警戒すべき拡大の背景・ロシアのHIV流行 エイズと社会ウェッブ版290

 ロシアでHIV陽性者の支援活動を続けているThe Russian AIDS Center Foundation(ロシア人エイズセンター財団)の紹介記事が915日付で国連合同エイズ計画(UNAIDS)の公式サイトに掲載されています。その日本語仮訳を作成し、HATプロジェクトのブログに載せたので、ご覧ください。 

asajp.at.webry.info

 財団の創設1周年を報じる短い記事ですが、創設者であるジャーナリスト・TV司会者のアントン・クラソフスキー氏は以下のように語っています。

HIV陽性者や薬物使用者への政府の対応を認めることはできません。レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダーインターセックスの人たちに対する差別には強く反対しています』

プーチン政権下のロシアで、はっきりとこうした意見を表明できる団体が存在していること、そして、大国には何かと気を遣うことが多い国連機関の一つであるUNAIDSが公式サイトでその活動を紹介していること。これはもしかしたら、ロシアのエイズ対策が変化しつつあることを示す注目すべき動きなのではないかと個人的には感じました。

どのように変化するのか、あるいは結局しないのか。ロシアの事情に疎いわたくしにはもちろん、それは分かりませんが、ロシアのHIV/エイズの流行がいま、きわめて深刻な状態にあることは、今回の紹介記事からも、これまでのUNAIDSの報告からも十分、推測できます。

 たとえば、UNAIDSが今年7月に発表した報告書『エイズ終結を目指す:90-90-90目標への前進』には、各論編で90-90-90達成に向けた地域別の現状が示されています。

(注)報告書についてはとりあえずプレスリリースだけ日本語に訳し、当ブログに掲載してありますので、どんな報告書かご関心がおありの方はこちらをご覧ください。

http://miyatak.hatenablog.com/entry/2017/07/22/120855

全体としては「まだまだ不十分ではあるけれど、世界はそれなりに健闘しています」というトーンのプレスリリースだったのですが、その中でも『中東・北アフリカ、東欧・中央アジアでは、90-90-90目標に向けた成果は芳しくない』と明記されています。

しかも、東欧・中央アジアHIV新規感染については『感染の増加は警戒すべき状態である』とダメ出しされており、その新規感染の大半はロシアで発生していることにも言及しています。どれほど警戒すべきなのか。報告書の各地域編によると、こんな状態です。

《東欧・中央アジアHIV流行は拡大を続けている。2016年の新規HIV感染件数は19万件 [16万~22万件]で、2010年当時の12万件 [10–13万件]より60%も多い

 《この地域のHIV流行はとくにロシアとウクライナ2つの国が中心となっている。地域全体の81%はロシア、9%ウクライナの流行と考えられるからだ。ロシアの流行は急速な拡大を続けている:新規感染件数は2010年に62581件だったのが、2016年には103438件となっている》

 《The HIV epidemic in eastern Europe and central Asia continues to grow. The estimated 190 000 [160 000–220 000] people newly infected with HIV in the region in 2016 was a 60% increase over the 120 000 [100 000–130 000] in 2010. 》

 《The region’s HIV epidemic is primarily within two countries: the Russian Federation and Ukraine. These countries accounted for an estimated 81% and 9% of new HIV infections in 2016, respectively. The Russian Federation’s epidemic continues to grow rapidly: the number of newly reported cases increased from 62 581 in 2010 to 103 438 in 2016. 》

 (UNAIDS  Ending AIDS: progress towards the 90–90–90 targets  p164

 参考までに、同じUNAIDSのサイトのAIDS Infoというデータ集の2016年新規感染者数推計によると(ロシアの数字はまだ報告されていないことになっていますが)、南アフリカ27万人)、ナイジェリア(22万人)に次いで世界で3番目に年間の新規感染者数が多いことになります。

http://aidsinfo.unaids.org/ 

2010年には南アフリカ38万人)、ナイジェリア(23万人)だったと推計されているので、それと比較すると、南アフリカは大幅に減少、ナイジェリアも曲がりなりにも減少しているのに対し、ロシアの増加は際立っています。

こうした急速な新規感染の増加により、ロシア国内のHIV陽性者数はすでに100万人を超え、昨年の段階で推計108万人に達しているようです。

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 どうしてこういうことになったのか。詳しい情報がないので遠回しの言い方になって恐縮ですが、『HIV陽性者や薬物使用者への政府の対応を認めることはできません。レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダーインターセックスの人たちに対する差別には強く反対しています』という先ほどのクラソフスキー氏のコメントが背景を表しているように思います。

また、UNAIDSの特集記事には財団事務所とみられる写真が掲載されています。その集合写真の背景に、キース・へリングの「Silence = Death」のポスターと同じ「見ざる、聞かざる、言わざる」の絵が飾られているのも象徴的ですね。