いまだからこそ:経験を生かすには エイズと社会ウェブ版449

 たまたまではありますが、HIV/エイズ関連年表作成の下調べを細々と続けていたら、『エイズ新型インフルエンザ 警告と持続的報道の難しさ』という拙文が見つかりました。日本記者クラブ会報No.469(2009年3月10日)のワーキングプレスというコラム欄に載っています。こちらですね。11ページに掲載されています。

https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2009/03/jnpc-b-2009031.pdf

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  時期的には、メキシコや米国で豚由来とされる新型インフルエンザ(A/H1N1)の発生が話題になるちょっと前になります。

厚労省の報道発表資料をみると、2009年4月25日に「メキシコ及び米国におけるインフルエンザ様疾患の発生状況について」という報道発表資料が出されています。 

www.mhlw.go.jp

《今般、メキシコにおいて、インフルエンザ様の症状を示す比較的重い呼吸器疾患が流行しているとの情報、また、米国においては、ヒトの間で豚インフルエンザウイルス(H1N1亜型)によるインフルエンザが発生しているとの情報があったことから、別紙(PDF:435KB)のとおり対応することといたしましたので、情報提供いたします》

 参考までに別紙はこちらです。

 https://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/04/dl/h0425-1a.pdf

 『国民の皆様には、正しい情報に基づいた冷静な対応をお願いします』と厚労省は書いていますが、その後の推移をみると、厚労省や政治家の皆様の対応は、冷静とはいいがたいものでした(報道もそうだったけれど)。

 すいません、その話はまた別の機会に譲るとして、記者クラブ会報のコラム原稿は新型インフルエンザの流行よる国内の対応の混乱を経験する以前に書かれたものです。

 実は21世紀に入ってからでも、SARSの流行や鳥インフルエンザの(家禽の間での)アウトブレークなど、感染症の流行に伴う混乱は2009年以前にすでに何度か経験しています。

 それなのに同じような(あるいはそれ以上の)混乱を招いてしまうのはどうしてなのか。この問題は情報を伝えるという観点からも考えておく必要がありそうです。

 おずおずとではありますが、コラムではこの点について『困難な病と闘っているのは抽象的な数字や得体のしれない怪物などではなく、具体的な人間だというごく平明な事実認識しておくことが大切ではないか』と指摘しました。いまもその考え方は変わりません。

 もちろん2009年の新型インフルエンザの流行と20世紀末から続くHIV/エイズパンデミックは、流行の性格も感染経路も異なる面が多くあります。

 いま大きな懸念の対象となっている新型コロナウィルスによる肺炎の拡大にもまた、固有の事情があるでしょう。情報の面ではまだ分からないことの方が多いので、こうした時期の報道機関の役割として、明らかになった事実や情報は大急ぎで伝えることも大切です。注意喚起や警告も必要でしょう。それを否定するわけではありません。

 一方で、未知の事態に直面した時の恐怖や不安は後で考えれば制御可能と思えたものでさえ、とりあえず制御が困難になってしまうこともあります。のど元過ぎれば熱さは忘れちゃうというか、人は経験したことでもすぐ忘れてしまうことが意外に多い。この点も当然考えておく必要があるし、新聞やテレビなどの報道機関では担当する人の世代交代が早く、経験がうまく継承されていかないということもあると思います。

 そのうえで、感染症の流行に対しては、病で苦しんでいる人への想像力を失わないことが何よりも大切であることを強調しておきたい。外から得体のしれないものが入ってくるのを水際で阻止するという発想よりも、感染したかもしれない、どうも具合が悪いと感じている人が安心して治療やケアを受けられる環境を社会的な雰囲気も含めて整えておくことを優先させてほしい。そのために医療従事者への情報の提供を手厚くして、症例の早期把握と治療・ケアの提供、および院内における感染の拡大防止策を整えておくことが必要になります。

 感染した人を非難したり、責任を追及したりするような論調に走るのではなく、流行の最前線の当事者ともいうべき人たちを支えること、安心して医療を受けられるようにすることこそが最大の感染予防策でもある。この点こそが、数々の失敗もあった(し、勇気ある成功事例もあった)過去の経験から学ぶべき最も大きな教訓ではないかと個人的には感じています。