『最初に動き出した人たち』 エイズと社会ウェブ版628

 年寄りの昔話になってしまいますが、現代性教育研究ジャーナルの連載コラム『多様な性のゆくえ』第66回(2022年10月15日)は、ニューヨークのゲイメンズ・ヘルス・クライシス(GMHC)の本部ビルを1994年に取材した時のことを少し紹介しました。

https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_202210.pdf

 12ページに掲載されています。

  

 

 エイズはゲイ男性だけがかかる病気ではないのに、どうしてGMHCは名称を変えないのか。そんなぶしつけな質問にGMHCのスタッフは当時、こう答えています。
 「少数のゲイ男性が最初に動いた。この事実は大切にしたい。問題があるとしたら、名前ではなく、我々の名前が問題になる状況の方ではないか」
 28年後の2022年、アフリカにほぼ限定されていたサル痘の流行が世界に広がり、世界保健機関(WHO)は7月23日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しています。日本国内ではその宣言の直後に最初の症例が確認され、その後も断続的に症例が報告されています。エイズと同様、ゲイ男性だけがかかる病気ではありませんが、ゲイコミュニティにおける危機の認識は、社会の平均的な関心度とは異なっています。
 「最も影響を受けているコミュニティが最初に動く」
 そのことの大切さを社会が広く共有する。それもエイズ対策の困難な経験を通して学んだ教訓ではないか。ぶしつけな質問をした物わかりの悪い元記者は改めてそう感じます。

 

   

 

『何事も夢から始まる』 TOP-HAT News第169号

 世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)は2002年1月に創設されました。すでに当ブログでも紹介しているように今年は活動を開始から20周年の節目なので、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)がドキュメンタリーフィルムシリーズ『何事も夢から始まる』を制作し、公式サイトに特設ページを開設しました。

 https://fgfj.jcie.or.jp/about/project/gf20thfilm/

全体のプロローグにあたる特別編とエピソード1ベトナム結核編がすでに公開され、エピソード2 エルサルバドルマラリア編、エピソード3 ナイジェリア・エイズ編も順次公開予定です。

 TOP-HAT News第169号(2022年)は巻頭でその特別編を紹介しました。タイトルの『何事も夢から始まる』はグローバルファンド創設当時の国連事務総長だったコフィ・アナン氏の言葉です。

 『初めてグローバルファンドを創ろうと提案した時、周りには「また夢みたいな話をして」と笑われました。でも何事も夢から始まるのです』

 それを夢にしなかった国の一つが日本です。国連事務総長の夢みたいな話が国連機関ではないかたちで実を結んだ。このあたりも興味深い。詳しくは TOP-HAT News第169号とドキュメンタリー動画の特別編でご覧ください。

 

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        第169号(2022年9月)

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 TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

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エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 『何事も夢から始まる』

2グローバルファンド日本委員会が企画・制作

3『抗HIV治療ガイドライン』令和3年度版(2022年3月)

4『治療の手引き』は日本エイズ学会のサイトから

 

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1 はじめに 『何事も夢から始まる』

 2002年1月に創設された世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)は今年、設立20周年を迎えました。2000年九州・沖縄サミットで途上国の感染症対策が地球規模の緊急課題として取り上げられ、それがグローバルファンド創設の動きを作る大きなきっかけにもなりました。その創設前夜の状況や20年の活動の成果をまとめたドキュメンタリーフィルムシリーズ『何事も夢から始まる』の特別編(世界の感染症対策の「今」と「未来」)が、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)の公式サイトで公開されています。

 https://fgfj.jcie.or.jp/about/project/gf20thfilm/

 タイトルの『何事も夢から始まる』はグローバルファンド創設当時の国連事務総長で、2001年に国連と共にノーベル平和賞を受賞しているコフィ・アナン氏の言葉です。特別編でも紹介されているインタビューの中で、アナン氏は『初めてグローバルファンドを創ろうと提案した時、周りには「また夢みたいな話をして」と笑われました。でも何事も夢から始まるのです』と語っています。

 もちろん、その「夢みたいな話」を実現に導いたのは、国際政治の力学だけではありません。エイズ結核マラリアの三大感染症に対する予防や治療を切実に望んでいた多くの人たち、そして現場でその予防や治療、支援にあたる人たちの存在が、ファンド創設の原動力でもありました。

