世界のHIV/エイズ対策に関する国連事務総長の年次報告が6月の初めに公表されました。公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行を2030年に実現するために、いま対策はどこまで進んでいるかを総会に報告するのが目的です。当面はその目標達成の前提となる高速対応ターゲットを2020年までに実現できるかどうかが焦点になります。
参考までにUNAIDSのデータを紹介すると、その高速対応の進捗状況は2017年時点で次のようになっています。
そこから少しは進展もあるのでしょうが、それでも締め切りである2020年末まではもう1年半しか残っていないので、個人的には達成は無理という印象を受けます。それでも、報告書は途中経過の段階でギブアップ宣言はしていません。最善を尽くして勢いを失わないことがなにより重要だということでしょうね。
TOP-HAT News第130号(2019年6月)はその報告書のサマリー部分の内容を取り上げています。
『18年前に国連がこの流行に対する最初の特別総会を開いた当時、エイズのない社会などは、ほとんど想像もできないことだった』
アントニオ・グテレス事務局長は冒頭でこう書いています。その成果は強調したい、ただし・・・というのがサマリーの基本的なトーンですね。何となく失速感が出ているという感想を私などは持ちますが、さすがに事務総長はそこまでは言っていません。
報告書のタイトルは日本語に訳すと『10年間の進歩を経て、エイズ終結の野心的目標に向け対応の再活性化を』という感じになります。
なるほど、こういう風に表現するのかと、改めて感心しつつ、なまじ達成感があるだけに、いま世界に広がる「エイズはもういいだろう」気分を克服するのは、なかなか容易なことではないぞということも再認識しました。
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第130号(2019年6月)
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◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆
1 はじめに 国連事務総長報告から
2 いま必要な6つの勧告
3 『HIVとオリンピック・パラリンピック』をテーマにフォーラム
4 プライドハウス東京とUNAIDSがパートナーシップ協定
5 グローバルファンドに5年間で10億円を拠出 タケダイニシアティブ2
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1 はじめに 国連事務総長報告から
あくまで「公衆衛生上の脅威としての」という前提付きですが、2030年までにエイズの流行を終結に導くことは、2016年6月の『エイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合』で採択された政治宣言により、国際社会の共通目標となっています。また、そのためには2020年までに90-90-90ターゲット(注)を高速対応で実現する必要があることも宣言に盛り込まれました。国連事務総長に対しては、その進捗状況を毎年、総会に報告するよう求めています。
(注)90-90-90ターゲット HIVに感染した人の90%が検査で自らの感染を知り、そのうちの90%が治療につながり、さらにその90%が治療を継続して体内のHIV量を極めて低く抑えた状態を保てるようになることを目指しています。3つのターゲットがクリアできれば、HIV陽性者のうち、90%×90%×90%=72.9%の人の体内のウイルス量が検出限界値以下、つまりHIV性感染のリスクがゼロと考えられる状態を維持できるようになります。
2019年の事務総長報告は日付が4月2日になっていますが、実際に公表されたのは6月3日でした。内容を要約したサマリーの冒頭でアントニオ・グテレス事務総長は次のように書いています。
『18年前に国連がこの流行に対する最初の特別総会を開いた当時、エイズのない社会などは、ほとんど想像もできないことだった』
2001年6月にニューヨークの国連本部でエイズ特別総会が開かれた当時、感染した人の体内でHIVの増殖を抑える抗レトロウイルス治療はすでに開発され、先進諸国では普及もしていました。
ただし、HIV感染の影響が深刻なアフリカや人口が多いアジアなどの途上国では、高い延命効果を持つその治療を受けることができる人は極めて少数に限られ、経済格差がそのまま命の格差につながっていたのです。
『以来、歴史上最大の保健危機の一つを克服するための世界の揺るぎない意志は、目覚ましい成果を上げてきた』と事務総長は続けています。とくに最近の10年間は、治療や予防手段の開発と普及が進み、『エイズ関連の疾病による世界の全年齢層における死者数、および子供の新規HIV感染はほぼ半減し、成人の新規感染も19%減っている』という成果につながってきました。
その成果は強調したい、ただし・・・2020年を1年後に控えた世界の現状は、それでも90-90-90ターゲットの実現には遠く及ばない。今年の報告書のタイトル『10年間の進歩を経て、エイズ終結の野心的目標に向け対応の再活性化を』には、そうした認識に基づく危機感が示されています。成果に満足していられる状態ではないのです。
『HIV陽性者が直面するスティグマと差別、有害なジェンダー規範など、そこには多くの課題がある』と報告書は指摘しています。
