予防・治療の新時代 日本エイズ学会の松下修三理事長が記者会見 エイズと社会ウェブ版426

 

 日本エイズ学会の松下修三理事長が10月23日(水)、東京・内幸町の日本記者クラブで『HIV感染症エイズ-予防・治療の新時代-』をテーマに記者会見を行いました。日本エイズ学会は今年6月、『HIV感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた声明』を発表しています。会見ではその声明の発表に至る背景を含め、HIV感染の予防や治療に関する最新情報、および2030年の(公衆衛生上の脅威としての)エイズ流行終結という国際共通目標の達成に向けた社会的な課題などを包括的に報告していただきました。

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日本記者クラブ公式サイトから

www.jnpc.or.jp

 会見の様子は日本記者クラブ公式サイトの上記ページで中継動画も含め、全体が詳しく報告されることになると思うので、ここでは6月の声明を中心に取り上げましょう。

 日本エイズ学会が声明を発表した当時、札幌地裁ではHIV陽性者に対する医療機関の採用内定取り消しをめぐる訴訟が係争中でした。被告となった医療機関側(社会福祉法人)が、医学的な事実を踏まえず、内定取り消しを正当化しようとするあまりに、法廷で偏見と差別に満ちた対応を見せていたことから、エイズ学会としても看過できなかったのでしょうね。

 松下理事長によると、理事会で声明を検討した際には、発表することに賛否両論があり、個別の訴訟に対する学会としての見解表明は控えるべきだという意見も出ていたそうです。一方で、医学面でHIV治療や予防の研究が大きな成果をあげる中で、社会的な差別や偏見に対応しなければ、そうした成果を生かすこともできない。このことへの危惧も強く示されました。

 声明ではこのため、個別の事例をとりあげるのではなく、「現在においてもHIV感染者に対して採用時や就業時における差別が発生」していることを指摘したうえで、以下のように日本エイズ学会の立場を明らかにしています。

『日本エイズ学会は HIV 感染者が職場において誤解や偏見により不当な扱いを受けることがないよう、いかなる差別にも反対すると共に、仕事への適性に応じて働き続けることができるように企業、医療機関のサポート体制の構築を呼びかけます』

 札幌地裁では、9月17日に原告であるHIV陽性のソーシャルワーカーの主張を求め、被告の社会福祉法人に165万円の損害賠償を命じる判決が出ています。

 被告側が控訴を断念したので、この判決はすでに確定しているのですが、その控訴断念の方針を明らかにした際にも、社会福祉法人は、内定取り消しについて「原告が虚偽の発言を複数回にわたり繰り返した」ことが理由であり、「差別」や「偏見」の考えはないとして、判決には納得していないことを強調しています。

 医療機関としては理解しがたい対応ですね。松下理事長はこの点について、HIVに関する正確な知識を欠いていたために、このような結果になってしまったのではないかと推測しています。

 話しが少し前後しますが、会見のスライドでは、最初に『正しい知識をUPDATE、知ることから始まるスティグマのない社会』という見出しで全体のまとめが以下の4点に集約して示されていました。 

 1. 治療薬の進歩により、HIVに感染しても、普通に生きられる時代になりました。

    2. 治療(ART)をきちんと続けられれば、パートナーへの感染も起こりません。

    3. しかし、新しくHIV感染と診断される人数は減少していません(検査勧奨の必要性)。

    4. 性感染症の予防は、自己責任だけではなく、正しい知識のアップデートとともに性の多様性を受け入れる社会が求められています。

  熊本大学教授(ヒトレトロウイルス学共同研究センター)でもある松下理事長は、11月27日(水)から29日(木)まで、熊本城ホール(熊本市)で開かれる第33回日本エイズ学会学術集会・総会の会長も務めます。詳細は公式サイトでご覧ください。

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