『31.5%がもたらす懸念』 TOP-HAT News第157号 エイズと社会ウェブ版582

 当ブログでも8月の終わりに取り上げましたが、31.5%というのは、時期が時期だけに、かなり深刻に受け止めなければならないぞ。改めてそう思います。TOP-HAT News第157号(2021年9月)の巻頭は、厚労省エイズ動向委員会が8月24日に発表した2020年の新規HIV感染者・エイズ患者報告数の年間確定値を取り上げました。

 発表からもう1カ月以上もたっています。ニュースとしての鮮度はどうも・・・と思わないこともないのですが、1カ月もするとすっかり忘れてしまうという世の中の移り気を批判している場合ではありませんね。コロナパンデミックに対する不安がひときわ大きい時期だったこともあって、前の年のHIV/エイズ関連の報告数など、発表時点からマスメディアではニュースですらないという扱いでした。

 したがって、逆説的な意味ではありますが、ニュースとしての鮮度は落ちていません。31.5%がもたらすのはどんな懸念なのか。ここであえて繰り返すことは避け、本文を読んでいただければ幸いです。二番目の報告『感染爆発を防ぐには』ともつながる内容なので、こちらもあわせてよろしく。

 取ってつけたように説教臭いことを言って恐縮ですが、感染症の流行には、広がっちゃってから即効性のある対策を求める声が強くなりがちです。でも、そういう声はしばらくすると消えてしまうかもしれません。緊急の対応策だけでなく、下火になっている時期にこそ、息の長い努力が必要になります。

 20年近く前に感染爆発の危機に襲われたコミュニティはどう対応したのか。そのレガシーがその後のHIV/エイズ対策を支え続けてきました。また、現在のコロナ対策にもその体験が重要なヒントを与えているのではないか。個人的にはそう感じています。この経験の蓄積を生かすことができるのか、無視してしまうのかは、まさしく私たち次第ということになります。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

メルマガ:TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)

        第157号(2021年9月)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

なお、東京都発行のメルマガ「東京都エイズ通信」にもTOP-HAT Newsのコンテンツが掲載されています。購読登録手続きは http://www.mag2.com/m/0001002629.html  で。

エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 31.5%がもたらす懸念 

2 感染爆発を防ぐには

3 ウエブ開催で実施 第11回AIDS文化フォーラムin 京都

4 日本人とグローバルファンド

◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 31.5%がもたらす懸念

 国内で2020年に報告された新規HIV感染者・エイズ患者数の年間確定値が、厚生労働省エイズ動向委員会から発表されました。詳細な分析を加えた年報の公表はもう少し先になりますが、とりあえず概要が委員長コメントとしてAPI-Net(エイズ予防情報ネット)に紹介されています。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html

 エイズ動向委員会は年2回開催され、3月に前年の年間報告の速報値、そして8月の終わりか、9月初めに確定値が発表されています。今回は8月24日でした。

新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行が拡大し、全国の新規陽性者報告数が1日2万人を超えていた時期です。前年のHIV/エイズ報告の確定値があまり注目されなかったのも、致し方ないのかもしれません。それでも、きちんと確認しておく必要はあります。あくまで報告ベースの数字ですが、改めて紹介しておきましょう。

 

 新規HIV感染者報告数  750件(過去20年間で17番目)

 新規エイズ患者報告数   345件(過去20年間で17番目)

  合計報告数       1095件(過去20年間で16番目)

 

 速報値と比べると新規HIV感染者報告数は10件、新規エイズ患者報告数は4件増えています。報告数全体に占めるエイズ患者報告数の割合を確定値ベースで計算すると31.5%でした。エイズを発症するまで自分のHIV感染に気付かなかった人の割合です。

 HIVに感染した人が抗レトロウイルス治療を早期に開始し、継続できれば、自らの体内のウイルス量を低く抑え、他の人への感染を防ぐことにもなります。早期治療の必要性が強調されるのは、感染した人自身の健康状態の維持と予防対策の両面で、ともに高い効果が期待できるからです。

報告全体に占めるエイズ患者報告数の割合を継続的にみていくことは、エイズ対策の成否をはかる重要な指標の一つとされています。

 2020年の確定値では、その割合が2016年以来4年ぶりに30%を超えました。もう少しさかのぼると、31%を超えたのは、2004年の33.0%以来、実に16年ぶりになります。

