『この革新的な成果によってHIVに対する人びとの考え方は変わるのか?』

UNAIDSが公式サイトの10月16日付けFeature News(特集記事)で、タイのU=Uに関する議論を紹介しています。その日本語仮訳を作成しました。「この革新的成果」というのはU=Uのことですね。

記事中の8カ国学習交流は今年9月17~20日バンコクで開かれた会合で、ボツワナ、ガーナ、コートジボワール、ジャマイカモザンビーク南アフリカ、タイ、ザンビアの8カ国代表が参加し、HIVに関するスティグマや差別はどうすれば解消できるのかを検討しています。

記事は4年前の2020年にHIV陽性のゲイ男性がフェイスブックに、U=Uを達成したからもうコンドームは使用しないと投稿したところから始まります。

この投稿に対しては《「どうしてそんなことができるんだ!」「利己的に過ぎる!」「あまりにも無謀!」》といった非難が寄せられ、論争はソーシャルメディアから全国のラジオやテレビに広がっていったということです。

 8カ国交流の講師となったタイHIV研究・イノベーション研究所(IHRI)事務局長、ニッタヤー・パヌパック博士は「バックラッシュが強かった」と4年前を振り返っています。

記事はU=UがHIVにまつわるスティグマ解消の重要なツールであるという側面を強調しています。具体的な内容は日本語仮訳でご覧いただくとして、この時期にあえてこのエピソードを紹介したのは、新宿・京王プラザホテルで開かれる第8回日本エイズ学会学術集会・総会(11月28~30日)の2日目午前のプレナリーセッションでパヌパック博士が『Let Communities Lead: Understanding community partnership and leadership towards ending HIV』と題してお話をされる予定になっているからです。

同じ2日目の午後には、今回の学会長であるaktaの岩橋さんが『エイズ予防とコミュニティエンパワメントの重要性:これまでとこれから』と題して会長講演を行います。プログラム構成の妙といいますか。私は今学会の運営には何の関与もしていませんが、U=Uは12月1日の世界エイズデーを中心にした今年の国内啓発キャンペーンのテーマです。このテーマの設定に関しては多少、関与したこともあり、2日目のプログラムには、かなり興味を惹かれます。

https://www.aids38.jp/schedule.html

金曜日かあ、鎌倉からだと朝は電車が混むし、冷え込みも厳しくなりそうだし、年寄りにはきついかなあ。リモート参加の選択肢もあるし・・・などと軟弱なことを考えつつ、できれば会場に駆け付けたいと思っています。

  ◇

Dr. Nittaya Phanuphak A: Dr. Nittaya Phanuphak, Institute of HIV Research and Innovation (IHRI) Executive Director (Pic taken on September 19 at IHRI by Jacob Awolaja)

この革新的な成果によってHIVに対する人びとの考え方は変わるのか?

 2024年10月16日、UNAIDS特集記事

https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2024/october/20241016_thailand

 

タイ国内では2020年、HIV陽性のゲイ男性によるフェイスブックの投稿が大きな論争となった。彼は抗レトロウイルス治療を続け、血液中のウイルス量を測定する検査の結果、HIV量が検出限界値未満になったことから、コンドームの使用をやめるつもりだと投稿した。「どうしてそんなことができるんだ!」「利己的に過ぎる!」「あまりにも無謀!」 軽蔑と不信の反応が多く寄せられ、論争はソーシャルメディアから全国のラジオやテレビに広がっていった。

HIV研究・イノベーション研究所(IHRI)事務局長のニッタヤー・パヌパック博士は「バックラッシュが強かった」と振り返る。日差しの明るいオフィスでボツワナ、ガーナ、コートジボワール、ジャマイカモザンビーク南アフリカザンビアの研究者に当時の様子を語ったのだ。一行は『あらゆるかたちのHIV関連スティグマ・差別を解消するための世界パートナーシップ』(グローバル パートナーシップ)が主催する学習交流でバンコクを訪れていた。

