エイズキルト・オンラインが始動 エイズと社会ウェブ版272

 年間のHIV新規感染がいまも拡大を続けている地域の一つである東欧・中央アジア地域で、メモリアルキルトをデジタル化して紹介する新たなプロジェクトが発足しました。国連合同エイズ計画(UNAIDS)の公式サイトに掲載されたお知らせの日本語仮訳です。

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 プロジェクトの公式サイトは、こちらをご覧ください。

aidsquiltonline.org

 

 UNAIDSのファクトシートを見ると東欧・中央アジア地域のHIV陽性者は2015年末現在の推計で150万人。2015年の年間新規HIV感染者は19万人で、これが2010年と比べると57%も増えているということです。 

 2015年のエイズ関連の死者は年間4万7000人で、こちらも2010年と比べると22%増。一方、HIV陽性者に対する治療のカバー率は21%ということで、新規感染の予防も、感染した人への治療の拡大も急務です。

 したがって、対策の強化は強調しても強調し足りないほど大切ですが、同時にこうした状況下で予防の重要性だけが強調されると、それはそれで困った事態を招きかねません。感染している人たちへの差別や偏見がかえって強まり、感染している人たちが直面する困難に対する社会的な想像力が失われてしまう懸念もあるからです。

 対策のあり方、メッセージの伝え方は、極めて微妙であり、予防、治療、支援の必要性を過不足なく伝えるという意味でも新プロジェクトの存在は重要です。メモリアルキルトのデジタルアーカイブが充実していくといいですね。

 また、HIV/エイズにまつわる差別や偏見と闘ってきたアクティビストたち(もちろんHIV陽性者も含まれています)への追悼は、エイズ対策史を把握する貴重な情報源でもあるのではないかと思います。

 以下、UNAIDSサイトのお知らせの日本語仮訳です。

 

    ◇

 

エイズキルト・オンライン 国際キャンドルライト・メモリアルデーに始動 2017.6.8

http://www.unaids.org/en/resources/presscentre/featurestories/2017/june/20170608_aids-quilt-online

 

 東欧・中央アジア市民社会グループが国際エイズ・キャンドルライト・メモリアルデーの5月21日、エイズキルト・オンラインを開設した。エイズキルト・オンラインはエイズ関連の疾病で亡くなった人、およびHIVとの闘いに取り組んできたアクティビストをネット上で追悼している。

 このサイトはUNAIDSの支援で創設され、小さな個人用テキストを使ってデジタルキルトを創れるようになっている。また、ギャラリーページでは実物キルトの画像を見ることもできる。

 エイズキルト・オンラインは、エイズ関連の疾病で亡くなった人を忘れないという思いから1987年に米国のサンフランシスコで創設されたネームズプロジェクト財団の伝統を引き継ぐものだ。亡くなった近親者の思い出にブランケットを編むという伝統が、エイズメモリアルキルトを生むもとになっている。亡くなった人の人生を象徴する様々な布や思い出の品が縫い合わせられたキルトは、エイズ対策の造形的なシンボルの一つとなった。何百万というキルトが亡くなった人の友人や恋人、家族らによって編まれている。

 

コメント

 「このプロジェクトによって、がHIVの流行に対する社会の関心を高め、およびHIV陽性者の治療、ケア、支援へのアクセス拡大の必要性が認識されるようになることを期待しています。また、エイズに関連したあらゆるかたちの差別をなくすことを呼びかける緊急警報になってほしいと思います」 ステップ財団、イゴール・プシェリン議長

 

 「このプロジェクトはいまはもういない人を忘れないことを誓い、そしてエイズ流行終結に向けて新たな世代が力を合わせて取り組むことを目指すものです」

 ヴィネイ・サラダナUNAIDS東欧中央アジア地域支援チーム・ディレクター

 

 

 

AIDS Quilt Online launched on International Candlelight Memorial Day

08 June 2017

 

AIDS Quilt Online was launched on International AIDS Candlelight Memorial Day, 21 May, by civil society in eastern Europe and central Asia. An online memorial, AIDS Quilt Online pays tribute to people who have died of AIDS-related illnesses as well as to the activists who have dedicated their lives to the response to HIV

 

The site, which is supported by UNAIDS, provides an opportunity to create a digital quilt, accompanied by a small personal text. The fragments are collected into one large digital canvas. People can also share pictures of real woven quilts on a quilt gallery page.

