公開書簡『COVID-19に対する人びとのワクチンへの連帯』 エイズと社会ウェブ版474

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)のサイトに『Uniting behind a people’s vaccine against COVID-19』という公開書簡が掲載されています。『people’s vaccine人びとのワクチン』というのはバナーに示されているように《すべての国で、すべての人が無償で受けられるワクチン》ということでしょうね。

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www.unaids.org

 世界はいま巨額の費用をかけてCOVID-19のワクチン開発に取り組んでいます。公開書簡でも、その努力に対しては『いまこの厳しいパンデミックに歯止めをかけるための最大の希望』と高く評価しています。

 ただし、そうした努力が実を結び迅速にワクチンの実用化にこぎつけることができたとしても、それが世界の富裕層、もしくは富裕国の中間層に優先されて使われ、実際に感染や重症化の高いリスクに曝されワクチンを切望している人たちにまでは届かない。それではダメですよということを書簡は改めて主張しています。

 ワクチン開発は重要、ただし提供体制も同じく重要。そうしなければ結局、先進国でも途上国でも、パンデミックは抑えられませんよということですね。

 じゃあどうしたらいいのか。書簡は5月18日(月)、19日(火)に開かれる世界保健機関(WHO)の世界保健総会に先駆けて公表されました。

 参考までに付け加えておくと、今年の世界保健総会はCOVID-19の影響を考慮してバーチャル会議になっています。18日にはその一環として、バーチャル保健大臣会合が開かれるので、そこに参加する各国保健大臣に宛てて出されたもののようです。こういう会議はバーチャルの方が手間が省けていいのかもしれませんね。

 『誰もが科学の恩恵を受け、ワクチンを利用できるようになることで初めて、より安全な世界が訪れます。それを実現するのは政治の課題なのです。世界保健総会は支払い能力に関わりなく、品質の保証されたワクチンと治療へのユニバーサルアクセスを迅速に保証できるようにする世界的な合意を築かなければなりません』

 個人的にはこれは世界の現状を憂うる指摘であるとともに、とりわけ『支払い能力に関わりなく』といったあたりは、米国に対する遠回しの批判でもあるように思います。

 UNAIDSのサイトには書簡とあわせて『世界の指導者がCOVID-19に対する人びとのワクチンを求める』というプレスリリースも掲載されています。

https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/pressreleaseandstatementarchive/2020/may/20200514_covid19-vaccine

 そのプレスリリースの方を読むと、今回の書簡はUNAIDSと国際協力団体のOxfamがコーディネートしてまとめ、世界の指導者、専門家、長老ら140人以上が署名しているということです。署名者のリストは英文公開書簡の最後に載っているので、関心がある方はそちらをご覧ください。

 プレスリリースによると、公開書簡は『ワクチン、治療、検査を特許フリーとし、大規模に製造してすべての国のすべての人が無償で利用できるよう平等に提供する』ことを求めています。これはユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現を目指すうえでの大きな課題でもあります。その意味でCOVID-19の流行はUHCの重要性と必要性を改めて、ダメ押しするかのように示している現象ともいえます。

 世界のHIV/エイズ対策が、2003年に3by5計画(2005年までに世界の300万人が抗レトロウイルス薬へのアクセスを確保できるようにする計画)を打ち出して以来、連綿として実現を目指してきたHIV治療薬のユニバーサルアクセスがその考え方の源流にはあります。思えば2003年はSARS流行の年でもありました。あの夏以降、SARSの流行はピタっと消えてしまった。思えばあのときに世界がコロナウイルスに対して、ほっとしてしまったのが、現在のCOVID-19パンデミックの遠因となっているのかもしれません。

 UNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長は昨年までOxfam Internationalの事務局長でした。COVID-19対策をめぐる米国とWHOとの対立といいますか、米中対立もからんで冷え込んだ関係が際立つ中で、今回の書簡はビヤニマ体制におけるUNAIDSの方向性を示すものとしても参考にできそうです。

 以下、公開書簡の日本語仮訳です(署名者は英文書簡をご覧ください)。

 

