《国際的にも国内でも、2023年は厳しい試練に見舞われ続けた1年でした。それでも、というか、だからこそ、希望の光はあることを願いつつ、新しい年を迎えたい。HIV/エイズとその関連分野はどうだったのでしょうか》
TOP-HAT News 第184号(2023年12月)です。
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TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)
第184号(2023年12月)
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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部
◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆
1 はじめに 試練の2023年を振り返る
2 国内におけるHIV感染報告の顕著な減少
3 COVID-19の緊急事態宣言解除
4 スティグマと差別への対応
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1 はじめに 試練の2023年を振り返る
国際的にも国内でも、2023年は厳しい試練に見舞われ続けた1年でした。それでも、というか、だからこそ、希望の光はあることを願いつつ、新しい年を迎えたい。HIV/エイズとその関連分野はどうだったのでしょうか。
・国内におけるHIV感染報告の顕著な減少
・COVID-19の緊急事態宣言解除
・スティグマと差別への対応
上記3点に着目して、この1年を振り返りましょう。
2 国内におけるHIV感染報告の顕著な減少
厚労省のエイズ動向委員会は8月18日、国内における2022年の新規HIV感染者・エイズ患者報告数の年間確定値を発表しました。
新規HIV感染者・エイズ患者報告の合計は884件です。
過去に遡ると、2000年の789件に次いで過去22年間で2番目に少ない報告数になっています。翌2001年は953件でした。つまり2022年は、21世紀に入って最も感染報告が少なかった年となります。
年間の報告数が最も多かったのは2013年の1590件で、その後も2016年までは1400件以上でした。2017年(1389件)以降は減少傾向がはっきり示されています。
一方で、2020年には新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行に影響を受け、HIV検査件数も大幅に減少しました。それが報告減にどこまで影響しているのか、把握しきれない面もあります。引き続き今後の推移に注視する必要はありそうです。
減少の要因は、治療の進歩がもたらす予防面での効果がしばしば指摘されてきました。それも確かでしょう。ただし、時系列的にみれば、2000年代の初頭から、HIV感染の影響を大きく受けていたコミュニティがいち早く啓発や支援に動いていたことも見逃せません。そうした努力の積み重ねがあって初めて、治療の予防効果にもつながったと考えるべきでしょう。
それぞれの人の条件に応じ予防の選択肢を組み合わせていくコンビネーションプリベンション(複合予防策)の考え方は今後も必要です。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)の2023年世界エイズデーのテーマは、LET COMMUNITIES LEAD(コミュニティ主導でいこう)でした。国際的な動きと日本の現状も、実はあまり乖離しているわけではありません。
確定値の発表から13日後の8月31日には、HIV陽性者支援やHIV感染の予防啓発活動を続けてきた国内の6つのコミュニティ団体が『HIV/AIDS GAP6』として厚生労働大臣宛に要望書を提出しました。
『当事者団体が積極的に取り組み、日本におけるHIV/エイズの流行終結を2030年までに実現させることを目標に掲げる決意をいたしました』
要望書は自らの立場をこう明記し、流行終結に向けた具体的方策の策定など5項目を厚労省に求めています。
『エイズ流行終結』は国連が2030年までに達成を目指す大目標ですが、予防が排除につながりかねない危うさもあります。その危うさを回避するうえでも、当事者団体の存在は大きな役割を担っているというべきでしょう。
3 COVID-19の緊急事態宣言解除
世界保健機関(WHO)は5月5日、新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミックに対するPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)の解除を発表しました。PHEICが宣言されたのは2020年1月30日だったので、世界は3年4カ月余りにわたってコロナ流行という緊急事態のもとにありました。
国内では、2020年4月7日、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県に出され、対象地域はその後、全国に拡大しています。新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言やまん延防止重点措置が出ている期間は、その後も断続的に続き、HIV/エイズ分野のNPOなどの活動も大きく制限されました。
コロナ対策のために、多数の人が集まるイベントや講演会、集会は対面開催を避け、代替措置としてオンライン開催が続く状態が3年以上も続くことになったのです。
こうした事態は負の影響だけでなく、オンライン利用が進んだことで遠隔地からのイベント参加も可能になり、距離の壁を越えて活動の輪が広がる効果ももたらしています。多くの企業で在宅勤務の動きも広がりました。
ただし、ビジネスや社会活動の分野でオンライン化が急速に進んだことは逆に、人と人とが直接会い、対面でコミュニケーションをとることの大切さを改めて認識する機会にもなっています。
エイズ分野のNPO法人の活動報告会も昨年まではオンライン会合がほとんどでしたが、今年は対面の会場開催に切り替わり、久しぶりに旧知の人たちや新しく活動に加わった人たちが顔を合わせて交流を深める機会も増えました。
4月23日に行われた東京レインボープライドのパレードも主催者発表で参加者1万人、梯団数39という大規模なものになっています。
パレードではその39梯団の一つとして、2019年以来4年ぶりにHIV/エイズをテーマにした『#UPDATE HIV』フロートが登場したことにも注目すべきでしょう。
HIV陽性(ポジティブ)の人たちが『WE ARE POSITIVE』のバナーを掲げ、隊列の先頭を歩いていたことも強く印象に残りました。自ら『#UPDATE』の先頭に立つ。その決断もコロナの試練の中で「社会的距離」に直面し、人と人とのつながりを再認識する期間があったからかもしれません。
4 スティグマと差別への対応
岸田首相は2月4日、「多様性を認め合う包摂的な社会を目指す政権の方針とは相いれず、言語道断の発言だ」として当時の首相秘書官を更迭しました。
その3日前の2月1日に衆院予算委で同性婚制度について質問を受けた際、首相は「社会が変わってしまう」と答弁しています。この首相答弁の真意を記者団から問われた秘書官が「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」などと答えていたのです。もともとオフレコベースの会見であり、記者に食い下がられて説明に窮した結果のようにも受け取れますが、発言は看過できず、更迭は止むを得ません。
ただし、元秘書官は5カ月後の7月4日付で古巣の省庁の大臣官房審議官に復帰しています。
国外に目を転じると、5月29日にウガンダで新たな反同性愛法が成立しています。ウガンダ国内ではこれまでも、同性愛行為は違法とされていましたが、新たな法律は、HIV陽性者による同性間の性行為などを「悪質な行為」と規定し、死刑もあり得るなど厳罰化を一段と強めています。
こうした法律ができることに強く反対してきた世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)のピーター・サンズ事務局長、UNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長、米国のジョン・ヌケンガソン地球規模エイズ調整官(大使)の3人の指導者はプレス声明を連名で発表し、『2023年ウガンダ反同性愛法が国民の健康に悪影響を及ぼし、これまで大きな成功を収めてきたウガンダのエイズ対策に打撃を与えることを深く憂慮している』として法律の見直しを求めました。
しかし、時すでに遅しで反同性愛法はウガンダ国内の性的少数者の活動やHIV/エイズ対策に深刻な影響を与えています。
再び国内の話題に戻ります。先ほど紹介したプライドパレードの『#UPDATE HIV』フロートでは、参加者の多くが「差別・偏見ゼロ」「AIDS発症ゼロ」「新たなHIV感染ゼロ」の3つのゼロを目指すプラカードを掲げていました。
その最初のゼロが「差別・偏見」だったことに注目してください。国際的にも国内でもエイズ対策がいま、最も力を入れなければならないのが、スティグマと差別の解消である。この課題は2024年も引き継がれていくことになります。