90-90-90ターゲットと新型コロナウイルス感染症の流行 エイズと社会ウェブ版512

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)の公式サイトには『今週のグラフ』という欄があり、HIV/エイズ関連のデータが紹介されています。9月21日(月)の週は、90-90-90ターゲットに向けた検査と治療カスケードの達成状況(2019末現在)を取り上げています。 

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 おさらいになりますが、90-90-90ターゲットの3つの90について少し説明しておきましょう。

  • 最初の90:HIV陽性者の90%が検査で自分の感染を知る。
  • 2番目の90:感染を知った人の90%が抗レトロウイルス治療を受ける。
  • 3番目の90:治療を始めた人の90%が体内のHIV量の抑制状態を維持する。

 この3つの90がすべて達成されると、90×90×90=72.9となり、約73%の人は自らの健康を保ち、同時に他の人への性感染のリスクもなくなります。

 国連総会は「公衆衛生上の脅威としてのエイズの流行」を2030年までに終結に導くという国際的な共通目標を2016年の政治宣言で採択しました。宣言は同時に、2020年末までの高速対応ターゲットとして、各国が上記90-90-90を達成することも約束しています。

 グラフに示されているのは、高速対応の締め切りまで後1年に迫った2019年末現在の世界の推定達成状況です。

 自らの感染を知るHIV陽性者は81%でした。最初の90には330万人分届いていません。

 治療を受けている人はHIV陽性者全体の67%で、2番目のターゲット(90×90=81%)とは540万人のギャップがあります。

 ウイルス量の抑制(検出限界値未満)を維持している人はHIV陽性者全体の59%なので、3つのターゲット全体でも90-90-90には540万人のギャップがあります(ちょっと数字が合わない気もしますが、グラフではそう説明されているので、悪しからず)。

 かなり健闘はしているけれど、1年後にターゲットを達成するのは残念ながら無理だねというのが2019年末時点のデータに基づくUNAIDSの評価でしょう。

 ただし、これはあくまで2019年までの話であるということにも注意しておく必要があります。年が明けてから急速に世界中に広がっていったCOVID-19の流行により、2019年末時点と比べても、事態はむしろ後退している恐れが強まっているからです。

『地域によっては、医薬品の入手が困難になり供給が最大で20%も減っている国もあります。60日以上もロックダウンが続き、抗レトロウイルス薬がなくなってしまったり、食べるものがないので治療をやめてしまったりするHIV陽性者の事例も多数、報告されています』

 新規HIV感染も、エイズ関連の死者数も、減少から増加へと再び転じていく恐れがある。UNAIDSはこう指摘していますが、同時に『2020年1月から6月までの月次データをみると、治療を受けている人の数がこの6カ月間で大幅に減っているわけではありません』とも付け加えています。

 どっちなのか、まだ分かりません。世界中がいまなお健闘を続けている。そう考えたい。それでも、新たなパンデミックとその対策は長期化する見通しなので、影響はこれからもじわじわと広がっていく。そのことは覚悟しておかなければならないでしょう。

 だから、COVID-19対策よりもHIV/エイズ対策を重視しろと言いたいわけではありません。パンデミックの複合により、影響は相乗的に拡大していく。そうした事態に対応するには、HIV/エイズの経験を生かし、2つのパンデミック対策の相乗効果も高めていく必要があります。

 ことあるごとに指摘されてきたことなので、もう耳にタコができちゃっているかもしれませんね。それでも、事態が少し変化し、風向きが変わってくると、すぐに忘れてしまう傾向があるのもまた世の常、人の常なので、この際、改めて強調しておく必要がありそうです。

 以下、今週のグラフ(2020.9.21)の日本語仮訳です。

 

www.unaids.org

90-90-90:大きく前進しているものの、2020年ターゲットの達成軌道からは外れる

 2020年9月21日 今週のグラフ(UNAIDS) 

 国連総会は2016年のエイズ終結に関する政治宣言で、各国が2020年末までに90-90-90ターゲットを達成することを約束しました。2020年末までにHIV陽性者の大多数が検査と治療を受けられるようにし、陽性者自身の体内のHIV量を検出限界値未満に抑えることで陽性者自身の健康を維持するとともに、他の人への感染を防げるようにするターゲットです。

 世界的にみると、HIV検査と治療のカスケードの各段階とも目覚しい成果が得られています。2019年末時点で、HIV陽性者の81%が自らの感染を知っており、3分の2以上(67%)が抗レトロウイルス治療を受けています。世界のHIV陽性者3800万人のうち2540万人が治療を受けていることになり、その数は2010年当時の3倍以上に増えています。

 自らの感染を知って治療を受ける人の数が増え、治療の効果も高くなっていることを反映して、2019年にはHIV陽性者の体内のウイルス量のレベルが2015年当時より18パーセント・ポイントも低くなっています。この結果、世界のHIV陽性者のほぼ59%がウイルス量を検出限界未満に抑えているのです。それでも、2020年末までにHIV陽性者の少なくとも73%がウイルス量の抑制を果たすという90-90-90ターゲットは、達成できそうにありません。

 COVID-19のパンデミックHIV陽性者の体内のウイルス量抑制に影響を与える可能性があります。新たなパンデミックの初期段階に行われたモデリング推計によると、サハラ以南のアフリカでは、COVID-19の流行とその対策がHIV治療の普及に重大な影響もたらし、エイズ関連の死亡がさらに増える可能性があります。地域によっては、医薬品の入手が困難になり供給が最大で20%も減っている国もあります。60日以上もロックダウンが続き、抗レトロウイルス薬がなくなってしまったり、食べるものがないので治療をやめてしまったりするHIV陽性者の事例も多数、報告されています。しかし、各国がUNAIDSに報告した2020年1月から6月までの月次データをみると、治療を受けている人の数がこの6カ月間で大幅に減っているわけではありません。

 

 

90–90–90: good progress, but the world is off-track for hitting the 2020 targets

21 SEPTEMBER 2020

 

In 2016, the United Nations General Assembly’s Political Declaration on Ending AIDS committed countries to the 90–90–90 targets, which aim to bring HIV testing and treatment to the vast majority of people living with HIV by the end of 2020 and to reduce the amount of HIV in their bodies to undetectable levels, so they keep healthy and to prevent the further spread of the virus.

Globally, there have been remarkable gains across the HIV testing and treatment cascade. At the end of 2019, 81% of people living with HIV knew their HIV status, and more than two thirds (67%) were on antiretroviral therapy, equal to an estimated 25.4 million of the 38.0 million people living with HIV—a number that has more than tripled since 2010.

Gains in treatment effectiveness, as well as increases in the number of people who know their status and are on treatment, are reflected in the fact that viral load suppression levels among all people living with HIV increased by 18 percentage points between 2015 and 2019. Almost 59% of people living with HIV globally had suppressed viral loads in 2019. However, achieving the 90–90–90 targets results in a minimum of 73% of people living with HIV having suppressed viral loads, so the global target for the end of 2020 is unlikely to be met.

The COVID-19 pandemic also could have an impact on viral load. Early modelling showed that a severe disruption in HIV treatment could result in additional AIDS-related deaths in sub-Saharan Africa. Some countries have reported reductions in medicine collections of up to 20% in some areas and there have been multiple reports of people living with HIV not having enough antiretroviral medicine for a lockdown of more than 60 days, as well as reports of people having abandoned their HIV treatment due to a lack of food. However, monthly data from January to June 2020 reported by countries to UNAIDS have not shown substantial declines in the numbers of people currently on treatment over the six-month period.