2020年も1月の半ばを過ぎると、いろいろと動き出しますね。中国の新型コロナウイルスによる肺炎のアウトブレークでは、日本国内でも発症例が報告され、新聞やテレビのニュースでさかんに取り上げられるようになりました。
国内においては久しぶりの新興感染症の報告例となるので、ちょっと世の中がぐらっと来ている印象もあります。個人的にはそれほど大きく広がる印象は受けていないのですが、なにせ最初に流行が確認されたのは中国です。情報がどこまで公開されるか、過去の経験からすると、どうも見えにくい感じは残ります。
個人的には、世の中から大幅に取り残されてしまった老人であり、あまりお役に立てそうにはありませんが、未知の感染症に対する社会の対応という観点から少しは参考にできる過去の経験も出てくるかもしれません。遅ればせながら得られる情報は集め、現象が変化した時にも対応できるよう考え方を整理しておこうかな・・・。
そのため、というわけではなかったのですが、TOP-HAT Newsの2020年1月発行分では、巻頭にakta youtube channelを紹介しました。
『HIV感染症の専門医が徹底解説!』というタイトルで都立駒込病院感染症科、今村顕史部長のインタビュー動画が3回シリーズで掲載されています。
HIV感染の話なので、呼吸器感染症である新型コロナウイルスの肺炎とは異なる部分が多いとは思います。それでも、感染症の流行にまつわる不安や恐怖への対応という観点からは示唆に富む発言が随所に見られます。
例えば、HIV感染に関しては抗レトロウイルス治療の進歩で、早期に検査を受け、治療を開始すれば、感染していない人と同じくらい長く生きていけるし、他の人にHIVが性感染するリスクもなくなる。それでもなお、人によっては検査を受けることができないでいる。なかなか踏ん切りがつかない。その微妙な不安心理について、今村さんは「感染のリスクには気づいている。それでも自分から一歩踏み出さないと検査は受けられない。もしやと思ってもまさかと思う気持ちがある」と一定の理解を示しています。では、その不安はどうしたら乗り越えられるのか・・・このあたりはインタビュー動画のPart3に出てきます。そんなに長くないので、ぜひご覧ください。
また、臨床医としての経験から予防についても次のように語っています。
「人にうつさないようにというセーファーセックスの話はあまりしない。自分を守るようにしましょうねということで話をする。その方が実戦的です」
性感染症と呼吸器感染症では事情は異なるのかもしれませんが、感染症の予防とケアの提供との関係を考えるうえでは、大いに参考にできる指摘なのではないかと改めて思いました。
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第137号(2020年 1月)
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◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆
1 はじめに 『HIV感染症の専門医が徹底解説!』(akta youtube channnelから)
2 米トランプ政権がPrEP薬無償配布プログラム
3 HIVと人権情報センターが解散
4 「健康でより良い世界」への投資
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1 はじめに 『HIV感染症の専門医が徹底解説!』(akta youtube channnelから)
HIV/エイズや性感染症の情報発信基地でもある新宿二丁目のコミュニティセンターaktaが、昨年12月の世界エイズデーから、akta youtube channelを開設しました。
最初の動画『HIV感染症の専門医が徹底解説!』では、厚労科研「HIV検査受検勧奨に関する研究」の研究代表者でもある都立駒込病院感染症科の今村顕史部長に「HIV検査を早めに受けることが昔以上に大事だって聞いたんですけど、ほんとですか?」と話を聞いています。
Part1:HIVは亡くなる病気じゃない?(8分47秒)
Part2:性行為でのHIV感染は防げる?(4分17秒)
Part3:HIV検査を受けるか迷っている人へ(6分1秒)
全部あわせても20分弱なので一気に見てもいいし、時間が空いた時にPartごとに見てもよさそうです。
わが国では毎年1300人から1400人の新規HIV感染が報告されています。国際的にみれば非常に少なくはありますが、さらに報告をゼロに近づけ、新たにHIVに感染するケースを減らしていくにはどうしたらいいか。この点が大きな課題になっています。
感染経路別で見ると、報告の多くが男性同性間の性感染で占められていることから、今村さんへのインタビューのメッセージも主に『男性とセックスをする男性(MSM)で、検査を受けなければと思っていても、感染の有無を確認することへの不安から検査を受けられずにいる人』に当てられています。ただし、MSMではなくても、HIV感染のリスクに曝されている人、さらにその周囲にいる人たちにとっても有効かつ必要なメッセージというべきでしょう。