ニッタヤー博士と父のプラパン・パヌパック教授は、公の議論に加わることが自分たちの義務と受け止めた。HIV陽性の男性の行動は型破りなものかもしれないが、科学的な観点からすると発言は理にかなっているという。

父娘には分かっていた。プラパン教授は1985年にタイで最初のHIV症例を診断した医師であり、HIV研究、サービス提供、擁護活動に人生を捧げた。タイ赤十字エイズ研究センターの共同設立者となり、2014年には同センターが加わったOpposites Attract Studyの一環として最先端の研究を実施している。一方がHIV陰性で、もう一方はHIV陽性だがHIV治療によりウイルス量が検出限界値未満のカップルを対象にした追跡研究で、タイとオーストラリア、ブラジルで進められた。結果として、2年間にわたってコンドーム使用などのHIV性感染防止策を取らなかった300組以上のカップルの間で、HIV感染の事例はなかったことが確認されている。

「これは科学的事実です」とニッタヤー博士は語る。「行動を起こさなければならないと私は考えました。この知識がタイ社会に徐々に浸透するのを50年も待っているわけにはいきません」

彼女が言及する「知識」とは、undetectable(検出限界値未満) = untransmittable(感染しない)、略してU=Uを指す。世界保健機関(WHO)は昨年、U=U原則の支持を重ねて確認し、検査をしても体内のウイルス量が検出できないレベルに抑えられていれば、性行為による感染の可能性はゼロであることを強調した。

HIV治療の意味は、以前なら単に長く生きられるということでした」とHIV陽性者のパンさん(仮名)は言う。「でも、U=Uのおかげで今は、愛することに関する不安や恐怖がなくなりました」

処方通りにHIV治療を続けることで、HIV陽性者はウイルス量のモニタリング検査により体内のウイルス量が3-6カ月で検出限界値未満に抑えることができる。それが確認されれば「感染性」疾患の罹患に伴う自己スティグマも解消される。タイの HIV対策関係者にとっては、HIVに関する社会の受け止め方を変えることが期待できる。そしてHIV陽性者は、より幸せで充実した日々を過ごせるようになる。

「社会の認識がHIV治療の現実に追いつけば、HIV検査や診断を受けることに対するスティグマはなくせます」と、UNAIDSアジア太平洋・東ヨーロッパ・中央アジア地域事務所のイーモン・マーフィー所長は語る。「社会的支援が強まる分だけ、治療に成功する人が増え、新規感染者も減ることになるのです」

しかし、U=U戦略を十分に活かすには、誤解を払拭し、科学への信頼を高める必要がある。

UNAIDSタイ事務所長のパチャラ・ベンジャラタナポン博士によると、タイでは、政策の意思決定者、およびコミュニティを含む利害関係者の意見を広く聞くことが、その重要なステップとなった。

「世界レベルのエビデンスと地元のエビデンスの両方を広く検討しました」と彼女は説明する。「科学的にはすでにコンセンサスがあります。一方でU=Uは『あなた=あなた』というメッセージも伝えています。HIVに感染しているかどうかに関わりなく、すべての人が平等なことを大前提として認めなければなりません。人びとが自分の選択に関し十分な情報を得られるようにすること、そして、それぞれの人の実情に応じ、セクシュアルヘルスに関する選択を行う権利を尊重することの重要性をU=Uは強調しているのです」

8カ国学習交流の開会式で疾病管理局のニティ・ヘタヌラック副局長はU=Uについて、HIV陽性者への偏見や権利侵害に対するタイ全社会戦略の重要な要素だと説明する。タイには、あらゆる形態のHIV関連スティグマと差別をなくす国家行動計画があり、保健省と国家エイズ委員会のもとで、エイズ権利促進・保護に関する地方委員会が計画の調整にあたっている。その主導的な役割を果たすのはコミュニティ組織である。

対象となるコミュニティのメンバーに研修を提供し、必要なサービスをまさにそのコミュニティが自ら提供できるようにすることが基本戦略となった。その結果、HIVやその他の病気の患者は診断を受けたその日に治療を開始できるようにする。このアプローチにより、診断を受けた人が治療を受けないまま行方が分からなくなり、他の人に感染が広がることを抑えられる。