 HIV/エイズの流行の観点からすると、2004年前後の国内はどんな状態だったのか。改めて確認しておきましょう。

 動向委員会の資料によると、2004年は新規HIV感染報告が780件、新規エイズ患者報告は385件で合計すると1165件でした。報告数の合計は前年の976件から大きく増加し、初めて1000件を超えました。報告はその後も増加を続け、3年後の2007年には1500件に達しています。

 あくまで報告ベースですが、感染経路別に新規HIV感染者・エイズ患者の合計報告数をみると、20世紀末の2000年には異性間の性感染が331件、同性間の性感染が291件でした。それが21世紀の最初の年である翌2001年には同性間の性感染が405件で、異性間の性感染(352件)を上回り、2004年には609件に拡大しています。

つまり21世紀初頭には、我が国でも男性同性間のHIV性感染の報告件数が顕著に増加し、とりわけ大都市圏のゲイコミュニティでは、爆発的な感染の拡大が懸念される事態に直面していました。

 

 

2感染爆発を防ぐには

 こうした状況に対し、コミュニティはどう対応したのでしょうか。

 2002年には、厚労省の「同性間性的接触におけるエイズ予防対策に関する検討会」が発足しています。

 また、大阪では同じく2002年にコミュニティセンターdista、そして翌2003年には東京・新宿二丁目にコミュニティセンターaktaが開設され、ゲイコミュニティにおけるHIV感染の予防とセクシュアルヘルスの啓発拠点として活動を開始しています。

 さらに2004年には、HIVに感染している人も、していない人も、もう社会の中で一緒に生きている-というメッセージを伝えるLiving Together計画が始動しました。

こうした動きの背景にある危機感は、報告の数字だけでなく、当事者のコミュニティが肌感覚の現実として受け止めているものでもありました。

 2006年には5年間の大型研究班として「エイズ予防のための戦略研究」がスタートしています。この研究班では、aktaやdistaを拠点として、コミュニティ活動とパブリックヘルスの研究者、自治体などの行政担当者が協力して予防対策に取り組むかたちで研究が進められ、振り返ってみると劇的と言える大きな成果を上げることになりました。研究班による報告書は公益財団法人エイズ予防財団の公式サイトに掲載されています。

 https://www.jfap.or.jp/strategic_study/index.html

 どれか一つというわけではなく、時間はかかりましたが、これらの対応を含む複合的な努力の成果として首都圏や近畿大都市圏におけるHIV感染はなんとか爆発的な流行の拡大を回避し、新規感染報告の減少を実現してきたのです。

 15年以上にわたって営々と積み重ねてきたその成果が、一気に失われることのないよう、これまでの経験の蓄積を生かし、COVID-19対策との相乗効果を上げていくにはどうしたらいいのか。2020年確定値は、HIV/エイズ対策に関わるコミュニティと研究者、行政の間の創意と工夫がいま改めて求められていることを示すデータとして読み取る必要がありそうです。

 

 

3 ウエブ開催で実施 第11回AIDS文化フォーラムin 京都

 “「つなぐ」「つながる」今、できること”をテーマにした第11回AIDS文化フォーラムin 京都が10月10日に開かれます。会場は京都市伏見区龍谷大学顕真館ですが、コロナ対策のため、YouTubeライブ配信によるWEB開催となります。

 アーカイブも公開予定です。

 プログラムなどの詳細は、AIDS文化フォーラムin 京都 の公式サイトでご覧ください。

http://hiv-kyoto.com/

 

 

4 日本人とグローバルファンド

 世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)にかかわりのある日本人へのインタビューシリーズが、グローバルファンド日本委員会(FGFJ)の公式サイトに掲載されています。2018年にスタートし、最新のvol.10『いろいろなカルチャーや多国籍の人から刺激を受ける楽しさ』は、国際協力機構(JICA)からミャンマーの保健スポーツ省に感染症対策アドバイザーとして派遣された宮野真輔医師(グローバルファンド技術審査委員会メンバー)へのインタビューです。

 http://fgfj.jcie.or.jp/topics/2021-09-07_miyano

 ミャンマーでは宮野さんの赴任3カ月後に新型コロナウイルス感染症の流行期に入ったことから、コロナ対策支援にも奔走することになりました。しかし、政変により滞在2年で日本への帰国を余儀なくされ、宮野さんは「今でも大変悔しい思いです」と次のように語っています。

 「2年という短い期間でしたがミャンマーの人には自立志向を感じました。過去の軍事政権のとき先進国からの経済制裁に苦しみながら、現場では政府を頼れない、自分たちでどうにかしなきゃ、という気風があるのかもしれません。ふたたび政治的に困難な状況になってしまっていますが、できる限り支援を続けていきたいと思っています」