 

AIDS Quilt Online continues the tradition of the NAMES Project Foundation, created in San Francisco, United States of America, in 1987 to remember people who have died from AIDS-related illnesses. The tradition of sewing blankets in memory of someone close was transformed into the AIDS Memorial Quilt. Stitched from a multitude of fragments, each symbolizing a person’s shortened life, the quilt became one of the iconic symbols of the AIDS response. Tens of thousands of memorial panels were sewn by friends, loved ones and family members.

 

Quotes

 

“We hope that such projects can draw public attention to the HIV epidemic, to the need of extended access to treatment, care and support for people living with HIV, as well as to the urgent call to stop any form of discrimination related to AIDS.”

Igor Pchelin Chairman, Steps Foundation

 

 “This project is a reminder of everyone who's not with us today as well as hope for a new generation as we combine our efforts to end the AIDS epidemic.”

 

Vinay P. Saldanha Director, UNAIDS Regional Support Team for Eastern Europe and Central Asia

 

大いなる不安の中で TOP-HAT News第105号(2017年5月)

 エイズソサエティ研究会議(JASA)が東京都の委託を受けて編集しているTOP-HAT Newsの第104号(2017年4月)が発行されました。HATプロジェクトのブログでもご覧いただけますが、ここでも再掲しておきます。 

 

    ◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 大いなる不安の中で 『力強い科学、果敢なアクティビズム』

2  『HIVエイズ流行終息への道~コミュニティのたゆまぬ努力』

3 11月24~26日にメインイベント TOKYO AIDS WEEKS 2017

4  HIV検査普及週間(6月1~7日)

     ◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 大いなる不安の中で 『力強い科学、果敢なアクティビズム』

 今年に入ってかなり早い時期に発表された国際エイズ学会(IAS)の年次書簡2017には『STRONG SCIENCE, BOLD ACTIVISM』というタイトルがつけられています。日本語に訳すと『力強い科学、果敢なアクティビズム』でしょうか。

 表紙の写真はマスクをかけた女性で、そのマスクには「SILENCE IS DEATH(沈黙は死)」と小さく書かれています。かつて「果敢なアクティビズム」の担い手としてIASの医学者から恐れられることも多かったACT UPというエイズ対策団体の有名なスローガンですね。

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 それが年次書簡の表紙になる。長くエイズ対策にかかわってきた人には感慨深いものがあるはずです。

 HIV/エイズとの闘いは、医学者とアクティビストが緊張を保ちながらも立場をこえて協力し、人類史上経験したことのない感染症の流行に立ち向かってきた歴史でもあったからです。

 ただし、今年の書簡はそうした歴史に対するIASの誇りを示すと同時に、不透明な時代、そして先行きの分からない世界に対する危機感を強く感じさせるものでもありました。いがみ合っていられる場合じゃないぞ。表紙を見ただけでも、そんなメッセージが伝わってきます。

 10ページを超えるその長文書簡の前文をIASのオーウェン・ライアン事務局長は次のように書き出しています。

 『2017年の年頭、私たちのコミュニティは心配と不安でいっぱいでした。政治的、社会的な変化は期待を裏切り続け、前途に何が待ち受けているのか、まったく予想ができなくなってしまうのではないか。人権について、難民や移民の窮状について、ジェンダーの平等について、そして人としてかわした約束の効力について、心配なことばかりです』 

 その心配と不安の最たるものは、世界の感染症対策を主導してきたアメリカという大国の指導者が今年1月に交代したことでしょう。

 『地球上のいくつかの地域がナショナリズムと外国人嫌悪へとシフトしつつあるという懸念の中で、私たちの世界的な闘いの将来はどうなるのでしょうか。同時代における最大のパンデミックと闘い、獲得してきた成果がするりと手の内から滑り落ちてしまうのでしょうか』

 ライアン事務局長は『いいえ、そんなことはありません。少なくとも、いまはまだ、そうなっていません』とも書いています。

 微妙ですね。力強くはあるけれど、「いまはまだ」というあたりに、ぬぐいきれない懸念がにじみ出ています。

 2016年は6月のエイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合や7月の第21回国際エイズ会議(ダーバン会議)で治療の進歩に伴うHIV/エイズ対策の大きな成果が確認された年でしたが、事務局長は『自己満足に対する警告の年』としても受け止めています。