『多くの国で、若者や女性、キーポピュレーション(注射薬物使用者、セックスワーカー、トランスジェンダーの人たち、ゲイ男性など男性とセックスをする男性)、先住民、移住者、難民といった人たちが保健とHIVのサービスを利用することを法律や政策が阻んでいる』
しつこいようですが、HIV/エイズとの闘いに世界は健闘してきました。それでも、ここで「エイズ対策はもういいだろう」などと言って油断できる状態では到底ありません。流行の程度や影響の大きさは異なりますが、この点に関しては、日本も世界も共通の課題を抱えています。
21世紀の初頭には、「公衆衛生上の脅威としての流行終結」が想定もできない状態でした。それが何とか視野に入ってきた。いまはその段階です。終結が約束されているわけではありません。この機会にもう一度、ねじを締め直そう、そうしなければ、いままで積み上げてきた成果も崩壊してしまう。これが今年の報告書のメインメッセージでしょう。
報告書の全文(英文PDF版)はこちらで読むことができます。
https://www.unaids.org/sites/default/files/media_asset/A_73_824_E.pdf
21ページもあり、訳すのに少し時間がかかりそうなので、とりあえず冒頭のサマリー部分だけ日本語仮訳を作成しました。エイズ&ソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログでご覧ください。
https://asajp.at.webry.info/201906/article_2.html
2 いま必要な6つの勧告
国連事務総長報告について、もう少し続けます。サマリーの最後の段落には『2020年ターゲットの達成に向けた政治の意思を再び強く持ち、行動を強化し、必要な勢いを生み出すために』として以下の6項目の勧告が示されています。
(a) HIV感染の一次予防に力を入れる
(b) 90-90-90ターゲット達成に向けたHIV検査の多様化と患者に合わせた保健医療ケアの提供
(c) 社会から疎外され弱い立場にある人たちの権利を尊重する法的、政策的な環境の確立
(d) 追加的資金の確保、および最も必要なところへのその資金の配分
(e) コミュニティが重要な役割を担えるようにするための支援
(f) 包括的なHIV対策のユニバーサル・ヘルス・カバレッジへの合流
どれも重要ですが、日本のHIV/エイズ対策の現状を考えると、(c)や(e)にはとくに注目しておく必要がありそうです。
3 『HIVとオリンピック・パラリンピック』をテーマにフォーラム
特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議の第128回フォーラムが7月9日(火)午後7時から、新宿区四谷三丁目の ねぎし内科診療所で開かれます。テーマは『HIVとオリンピック・パラリンピック』です。
東京オリンピック開会式は2020年7月24日(金)。あと1年ちょっとです。高速対応達成の目標年とも重なっています。
時期的な一致だけでなく、東京オリンピック・パラリンピック(東京2020)が掲げる以下の3つの基本コンセプトもまた、HIV/エイズ対策が重視してきたものとも響きあうのではないでしょうか。
「すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)」
「一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)」
「そして、未来につなげよう(未来への継承)」
4 プライドハウス東京とUNAIDSがパートナーシップ協定
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、国連合同エイズ計画(UNAIDS)とプライドハウス東京がパートナーシップ協定を結びました。
国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォビアの日(IDAHOT)の5月17日、スイスのジュネーブで覚書(MOU)の調印式が行われ、プライドハウス東京の松中権代表とUNAIDSのグニラ・カールソン事務局長代理がMOU署名を行っています。
「プライドハウス」は、LGBTに関する情報発信・ホスピタリティのための施設で2010年のバンクーバー冬季五輪開催時に現地で開設されました。以後、大きな国際スポーツ大会にあわせて、地元のNGOが立ち上げ企画運営する動きに引き継がれています。「プライドハウス東京」は、2019年秋のラグビーW杯日本大会、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催時期にあわせ、都内に施設開設を予定しています。
詳細はプライドハウス東京の公式サイトをご覧ください。
5 グローバルファンドに5年間で10億円を拠出 タケダイニシアティブ2
途上国の感染症対策を資金面から支援する世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)に対し、武田薬品工業(武田薬品)が2020年から5年間で10億円を拠出することを発表しました。
武田薬品はこれまでの10 年で合計10億円をグローバルファンドに寄付しており、「タケダイニシアティブ」としてアフリカの保健医療人材の能力開発などに活用されてきました。今回の発表は、単年度あたりの拠出で見るとその2倍の額に相当し、『タケダイニシアティブ2』と呼ばれています。
詳細はグローバルファンド日本委員会の公式サイトでご覧ください。
http://fgfj.jcie.or.jp/topics/2019-06-03_takedainitiative2