「コミュニティ主導のこの保健モデルは、あらゆる健康状態の人たちや集団に適用可能です。ただし、スティグマや差別そのものに本当に対処しているわけではありません。否定的な経験を避けたいと願う人たちに代替サービスの提供手段を用意し、スティグマや差別を回避しているのです」とニッタヤー博士はいう。「スティグマそのものに対処する必要は依然、あります。U=Uをツールとして重視し、人びとの態度を変える方法を探ることに取り組んでいるのもこのためです」

バンコク都庁(BMA)は、このコンセプトを医療現場や職場における業務として取り入れ、マスタープランの策定を進めている。

戦略分野の1つには雇用主への働きかけがある。HIVの雇用前検査を義務付けたり、従業員のHIV感染を割り出してターゲットにしたりすることは、なくさなければならない。もう1つ重要なのは、HIVサービス提供のあらゆるレベル、およびすべての医療従事者に対し、U=Uに関する理解を浸透させることだ。看護師や医師だけでなく、診療所や病院のすべてのスタッフがそのための研修を受けなければならない。

しかし、それで終わりではない。バンコク副知事のタヴィダ・カモルヴェイ博士は、バンコクの社会を「開かれている」と表現し、社会全体がインクルージョンHIVについてより深い議論をする準備ができていると述べた。しかし、バンコクほど寛容ではなく、受け入れる姿勢もない国や都市では、どうすればいいのか。彼女はそう尋ねられた。

HIVセクシュアリティ、セックスについてはオープンに語ることを許さない。そんな意見に直面したら、戦略として、健康リテラシーや人の尊厳、すべての人へのケアについて話すようにしてください。健康や幸福に意識が向けば、十分に穏やかな話が進められると思います」とタビダ博士はアドバイスした。

『あらゆるかたちのHIV関連スティグマ・差別を解消するための世界パートナーシップ』(グローバル パートナーシップ)の学習交流についてはこちらを参照。

 Eight countries share strategies to end HIV-related stigma and discrimination   | UNAIDS Asia-Pacific

 

 

 

 

Feature story

Can this innovation change the way people think about HIV?

16 October 2024

 

In 2020, a gay Thai man living with HIV sparked controversy with a Facebook post. He was on antiretroviral therapy and had gotten lab tests to check the level of virus in his blood. Since his viral load was undetectable, he wrote, he was going to stop using condoms.

The public responded with a mix of contempt and disbelief. How could he? So selfish! So reckless! The resulting debate spilled from social media onto national radio and TV.

“There was a huge backlash,” remembered Dr Nittaya Phanuphak, the Executive Director of the Institute of HIV Research and Innovation (IHRI). She was telling the story from IHRI’s sunlit offices to teams from Botswana, Ghana, Ivory Coast, Jamaica, Mozambique, South Africa and Zambia. They’d come to Bangkok as part of a learning exchange coordinated by the Global Partnership for Action to Eliminate all Forms of HIV-related Stigma and Discrimination.

Dr Nittaya said that she and her father, Professor Praphan Phanuphak, thought it was their duty to contribute to the public discourse. While the man’s approach might have been unconventional, the science behind his statement was sound.

They would know. Professor Praphan diagnosed Thailand’s first HIV case in 1985 and dedicated his life to HIV research, service delivery and advocacy. He co-founded the Thai Red Cross AIDS Research Centre which in 2014 conducted cutting-edge research as part of the Opposites Attract Study. Done in Australia, Brazil and Thailand, that study tracked couples in which one person was HIV-negative and the other was living with HIV but had achieved an undetectable viral load through successful HIV treatment.  It confirmed that after two years of unprotected sex, there were no cases of HIV transmission between more than 300 couples.

“It’s a scientific fact,” Dr Nittaya said. “For me, I felt like we really needed to do something. We cannot just wait 50 years for this knowledge to gradually seep into Thai society.”