『設立から20年、グローバルファンドの支援により、4400万の命が救われ、支援した国では、エイズ結核マラリアによる年間死亡者数が46%減少しました。その目覚ましい成果の背景には、数えきれないほど多くの人たちの絶え間ない努力と三大感染症の終息実現への想いがあります』(特別編の解説から)

エイズ対策の分野では、そうした人たちを総称してコミュニティと呼ぶこともしばしばあります。

 特別編は、4回シリーズのドキュメンタリーフィルムの第1回目です。全体のプロローグに当たり、日本国内のエイズ結核マラリア対策の関係者がグローバルファンド創設の意義や20年後の課題について語っています。その一人、樽井正義・慶応義塾大学名誉教授(倫理学)は、グローバルファンド創設前夜の2000年から創設の2002年にかけての時期を「エイズ対策の大きな転換点」と次のように語っています。

 「伝統的に感染症対策は、感染している人を特定し、社会から切り離して隔離する手法をとってきた。ところが(エイズ対策は)その方法では失敗する。なぜなら感染していると思われる人が取り締まられること、差別されることを恐れ医療者の前に現れない」

では、どうすればいのか。何が転換したのでしょうか。

「感染している人、感染のリスクに直面している人と一緒に対策を進めていこう。つまり感染者は対策の対象ではなく対策の担い手なのだというように感染症への取り組みが変わってきた。その変化を端的に表しているものの一つがグローバルファンドの設立でした」

エイズ結核マラリアの三大感染症対策は、必要な資金の確保とともに、こうした方法を確立することで成果をあげています。特別編によると、3つの感染症の終息という目標はまだ道半ばですが、それでもグローバルファンドの支援で20年間に4400万人の生命が救われてきました。同時にその成果は、COVID-19をはじめ、新たな感染症パンデミックへの対応と備えにも貴重な教訓を数多く伝えています。

 

 

2 グローバルファンド日本委員会が企画・制作

 ドキュメンタリーフィルムを企画・制作したグローバルファンド日本委員会(FGFJ)についても紹介しておきましょう。FGFJはFriends of the Global Fund, Japanの略。ひと言で説明すれば、グローバルファンドに対する日本国内の応援団です。グローバルファンド創設から2年後に発足し、事務局は公益財団法人日本国際交流センターに置かれています。

 https://fgfj.jcie.or.jp/about/

 《エイズ結核マラリアという世界の三大感染症の克服のために日本がより大きな国際的役割を果たせるよう、政府、学界、市民社会、経済界などの有識者や、超党派の国会議員の参加を得て様々な取組みを行っています。国境を超える三大感染症の脅威とグローバルファンドの役割について理解を促進するとともに、感染症対策における日本の官民双方の国際貢献に関する政策対話、調査研究、意識啓発を行い、日本とグローバルファンドとの連携を促進しています》

 

 

3 『抗HIV治療ガイドライン』令和3年度版(2022年3月)

厚労省の研究班が平成10年度(1998年度)から毎年発行している『抗HIV治療ガイドライン』の令和3年度版(2022年3月)が『HIV感染症および血友病におけるチーム医療の構築と医療水準の向上を目指した研究』班の公式サイトにPDF版で掲載されています。

https://hiv-guidelines.jp/index.htm

このガイドラインは『わが国におけるHIV診療を世界の標準レベルに維持すること』を目的にして1999年、当時の『我が国におけるHIV診療ガイドラインの開発に関する研究』班が平成10年度版を発行したのが最初です。以後研究班は代々、変わってきましたが、ガイドライン改訂委員により毎年更新版の作成が続いています。

歴代の担当研究班は、令和3年度版の「はじめに」のページに掲載されています。最近は『HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究』班)の公式サイトに掲載されていましたが、この研究班が令和2年度で終了したことから、ガイドラインも、『お薬ガイド』など他の資料と共に、新しい研究班の公式サイトに引き継がれました。課題克服班のサイトにも引継ぎのお知らせが掲載されています。

https://www.haart-support.jp/

 

 

4 『治療の手引き』は日本エイズ学会のサイトから

 治療に関しては、日本エイズ学会HIV感染症治療委員会が『治療の手引き』を発行しています。日本エイズ学会公式サイトのトップページに掲載されている『HIV感染症「治療の手引き」』のバナーをクリックすると、HIV感染症治療委員会のサイトにリンクします。

 http://www.hivjp.org/index.html

 この手引きは1998年10月、HIV感染症治療に関する理解の普及を目的に「暫定版」を発行され、11月の第12回日本エイズ学会学術集会サテライトシンポジウムなどでの討議を経て、翌1999年5月に第1版刊行の運びとなりました。最新版は第25版で委員会のサイトには2022年2月1日にPDF版が掲載されています。

