緊急事態は終わっても TOP-HAT News第178号 エイズと社会ウェブ版652

 世界保健機関(WHO)は今年5月、新型コロナウイルス感染症COVID-19とエムポックス(サル痘)の流行に対する「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」の宣言を相次いで解除しました。緊急事態モードからの移行は流行の終結を意味するものではありません。そんなことはHIV/エイズの流行を経験している私たちには先刻ご承知というか、当たり前のことですが、長期にわたって「緊急事態」の中で過ごせば、それはもう「緊急」ではありません。

 何をごちゃごちゃ言ってるんだ・・・とお叱りを受けそうですね。それでも、ごちゃごちゃ言っておかないと、緊急と終結の間の時期の対応を誤ることにもなります。

一カ月遅れになってしまいましたが、TOP-HAT Newsの第178号は巻頭でエムポックスを取り上げました。サル痘からM痘(WHO)、エムポックス(厚労省)への名称変更も取り上げる必要もあったし、いいタイミングだったか。国内ではとくに、エムポックスに対する関心はあまり高くありませんが、報告数は増えており、むしろこれからの対応が重要になります。

 

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TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)

        第178号(2023年6月)

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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

 

1 はじめに 緊急事態は終わっても

 

2 コミュニティ発信のエムポックス情報

 

3 ウガンダ反同性愛法の成立を憂慮 グローバルファンド・UNAIDS・PEPFAR共同声明

 

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1 はじめに 緊急事態は終わっても

 世界保健機関(WHO)は2023年5月5日、新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミックについて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」の宣言を解除しました。2020年1月30日の宣言発表以来、実に3年4カ月余りにわたって緊急事態が続いたことになります。

 その時ほど注目はされなかったようですが、6日後の5月11日にはM痘(サル痘)についてもPHEICが解除されました。こちらは昨年7月23日に宣言が出されてから約9カ月で世界的な緊急事態は終了しています。

ただし、WHOは同時にM痘が引き続き公衆衛生上の大きな課題であるとの認識も示し、HIV性感染症の予防対策などのプログラムに統合して今後も持続的に対応する必要があるという勧告も行っています。

一方、国内では厚生労働省が5月26日、それまでサル痘としていた疾病の名称をエムポックスに変更することを発表しました。

 疾病名称をめぐる動きは少し複雑な経緯をたどっているので、背景を説明しておきましょう。時間を少し遡って、緊急事態宣言下の話になりますが、WHOは昨年11月、サル痘(monkey pox)という名称をM痘(M pox)に変更すると発表しています。病気にまつわるスティグマの拡大を避けるための措置なのですが、1年間の移行期間を設け、この間はサル痘、M痘のどちらも使えるようになっています。

 日本国内ではこの変更を踏まえ、名称をカタカナ表記の「エムポックス」に変えることを決め、パブリックコメントの募集などを経て、正式決定となりました。

TOP-HAT Newsでも厚労省の変更決定に従いたいと考えています。ただし、国際的にはまだ移行過程にあることも考慮し、当面、各号の初出時は「エムポックス(サル痘)」とし、2回目から(サル痘)を外して、エムポックスのみの表記にしたいと思います。

ということで早速「エムポックス」の話ですが、今回の流行は、拡大の初期段階から欧米のゲイコミュニティで症例が集中的に報告され、コミュニティ内部でいち早く情報提供と注意喚起を行う動きが広がりました。このことが早期の緊急事態終了につながる大きな要因の一つになっています。

感染症の流行は、病原体の性質や感染経路、症状などがそれぞれ異なるため、取るべき対策も自ずと異なります。

ただし、個々の流行の経験を通し、共通の教訓も得られています。

例えば、米国では1980年代に大都市部のゲイ男性の間でHIV/エイズの流行が拡大していることがいち早く報告されていました。もちろん感染はゲイ男性の間だけで成立するものではなかったのですが、それでも(あるいはそのために)、「一部の人たちのことだから」という認識から社会的にも政治的にも対応が遅れ、40年を経たいまもなおパンデミックが続いています。