 『UNAIDSが発表した報告書は、国際的な予防対策の成果があがっていないことを警告しています。資金動向に関する別の報告書は、国際ドナーがエイズから離れつつあるという恐るべき事態を指摘しています』

 そうした課題と不安を抱える中で、混迷の2017年に突入し、すでに5カ月が経過しました。HIV/エイズとの闘いをこれからどのように進めていくのか。書簡は世界のエイズ対策の現状を分かりやすくまとめた2017年時点の解説書として読むこともできます。API-Net(エイズ予防情報ネット)にはエイズソサエティ研究会議のメンバーが翻訳を担当した日本語仮訳のPDF版が写真や図表も含めて掲載されています。ぜひご覧ください。

 http://api-net.jfap.or.jp/status/world.html#a20170428

 

2  『HIVエイズ流行終息への道~コミュニティのたゆまぬ努力~』

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)の人権・ジェンダー・予防・コミュニティ担当上級顧問、リチャード・ブルジンスキ氏へのインタビュー『HIVエイズ流行終息への道~コミュニティのたゆまぬ努力~』がグローバルファンド日本委員会の公式サイトに掲載されています。

 http://fgfj.jcie.or.jp/topics/2017-05-16_column1

 ブルジンスキ氏は1980年代にエイズ活動家としてカナダで活動を始め、89年には国際エイズ・サービス組織評議会(ICASO)の初代事務局長に就任、国際的なHIV/エイズ対策を牽引してきました。

 UNAIDSで働くようになったのは2009年からで、ピーター・ピオット前事務局長、ミシェル・シディベ現事務局長から「エイズ活動家としての経験を活かし、UNAIDSにコミュニティの風を吹き込んで欲しい」と声をかけられたのがきっかけでした。

 IAS年次書簡にもある『力強い科学』と『果敢なアクティビズム』をつなぐキーパーソンですね。インタビューは昨年12月にブルジンスキ氏が日本を訪れた際に行われました。

 

 3 11月24~26日にメインイベント TOKYO AIDS WEEKS 2017

 世界エイズデー(12月1日)の前後に東京で展開されるTOKYO AIDS WEEKS(東京エイズウィークス)の 2017年メインイベント日程が決まりました。実行委員会が発表したプレスリリースによると、開催日は第31回日本エイズ学会学術集会・総会と同じ11月24日(金)~26日(日)、開催場所はエイズ学会会場の中野サンプラザに近い中野区産業振興センター(東京都中野区中野2-13-14)、なかのZEROホール((同2-9-7))です。

 詳細はTOKYO AIDS WEEKS 2017公式サイトを御覧ください。

 http://aidsweeks.tokyo/

 

 4  HIV検査普及週間(6月1~7日)

 毎年6月1日~7日はHIV検査普及週間です。厚生労働省と公益財団法人エイズ予防財団が主唱し、2006年に始まった全国キャンペーン。東京都はこの1週間を含む6月1カ月間を東京都HIV検査・相談月間としています。

 HIV検査普及週間の詳細はAPI-Netの特設ページを御覧ください。

 http://api-net.jfap.or.jp/

 エイズ予防財団のサイトから啓発パンフレット(pdf版)がダウンロードできます。

 http://www.jfap.or.jp/enlightenment/pdf/HIV_AIDS2017.pdf

 

ババトゥンデ・オショティメインUNFPA事務局長が急死

 国連人口基金UNFPA)のババトゥンデ・オショティメイン事務局長が6月5日夜(米東部時間)、ニューヨークの自宅で急逝しました。68歳でした。お悔やみ申し上げます。

 UNFPA東京事務所の公式サイトに死去のお知らせが掲載されています。
 http://www.unfpa.or.jp/about/index.php?eid=00019&showclosedentry=yes

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 「オショティメインは、3つの革新的な目標を精力的に推し進めていました。1つ目は、予防可能な妊産婦死亡をゼロにすること、2つ目は、家族計画に関するニーズを全て満たすこと、そして3つ目は、女性や少女に対して行われている有害な風習をゼロにすることです。UNFPAは一丸となって、これらのグローバルな目標の下に結集し、彼のレガシーを引き継いでいきます」
 死亡の原因は明らかにされていませんが、ナイジェリアのオンライン新聞 Premium Times は親しい知人の話として、オショティメイン氏は教会からニューヨークの自宅に戻り、一人でテレビを観ている間に亡くなったと伝えています。原因は分からないとしつつ、Premium Timesの記事は、突然の心停止ではないかと推測しています。