10月から都内の多くの保健所でHIV検査再開 メルマガ東京都エイズ通信第181号

 メルマガ東京都エイズ通信第181号が9月30日、配信されました。今年に入ってから9月25日までの新規HIV感染者・エイズ患者報告数は以下の通りです。

 

*************************************

  • 令和4年1月1日から令和4年9月25日までの感染者報告数(東京都)

  ※( )は昨年同時期の報告数

 

HIV感染者         168件    (232件)

AIDS患者          35件    ( 47件)

合計                203件     (279件)

 

HIV感染者数及びAIDS患者共に令和3年よりも減少しています。

*************************************

 報告ベースでは減少傾向が続いていますが、これはCOVID-19)の流行により、保健所などでHIV検査を中止する期間があったことも影響しているようです。感染の減少傾向を示すものと判断することはできません。

 「都内保健所でのHIV検査の状況」というお知らせも掲載されています。「新型コロナウイルス感染症対応のため、8月・9月の実施を中止している保健所もございましたが、10月には多くの保健所が再開の見込みとなっております」ということです。

 「東京都HIV検査情報Web」で確認してください。

 http://pc.tokyo-kensa.jp/normal_test/index.html

 

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『W杯から女子が外れた』 エイズと社会ウェブ版627

 フランスで開かれるラグビーのワールドカップ2023は、来年9月8日に開幕します。日本中が盛り上がった2019年日本大会の4年後ですね。コロナ流行の前の年でした。
 世の中、何があるか分からないという不透明感がますます強くなっていますが、フランス大会が予定通り開幕を迎えられれば、初戦は開催国フランス代表対ニュージーランド代表の好カードです。いまから予想しても始まらないけれど、最近の勢いをみるとフランス代表の方が有利かな。盛り上がりは必至です。 
 でも、そのフランス大会より前に、今年は10月8日からラグビーワールドカップ2021大会がニュージーランドで開催されます。 

www.rugbyworldcup.com

 公式サイトには「あと18日」と表示されています。こちらも日本代表の活躍が大いに期待できそうです。楽しみですね。
 ん? ワールドカップは4年に1回のはずなのに・・・と思われた方もいるかもしれませんね。現代性教育研究ジャーナルの連載コラム One side / No side 第65回『W杯から女子が外れた』(2022年9月)では、例によってにわか仕込みの知識ですが、そのあたりの事情を報告しました。
 『これまでは男子大会を「ラグビーワールドカップ」、女子大会を「女子ラグビーワールドカップ」と呼び分けていた。これではジェンダーニュートラルとは言えないではないか。こうした議論が浮上した背景には、ワールドラグビーが組織改革の中で「競技場の内外における女性のラグビー参加を促し、ゲームのすべてのレベルでジェンダーの平等を推進する」という目標を掲げたことがある』
 こちらでご覧ください。
 https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_202209.pdf

 14ページに掲載されています。

 

『真っ赤な表紙の危機感』 TOP-HAT News第168号(2022年8月) エイズと社会ウェブ版626

 毎年12月1日の世界エイズデーの前後には東京・新宿の都庁本庁舎が赤くライトアップされます。国際的なHIV/エイズ対策のシンボルとなっているレッドリボンの赤ですね。2年前の夏には、コロナの流行に対する警戒のアラームとしてライトアップされ、支援と連帯のレッドなのに・・・鼻白む思いが少しした記憶があります。

 ただし、国連機関ともなると、その辺は変幻自在といいますか。レッドリボンはレッドリボン、でも赤は警告にも使いますよと割り切っているようです。

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)の年次報告書『GLOBAL AIDS UPDATE』の2022年版は真っ赤な表紙にIN DANGER(危機的状況)の文字が10列も並んでいます。

 API-Net(エイズ予防情報ネット)の公式サイトに概要版の日本語仮訳が掲載されているので、ご覧ください。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/sheet2022_GLOBAL_AIDS_UPDATE.html

 《この報告書が明らかにした新たなデータは、恐るべきものです。対策の成果は停滞し、資金は縮小し、不平等が拡大しました。不十分な投資と行動により、私たちすべてが危険にさらされています。このままでは何百万もの人がエイズで死亡し、何百万という新規HIV感染を防ぐこともできません》(概要版P2「はじめに」から)

