紹介がちょっと遅くなりましたが、5月18日はHIVワクチン啓発デーということで、国際エイズ学会(IAS)が声明を発表しています。その日本語仮訳です。
声明でも指摘されているようにHIVワクチンの研究は、モザイコ臨床試験が有効性の欠如により中止されたことから再び大きな壁に突き当たり、停滞感があることは否めません。
(注:モザイコ試験の中止については、参考までにこちらをご覧ください。
https://hatproject.seesaa.net/article/497592419.html )
HIVワクチンには期待が持てないので、抗レトロウイルス薬の普及に注力した方がいい・・・と言わんばかりの意見を聞くこともあります。それでも、公衆衛生上の脅威としてのエイズ終結を目指すならHIVワクチンの開発は不可欠ということで、IASは研究開発への意欲を失わないよう関係者に呼びかけています。
声明がとくに欧州を強調しているのは、2019年から2020年にかけて、HIV予防ワクチンの研究開発資金は世界全体で5.5%減となる中で、欧州の減少が31%ととりわけ大きいからです。
ただし、直近の減少率が大きいということは、それまで健闘していたということでもあります。日本はどうなのでしょうか。ワクチン分野に限った話ではなさそうですが、研究者の苦境を放置するわけにはいきません。
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IAS声明:欧州は効果的なHIVワクチン開発の努力を放棄してはならない
2023年5月18日(スイス・ジュネーブ) HIVワクチン啓発デーにあたり、IAS (国際エイズ学会) は、HIVワクチンの研究開発 (R&D)に携わるすべての関係者、とりわけヨーロッパの関係者に対し、開発資金の確保に改めて力を入れるよう呼びかけたい。
HIVの発見から40年以上が経過する中で、曝露前予防(PrEP)や抗レトロウイルス治療(ART)による感染予防効果に画期的な進歩が見られている。しかし、2021年の新規HIV感染者数は年間150万人と推定され、2020年の世界エイズターゲットが目標としていた新規感染者数を100万人も上回っていた。また、世界のHIV陽性者3840万人の4分の1は治療を受けることができずにいる。ワクチンは依然、最も効果的な予防法なのだが、まだ実現の見通しは立っていない。
2019年から2020年にかけて、HIV予防ワクチンの研究開発資金は世界全体で5.5%、つまり4600万ドル減少している。中でも欧州では31%も減少しており、ワクチン開発への道筋が著しく損なわれることになった。
「ヨーロッパには、効果的なHIVワクチン開発への努力を放棄しないよう求めたい。世界のHIV対策の中で、効果的なHIV ワクチンの役割を過小評価することはできません。特にHIV感染率が依然として高い低・中所得国では大切です」「ヨーロッパには、効果的なHIVワクチン開発への努力を放棄しないよう求めたい。世界のHIV対策の中で、効果的なHIV ワクチンの役割を過小評価することはできません。特にHIV感染率が依然として高い低・中所得国では大切です」とIASのマレーヌ・ブラス局長(HIVプログラム・アドボカシー担当)は語る。「効果的で入手可能なワクチンがあれば、世界ターゲット達成の可能性は大きく開けます」
IASの世界HIV ワクチン計画(The IAS Global HIV Vaccine Enterprise)は、HIV ワクチン開発の目標について、最小限の投与回数(理想的には 1 回投与)で長期にわたる感染防御効果を維持することとしている。2012 年にPrEPが導入され、効果的な予防手段であることが明らかになった。しかし、継続的な服薬が必要なこと、そして抗HIV薬の服用に伴うアクセスの不平等や偏見は依然として残っている。
抗レトロウイルス治療(ART) の提供だけでなく、HIVワクチンが開発されれば、数十億ドルが節約できることになる。ワクチンに比べれば、治療は依然、高価である。ヨーロッパには230 万人のHIV陽性者が暮らしており、2021年には毎日約300人が新規にHIV感染の診断を受けている。クライアント一人あたりの推定年間コストは、スペインで1万1638ユーロ、ドイツで3万2110ユーロ、フランスで1万4821ユーロ、イタリアで6399ユーロとなっている。
モザイコ臨床試験は有効性の欠如により中止されたが、このことはさらに今後の教訓を提供しており、HIVワクチンにはいまなお開発への希望ある。いま追求されている戦略の中には、広範な中和抗体の誘導や樹状細胞ベースの免疫療法が含まれている。HIVワクチンの研究は、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) ワクチンの開発を促進する上で重要な役割を果たした。治療用HIVワクチンは、機能的治癒への鍵となる可能性がある。
今年7月にオーストラリアのブリスベンで開かれる第12回HIV科学会議(IAS2023)の「HIV治療法と免疫療法フォーラム」では、最新のHIV治療とワクチン研究の進歩とその接点が検討される。
IASは公衆衛生と個人の幸福への脅威となるHIVの終結に尽力しており、その実現に向けてHIV ワクチン開発への資金確保をすべての関係者に呼びかけている。
IAS statement: Europe must not abandon the quest for an effective HIV vaccine
18 May 2023 (Geneva, Switzerland) – On this HIV Vaccine Awareness Day, IAS – the International AIDS Society – calls for the re-engagement of all stakeholders, especially in Europe, in funding HIV vaccine research and development (R&D).
After more than 40 years since HIV was discovered, there have been breakthroughs in curbing acquisition through pre-exposure prophylaxis (PrEP) and antiretroviral therapy (ART). However, 1.5 million people acquired HIV in 2021 – one million above the 2020 global targets for ending the AIDS epidemic – and a quarter of the 38.4 million people living with HIV globally do not have access to treatment. A vaccine remains the most effective prevention method and is still elusive.
Between 2019 and 2020, funding globally for HIV preventative vaccine R&D decreased by 5.5% or USD 46 million. In comparison, European funding decreased by 31%, significantly undermining pathways to an effective vaccine.
“We call on Europe to not abandon the quest for an effective HIV vaccine. The role of an effective HIV vaccine in the global HIV response cannot be underestimated, especially in low- and middle-income countries where HIV prevalence is still high,” Marlène Bras, IAS Director, HIV Programmes and Advocacy, said. “An effective and accessible vaccine will make it much more likely that we will meet our global targets.”
The IAS Global HIV Vaccine Enterprise notes that the goal of HIV vaccine development is to give long-lasting protection with the fewest number of doses, ideally a single dose. Introducing PrEP in 2012 has proven to be an effective prevention mechanism. But it requires consistent use, and inequities in access and stigma linked to taking HIV medication persist.
An HIV vaccine would save the world billions just in ART provision. Treatment remains expensive relative to a vaccine. In Europe, 2.3 million people are living with HIV, and almost 300 people were diagnosed with HIV every day in 2021; the estimated yearly cost per client is EUR 11,638 in Spain, EUR 32,110 in Germany, EUR 14,821 in France, and EUR 6,399 in Italy.
Discontinuation of the Mosaico efficacy trial due to lack of efficacy offers lessons to build on, and there is still hope for an HIV vaccine. Strategies being pursued include the induction of broadly neutralizing antibodies and dendritic cell-based immunotherapy. HIV vaccine research played a crucial role in facilitating the development of COVID-19 vaccines. A therapeutic HIV vaccine is feasibly the key to finding a cure with remission of the virus.
The progress and the intersection of the latest HIV cure and vaccine R&D will be explored in the 2023 HIV Cure & Immunotherapy Forum at IAS 2023, the 12th IAS Conference on HIV Science, in Brisbane, Australia, this July.
The IAS is committed to ending HIV as a threat to public health and individual well-being, and we call on all stakeholders to commit to funding the development of an HIV vaccine to make that a reality.