The “knowledge” to which she refers is the concept of undetectable = untransmittable, or U=U for short. Last year the World Health Organization further endorsed the principle, stressing that when a person’s viral load is undetectable there is zero chance of sexual transmission.

“Before, HIV treatment just meant longevity,” said Pan (not his real name), a person living with HIV. “But with U=U, now it is love without fear.”

Within three to six months a person who takes their HIV treatment as prescribed and receives viral load monitoring can confirm that they have achieved an undetectable viral load. This removes the self-stigma associated with having an “infectious” disease. For Thai HIV response stakeholders, this concept can also transform the public’s attitudes about people living with HIV, making it easier for them to live full, happy lives.

“If social perceptions can be brought in line with the reality of HIV treatment, we can remove the stigma around getting an HIV test or diagnosis,” said Eamonn Murphy, Regional Director of UNAIDS Asia Pacific and Eastern Europe Central Asia. “The more supportive the society, the more people we successfully treat and the fewer new infections.”

But for the U=U strategy to be fully utilized, work must be done to dispel myths and bolster confidence in science.

According to UNAIDS Country Director for Thailand, Dr Patchara Benjarattanaporn, a key step in the national process was bringing decision-makers together with relevant stakeholders, including voices from communities.

“They considered both global and local evidence,” she explained. “Now there is consensus about the science. U=U also conveys the message ‘you=you’, affirming that all individuals are equal and that people are more than their HIV status. It emphasizes the importance of ensuring people are fully informed about their options and respecting their right to make choices about their sexual health depending on their realities.”

At the opening ceremony of the eight-country learning exchange, Dr Niti Haetanurak, Department of Disease Control Deputy Director, noted that the U=U concept is a key element of Thailand’s “all of society” strategy to address the prejudice and rights violations people living with HIV face. Thailand has a National Costed Action Plan to Eliminate all forms of HIV-related Stigma and Discrimination. The Ministry of Public Health and Sub-National Committee on AIDS Rights Promotion and Protection under National AIDS Committee coordinate the effort. Community organizations play a leading role.

During the exchange the country teams visited the Service Workers in Group (SWING) Foundation which serves sex workers and IHRI’s Tangerine Clinic which primarily serves transgender people. Both have come up with innovative approaches to ensure groups that usually find it challenging to receive healthcare at state-run facilities can get HIV and sexually transmitted infection (STI) testing and treatment in a friendly environment.

A key strategy is training members of those very communities to provide certain services themselves. They can even start clients on treatment for HIV and some other conditions the same day they are diagnosed. This approach makes it less likely for people to disappear into the shadows after diagnosis, with a high chance of infecting others and eventually becoming ill.

“This community-led health model can be applied to any health condition or population. But this does not really address stigma and discrimination. It just bypasses it by opening up alternative service delivery outlets for people who want to avoid negative experiences elsewhere,” Dr. Nittaya said.  “We need to address the heart of the stigma as well. That is why we are working on using U=U as a tool to explore how we can shift attitudes.”

The Bangkok Metropolitan Administration (BMA) is integrating this concept into its work in healthcare settings and the workplace. A masterplan is in the works. One branch of the strategy will tackle employers requiring HIV testing in the pre-employment phase or targeting employees they find out are living with HIV. Another aspect of the approach is the integration U=U into all levels of HIV service delivery and ongoing healthcare worker sensitization. All staff in clinics and hospitals are trained, not just nurses and doctors.

The work doesn’t stop there, though. Describing the Bangkok society as “open”, Dr Tavida Kamolvej, Deputy Governor of Bangkok, said that the whole of society was ready for deeper conversations about inclusion and HIV. But how could these approaches be applied in other countries and cities that are not quite as tolerant or accepting, she was asked.

“If you are confronted with beliefs that might not allow open conversations about HIV, sexuality and sex, you can strategically make it about health literacy, dignity and care for all people. I think this is soft enough to make people aware about health and wellbeing,” Dr Tavida advised.

Click here to learn more about the recent eight-country learning exchange to eliminate all forms of HIV-related stigma and discrimination.