 TOP-HAT News第168号(2022年8月)の冒頭もその年次報告の紹介《真っ赤な表紙の危機感》です。HIV/エイズ対策へのCOVID-19パンデミックの影響が、2021年末までのUNAIDSのデータでもいよいよ顕在化してきました。2022年のウクライナの危機というか、ロシアの乱心というか、その影響も恐るべきものがあります。

 大変なのはエイズ対策だけじゃありませんよ、と言われれば、その通りではあるけれど、世の中、大変なんだからエイズはもういいだろうと言ってすまされる事態でもありません。この危機的状況をどう打開していくか。対応に追われるだけでなく、次から次へと世界が新たな試練に直面する中で、40年におよぶエイズ対策の困難な経験を通して得られた教訓を生かす時でもあります。

 

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        第168号(2022年8月)

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なお、東京都発行のメルマガ「東京都エイズ通信」にもTOP-HAT Newsのコンテンツが掲載されています。購読登録手続きは http://www.mag2.com/m/0001002629.html  で。

エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 真っ赤な表紙の危機感

2 アジアは増加に反転 2021年新規HIV感染者数

3 国内も赤信号 エイズ動向委員会が新規HIV感染者・エイズ患者報告確定値を発表

4 アブドゥル・カリム夫妻らが受賞 第4回野口英世アフリカ賞

◆◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 真っ赤な表紙の危機感

 世界のHIV/エイズの流行と対策の動向をまとめた国連合同エイズ計画(UNAIDS)の年次報告書『GLOBAL AIDS UPDATE』は毎年6月後半か7月に発表されます。前年12月までのデータを集約し、報告書のかたちにまとめると半年ぐらいはかかるのでしょうね。

国際エイズ学会(IAS)が主催し、隔年で交互に開かれている国際エイズ会議とHIV科学会議の開幕直前に発表すれば、相乗効果で注目率が高まるといった事情もあります。

 今年(2022年版)の発表は7月27日、第24回国際エイズ会議(AIDS2022)の開会式2日前に会議開催地のカナダ・モントリオールで行われました。会見にはUNAIDSのウィニー・ビヤニマ事務局長やIASのアディーバ・カマルザマン理事長(AIDS2022閉会式でシャロン・ルイン新理事長と交代)も出席しています。

 2022年版報告書のタイトルは『IN DANGER(危機的状況)』。真っ赤な表紙には、そのIN DANGERの文字が10段も並んでいます。レッドリボンの赤ではなく、世界に警告を発する危険信号の赤ですね。

世界保健機関(WHO)は2020年1月30日、新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行を『国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)』と宣言しています。それ以来、コロナとエイズのツインパンデミックが同時進行することがHIV/エイズ対策に大きな影響を与えることには、UNAIDSも強い懸念を表明してきました。

その懸念がいよいよ現実として、UNAIDSの収集データでもはっきり示されるようになったということでしょう。

 『COVID-19その他の世界的危機により、HIVパンデミック対策は過去2年にわたって後退を続け、資金も縮小している。その結果、何百万という人たちの命が危険に曝されている・・・』

 プレスリリースの書き出しも危機感を強く打ち出し、対策の再構築を各国指導者に呼びかけています。「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」は持続可能な開発目標(SDGs)のターゲットの一つでもありますが、2030年の目標達成はこのままでは望めません。

さらに2021年末現在の集計データには含まれていませんが、報告書では2022年に入ってからのロシアによるウクライナ侵攻、および難民・避難民となった多数のHIV陽性者の窮状や世界の経済・食糧危機の影響にも言及しています。

 プレスリリースと2021年末時点の世界のHIV陽性者数などのファクトシートはAPI-Net(エイズ予防情報ネット)に日本語仮訳で紹介されています。

 プレスリリース

 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/sheet2022_GLOBAL_AIDS_UPDATE.html

ファクトシート

 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/sheet2022.html

 報告書の冒頭20ページ余りに及ぶExecutive Summary(要旨)の日本語仮訳も近く、プレスリリースのページに掲載される予定です。

 

 

2 アジアは増加に反転 2021年新規HIV感染者数

 UNAIDSの2022年ファクトシートから2021年末時点の主な推計値を紹介します。

 

世界全体(2021年)

 HIV陽性者数          3840万人[3390万-4380万人]

