への投資が命を救うだけでなく、強い経済的基盤を提供することもCOVID-19の流行は示しています。保健とHIVプログラムには、平時においても経済の危機にあっても、十分な資金が確保されなければなりません。

パンデミックを単独で打ち負かすことができる国はどこにもありません」とビヤニマ事務局長は語っています。「これほど大きな規模の課題に対しては、グローバルな連帯を築き、共有の責任を引き受けて、誰も取り残さないように動かなければ克服できません。そのためには負担を共有し、協力しなければならないのです」

 希望が持てる動きもあります。HIV対策が培ってきたリーダーシップと社会基盤、そして教訓は、COVID-19との闘いに活用されているのです。この非常事態においても、HIV対策の経験がサービスの継続に役立っています。コミュニティによるCOVID-19への対応は、力を合わせれば何が達成できるのかを示しています。

 また、途上国では治療を待ちながら何百万という人たちが亡くなっていったというHIV対策の過ちからも、世界は学ばなければなりません。いまなお1200万人以上のHIV陽性者が治療を受けられずにいます。2019年には170万人が新たにHIVに感染しました。不可欠なHIVサービスを利用できなかったからです。

健康に対する権利はすべての人のものです。UNAIDSがCOVID-19に対し、人びとのワクチンを中心になって支持しているのもそのためです。有望なCOVID-19ワクチンの候補が登場していますが、ワクチンを受けるのは金持ちの特権ではないということを確認する必要があります。したがって、UNAIDSとパートナーは製薬会社に対して、技術とノウハウを公開し共有できるようにすること、そして知的財産権を放棄して、世界中のすべての人をまもるために必要なワクチンを大規模かつ迅速に生産できるようにすることを求めています。

 

 

 

UNAIDS calls on countries to step up global action and proposes bold new HIV targets for 2025

As COVID-19 pushes the AIDS response even further off track and the 2020 targets are missed, UNAIDS is urging countries to learn from the lessons of underinvesting in health and to step up global action to end AIDS and other pandemics

 

GENEVA, 26 November 2020—In a new report, Prevailing against pandemics by putting people at the centre, UNAIDS is calling on countries to make far greater investments in global pandemic responses and adopt a new set of bold, ambitious but achievable HIV targets. If those targets are met, the world will be back on track to ending AIDS as a public health threat by 2030.

The global AIDS response was off track before the COVID-19 pandemic hit, but the rapid spread of the coronavirus has created additional setbacks. Modelling of the pandemic’s long-term impact on the HIV response shows that there could be an estimated 123 000 to 293 000 additional new HIV infections and 69 000 to 148 000 additional AIDS-related deaths between 2020 and 2022.

“The collective failure to invest sufficiently in comprehensive, rights-based, people-centred HIV responses has come at a terrible price,” said Winnie Byanyima, Executive Director of UNAIDS. “Implementing just the most politically palatable programmes will not turn the tide against COVID-19 or end AIDS. To get the global response back on track will require putting people first and tackling the inequalities on which epidemics thrive.”

 

New targets for getting back on track

Although some countries in sub-Saharan Africa, such as Botswana and Eswatini, have done remarkably well and have achieved or even exceeded the targets set for 2020, many more countries are falling way behind. The high-performing countries have created a path for others to follow. UNAIDS has worked with its partners to distil those lessons into a set of proposed targets for 2025 that take a people-centred approach.

The targets focus on a high coverage of HIV and reproductive and sexual health services together with the removal of punitive laws and policies and on reducing stigma and discrimination. They put people at the centre, especially the people most at risk and the marginalized—young women and girls, adolescents, sex workers, transgender people, people who inject drugs and gay men and other men who have sex with men.

New HIV service delivery targets aim at achieving a 95% coverage for each sub-population of people living with and at increased risk of HIV. By taking a person-centred approach and focusing on the hotspots, countries will be better placed to control their epidemics.

The 2025 targets also require ensuring a conducive environment for an effective HIV response and include ambitious antidiscrimination targets so that less than 10% of countries have punitive laws and policies, less than 10% of people living with and affected by HIV experience stigma and discrimination and less than 10% experience gender inequality and violence.

 

Prevailing against pandemics

Insufficient investment and action on HIV and other pandemics left the world exposed to COVID-19. Had health systems and social safety nets been even stronger, the world would have been better positioned to slow the spread of COVID-19 and withstand its impact. COVID-19 has shown that investments in health save lives but also provide a foundation for strong economies. Health and HIV programmes must be fully funded, both in times of plenty and in times of economic crisis.

“No country can defeat these pandemics on its own,” said Ms Byanyima. “A challenge of this magnitude can only be defeated by forging global solidarity, accepting a shared responsibility and mobilizing a response that leaves no one behind. We can do this by sharing the load and working together.”

There are bright spots: the leadership, infrastructure and lessons of the HIV response are being leveraged to fight COVID-19. The HIV response has helped to ensure the continuity of services in the face of extraordinary challenges. The response by communities against COVID-19 has shown what can be achieved by working together.

In addition, the world must learn from the mistakes of the HIV response, when millions in developing countries died waiting for treatment. Even today, more than 12 million people still do not have access to HIV treatment and 1.7 million people became infected with HIV in 2019 because they did not have access to essential HIV services.

 

Everyone has a right to health, which is why UNAIDS has been a leading advocate for a People’s Vaccine against COVID-19. Promising COVID-19 vaccines are emerging, but we must ensure that they are not the privilege of the rich. Therefore, UNAIDS and partners are calling on pharmaceutical companies to openly share their technology and know-how and to wave their intellectual property rights so that the world can produce successful vaccines at the huge scale and speed required to protect everyone.