 国連アントニオ・グテーレス事務総長は「世界は、すべての人々の健康そして福祉の偉大なる擁護者を失いました」とする追悼メッセージを発表するとともにUNFPAのナタリア・カネム事務局次長をUNFPA事務局長代行に任命しました。
 グテーレス事務総長は追悼メッセージの中で次のように述べています。
 「ナイジェリアの保健大臣であった頃も含め、長年に渡り、家族計画、女性の教育、子どもの健康、そしてHIV/エイズへの対応など、人類の発展において不可欠な要素であることを訴えた彼の発言は非常に貴重なものでありました」

 オショティメイン氏はナイジェリア出身の医師で、2011年にUNFPA事務局長に就任。2期目の任期半ばでした。それ以前にはナイジェリア保健相やナイジェリア国内のHIV/エイズ対策を統合する国家HIV/エイズ活動委員会の委員長などを務め、アフリカのエイズ対策を主導する政治家の一人でもありました。

 日本記者クラブでは2011年4月25日、および2012年10月1日に記者会見を行っています。会見の報告と会見動画は日本記者クラブ公式サイトの以下のページで御覧いただけます。
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/22558/report/
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/24879/report/

たどり着いたら、ここも閉店


 先週の金曜日の話です。お昼はおにぎりでもと思って、由比ガ浜通りに新しくできたおにぎり屋さんに行ったら、なんと金曜日は定休日。それならと本覚寺前の谷口屋さんまで遠征を敢行しましたが、これがまた、なんとに輪をかけて、なんと・・・。

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 えっ、2日前に閉まっちゃったの!。お米屋さんがやっているおにぎり屋さんなので、御飯がおいしいと評判。正午を過ぎて行くと、もう売り切れていることもありました。

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 谷口屋というから、谷口さんという方がやっているのかと思ったら違いました。以前、取材したときに聞いた話ですが、妙本寺境内のある谷戸の入口にあるから谷口屋なのだそうです。

 滑川の夷堂橋をはさんで、ツバキ文具店に登場した魚屋さんとは対角の位置。話が脱線しますが、本覚寺と妙本寺は両方とも日蓮宗のお寺で、境内に鐘楼があります。

 谷口屋さんの前から(つまり本覚寺の前から)妙本寺の総門に向かう道は午後6時に歩くと、2つのお寺の鐘が交互に鳴らされ立体音響で響き渡る。6月は日も長く、のんびり歩くのにも最適。ぜいたくな夕暮れですね。

 駅からも近いので観光でお出での方も、帰る前にちょっと寄っていくことができ、しかも、いやあ鎌倉だなあ気分を五感で満喫できる穴場散策路でもあります。

『エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』 続き

 T as Pについて、もう一回、箇条書きにして整理します。

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 できるだけ早く検査を受けて感染を知り、治療を始める。それが本人にも社会にも利益をもたらす。

 それなら・・・ということで米CDCは2006年、OPT-OUT検査に踏み切るよう全米の医療機関に勧告を出しました。

 積極的に検査を受けたくないという意思表示をする人以外はすべてにHIVのスクリーニング検査を行うという方式です。

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 日本ではどうか。私はお勧めできないと思いますが、医療分野の専門家を中心に導入を求める声もあります。最近の話題のPrEPも含め考えてみます。

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 HIVに感染していない人がHIV治療のための薬を毎日、服用していれば、HIV感染を防ぐことができる。これがPrEPの考え方です。

 誰でも、というわけではなく、あくまで「相当のHIV感染リスクを持つ非感染者」が対象です。

エイズ性感染症に関する小委員会は、エイズ予防指針と性感染症予防指針の見直しを検討している有識者委員会です。PrEPも取り上げられていますが、とりあえず「相当の感染リスクを持つ人々に曝露前予防投与を行うことが適当かどうか研究を進める」といった方針になりそうです。

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 エイズ動向委員会報告は2007年まで右肩上がりで報告数が増え、その後はほぼ横ばいです。数字で示すとこうなります。

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 世の中には心配事がいろいろあるせいか、エイズに対する社会的な関心はこのところ、あまり高くありません。社会的関心の低下は感染の拡大要因の一つなのですが、それでも国内の新規HIV感染者、エイズ患者報告は2007年以降、年間1500件前後の状態で持ちこたえてきました。NGONPOの持続的な活動の成果が大きいと私は考えています。