 年間新規HIV感染者数       150万人[ 110万- 200万人]

 エイズ関連疾病による死者数    65万人[  51万-  86万人] 

 抗HIV治療を受けている陽性者数 2870万人

 

世界全体(累計)

 流行開始以来の感染者数    8420万人[6400万-1億1300万人]

 流行開始以来の死者数     4010万人[3360人-4860万人] 

 

年間の新規HIV感染者数が最も多かったのは1996 年の320万人でした。2021年は150万人なので、そのピーク時と比べると54%減少しています。抗HIV治療薬の普及が感染予防にも大きな成果をもたらした結果と考えられています。

「予防としての治療」に本格的に取り組み始めた2010年当時(年間220万人)と比べると、減少率は32%です。世界が治療の普及に健闘してきた成果は大きかったというべきですが、コロナの流行の影響で2021年は前年比3.6%の減にとどまり、減少幅は2016年以降で最も小さくなりました。

2016年のエイズに関する国連総会ハイレベル会合で採択された政治宣言では、年間の新規感染者数を2020年末までに50万人未満に抑え、2030年にはさらに20万人未満にする目標に国連の全加盟国が賛成しています。そうなれば「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行」は終結といえるのではないかという認識です。

2021年に新たな政治宣言が採択された時にも、この2030年目標は変わっていません。ただし、現状でもすでに実現は困難と考えられています。白幡を掲げるわけではありませんが、赤信号です。HIV/エイズ対策や各国の保健基盤に与えたコロナの影響は予想以上に深刻と言わざるを得ません。

地域別にみると、これまでも増加傾向にあった東欧・中央アジア地域、中東・北アフリカ地域、ラテンアメリカ地域は引き続き増加。それに加え、気がかりなのは、治療の普及も含めたコンビネーション予防で成果を上げてきたアジア・太平洋地域の年間新規感染者数が26万人となり、減少から増加に転じていることです。

UNAIDSは推計の精度をあげる努力を続け、年次推移のデータも毎年過去にさかのぼって計算しなおしています。ファクトシートには地域別年次推移データは示されていないので、直接の比較はできませんが、参考までに昨年のファクトシートをみると、2020年のアジア・太平洋地域の新規HIV感染者数は24万人でした。その差は2万人、8%ほど増加しています。世界で最も人口規模の大きいアジアでの反転だけに、UNAIDSは警戒すべき傾向ととらえています。

 

 

3 国内も赤信号 エイズ動向委員会が新規HIV感染者・エイズ患者報告確定値を発表

2021年の国内における新規HIV感染報告とエイズ患者報告の確定値が8月12日、厚生労働省エイズ動向委員会から発表されました。API-Net(エイズ予防情報ネット)に今年上半期の報告とともに掲載されています。概要は委員長コメント(PDF版)をご覧ください。

https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/data/2022/2208/20220812_coment.pdf

前半は2022年第1、第2四半期の報告、後ろの方に年間確定値の説明が載っています。

 

【確定値】

新規HIV感染者報告数     742 件(過去 20 年間で18 番目の報告数)

新規エイズ患者報告数     315 件(過去 20 年間で19 番目の報告数)

       合計        1057 件(過去 20 年間で18 番目の報告数)

 

3月15日に発表されている速報値と比べると、新規HIV感染者報告数が25件、新規エイズ患者報告数は9件、合わせると34件、増えています。

また、直近5年間の年次推移は以下のようになっています。

2017年  1389  (   976,  413)  29.7% 

2018年  1317  (   940,  377)  28.6% 

2019年  1236  (   903,  333)  26.9% 

2020年  1095 (   750,  345)  31.5% 

2021年  1057  (  742,  315) 29.8% 

 ()内の左側はHIV感染者報告数、右側はエイズ患者報告数です。また、右端の%は報告全体に占めるエイズ患者報告の割合を示しています。

 エイズ患者報告は、HIV感染後も長い間、感染に気付かず、エイズを発症して初めてHIV感染の診断を受けるケースです。早期に感染を知り、治療を開始することは、感染した人自身の健康を保ち、同時に他の人への性感染のリスクを下げることにもなるので、この割合の増減が、エイズ対策の進捗状況を把握する一つの指標として重視されてきました。

 直近5年間をみると、2019年には26.9%まで下がっています。しかし、コロナの流行が開始した2020年に大きく増加に転じ、2021年も高止まりして5年前の状態まで戻ってしまいました。UNAIDSの年次報告同様、日本の現状にも赤信号がともっていることを認識する必要がありそうです。

