田沼報告に注目 日本エイズ学会誌最新号 エイズと社会ウェブ版663

 季刊の日本エイズ学会誌Vol.25 No.3(2023年8月発行)が届きました。総説で国立国際医療研究センター エイズ治療研究センターの田沼順子医療情報室長が『エイズ流行終結へ向けた世界戦略―国際的パートナーシップと政策評価』と題した論文を発表しています。つい先日、HIV/AIDS GAP6という当事者組織・コミュニティ組織を中心にしたプロジェクトが厚労大臣宛に「日本におけるHIV/エイズ流行終結に向けた要望書」を提出したばかりです。あくまで「公衆衛生用の脅威としての」という前提付きだとは思いますが、なぜ、いまエイズ流行終結なのか。国際的な動向を踏まえ、医学者の立場から歴史的経緯をもとに報告した好論文です。

学会誌は会員のみに配布されます。ウェブサイトにPDF版が公開されるのは少し時間がかかりそうですが、HIV/エイズ分野の研究機関やNPOにはすでに置いてあるでしょう。内容がぎっしりつまっている割には短く、分かりやすくもあるので、どこかで手に取って、お読みいただくことをおすすめします。

なぜいまなのか。答えは簡単で、国連総会が加盟国の総意として2030年までのエイズ終結を打ち出しているからです。持続可能な開発目標(SDGs)の一部でもあります。

また、国連合同エイズ計画(UNAIDS)はその国際共通目標の実現に向けて策定した世界エイズ戦略2021-2026の中で、中間目標としての2025年HIVターゲットを打ち出しています。

   (API-Netから)

 

すでに2023年も終盤に入ろうとしている時期ですから、2025年末までなら2年ちょっと、2030年まででも7年ほどしかありません。

実現するにしろ、しないにしろ、エイズ対策に何らかの関りや関心を持つ人にとって知らん顔はできませんね。

ただし、10年以上前から様々な計画やら目標やら構想やらが入り乱れ、おおむね5年ごとに採択される政治宣言も実現を果たせず、それでも諦めずに、より高い中間目標を新たに設定して、「やってます」感を出すという国連の得意技が繰り返されてきたので、現状がどうなっているかも分かりにくい。

ついこの間まで90-90-90という数値目標を掲げていたのに、今度は95-95-95ですよ、と言われても、なんだか・・・。

田沼論文は、私と違ってそうした愚痴は言いません。様々な文献を根拠として流れを解き明かし、現在地がどこなのかを分かりやすく示しています。

「素晴らしい」とあえて言いたい。繰り返しますが、ぜひ論文を読んでほしい。

個人的な感想を言うと、エイズ終結は無理だと思う。無理だとは思うけれど、そうした目標を掲げることは大切だとも同時に思います。

だいたいUNAIDSの最近の報告書などを読むと、まず「エイズ終結は可能です」と大見えを切るのはいいけれど、すぐに、ただし・・・と続きます。

「必要な資金を確保し、必要な政策を実現する政治の意思が示されれば」

なんだ、結局ダメじゃないのということになってしまいますね。でも、その繰り返しでなんとかかんとかここまで来た・・・。2003年にUNAIDSとWHOが打ち出した最初の数値目標は2005年までに300万人が抗レトロウイルス治療を受けられるようにするという3by5構想でした。当時は2年でできるわけがないと専門家だって言っていた。もちろん2年では無理でしたが、確か5年後の2007年くらいには達成できました。

いまはその10倍の人が抗レトロウイルス治療を受け、生命を救われています。

無理だと思われる目標も掲げることも、時と場合によって無意味なわけではありません。コミュニティからGAP6というプロジェクトが生まれ、日本エイズ学会誌では第一線の医学者がそのプロジェクトの支えになるような論文を発表する。日本でなら、そして「公衆衛生上の脅威としてのエイズ終結」なら、ひょっとすると・・・と思いたくなります。

でも、。政治の意思はそちらにはまったく向いていない。「それどころじゃないのよ」と言われると、ついつい「それもそうだな」と思えてしまうことがやや残念ではあります。