【エイズ流行終結と日本の現状】 エイズと社会ウェブ版236 

 TOP-HAT News第94号(2016年6月)をエイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログに掲載しました。 

asajp.at.webry.info

 巻頭の【エイズ流行終結と日本の現状】を再掲します。

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 エイズ流行終結に関する国連総会ハイレベル会合の政治宣言が6月8日に採択されました。3日間の会合の初日だったので、あれ、もう採択しちゃったの?という印象でしたが、2030年までに「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」を目指すこと、そのためには今後5年間は対策資金の増額や投資の前倒しによる高速対応で臨む必要があることが、この宣言により国連加盟193カ国の共通目標として承認されています。この点は大きな成果と言うべきでしょう。

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 ただし、実際にその目標が達成できるのかどうか、これはまた別の話ですね。今後の世界の努力にもかかっているので即断は避け、その前段階として「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」とは何なのかということを日本の現状と比較しながら考えてみます。
 宣言の採択を受けて国連合同エイズ計画(UNAIDS)が発表したプレス声明(宣言の概要説明)には、『共有されたビジョン』として『2016政治宣言は持続可能な開発2030アジェンダを支える以下のゴールの達成を世界に呼びかけている』と明記しています。
http://asajp.at.webry.info/201606/article_6.html

1 2020年までに年間の新規HIV感染者数を50万人以下に抑える。
2 2020年までにエイズ関連の死者を50万人以下に抑える。
3 2020年までにHIV関連のスティグマと差別をなくす。

 世界の人口を70億、日本の人口は1億として、大ざっぱな計算をしてみました。計算しやすいように丸めた数字ですが、日本は世界人口の70分の1を占めています。
 2020年目標の年間新規HIV感染者、エイズ関連死者数を70で割ると、50万÷70・・・7000人ちょっとですね。
 この高速対応に成功し、さらに対策を進めて2030年に「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」が実現した場合には次のようになります。

1 年間の新規HIV感染者数を20万人以下。
2 年間のエイズ関連の死者20万人以下。
3 HIV関連のスティグマと差別をなくす。

 20万人を70で割ると、2857人。一方、日本の年間新規HIV感染者・エイズ患者報告数は最も多かった2013年でも1590人。
 報告ベースの数字なのでそのまま比較はできませんが、ここ10年ほど年間報告数は1500件前後で横ばいの状態が続いていることを考えると、実際の新規感染数も報告と大きくかけ離れた数字ではないと推測できるし、治療の普及で死者数はもっと減っています。
 つまり、日本では少なくとも年間のHIV新規感染者数やエイズ関連の死者数はすでに「公衆衛生上の脅威」としてのエイズ流行終結の目標値を下回っています。
 医学関係者の努力による治療の普及、そして「エイズはもういいだろう」といった雰囲気が社会に広がる中で予防や支援に取り組み続けてきたHIV陽性者のネットワークやエイズ関連のNGO/NPO地方自治体などの地道な活動の成果というべきでしょう。人口が1億を超える国では他に例を見ない大きな成果です。 
 ただし、先ほどの3ビジョンに照らし、日本の流行はもう終結したのかというと、そうは言えません。3番目の「HIV関連のスティグマと差別」は解消されていないからです。
 HIV陽性者やHIV感染のリスクにさらされている人に対する偏見や差別が効果的な対策を妨げ、新規感染の拡大要因になることは、新たな政治宣言でも指摘されています。
 抗レトロウイルス治療の継続により体内のウイルス量が減れば、結果として他の人への感染のリスクが大きく低下する。治療の普及は「予防としての治療(T as P)」として注目される新たな予防ツールでもあるのですが、偏見と差別が強い社会ではその効果も期待できなくなります。
 日本はこれまで何とかHIV感染の低流行国としての状態を維持してきました。それは前述したように様々な立場の人たちが協力して対策に取り組んできた成果でもあります。社会的な偏見や差別、あるいは無関心のために効果的な対策が妨げられるようなことがあれば、その成果は失われ、「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行」は終結どころか、逆に開始と拡大につながることになる。そのリスクは常に存在しています。
 キーワードは流行の終結(end)ではなく、持続可能(sustainable)な対策である。日本の場合はとくにこのことを肝に銘じて、いま必要な対策に取り組む必要があります。