U=Uをどう受け止めるか1 日本エイズ学会シンポから

 東京の新宿二丁目のコミュニティセンターaktaは2020年11月27日、『U=Uを支持し、「U=U 2020キャンペーン」を開始します』という声明を発表した。キャンペーンサイトも同時に開設されている。 

akta.jp

 『U=U』は、Undetectable(検出限界値未満)とUntransmittable(感染はしない)という英単語の頭文字を、数式で結んだものだ。アルファベットの頭文字と数学の記号だけ示されても、予備知識がなければさすがに何のことだか分からない。

 ただし、その分かりにくさが「何だろう?」という興味につながるということも、最近はよくある話でもある。したがって、「U=U」自体はそのまま生かし、ひと言で分かる日本語の説明を同時に付けておきたい。  

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 aktaのサイトでは『U=U(効果的なHIV治療=セックスの相手に感染しない)』となっている。ざっくりとした説明ではあるが、細かいことを言い出すときりがないので、メッセージとしては妥当なのではないかと思う。

 

 11月27日は初のウェブ開催となった第34回日本エイズ学会学術集会・総会が開幕した日でもある。

www.aidsjapan2020.org

 

 その初日のプログラムの一つとして『U=Uをめぐる陽性者とHIV予防対策と医療者のあり方について』というシンポジウムがライブで流され、何日かしてオンディマンド視聴(ただし学会登録者限定)もできるようになった。

 コミュニティセンターaktaのスタッフが直接、シンポに登場したわけではないが、座長も含めaktaとの交流が深く、一緒に活動することも多い人たちの報告は複数あった。キャンペーンもおそらく、シンポに合わせて開始することを意識したのではないか。

 日本国内では折しも、新型コロナウイルス感染症COVID-19の感染報告が増加し、社会の動揺と関心がそちらに向かっていた時期である。したがって、U=Uが耳目を集めることにはならなかったようだが、aktaとしては心に期するものがあったに違いない。この時期にあえて、という意味では拍手も送りたい。

 個人的なことを言うと、U=Uについては、コンセプトの重要性を理解しつつも賛否の感情がうまく整理できず、当ブログで取り上げることも比較的、少なかった。この機会に腰を据えて考え方を整理してみよう。

 

 まずはシンポの報告から。オンディマンド視聴が可能だったのは12月25日までなので遅きに失した感もあるが、齢を取ると何かと作業が遅くなる。ご容赦いただきたい。

 シンポジウムは順天堂大学の井上洋士教授と東北大学大北全俊准教授が座長となり、計5人の医師、研究者、HIV陽性者が報告を行った。 

 

 国立病院機構大阪医療センターの白阪琢磨医師は「U=Uを陽性者に伝える、社会に伝えることについて」をテーマに報告を行い、1996年以降のHIV治療の進歩を概説したうえで、治療を継続していればHIVで死ぬことはないという現状を改めて確認した。

 また、内閣府が2018年に行った3000人規模のネット世論調査で「エイズ死に至る病」と考える人が52.1%に達していたことも紹介している。「治療の現状」と「社会に広がるHIV/エイズのイメージ」とのギャップは今も大きい。

 国際的にみると、T as P(予防としての治療)の効果を実証するため、2007年から16年にかけて、パートナーズ研究、オポジット・アトラクト研究、パートナーズ2研究という3つの大規模調査が行われている。一連の調査で、治療を続け血液中のウイルスが検出限界値未満のHIV陽性者から性行為でHIVが陰性のパートナーに感染した事例は1件もなく、そのエビデンスによりU=Uは世界で広く認められているという。

 白阪医師が研究代表者である『HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班』では『抗HIV治療ガイドライン』の改定を毎年行っており、その2020年3月版でも「主な変更点」として真っ先にU=Uが記載されている。

 抗HIV治療ガイドライン 2020年3月発行

 《効果的な抗HIV治療により血中HIV RNA量が 200 コピー/mL 未満に持続的に抑制されている場合にはパートナーへの感染を防ぐことができる(U=U; Undetectable =Untransmittable)ことを明記した》

 最後に白阪医師はまとめとして以下の指摘を行っている。

 ・診察現場では、陽性者に機会をとらえて積極的にU=Uを伝えるようにする。

 ・HIVが日常生活でうつらないことはすでに学校でも教えられている。

 ・治療状況の良い人からは性感染もしないということを一般向け啓発で伝え、偏見差別の解消に取り組む必要がある。

 ・これはHIVについてであり、他の感染症を含まないことには注意が必要。

 