 

 

4  アブドゥル・カリム夫妻らが受賞 第4回野口英世アフリカ賞

8月27~28日にチュニジアで開かれる第8回アフリカ開発会議TICAD 8)に先立ち、第4回野口英世アフリカ賞の受賞者が内閣府から発表されました。

医学研究分野は南アフリカエイズ研究プログラム・センター(CAPRISA)所長のサリム・S・アブドゥル・カリム博士と同センター次長のカライシャ・アブドゥル・カリム博士がご夫妻で受賞。

医療活動分野は、ギニア虫症撲滅プログラム(カーターセンターとアフリカ関係者のパートナーシップ)です。

授賞式はTICAD 8の際に実施される予定です。

   ◇

 サリム・S・アブドゥル・カリム、カライシャ・アブドゥル・カリム両博士は『科学的に厳密な研究を通じたHIVエイズ予防・治療への世界的貢献、アフリカ人研究者の育成において果たした役割、及び新型コロナウイルス感染症対策における確固たる科学的リーダーシップの功績』(内閣府報道発表)が評価されました。

 このうちHIV/エイズ分野では、地道なコミュニティ調査によって、南アフリカHIV 陽性女性の多くは 20 歳前後で、10 歳以上年長の男性から感染し、男性の方は 30 歳前後で同年代の女性から感染するという「異性間の性感染のサイクル」を明らかにしました。

さらにこのサイクルを断ち切るため、社会的にHIV感染の脆弱性が高い立場に置かれている若い女性が自ら使える予防手段としてマイクロビサイドの普及を検討しました。性行為の半日ほど前に女性が抗レトロウイルス薬のテノフォビルを入れたゼリー状の物質を自らの膣内に塗布しておく方法です。2010年にウィーンの第18回国際エイズ会議でCAPRISA004研究として報告しています。HIV感染防止効果は39%にとどまったため実用化は困難でしたが、「予防としての治療」のコンセプトを確立する先駆的研究として、いまも評価されています。

両博士が2002年に設立したCAPRISAは、エイズ専門の目立たない非営利研究機関でしたが、現在は『アフリカで最も著名な研究機関の1つになり、世界中で政府の政策に影響を与える科学的アドバイスを提供する上で重要な役割を果たしている』(内閣府報道発表)ということです。

  ◇

一方、ギニア虫症は、汚染された飲料水により拡大する寄生虫感染症で、医療活動分野の受賞者であるギニア虫症撲滅プログラムが発足した1986年当時は、アフリカ19カ国とアジア2カ国で年間約350万人が感染し、約1億2000万人が感染リスクに曝されていました。ジミー・カーター米大統領が設立したカーターセンターを中心に各国保健省や地域コミュニティ、世界保健機関(WHO)、米疾病予防管理センター(CDC)などがプログラムに参加、飲料水の汚染防止や患者発見の調査活動と治療の提供、健康教育など地道な対策を重ね、2021年には症例件数が15件まで減少する成果をあげています。

   ◇

野口英世アフリカ賞は『野口博士の志を引き継ぎ、アフリカのための医学研究・医療活動それぞれの分野において顕著な功績を挙げた方々を顕彰し、アフリカに住む人々、ひいては人類全体の保健と福祉の向上を図ること』を目的に日本政府が創設。2008年の第1回以来、アフリカ開発会議の開催時に授賞式が行われています。

 

グローバルファンド20周年フィルム『何事も夢から始まる』特別編 エイズと社会ウェブ版625

 世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)の設立20周年を記念するドキュメンタリーフィルムシリーズ『何事も夢から始まる』の特別編(世界の感染症対策の「今」と「未来」)が、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)の公式サイトで8月24日から公開されています。

 

 https://fgfj.jcie.or.jp/news/2022-08-24_gf20film/

 《設立から20年、グローバルファンドの支援により、4400万の命が救われ、支援した国では、エイズ結核マラリアによる年間死亡者数が46%減少しました。その目覚ましい成果の背景には、数えきれないほど多くの人たちの絶え間ない努力と三大感染症の終息実現への想いがあります》

 グローバルファンドは2002年1月に創設されています。特別編は世界がコロナウイルス感染症CPVID-19の流行という新たなパンデミックに直面する中で、グローバルファンド設立の経緯を振り返り、20年の活動の意義と実績を伝えるドキュメンタリーシリーズの第1弾です。