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 スタンダードプリコーションは医療機関の院内感染防止策として広く採用されています。80年代に米国でエイズ患者の診療拒否が相次ぎ、その反省からユニバーサルプリコーションという考え方が生まれました。必要な治療が安心して受けられなければ、感染を心配する人は検査を受ける気になれない。その反省が現在の院内感染対策の基本になり、介護の現場でも広く採用されています。

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 こうした考え方はエイズの流行を経験して生まれ、いまはHIV感染の予防だけでなく。より広範な危機管理策となっています。

 例えば、新興感染症が流行しても医療機関はパニックに陥ることなく対応できます。高齢化社会を迎え、介護施設などで様々な集団感染を未然に防ぐ手立てにもなります。

 未知の病原体による新たな感染症の流行が社会を襲った場合、初期段階でそれを把握することは困難です。

 エイズもそうだったように、なんだかよく分からないけれど人々が倒れていくといった事態にどう対応するか。そうした危機への社会的な安全保障基盤にもなります。

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 世界人口を70億、日本の人口を1億で計算すると、90-90-90達成時の日本の新規HIV感染件数は7000件余り、95-95-95だと3000件弱になります。

 あれあれ?と思いませんか。

 国内の新規HIV感染者・エイズ患者報告はこの10年、毎年1500件前後で推移しています。こうした傾向が10年も続いているということは、実際の感染件数も報告数と大きくかけ離れているわけではないと私は思っています。

 ケアカスケードは日本でも重要な指標として受け止められています。現状が80-90-90だとすれば、最初の80を90に引き上げることは大切です。現状で十分というわけではありません。

 それでも、新規感染に限定すれば日本はすでに「流行終結」のレベルを下回っています。エイズによる死者も少ない。つまり、この2つの指標からみれば、日本ではすでに「流行終結後の社会」が実現していることになります。

 この点を抜きにして、諸外国との海外比較をやりはじめると、議論が変な方向に行ってしまいそうです。

 一方で、先行の2指標とは対照的に、スティグマや差別はゼロではない。この点も見過ごすわけにはいきません。

 もう一度、「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行の終結」について整理してみましょう。

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 繰り返しになりますが、「流行終結」が目指すのはHIV陽性者がいない世界ではありません。

 そうではなく、HIVに感染している人も、していない人も安心して社会生活を続け、HIV感染を心配する人が検査を受けやすくなるような条件を整える。そのことによって、HIV感染の流行が「公衆衛生上の脅威」とならない状態を維持していける。そうした世界です。

 「排除」や「撲滅」といったスローガンとは対極にある世界といってもいいでしょう。

 UNAIDSが昨年7月に発表した『予防ギャップ』報告書によると、成人の年間新規感染者数はこの5年間、世界全体で見ると200万人前後でほぼ横ばいのままです。世界全体で見れば、治療の普及にもかかわらず、期待したほど「T as P」の成果は現れていません。時間がかかるのかもしれませんね。

 一方で、最近の世界の動きを見ていると、さまざまな場面で「排除」の選択を待望するような雰囲気が強くなっている印象も受けます。そうしたことがHIV/エイズ対策にも影響しているのかどうか、私には分かりません。

  分からないけれど、そうかなとも少し感じています。

 治療の進歩は重要です。HIVに感染している人にも、感染している人を含めた社会にも、その進歩が予防につながることを歓迎しない理由はありません。

 ただし、治療の進歩を活かすには、必要な人に必要な検査と治療を届ける条件を整えていくための支援が大きな意味を持っている。そのことも忘れるわけにはいきません。

 『予防ギャップ』の存在は、改めてこの点を示しているのではないでしょうか。『T as P』は『S as P』、つまりSupport as Prevention(予防としての支援)の重要性を再認識するきっかけにもなっています。

 治療で感染が減るのだから、支援などもういらないというわけにはいかない。ごくごく当たり前のことですが、それに気づくのに5年もかかったのです。

  エイズの流行は終わったわけでも、過去のものでもありません。治療の進歩は重要です。予防対策にも大きな影響を与えています。

  ただし、そのメッセージが「エイズはもういいだろう、治療もあるし」といった社会的雰囲気を広げてしまうことになると、それは逆に負の効果をもたらし、流行の拡大要因になるリスクもはらんでいます。