 国立国際医療研究センター エイズ研究センターの照屋勝治医師はまず、患者から「コンドームなしでセックスをしても大丈夫ですよね」と聞かれたらどうするかについて説明した。「相手があなたの感染を知っていて、かつ感染リスクがほぼゼロであることを理解しているなら、合意の上でコンドームなしで性交渉を行うことは医学的には全く問題がない」と答えるという。

 ただし、「自分を守ってください」というアドバイスも行う。患者自身が薬剤耐性ウイルスに感染するリスクがゼロではないこと、HIV以外の性感染症もあることなどにより「本当に信頼できるパートナー以外との性交渉では、コンドームを使用した方が安全」と考えるからだ。

 U=Uについては同時に、HIV陽性者のメンタルヘルスの改善という観点を重視する必要があり、患者自身の自尊心を高めて服薬アドヒアランスを向上させるツールとして重要なメッセージになることも強調した。

 次にU=Uで「本当に感染リスクはゼロなのか」という疑問を取り上げ、上記3つの国際的な大規模研究による合計10万回以上の性行為でパートナー間の感染が起きていなかったというエビデンスにも、母集団のバイアスリスクや観察期間が2年未満で短すぎる可能性など、厳密にいえば「突っ込みどころ」がないわけではないと指摘した。

 ただし、「それでも治療成功例からの性交渉での感染はおそらくゼロ」と照屋医師は述べている。体液中のHIVの感染性には量的な因子が大きく、輸血による感染事例の検証から考えると、HIV感染が成立するには1000コピー程度のウイルスが体内に入る必要がありそうなので、「U=Uは現実の問題としては、おそらく正しい」という判断だ。

 最後に「医師は何に悩んでいるか」という観点から、医療機関で針刺し事故があったときにPEP(曝露後予防投薬)を行うかどうか取り上げている。

 U=Uは性感染に関するエビデンスなので、そのまま針刺し事故への対応にあてはめることはできない。それでも治療成功患者の血液で針刺し事故が起きるリスクは極めて低いと考えられる。照屋医師は、これまでの報告から治療成功患者の血液による経皮感染リスクは300万~3000万分の1と推定している。

 それでも、PEPを行うのはどうしてか。

 ここには論理と感情が複合的に関連していると照屋医師は考える。非論理的部分(つまり感情)との間の折り合いをどうつけるか。

 個人的な感想で恐縮だが、この点は社会的課題としての差別や偏見の解消とも微妙につながってくる問題だろう。

 

 東京医大産婦人科の久慈直昭医師は「HIV感染者に対する不妊治療」について報告した。対象は、子供をつくるために産婦人科を訪れる患者で男女のいずれかがHIV陽性のケースである。男性が陽性の場合には洗浄精子による体外受精が試みられてきた。U=Uならその必要はなくなるが、2020年にはそれでも不妊治療を求めるカップルが以前より増えた。

 その背景として「受診するカップルがほぼ全員、自然性交による挙児をはかっているが妊娠しなかった」「女性高年齢または男性不妊症例の比率が増加している」「現在でも通常の不妊治療機関では治療を断られることが多い」といった傾向があるという。

報告のまとめとして、久慈医師は次の3点をあげている。

 ・U=U以降も、HIV感染者の不妊症例が挙児をはかるには一定の困難がある。

 ・HIV感染者が女性でも男性でも、治療法はほぼ確立。

 ・今後人工授精など、より侵襲の少ない治療法の開発が必要。

 またしても個人的な感想で恐縮だが、U=Uであってもなお「通常の不妊治療機関では治療を断られる」という現状は、照屋医師が指摘した「論理と感情が複合的に関連」する課題でもあるように思う。社会的な差別や偏見の解消ともからみ、解決すべき問題の根は深い。

 

 3人の医師の発表を私が理解できた範囲で紹介してきた。理解不足に加え、誤解もあると思うので、お気づきの点があればご指摘を賜りたい。シンポではこの後もさらに名古屋市立大学看護学研究科の金子典代准教授、日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表による発表とディスカッションが控えているのだが、少し長くなってきたので、臨床の医師3人の発表をお伝えしたところで小休止し、呼吸を整えてから次回につなげていくことにしたい。悪しからず。