『HIV感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた声明』 エイズと社会ウェブ版396

 日本エイズ学会が『HIV感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた声明』を発表しました。声明文のPDF版が公式サイトに624日付で掲載されています。 

jaids.jp

 松下修三理事長名の声明は最終段落で以下のように述べています。

『日本エイズ学会は HIV 感染者が職場において誤解や偏見により不当な扱いを受けることがないよう、いかなる差別にも反対すると共に、仕事への適性に応じて働き続けることができるように企業、医療機関のサポート体制の構築を呼びかけます』

 

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 個別の事例を取り上げるのではなく、『職場における差別』に対し日本エイズ学会の立場をはっきりと示すとともに、広く『企業、医療機関』を対象に『サポート体制の構築』を呼びかけています。

ただし、この時期に包括的な声明を出した背景には、おそらく個別の事例の影響があります。おそらく続きで恐縮ですが、その背景とはおそらく、現在進行中の訴訟で被告となっているある医療機関側の対応だったのではないでしょうか。

 私は日本エイズ学会の皆さんのような勇気がないので、当該訴訟に関しては及び腰のまま、遠回しにではありますが、当ブログでも少し取り上げました。

UPDATE!の大切さ(と危うさ) エイズと社会ウェブ版395 - ビギナーズ鎌倉

  

 ここで強調しておきたいのは治療が進歩したかどうか、あるいは体内のウイルス量が検出限界値以下に抑えられているかどうかに関わりなく、『企業、医療機関』がHIV陽性者を採用しなかったり、解雇したり、一緒に働くことを拒否したりする根拠はまったくないということです。

  それは21世紀に入ってからなくなったのではなく、1980年代からずっと根拠がなかったことなのです。根拠のない対応が続いているのはいまに始まったことではありませんが、一方で、いまもなお続いていることにショックを受けます。同じように改めてショックを受けた方も日本エイズ学会の中で少なくなかったように推察します。

 今回の声明は前段で、HIV治療の進歩がもたらした成果を強調したうえで、次のように指摘しています。

『このような HIV 感染症に対する治療の進歩と社会的な理解が進む状況の中、現在においても HIV感染者に対して採用時や就業時における差別が発生しており、差別を受けた当事者、関係者から切実な意見があがっております』

誤った記述ではもちろんありませんが、一読した時には、ちょっと悩ましいなという印象も受けました。私のような粗忽者は、ついつい『治療が進歩したんだから、ちゃんと治療を受け、ウイルス量の抑制を果たした人はもはや差別すべきではない』と言っているのかなと思ってしまうからです。

しかし、もう一度、読み返してみれば、そんなことは言っていません。

そうではなく『HIV は、医療機関を含め日常の職場生活において感染することはありません』ということが明記されています。この点は重要です。

声明のタイトルも『HIV 感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた』となっています。『検出限界値以下だから』という前提条件がついているわけではありません。

治療の進歩がもたらした成果については、大いに評価し、活用もすべきですが、ここでは文脈を分けて考える必要があります。

今回の声明は、その点を踏み外すことなく出された重要なメッセージになっていることに着目し、松下理事長をはじめ、文案の作成に当たった皆さんのご努力が正確に伝わることを期待したいと思います。