第34回日本エイズ学会学術集会・総会のシンポジウム『U=Uをめぐる陽性者とHIV予防対策と医療者のあり方について』の報告を続けよう。単なる私の感想に過ぎないものになるかもしれないが、そのあたりは非公式かつ非公認の私設応援団の限界として、ご容赦いただきたい。
名古屋市立大学看護学研究科の金子典代准教授は「コミュニティの予防啓発に携わる立場から」報告を行った。U=Uは簡潔なメッセージだが、同時に多様な受け止め方が可能なので誤解や意図せざる反応を生むリスクもはらんでいる。そのあたりの違和感からシンポで話すべきか悩んだが、「コミュニティ内で起きている議論をできるだけ拾って示したい」と考え引き受けたという。
この場合のコミュニティは、国内のHIV感染報告の多数を占める男性同性間の性感染に関わりの深いコミュニティということだろうか。
さっそく個人的な感想で恐縮だが、コンドーム使用を中心にしたセーファーセックスのメッセージとU=Uとの間に微妙な齟齬が生じるのではないかという逡巡は私にもある。
同時に、2010年代に顕著だったHIV/エイズ対策の医療化指向(治療の普及で流行は終わるという信念)が、社会的課題の軽視ないしは回避につながるのではないかという危惧も個人的にはあった。今回のシンポでは医師の側から視野の広い報告が相次いでなされ、こうした危惧およびU=Uをめぐる同床異夢的な状況は、かなり解消されてきたようにも思う。実はこのこと自体、U=Uキャンペーンの成果の一つなのかもしれない・・・おっと、またも脱線。金子准教授の報告に話を戻そう。
金子さんによると、U=Uには多くの前提条件があり、それを「分かりやすく」「正確に」伝えるのは難しい。「HIV感染予防策としてコンドームの常用を強調し、常用率をあげてきた経緯を考えると、U=Uを伝えることでその地道な活動とメッセージが後退してしまうのではないか」とも述べた。もちろん、こうした懸念は根拠のないものではない。実際、東京や大阪でコミュニティセンターを拠点に商業施設へのアウトリーチ活動を行う人たちは、啓発の際に以下のような声を聞くことがある。
・あれだけ声高に叫んできたコンドームはもう使わなくていいの?
・コンドームを使わなくなって他の性感染症が増えたらどうする?
・U=Uだから感染ステータスは言わなくていいよね。
・予防啓発のグループがコンドームを諦めるのか。
だが、金子さんは同時に、HIV陽性者の人権擁護という観点からU=Uのメッセージが重要なことに注目し、「HIV陽性者への偏見や誤った事実、陽性者自身が抱く不必要な不安を払拭できる」と指摘する。適切な治療を受けていてもHIV陽性者をひとくくりに感染源とみなす傾向は依然として強いし、「陽性になったら相手にうつしてしまうのが怖くて性交渉できなくなる」「仕事も恋愛も諦めなければならない、先がない」と感じる人も少なくないからだ。
希望と危惧が相半ばする国内のこうした状況の中でもU=Uに向けた予防啓発活動は大きな流れになりつつあるという。aktaのキャンペーンもそうした文脈の中でとらえる必要があることを金子さんは過去3年間の年表で示した。
2018年 MASH大阪がキャンペーンを開始
2019年 日本エイズ学会が正式にU=U支持を決定
2020年 1月 U=Uの提唱者ブルース・リッチマン氏らが来日
11月 aktaがHIV陽性者ネットワーク、支援団体と共同でキャンペーン開始
(写真は2020年1月13日、国立国際医療研究センターで開かれた国際シンポ終了後、体を張ってU=Uを表現するブルース・リッチマン氏=右端)
たびたびの感想で恐縮だが、2017年の第31回日本エイズ学会学術集会・総会では、ぷれいす東京が中心になってU=Uキャンペーンを開始している。それを加えれば、4年間の傾向ということになる。
また、2016年7月には、南アフリカのダーバンで第21回国際エイズ会議が開催され、その機会に「U=Uに関するコンセンサス声明」が発表されている。米国のコミュニティ活動家であるブルース・リッチマン氏の働きかけに医療の専門家が応じてまとめられた声明であり、世界のHIV研究者やアクティビストから広く支持の署名を寄せられた。この時をキャンペーンの起点と考えると、5年にわたる国際的動向の中で現状をとらえる必要があるのかもしれない。
金子さんはさらに、中四国・沖縄地域で過去5年間に感染が判明した人を対象に行った質問紙調査(2018~19年)、およびコミュニティセンター来場者調査(2019、2020年)の結果をもとに、「地方都市では、ゲイバーなど会話コミュニティに接触がないMSMに新しい知識が届いていない可能性があり、U=U発信をエイズの負のイメージの刷新の一つの機会にしていける」「コミュニティセンター来場者のU=U認知は全国で上昇。検査行動との関連もみられた」とキャンペーンの肯定的側面について報告した。そのうえで、予防啓発を担う立場から、今後のU=U発信の方向性を以下のようにまとめている。
・いまなお疑問は多く、議論と対話を重ねつつ、丁寧にメッセージの発信を進める必要がある。
・コミュニティの当事者には、これまでのコンドームと検査による予防の必要性は変わりがないことも同時に伝える。
・コンドーム使用行動を後退させないよう、梅毒などHIV以外のSTD動向のモニタリングも一段と重要になる。
・予防対策の大切なパートナーであるSTDクリニックや検査事業に携わる行政職にU=Uへの理解を深めてもらう必要があり、いろいろな場面を活用して伝える機会を増やす。
続いて日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表の報告に入りたいところだが、金子さんの報告だけでもかなり長くなってしまったので、またまた稿を改めて次回ということにしよう。年を越しそうだな、これは。