最近は物忘れが激しいので、過去の資料を少しずつ整理しています。以下に紹介するのは2006年2月4日に慶應義塾大学の三田キャンパスに近い居酒屋、つるの屋で開かれた《手記リーディング「Living Together」居酒屋版 vol1.》の事前告知のチラシに掲載した文章の一部です。
つるの屋さんは内外のHIV/エイズ対策関係者の多くが訪れた伝説の居酒屋です。その居酒屋のおかみも、第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議で名演奏を披露した岸本寿男先生も、それからNHKの解説委員の方もHIV陽性者の手記を読みました。ああ、行きたかったなあといまにして思うでしょ。
8年前にすでに終了したイベントですので、来年の手帳の2月8日の欄に予定を書き込まないように。そんな人はいないと思いますが、念のため。
なお、手記リーディング関係の直近のイベントとしては「akta活動報告会+Living Togetherのど自慢33」が2014年7月13日に東京・新宿二丁目の「九州男」で開かれます。詳細はこちらでどうぞ。
http://www.ca-aids.jp/event/140713_nodojiman_33.html
それでは、2006年の居酒屋ワールドに戻りましょう。
◇
HIV陽性者の手記を第三者が読み、それを聞く。
書き手と読み手、読み手と聞き手。
ポジティブな三角関係が見えない現実を変える。
日時 :2006年2月4日(土)午後3時―5時30分
会場 :つるの屋(東京都港区芝5-14-15、慶応大学すぐ近く)
AIDS&Society研究会議の第84回フォーラムは、特定非営利活動法人「ぷれいす東京」が中心になって進める「Living Togetherプロジェクト」の手記リーディングに挑戦します。HIV/エイズの流行に対する国内の関心の低下が指摘されるとき、必ずと言っていいほど登場するのが「HIV陽性者の顔が見えない」という議論です。HIVの感染が広がっているといったって、それでは、その感染した人はどこにいるの。感染している人の存在も判らないようでは、関心の持ちようもないじゃないの・・・と、そこまで露骨に言わないまでも、何となくそんな気分が広がっています。
見えないものは信じない。まあ、それもいいけれど、少し想像力を働かせれば、見えなくても存在しているものはたくさんあります。顕在化しない状態で進行している現象も当然、あります。
「だから」と、新聞記者M氏は時々、こんなことを言い出します。
「HIVに感染した人がもっとカミングアウトする必要があります。HIV陽性者を紹介してください。異性間の性行為で10代のうちに感染した若い女性がいいですね。世の中が少しでも関心を持つようにするためですから、どうかお願いします」
でも、この理屈は少し変です。そうかな、と一瞬、思ってしまうけど、やっぱり変です。だって、紹介なんかしてもらわなくたって、HIV/エイズの流行について取材をする気があれば、取り上げる課題はたくさんあります。その課題を一つ一つ理解していく過程で、HIVに感染した人にも、感染していない人にもたくさん出会うことになるはずです。ちょっと時間をかければすむ話です。差し出がましいようですが、インタビューはそれからにした方がいいのではないでしょうか。
さらにそれ以前の基本的な疑問として、HIV陽性者が新聞やテレビの取材に応じれば、それで現実が見えるようになるのでしょうかという問題もあります。なるかもしれないし、ならないかもしれない。むしろ余計、見えなくなることもあるかもしれません。
逆にHIV陽性者に会わなければ、現実は見えないのでしょうか。そんなことはありません。ぷれいす東京の「Living Together プロジェクト」はまさに、それを証明する事例ということができます。
ぷれいす東京には、HIV陽性者やその家族、友人といった人たちからの数多くの手記が寄せられています。その手記を書いた人とは別の人が、読み手として自分の選んだ手記を多数の聞き手の前で読み上げ、そして読んだ感想を語っていく。それが「Living Together プロジェクト」の手記リーディングです。
HIV陽性者のカミングアウトが困難なのは、社会的な差別と偏見に基づく迫害や不利益を受けるのではないかという強い懸念があるからでしょう。実際には、感染したことを周囲の人に告げてみたけれど、あるいはHIV陽性者としてマスメディアの取材に応じてみたけれど、それほど大きな不利益も迫害も受けませんでしたという結果になることもあるかもしれません。
しかし、その一方で、HIV陽性者が、もし感染を公表したら生活上の重大な不利益を受けるのではないかという懸念を抱いて不思議ではない現実も、いまの日本の社会にはあります。どうなるか分からないけど、ちょっと勝負してみたらとはなかなかいえません。
手記リーディングは、そうした不利益を極力、回避しつつ、いま日本の社会の中でたくさんのHIVに感染した人たちが生活していることを具体的に伝える工夫のひとつです。
しかも、書き手と聞き手の間に読み手という装置が存在し、その読み手が手記を読むという行為を通じて自分の中に生じた変化を語ることによって、HIV/エイズの流行の影響を受けているのが実はHIVに感染した人だけとは限らないという事情も聞き手に伝わります。
もしかしたら、手記の書き手もその大勢の聞き手の中にそっと座っていて、自分の手記が読まれることで、自分自身の中で何かが変化していくのを感じるかもしれません。これもまた、たくさんの聞き手があってこそ生まれる小さな奇跡というべきでしょう。
AIDS&Society研究会議は、その手記リーディングを居酒屋という最も肩の力の抜ける空間で開いてみようと考えました。手記リーディングの成否は場の雰囲気と読み手のラインアップにかかっています。フォーラムというと難しい議論ばかりで・・・という壁を打ち破る試みでもあります。サプライズゲストと極上の音楽も用意します。
また、今回のフォーラムは、ぷれいす東京の池上千寿子代表が会長をされる第20回日本エイズ学会学術集会(今年11月30日~12月2日、東京)の協賛企画でもあります。たくさんの皆さんのご参加をお待ちしています。