 

 

COVID-19に対する人びとのワクチンへの連帯 2020年5月14日

https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2020/may/20200514_covid19-vaccine-open-letter

 

 すべての人が脆弱な状態にある中で、COVID-19に対する効果的で安全なワクチンを探し出す努力が続けられています。それはいま、この厳しいパンデミックに歯止めをかけるための最大の希望です。

 世界保健総会に臨むにあたり、私たちはこの病気に対する人びとのワクチン開発に緊急に取り組むよう各国保健大臣に呼びかけています。各国政府および国際機関は連帯して、効果的で安全なワクチンが開発されたら早急に大規模な製造を開始し、世界中のすべての国のすべての人が無償で受けられるようにすることを保証しなければなりません。COVID-19関連のすべての治療薬、診断薬、その他の技術についても同様にすべきです。

 私たちは多数の国と国際機関が、多国間の研究開発協力やそのための資金確保を通じ、このゴールに向けて前進していることを認めています。その中には5月4日に誓約された80億ドルも含まれています。官民のたゆみない努力と数十億ドルによる公的研究資金により、多くのワクチン候補の研究がかつてないスピードで進められ、その中のいくつかは臨床試験も始まっています。

 誰もが科学の恩恵を受け、ワクチンを利用できるようになることで初めて、より安全な世界が訪れます。それを実現するのは政治の課題なのです。世界保健総会は支払い能力に関わりなく、品質の保証されたワクチンと治療へのユニバーサルアクセスを迅速に保証できるようにする世界的な合意を築かなければなりません。

 世界保健機関(WHO)設立時に加盟国すべてが同意した「到達しうる最高基準の健康を享有することは万人の有する基本的権利である」という約束をいまこそ、各国の保健大臣が再確認しなければなりません。

 人の命を救うための普遍的なニーズよりも最富裕層の企業と政府の利益を優先させるようなことを認めている時ではありません。この大きな道徳的任務を市場の力にゆだねてしまう時でもないのです。国際公共財としてのワクチンと治療へのアクセスは、すべての人の利益にかなうものです。独占や資源競争、偏狭なナショナリズムによってそのアクセスが妨げられることを許している余裕はありません。

私たちは「過去を覚えていない人は、それを繰り返す運命にある」という警告に注意を払う必要があります。HIVやエボラなどの疾病に対応した歴史を通し、不平等なアクセスがもたらす厳しい教訓に学ばなければなりません。しかし、エイズアクティビストやすべての人に医薬品へのアクセスを求めて闘った人たちを含め、健康運動がもたらした画期的な勝利にも思いをはせる必要があります。

 こうした教訓を踏まえ、私たちは世界保健機関のリーダーシップのもとでCOVID-19のワクチン、診断薬、治療薬に関し、以下の点で世界が合意を結ぶよう呼びかけます。

 

  1. COVID-19に関する知識、データ、技術を世界で共有し、すべての国がCOVID-19の特許を自由に使えるようにする。各国にはすべての人の医薬品へのアクセスをまもるためにWTOのTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)と公衆衛生に関するドーハ宣言で合意された安全措置と柔軟な対応を十分に活用することが奨励される。
  2. ワクチンおよびすべてのCOVID-19製品と技術を世界全体に迅速かつ平等に製造、配布できるようにする計画(資金は富裕国が拠出)を作る。その中では「正味のコストと価格」を透明に示し、供給は必要性に応じて行うことを保証する。世界全体の需要に対応するための何十億ドース単位のワクチン生産能力を確立するとともに、それを届けるために有給で数百万人の保健医療従事者を採用し、安全確保のための訓練を提供するよう緊急に行動を開始する。
  3. COVID-19のワクチン、診断薬、検査、治療が、どこでも、だれにも無償で提供できるようにする。アクセスは第一に現場のワーカー、弱い立場の人たち、そして救命能力が最も低い貧困国を優先する必要がある。

 