今村さんは「治療が劇的に進歩したことで、早く診断をして治療を開始すれば死なない病気になっている。HIVのない人と同じくらいに長生きできるという意味で怖くなくなってきたという部分はあります」と強調しています。効果が高いだけでなく、服薬も容易になっているのです。
「以前は回数も多く、副作用も多いので、飲むのが大変ですよという説明をしなければならなかった。今は1日1回1錠で、副作用もないのが普通。あったとしても他の薬に切り替えられる。スタートのときにそう説明できるようになっています」
朝、薬をのむことさえ忘れなければ、あとは1日、HIV感染については忘れて生活することができる。この心理的負担からの解放は服薬継続の意味からも重要です。
「ただ、一方で治療が遅れるとなくなる可能性もある。その怖さは必ずあるということは知っておいた方がいい」
それでもなお検査を受けることに踏ん切りがつかない。それはどうしてなのか。 今村さんはここで「感染のリスクには気づいている。それでも自分から一歩踏み出さないと検査は受けられない。もしやと思ってもまさかと思う気持ちがある」と微妙な不安心理に理解を示します。HIV感染だけでなく、がんなど他の病気でも同じことがいえるからです。
「検診したら早く見つかるかもしれない。でも見つかるのは怖い。これは意外にみんな持っている感情ではある。診断して早く見つかればいいと知識で理解できたとしても、分かったら何かが変わるんじゃないかなというボヤっとした恐怖感はみんな持つのではないか」
そうした不安を解消するにはどうしたらいいか。今村さんは「情報の共有」をキーワードに挙げています。
「何となく、もやっとしたトンネルに入っているような不安が検査をけっこう妨げる。ゲイの人たちの間では身近に感染者が増えていること、それにプラスして身近で検査を受けたことがある人もいる。その情報をうまく共有してほしい。ここに行ったよ、けっこう対応がよかったよといったことを仲間の中で伝えあうことがおそらく、どこかでいま行けば間に合う人を救えることになると思う」
また、臨床医としての経験から予防についても次のように語っています。
「人にうつさないようにというセーファーセックスの話はあまりしない。自分を守るようにしましょうねということで話をする。その方が実戦的です」
コンドーム使用を含むセーファーセックスは他の性感染症の予防という観点からも重要です。不安に対して少しだけ視野が広がるメッセージを提供する。遠回りのようでも、その積み重ねが有効な予防策につながります。これも長い経験の蓄積と治療の進歩がもたらした大きな成果の一つなのかもしれません。
2 米トランプ政権がPrEP薬無償配布プログラム
HIV感染の高いリスクに曝されている人が、あらかじめ抗レトロウイルス薬を服用する感染予防策は曝露前予防服薬(PrEP)と呼ばれています。米保健福祉省は昨年12月3日、米国内でこの予防策の普及拡大をはかるため『Ready, Set, PrEP』というPrEP薬無償配布プログラムをスタートさせました。配布対象は次の3つの条件に当てはまる人です。
1 検査でHIVが陰性である
2 医療提供者から正当な処方箋を得ている
3 外来患者向け処方薬が医療保険でカバーされていない
米トランプ大統領は『HIV流行終結へ:アメリカ国内計画(EHE)』を打ち出しており、米国内の新規HIV感染を5年以内に75%、さらに10年以内には90%減らすことを目指しています。米保健福祉省は『Ready, Set, PrEP』について、この計画の成否を左右する重要な施策としていますが、無償配布という前のめりの方策の採用は、PrEPが政権の期待通りには広がっていない現実を示してもいます。
3 HIVと人権情報センターが解散
30年あまりにわたってHIV陽性者の支援やHIV啓発、検査普及活動などに取り組んできた特定非営利活動法人HIVと人権情報センターが、2019年9月30日に法人を解散し、昨年末で事業を終了しました。公式サイトに「法人解散と事業終了のお知らせ」が掲載されています。
「NPO法人としてこの先も社会的役割を継続して参りたいところではございますが、諸般の事情により解散する運びとなりました」としています。
4 「健康でより良い世界」への投資
グローバルファンド日本委員会(FGFJ)が昨年12月に発行したFGFJレポートNo21で、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の第6次増資会合を特集しています。
http://fgfj.jcie.or.jp/wp-content/uploads/2019/12/FGFJreport21.pdf
会合はグローバルファンドが2020年から22年までの3年間に必要とする資金を確保するため、フランスのリヨンで10月9、10日の2日間にわたって開かれました。主催国フランスのエマニュエル・マクロン大統領が「不平等と闘い、社会正義を実現して次の世代に健康でより良い世界を届けよう」と訴え、国際社会がそれにこたえるかたちで各国や民間ドナーから総額140億2000万ドルの資金拠出が誓約されています。