 《治療の進歩を生かすには、継続的な社会の対応、とりわけ「支援」の重要性を再認識しなければならない》

 S as Pはずっと前から、最も費用対効果の高いHIV/エイズ対策でした。様々な立場の人がそれぞれの立場を生かして参加してきたし、過去形でなく現在進行形でそうであり続けてもいる。長いエイズ取材の体験を経て、いま改めてそのことを感じています。

 最後にポスターを2枚、紹介しておきましょう。

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 それぞれのポスターのメッセージに対しては、私はどちらかというと批判的です。誤解を招きやすい。

 ただし、それは簡潔かつ印象的なメッセージを伝えようとする際の宿命かもしれないなと最近は思うようになりました。

 したがって、個人的にはこんなポスターは無視しろとか、抹殺しろといった議論にも与しません。

 短いフレーズではすべてを言い尽くすことはできない。マイナスの効果を生み出してしまうこともある。

 その負の側面を批判することは簡単です。でも、あれもダメ、これもダメと言い始めたら、何も伝えられなくなってしまう。

 どうしたらいいのか。むしろ話題にして、ああでもない、こうでもないと言ってみる方がいいのではないか。肴にして楽しむというと、一生懸命アイデアを絞り出した人には申し訳ないのですが、最近はそう思っています。

 様々な議論のきっかけとなる素材提供の努力には敬意を払い、なおかつ忌憚のない意見をどんどん出すということで、できれば皆さんの感想もうかがえれば幸いです。

 

『エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』

(注)2017年6月3日午後、釧路労災病院で開催された道東HIV拠点病院等連絡協議会研修会の講演原稿です。事前に用意していたものですが、参考までにアップします。

 寄る年波と言いますか、老眼が進み、演壇上では字があまりよく読めなかったので、実際の講演は原稿とはかなり異なっていますが、趣旨は変わっていません。長いので2回に分けて掲載します。

 

エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』

 私は1973年に産経新聞社に入り、以来44年間、新聞記者でした。もうすぐ退職します。この間、ニューヨーク支局長や編集長、論説委員なども経験し、つらいことや泣きたくなることも人並みにありましたが、振り返って見れば、けっこう楽しかったのではないかと今は思っています。

 HIV/エイズについて取材を始めたのは今から30年前の1987年でした。国内でエイズパニックと呼ばれる大混乱が起き、そのときにたまたま社会部の厚生省担当記者だったからです。

 「なんでエイズの取材をしているのですか」と聞かれることがときどきあります。

でも、最初はどうしてもこうしてもない、否応なくという感じでした。

 記者生活の一方で、NPO法人エイズソサエティ研究会議の事務局長、公益財団法人エイズ予防財団の理事としてもエイズ対策にかかわってきました。

 ニューヨークにいたころは、稲田頼太郎先生にも助けていただき、JAWSという日本人向けのエイズ対策団体を作ってワークショップや日本語の電話相談などを行っています。

 エイズの流行という世界史的現象に遭遇し、様々な場面で悩んだり、迷ったりしてきたその30年の経験も、できればどこかににじませながら、本日はHIV/エイズの現状と課題について私なりにお話ししたいと思います。

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 真ん中のバナーは12月1日の世界エイズデー前後に行われる「東京エイズウィークス」というキャンペーンのキャッチコピーです。

 エイズはまだ流行っているんですかと聞かれることがよくあります。もう終わったと思っていたと率直に言う人もいます。

 「いや終わっていませんよ」とこちらが勢い込んで話し始めても、あまり興味はなさそうです。

 ああ、そうか、と改めて思います。「エイズはもういいだろう」とまではっきりとは言わないけれど、社会の関心は以前ほど高くない。

 もちろん、社会が関心を持たなければ、流行が下火になるわけではありません。ウイルスが遠慮して感染を控えるようなこともありません。

 むしろ社会的な関心の低下は感染の新たな拡大要因なのではないかと個人的には心配しています。どうやって現状を伝えれば、関心をもってもらえるのか。そんなことも考えます。

  2015年末現在のUNAIDS推計で世界の現状を確認しておきましょう。

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 世界のHIV陽性者のほぼ半数にあたる1820万人が抗レトロウイルス治療を受けています。年間のエイズ対策資金は現在、190億ドルですが、必要額は262億ドルと試算されています。この72億ドルのギャップが解消すれば、流行は終結に向かうということでしょうか。