 こうしたことを通し、誰も取り残さない対策の実現が可能になります。その責任を果たすには、独立の専門家機関や市民社会のパートナーも加わったWHOによる透明で民主的な統括体制が不可欠になります。

 また、世界の公衆衛生システムの改革と強化に向けた緊急のニーズを認識し、富める人も貧しい人も同じように必要な時に無償で必要な医療にアクセスすることを妨げている障壁も取り除けるようになります。

 平等と連帯が核心となった「人びとのワクチン」こそがすべての人類をまもり、私たちの社会を安全に維持できるのです。大胆な国際合意は待ったなしです。

 

 

 

FEATURE STORY

Uniting behind a people’s vaccine against COVID-19

14 MAY 2020

 

Humanity today, in all its fragility, is searching for an effective and safe vaccine against COVID-19. It is our best hope of putting a stop to this painful global pandemic.

We are calling on Health Ministers at the World Health Assembly to rally behind a people’s vaccine against this disease urgently. Governments and international partners must unite around a global guarantee which ensures that, when a safe and effective vaccine is developed, it is produced rapidly at scale and made available for all people, in all countries, free of charge. The same applies for all treatments, diagnostics, and other technologies for COVID-19.

We recognize that many countries and international organizations are making progress towards this goal, cooperating multilaterally on research and development, funding and access, including the welcome $8 billion pledged on 4th May. Thanks to tireless public and private sector efforts and billions of dollars of publicly-financed research, many vaccine candidates are proceeding with unprecedented speed and several have begun clinical trials.

Our world will only be safer once everyone can benefit from the science and access a vaccine - and that is a political challenge. The World Health Assembly must forge a global agreement that ensures rapid universal access to quality-assured vaccines and treatments with need prioritized above the ability to pay.

It is time for Health Ministers to renew the commitments made at the founding of the World Health Organization, where all states agreed to deliver the “the highest attainable standard of health as a fundamental right of every human being”.

Now is not the time to allow the interests of the wealthiest corporations and governments to be placed before the universal need to save lives, or to leave this massive and moral task to market forces. Access to vaccines and treatments as global public goods are in the interests of all humanity. We cannot afford for monopolies, crude competition and near-sighted nationalism to stand in the way.

We must heed the warning that “Those who do not remember the past are doomed to repeat it.” We must learn the painful lessons from a history of unequal access in dealing with disease such as HIV and Ebola. But we must also remember the ground-breaking victories of health movements, including AIDS activists and advocates who fought for access to affordable medicines for all.

 

Applying both sets of lessons, we call for a global agreement on COVID-19 vaccines, diagnostics and treatments – implemented under the leadership of the World Health Organization – that:

  1. Ensures mandatory worldwide sharing of all COVID-19 related knowledge, data and technologies with a pool of COVID-19 licenses freely available to all countries. Countries should be empowered and enabled to make full use of agreed safeguards and flexibilities in the WTO Doha Declaration on the TRIPS Agreement and Public Health to protect access to medicines for all.
  2. Establishes a global and equitable rapid manufacturing and distribution plan – that is fully-funded by rich nations – for the vaccine and all COVID-19 products and technologies that guarantees transparent ‘at true cost-prices’ and supplies according to need. Action must start urgently to massively build capacity worldwide to manufacture billions of vaccine doses and to recruit and train the millions of paid and protected health workers needed to deliver them.
  3. Guarantees COVID-19 vaccines, diagnostics, tests and treatments are provided free of charge to everyone, everywhere. Access needs to be prioritized first for front-line workers, the most vulnerable people, and for poor countries with the least capacity to save lives.

 

In doing so, no one can be left behind. Transparent democratic governance must be set in place by the WHO, inclusive of independent expertise and civil society partners, which is essential to lock-in accountability for this agreement.

 

In doing so, we also recognize the urgent need to reform and strengthen public health systems worldwide, removing all barriers so that rich and poor alike can access the health care, technologies and medicines they need, free at the point of need.

 

Only a people’s vaccine – with equality and solidarity at its core – can protect all of humanity and get our societies safely running again. A bold international agreement cannot wait.