感染症の流行は、社会の中で弱い立場の人たちを中心に拡大していくことが少なくありません。したがって、流行の影響を最も大きく受けているコミュニティが自ら声を上げ、動き出す必要がある。エイズ流行の苦い経験を通して得られたこの教訓が、エムポックスへの対応に生かされたというべきでしょう。

 ただし、エムポックスの場合、日本をはじめとするアジア地域ではむしろ、最近になって報告数が増える傾向もみられます。コロナの流行でも経験したように、パンデミック対策は一筋縄ではいきません。流行の地域差と同時に時間差にも目配りが必要です。

エムポックスの場合、日本国内では、欧米での動きを反映し、HIV/エイズ分野のいくつかのNPOが、医療の専門家や行政機関と協力してゲイコミュニティに向けた情報提供を積極的に行った結果、初動段階での感染拡大は比較的、小さく抑えられてきました。

そうした成果の中での拡大傾向です。事態は終了宣言ではなく、むしろこれからが息の長い対応の正念場となります。関心の低下を乗り越え、必要な対策をどう持続させていくか。この点も、HIV対策や梅毒などの性感染症対策と共有できる現在進行形の教訓がたくさんありそうです。

 

 

2 コミュニティ発信のエムポックス情報

日本国内のエムポックス症例は、昨年(2022年)7月25日に最初の症例が確認され、12月までに8例が報告されています。散発的といえるレベルでしたが、年が明けてから報告数の増加が顕著になりました。厚労省の発表によると2023年1月以降6月18日までの症例確認数は177例です(厚労省公式サイトのサル痘報道発表資料から)。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/mpox_press-release.html

エムポックスに関する情報は厚労省や東京都などの行政機関や研究機関、公的医療機関などで得ることができます。ただし、情報源は多岐にわたっているので、かえって混乱しそうなこともあります。そんな時に分かりやすく必要な情報源にアクセスできるよう交通整理役を果たしているのがエイズ対策にコミュニティサイドから取り組んできたNPO法人などのサイトです。いくつか紹介しておきましょう。

・mpox(サル痘)情報リンク(ぷれいす東京)

 https://ptokyo.org/news/15728

・サル痘(Mpox)のきほんの情報β(コミュニティセンターakta)

 https://akta.jp/information/4181/

・サル痘(mpox)が日本で感染拡大 ~現状を知って感染リスクを下げよう~(HIV map)

 https://hiv-map.net/post/mpox/

 

 

3 ウガンダ反同性愛法の成立を憂慮 グローバルファンド・UNAIDS・PEPFAR共同声明

ウガンダのムセベニ大統領が5月29日、反同性愛法案に署名し、すでに議会で可決していた同法案が法律として成立しました。HIV陽性者による同性間の性行為が死刑になり得るなど、これまでの反同性愛法からさらに厳罰化を強めた内容で、国際的なエイズ対策に取り組む世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)、国連合同エイズ計画(UNAIDS)、米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)の3つの国際機関の代表が、直ちに連名で声明を発表し、深い憂慮を示しました。

日本国内では、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)が公式サイトの翌30日付けニュース欄で《ウガンダ「反同性愛法」成立を受け、エイズ対策支援の三機関トップが声明を発表》として概要を紹介するとともに、なぜ憂慮するのかを分かりやすく説明しています。

https://fgfj.jcie.or.jp/news/2023-05-30_jointstatement_gf_unaids_pepfar_statement_anti-homosexuality_act/

《どのような病気であっても、人々が医療にアクセスするためには、信頼がおけ、秘密がまもられ、差別のない環境が必要です。ウガンダはこれまで、HIVの予防と治療で顕著な成果を上げてきた国ですが、この法律によりLGBTQI+の人々に対する差別と偏見が拡大することで、攻撃や罰、さらなる疎外を恐れて、医療サービスを受けることを躊躇する人が増えることが懸念されます》

また、声明の日本語仮訳はエイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログで読むことができます。

ウガンダの2023年反同性愛法に対するグローバルファンド、UNAIDS、PEPFAR指導者による共同声明(プレス声明)》

 https://hatproject.seesaa.net/article/499546586.html