 16年前の2001年には、国連エイズ特別総会で当時のコフィ・アナン事務総長がこう語っていました。

《世界がエイズと闘うには70億~100億ドルの「戦費」が必要だ》

 2003年12月1日に世界保健機関(WHO)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)が発表した「3by5」計画は、緊急に治療が必要な人を600万人と推定し、2005年末までに、その半数にあたる300万人に治療を提供する計画でした。

 21世紀に入ってからグローバルファンド(世界エイズ結核マラリア対策基金)や米国の大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)が創設され、国際的なHIV/エイズ対策への投資は劇的に拡大し、治療の普及も進みました。

 それでも普及率はいまなお50%です。

 HIVの感染はいまも続いていること、そして早期治療の重要性が確認され、治療の対象が増えていること。この2つが普及率50%の背景にはあります。

 努力が足りないわけではありません。治療の観点からも、予防の観点からも早期検査、早期治療の重要性が強調され、世界は相当がんばってきました。

 それでもまだ、エイズは終わっていません。

 この現状をどうしたらうまく伝えられるのか、治療の進歩を背景にして、最近は聞きなれない言葉が次々に登場します。一部の専門家にしか理解できない話を聞かされた挙げ句、「エイズはみんなの問題です」などと言われても関心は持てませんよね。

聞きかじりの知識しかありませんが、最近のキーワードをできるだけ分かりやすく説明してみます。

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 「流行の終結」が目指しているのは、エイズが存在しない世界、HIV陽性者がいない世界ではありません。流行を「公衆衛生上の脅威」とならない状態にすることです。

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 政治の指導者には「少なくとも公衆衛生上の脅威ではなくなりました」という逃げ道が用意されることになります。

 ただし、国際政治のそうした「ずるさ」を差し引いても、「エイズが存在しない世界」や「HIV陽性者がいない世界」を目標にしていないことには意味があると思います。UNAIDSは「エイズ流行終結」を次のように定義しています。

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 ちょっとわかりにくいですね。箇条書きにしてみましょう。

  1. HIV感染を制御または封じ込め、社会と個人の生命に対するウイルスの影響が小さくなって、健康障害や偏見、死亡、孤児などが大きく減少する。→感染が広がらない。
  2. エイズの影響が低下し平均余命が伸びる。→感染しても長く生きられる。
  3. 人々の多様なあり方や権利が無条件に受け入れられ、生産性が向上してコストが下がる。→社会的な影響が小さくなる。

 

 そのためにはまず、2020年までに90-90-90を実現しよう。昨年6月の「エイズ流行終結に関する国連総会ハイレベル会合」では、このことも国際的な了解事項として政治宣言に盛り込まれています。

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 UNAIDSの試算によると90-90-90を実現すれば世界の年間HIV新規感染件数は現在の4分の1の50万件以下に減ります。さらに目標を上げ95-95-95を達成すれば新規感染は10分の1の20万件以下になる(あくまで試算です)。

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 このあたりで流行終結ということにしよう。これが国際社会の約束です。ハードルをかなり低く設定している印象ですが、それでも実現は容易ではない。

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 こうした目標は「予防としての治療」の効果に期待がかけられるようになったからです。90-90-90だと治療を受けているHIV陽性者が90×90で81%、ウイルスが検出限界以下の人はさらに90をかけて73%になります。

 現状は60-80-75ぐらいでしょうか。意外にがんばっているとは思いますが、道はまだ遠い。

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 英語で「治療」と「予防」の頭文字をとって「T as P」とも呼ばれています。コンセンサス声明は米国を中心に著名な医学者、アクティビストらが賛同者となって発表された声明です。治療によって感染した人の体内のウイルス量を減らせば他の人に性行為などで感染することもなくなるのだから、治療の普及こそが有効な予防対策であるという考え方を強く打ち出しています。

 U=Uというのもあります。《Undetectable=Untransmittable》の略称です。

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 重要なメッセージですが、治療は誰のためのものかという点で、大きな課題を抱えてもいます。

 

店主急逝につき・・・。

 大船は果物が安く購入できるので、ときどきリュックをかついで買い出しに行きます。5月の中頃だったでしょうか、買い出し途中に遭遇した張り紙。シャッターが降りていたので定休日なのかと思ったら・・・。

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 小さな食堂でしたがお昼時にはいつも行列ができていました。きっとおいしかったのでしょうね。いずれ空いているときがあれば・・・と思っているうちに、とうとう一度も行けなくなってしまいました。ご冥福をお祈りします。