『HIV予防カスケードをつくる』 エイズと社会ウェブ版594

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が昨年11月に発表した『Creating HIV prevention cascades(HIV予防カスケードをつくる)』という報告書を翻訳しました。エイズ予防情報ネット(API-Net)にPDF日本語仮訳版が掲載されています。

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api-net.jfap.or.jp

 最初に報告書の英文タイトルを見たときに「つくる」って言われても、もう90-90-90ターゲットがあるでは? と少々、戸惑いました。

 でも、90-90-90ターゲットはあくまでケアのカスケードです。それが予防にも有効だということで、2014年ごろからUNAIDSが大々的にキャンペーンを展開してきた経緯があります。

 したがって、おっちょこちょいの私などは、若干の違和感を抱えつつも、ついつい「これこそ予防カスケード」と思い込んでしまったようです。いつもながら不明を恥じるばかり・・・。

 報告書の指摘にもあるように、予防に関していえば、90-90-90の対象は、HIVに感染している人から他の人への感染を防ぐという「二次予防」にとどまっています。

 『対策の効果を高めるには(一次予防として)感染の最も高いリスクに直面している人に焦点を合わせ、受け入れやすく、利用しやすいHIV予防プログラムにする必要があります』(報告書Summaryから)

 なるほど、そういうことでしたか。早く言ってよ。

 UNAIDSはこれまで、ターゲットが達成されれば、90-90-90の成果として2020年には世界の成人の新規HIV感染者数もエイズ関連の死者数も、年間50万人未満に減少するとの予測を示していました。

 実際にはどうだったのか。UNAIDSが公表しているファクトシートでは、2020年末のケアカスケードは次のようになっています。

 自分の感染を知っているHIV陽性者          84%

   このうち抗レトロウイルス治療を受けている人    87%

   さらにこのうち体内のHIV量が検出限界値未満の人 90%

 つまり、84-87-90です。掛け合わせるとHIV陽性者全体のうち66%が検出限界値未満を達成、維持していることになります。90-90-90の72.9%には届かないものの、かなり善戦健闘しています。

 検査と治療の普及に力を入れてきた成果は小さくありません。

 一方で、世界のHIV陽性者数は推計3760万人、年間の新規感染者数は推計150万人、エイズ関連の死者数は推計69万人です。

 つまり、エイズ関連の死者は大きく減少したものの、新規感染者数の方は90-90-90が実現した暁に期待された50万人の3倍です。減少したとはいえ、期待通りの成果が上がったとは言えません。

 ということで、グダグダと聞きかじりの数字を並べたうえで、個人的感想を言えば、90-90-90はケアカスケードであり、予防のカスケードとして使うには、限界があるのかもしれませんね。もちろん、無意味ということではないと思います。予防対策上は限界も織り込みつつ、今後も一応の指標として参考にしていくことはできると思います。

 したがって90-90-90は尊重しつつも、じゃあ、有効な予防カスケードはあるのかという少々、込み入った話になりますが、コンドーム使用やPrEPなど一次予防も含めたカスケードを作るとなると、これがなかなか一筋縄ではいきません。

 実は、そのあたりの期待と混乱を整理しつつまとめたのが『HIV予防カスケードをつくる』という報告書です。世界各地で予防対策に取り組む政府機関やNGOの実務担当者向けガイダンス(手引き)ということなので、かなりテクニカルな内容で、やたらと表が登場します。

 しかも、これだというカスケードが示されているわけではありません。

 一定の指標となり得るものを示しつつ、それぞれの実情に応じながら工夫していきましょうということに落ち着き、訳しているとどこかはぐらかされた印象も受けました。

でも、そのはぐらかされ具合が、息の長いパンデミック対策には必要なのかもしれません。どうしたら現実と対策のギャップを埋めることができるのか。参考になる記述もたくさんあるので、適当に飛ばしながらでも、お読みいただければ幸いです。