エイズの教訓を受け継ぐ(注:終わったわけではまったくないけど) エイズと社会ウェブ版669

 世界エイズデー前日の11月30日(木)、『40年目のパンデミック エイズの教訓を受け継ぐ』が東京プリンスホテル(東京都港区芝公園)で開催されました。主催は日本国際交流センター(JCIE)とグロバルファンド日本委員会(FGFJ)。《ブロードウェイ舞台「インヘリタンス―継承―」日本版公演記念セミナー》ということです。演劇に関する知識はほとんどないのですが、40年に及ぶパンデミックの経験を継承するとなれば、これは聞きに行かざるを得まい。

 まずは狩野功JCIE理事長の主催者あいさつ。舞台劇はコミュニケーションツールとして「伝える速度は遅いが、ずっと残る。忘れてはいけないことを伝えられる手段」と説明しています。さすが、エイズについて何をどう伝えるのか。「忘れられてはいけない」と焦って短くキャッチ-な言葉ばかりを追い求め、壁にぶつかることの繰り返しでしたが、そうかあ、ずっと残る・・・。メモしておこう。

感心しているそばから、にわか仕込みの知識で恐縮ですが、「インヘリタンス―継承―」は2020年のトニー賞ベストプレイ賞など4部門を受賞した作品です。

『本作は、2015~18年のNYを舞台に、1980年代のエイズ流行初期を知る60代と、若い30代・20代の3世代のゲイ・コミュニティの人々の愛情、人生、尊厳やHIVをめぐる闘いを描いた作品です。感染症と向き合って生き抜く彼らの姿は、ここ数年コロナの猛威と苦闘し、いまようやくそれと共に生きていくところまでたどり着いたわれわれ全ての同時代人に相通じます』(インヘリタンス-継承― 公式サイトから)

 言い方を替えれば、まだ「ようやくそれと共に生きていくところまでたどり着いた」ばかりです。

 この日のセミナーには、主人公エリックを演じる福士誠治さんも登壇し、NPO法人ぷれいす東京の生島嗣代表、FGFJの伊藤聡子事務局長(聞き手)とのトークセッションに臨みました。客席には福士さんファンもけっこういらしていた様子。エイズ対策にもこうした機会に関心を持ってもらえると嬉しいなあ。

 

 エリックはNYに住む30代のゲイ男性で、祖父から受け継いだ大きな家に住み、現代の若いゲイと60代のゲイの間をつなぐ役どころ。福士さんは作品について「人が人を愛する。愛にあふれた作品だと思う。男同士、男女、親子、いろいろな愛があふれる」と語ります。

――どんな思いで引き受けたのか。

 「今年40歳になります。節目の年に当たり、運命を感じた。台本をしっかり読む前にもう、僕はやりますといっていた。小中学生の頃、エイズを取り上げたドラマでは、かかったら死を待つ、人生も終わりという設定だった。それとは異なるパワー、エネルギーがある」

 1990年代に大ヒットしたミュージカル『レント』の時代と『インヘリタンス』の時代は、明らかに医学的にも、社会的にも背景が違う。

 また、直近のパンデミック体験である、コロナパンデミックについては「死ぬまで忘れられないできごと。こんなに社会が止まるとは思わなかった」という。

 「緊急事態宣言が出されたことで、あ、本当に起きるんだと感じた。何か分からない状態に人は恐怖と不安を覚えるということを実感した」

 感染経路や症状が異なっていてもパンデミックが呼び起こす現象には共通するものがある。舞台は前後編あわせて6時間半の大作。11月21日に制作発表会が行われました。上演日程や料金など、ご関心のある方は公式サイトをご覧ください。

https://www.inheritance-stage.jp/article/4

 

聞き手を務めた伊藤さんは「コロナの流行がひとまず終わったいま、タイムリーで重要な作品だと思う。エイズを取り上げた舞台はこれまで、1980年代、90年代が舞台だった。この作品は現代が舞台だが、まだエイズは終わっていないことを示している」と語った。

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が目指す「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」が仮に2030年までに達成できたとしても、世界には3900万人のHIV陽性者が暮らしている。そのすべての人が現在の治療を生涯にわたって継続できるようにしていく強い意思を政治の指導者たちが、そして社会が持ち続けることができるのか。

 いまは2030年にゴールが設定されているが、実はそこはゴールではなく、新たなスタート地点であると見ておかなければならない。

日本は現時点でおそらく2030年ゴールに世界で最も近い位置にあると思えるが、エイズパンデミックはそこで終結するわけではない。新たなチャレンジが始まるであろうということに関し、さらにしっかりと検討を重ねていく必要がある。

 

HIV陽性者支援やHIV予防啓発の活動を続ける生島さんは、日本の流行の現状について、HIV新規感染報告(新規エイズ患者報告も含む)は2011、12年がピークで、年間1600件近い報告があったが、2022年には1000人以下になっていることを説明。報告ベースでは、男性同性間の性感染が65%を占めているという。

 また、体内のウイルス増殖を防ぎ、エイズの発症を抑える治療法の進歩で、感染を早めに知ることができれば、寿命をまっとうできるようになり、他の人にHIVが感染することを防ぐこともできる。

 こうした説明を踏まえ、生島さんは「HIVの流行に対する時代体験は世代によって大きく異なっています。多様な人が、自分のリアリティを受け入れながら、検査、そして治療につながれるようになることが大切です」と語った。

 セミナーではその後もスペシャルセッション「アフリカのエイズジェンダー」、パネルディスカッション「エイズの教訓を継承する」と魅力あるプログラムが続いたが、寄る年波かメモを取り切れませんでした。悪しからず。

 東京公演(東京芸術劇場)は来年2月。ぜひ鑑賞したい・・・とは思うものの、それなりに高齢なので、冬場は厳しいかもしれない。前後編6時間半の大作についていけるかどうか。思案のしどころであります。