 クレジットをみると、FGFJの事務局でもある公益財団法人 日本国際交流センター(JCIE)が企画・統括責任となっています。グローバルファンドは途上国の感染症対策に資金を提供する国際機関という印象が強く、意地悪な言い方をすれば「日本は例によってお金を出すだけ」といった感じで、国内ではいまいち存在意義が伝わらない印象もあります。

 日本語で日本の関係者によって世界の課題を共有するドキュメンタリーフィルムが20周年の節目で、しかも「感染症対策はもういいんじゃね?」などと言っていられない国内事情も抱える中で作成されたことは、極めて重要だと思います。

 そんなに重要ならなんでもっと早く紹介しないの?と言われそうですが、個人的には少々、ためらいもありまして・・・。

 実は特別編のコメント提供者として、私も加えてもらったのですが、他の方々の怜悧で説得力のある発言の中で、どうも私だけ意味不明と言いますか、「何を言っているんだか」という感じになってしまい、映像的にも「俺って、もうこんなに齢を取っちゃったの?」という印象なので、躊躇しました、すいません。

 シリーズは特別編に続き、9~11月に1本ずつ、後3本が公開予定です。

 《エピソード1 ベトナム結核編:生死をさまよい、今は希望をつなぐ当事者代表へ》

 《エピソード2 エルサルバドルマラリア編:夢をかなえたエルサルバドルマラリアフリー達成~》

 《エピソード3 ナイジェリア・エイズ編:撮影中のためタイトル未定》

 うかうかすると、もうエピソード1が載っちゃいます。ここは私情を超え、感染症対策分野における日本の息の長い貢献を評価する意味でも、紹介することにします。

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 なお、グローバルファンドは、日本をはじめとする世界各国や民間のドナーからの拠出金で運営されており、3年に1回、その資金を確保するための増資会合が開かれます。

 今年はその増資会合の年で、各国が「うちは今後3年間にいくらいくらの額を拠出します」という誓約を行うことになっています。エイズ結核マラリア対策だけでなく、コロナを含めた今後のパンデミック対策に備えて保健基盤を強化する意味でも、会合の成否は大きな意味を持っています。

 9月にニューヨークで開かれる第7次増資会合で、日本は10.8億ドルの新たな拠出を誓約する予定です。チュニジアのTICAD8(第8回アフリカ開発会議)で、コロナにかかってリモート参加になった岸田首相が8月27日、明らかにしました。前回の第6次増資における日本の拠出誓約額8.4億ドルから約30%増えています。頑張りました。でも、大盤振る舞いではありません。大切な貢献です。課題解決に向けて世界の流れを変えるかもしれません。感染症対策一つをとっても、政権に対する批判はあり過ぎるほどありますが、評価できるところは評価したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

検査と報告の気になる関係 東京都エイズ通信第180号から

 メルマガ東京都エイズ通信第180号が8月31日、配信されました。今年に入ってから8月21日までに都内で報告された新規HIV感染者・エイズ患者数の合計は181件です。前年同時期と比べると、65件少なくなっています。減少率は26%で、7月の発表時点よりさらに大きくなっています。

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  • 令和4年1月1日から令和4年8月21日までの感染者報告数(東京都)

  ※( )は昨年同時期の報告数

HIV感染者         149件    (204件)

AIDS患者          32件    ( 42件)

合計                181件     (246件)

 HIV感染者数及びAIDS患者共に令和3年よりも減少しています。

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 減少傾向が一段と顕著になっていますが、コロナ第7波の影響でHIV検査を必要とする人に検査の機会が大きく減っているためではないかという懸念はぬぐえません。

 第180号には「都内の新規梅毒患者報告数が調査開始以来、過去最多となりました」という報告と「都内保健所でのHIV検査の状況」という報告も掲載されています。気になりますね。

 都内保健所のHIV検査については6月の178号で『新型コロナウイルス感染症の影響により、都内保健所のHIV検査はほぼ休止していましたが、今年度に入り多くの保健所がHIV検査を再開しています』との報告がありました。

 つまり、少しずつでも通常通りの体制に戻ることが期待されていたのですが、現状は「新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、現在中止・縮小されている場合があります。また、現在実施していても、新型コロナウイルスの感染拡大状況によっては中止する場合もありますので、事前に各保健所にお問い合わせください」ということで、かなり厳しい状況です。

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