感染報告1000件の踊り場で エイズ動向委員会確定値 エイズと社会ウェブ版622

 厚生労働省エイズ動向委員会が8月12日(金)、国内における2021年の年間報告確定値を発表しました。API-Netに今年上半期の報告とともに掲載されています。概要は委員長コメントでご覧ください。前半は2022年第1、第2四半期の報告、後ろの方に確定値の説明が載っています。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/index.html

【確定値】

新規HIV感染者報告数     742 件(過去 20 年間で18 番目の報告数)

新規エイズ患者報告数    315 件(過去 20 年間で19 番目の報告数)

       合計        1057 件(過去 20 年間で18 番目の報告数)

 参考までに、速報値は3月15日に発表されています。比べてみると、新規HIV感染者報告数は25件、新規エイズ患者報告数は9件、合わせると34件、増えています。個人的な想像ですが、コロナの影響で速報値段階では、ぎりぎりの判明分まで報告する余裕がなかった自治体もあるのかもしれないですね。

 年次推移の表とグラフは、2021年確定値を入れて差し替えました。

  

 あくまで報告ベースの推移ですが、報告件数は2002、2003年当時に近づいている印象です。当時はまだ、年間報告数の合計がかろうじて1000件を下回っていました。

 一方で、大都市圏における男性同性間の性行為による感染が爆発しつつあるのではないかという懸念が高まり、対策の整備が静かに、かつ急速に整えられていった時期でもあります。文脈を考えると、いまとは少し雰囲気が違うかもしれません。年表で当時の動きを振り返ってみましょう。

 

【2002年】

1月 厚労省「同性間性的接触におけるエイズ予防対策に関する検討会」第1回会合

3月 大阪にコミュニティセンターdista(drop in station)開設

4月 日本HIV陽性者ネットワークJaNP+発足

【2003年】

3月 厚労省「同性間性的接触におけるエイズ予防対策に関する検討会」中間報告書

6月 SARS流行への懸念から11月に神戸で開催予定だった第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議の延期を決定

8月 新宿二丁目にコミュニティセンターakta開設

9月 東京・神宮前のUNギャラリーでPositive Lives写真展開幕

【2005年】

7月 神戸で第7回アジア太平洋地域エイズ国際会議(ICAAP7)開催

 

この前後の時期の報告数は次のように推移しています。

 2000年 789件(327件 462件)41.4%

 2001年 953件(332件 621件)34.8%

 2002年 922件(614件 308件)33.4%

 2003年  976件(640件 336件)34.4%

 2004年 1165件(780件 385件)33.0%

 2005年 1199件(832件 367件)30.6%

 2006年 1358件(952件 406件)29.9%

 

 数字ばかり並べてすいません。()内は左が新規HIV感染報告、右が新規エイズ患者報告の件数、最後の%は年間報告全体に占めるエイズ患者報告の割合です。

 抗レトロウイルス治療を早期に開始、継続して体内のHIV量を低く抑えれば、自らの健康状態を維持するとともに、他の人への感染のリスクもなくなることが、長年の研究で示されてきました。

 私は医学に関しても、統計に関しても、特に専門的知識や経験があるわけではなく、ここで書いていることも、単なる門前の老人の感想に過ぎません。予防としての治療(T as P)の効果を医学者たちが声高にエビデンスとして主張し始めるのはもう少し後の話であり、21世紀初頭の時期に途上国のHIV陽性者に治療の普及を進めることには耐性ウイルスが増えるだけと懐疑的な医療の専門家もたくさんいました。

 したがって、以下の議論が当時の文脈の中で時系列的に妥当なのかどうか、一抹の不安もありますが、ともかく早期検査の必要性は当時も指摘されていたと思います。

 話が脱線気味になったので元に戻しましょう。%の数字が高いということは、エイズを発症するまで、自らの感染に気付かないでいるHIV陽性者が多く、その分だけ他の人にHIVが感染する機会も増えるという理屈になります。つまり、この%を下げることが予防対策の成否を推しはかる一つの目安になります。

 感染のリスクが高いと考えられる人たちに、検査を呼びかけるのはこのためです。20世紀から21世紀への世紀移行期における国内の報告をみると、2000年には41.4%でした。これはあまりにも高い。検査でHIV感染が判明する人の半数近くが、エイズを発症するまで自らの感染を知らないでいたということになります。

 日本国内では当時、男性同性間の性的接触による感染報告の割合が急速に拡大し始めていました。この事態に対応するために厚労省の検討会ができ、当事者であるゲイコミュニティからも委員が参加して積極的に発言しています。また、dista、aktaといったコミュニティセンターや国内のHIV陽性者の当事者ネットワークであるJaNP+が創設された時期でもあります。

 報告の件数は年間1000件を超えていなかったけれど、流行の影響を最も大きく受けつつあるコミュニティ内の危機感を共有し、研究者と当事者がいち早く、協力して対応する枠組みを整えていきました。この成果は極めて大きかったと思います。

 翻って、いまはどうか。コロナ以前の2019年には報告全体に占める新規エイズ患者報告の割合は26.9%まで下がりました。

 しかし、2020年には31.5%と反転し、2021年も29.8%と高止まりの状態です。HIV感染を心配する人がなかなか検査に行けないような事情があるとすれば、コロナ流行の影響とみるべきでしょう。

 年間の感染報告が1000件を超えるか超えないかという、いわば「踊り場」の時期が再び訪れています。前回は拡大期、今回は下降期。そのようにも見えますが、実はそうではないかもしれません。この転換点にどう対応するのか、できるのか。

「あの時、先手を打っていたから」と言えるようにするため、動いている人たちはもちろんいます。しかし、その数は少ないかもしれません。「エイズはもういいだろう」という声に抗し、あるいはそうした声すら上がらない事態を直視しつつ、後手に回ったり、対策を後退させたりしないようにする努力は(後で、ではなく)いま必要です。