米HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版について エイズと社会ウェブ版188

 米国の国家HIV/エイズ戦略が5年ぶりに改定されました。米国政府のAIDS.govというサイトで見ることができます。

 

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 https://www.aids.gov/federal-resources/national-hiv-aids-strategy/overview/index.html?hpslider=1

 英文です。ただし、ホワイトハウス発表の7月30日付ファクトシート『FACT SHEET: The National HIV/AIDS Strategy: Updated to 2020』は日本語仮訳を作成し、HATページのブログにアップしましたので、よかったらご覧下さい。こちらもエッセンスの紹介とはいえ、それなりの長文ですね。ブログのキャパの関係で一度に全部は載せられず、切りのいいところで分けていたら何となく細切れ的になってしまいました。悪しからず。

 

HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版その1

http://asajp.at.webry.info/201508/article_1.html

 

HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版その2

http://asajp.at.webry.info/201508/article_2.html

 

HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版その3

http://asajp.at.webry.info/201508/article_3.html

 

HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版その4

http://asajp.at.webry.info/201508/article_4.html

 

HIV/エイズ国家戦略:2020年に向けた更新版その5

http://asajp.at.webry.info/201508/article_5.html

 

   ◇

 

 更新版は2020年までの今後5年間の戦略で、過去5年の治療の進歩や政策面での成果を踏まえ、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が90-90-90目標として打ち出しているカスケード対策とほぼ同じコンセプトの目標を掲げているようです。国際会議などで研究者間の意見や情報の交換が進み、流行の現状と対応に関する認識は国際的にかなり共有されているということなのでしょうね(それが正しいかどうかはまた、別の問題かもしれず、個人的には共感する部分が多くあるのと同時に違和感もかなりあるのですが、いま世界のエイズ対策はカスケード、カスケードで夜も日も明けない印象です)。

 

(注)90-90-90目標

HIVに感染している人のうち90%は自らのHIV感染を知り、そのうちの90%は抗レトロウイルス治療を受け、さらにそのうちの90%は治療継続の成果として体内のHIV量が抑制されている状態を目指す。

90%×90%=81% (HIVに感染している人のうち、治療を受けている人の割合)

81%×90%=72.9%(治療が継続でき、体内のHIV量が低く抑えられている人の割合)

ということで、90-90-90目標が達成できれば、HIVに感染している人の73%は治療継続により、自ら健康状態を良好に保ち、なおかつ他の人へのHIV性感染のリスクも大幅に低下するレベルにまで体内のウイルス量が減少する。したがって、HIV新規感染も大幅に減り、流行は終息への軌道に乗ることになる。

(蛇足)カスケードは段々の滝のことで、水がその段々を下るにつれて枝分かれしていく、そんなイメージからの命名でしょうね。

 

 あくまで机上の計算ではありますが、UNAIDSに続いて米国も、マジで2020年までにこの目標を達成することを国家戦略の核として打ち出しました。そのためにも、HIV感染が分かった人は可能な限り早く治療を開始する。米国の更新版戦略はこうした考え方を明確に打つ出した点でもいま注目されています。個人的にはちょっとイケイケムードが過ぎるような印象も受けるのですが、そんなのムリムリと頭から否定することもできません。では、具体的にどうしたらいいのかということが戦略のまさしく戦略性を問われることになります。ファクトシートの範囲で恐縮ですが、ちょっとそのあたりを見ていきましょう。

 

 まず、これまでの戦略との関係ですが、2010年戦略で掲げたビジョンと主要4目標は共有しています。

 

【ビジョン】

 HIVの新規感染はまれにしか起きず、感染したとしても年齢、性別、人種/民族、性的指向性自認、あるいは社会経済的立場にかかわらず、すべての人が 良質で、長寿を可能にするケアをなんの束縛もなく受けられる。また、偏見や差別にさらされることもない。米国はそのような場所になる

 

【主要4目標】

・ 目標1:HIV新規感染を減らす
・ 目標2:ケアへのアクセスを拡大し、HIV陽性者の健康状態を改善する
・ 目標3:HIV関連および保健医療の格差を縮小する
・ 目標4:国としてより調和の取れた対策を実現する

 

 そうした大きな枠組みの中でのカスケードですね。現状はどうでしょうか。

  • HIV感染の認識:米国のHIV陽性者の8人中7人は自らの感染を知っている。ただし、2013年にHIV陽性と分かった人の24%は感染判明時にすでにステージ3(エイズ)の状態だった。
  • ケアとの連係: 2013年にHIV感染が分かった人のうち、3カ月以内に医療ケアにつながった人は82%だった。
  • ケアの継続:2012年時点で米国内の全HIV陽性者のうちケアを継続して受けている人はわずか39%。
  • ウイルス量の抑制:2012年には米国のHIV陽性者全体の30%しかウイルスの抑制はできていない。

 

つまり、米国の場合、90%近くがすでに検査で感染を知っており、しかも82%は医療ケアにつながっているので、カスケードの最初の段階はまずまずの現状ですが、早期に治療を初めても長く続かず、結果としてウイルス量の抑制を維持している人は30%ということです。検査も医療への接続もあの手この手の努力で健闘していますが、せっかくのその努力も、抗レトロウイルス治療をやめちゃう人が多いのでは台無しです。

 

じゃあ、どうしたらいいのかということはファクトシートの後半部『2020年の成果指標』に少し紹介されています。医療にまかせろと豪語していれば解決するという問題ではなく、社会的な様々な課題に対応する必要がある。当たり前のことですが、そうした認識があることは伝わってきます。更新版戦略の本文にはさらに詳しく書かれているのでしょうね。分量が多く、私にはとても読み切れませんが、英文はこちらです。

https://www.whitehouse.gov/sites/default/files/docs/national_hiv_aids_strategy_update_2020.pdf

 

 ということで、米国には米国の事情があり、解決すべき課題を抱えている。翻って日本はどうか。流行の規模も国際的に見れば、極めて小さくはありますが、「エイズはもういいだろう」と無関心を決め込んでいれば、それで問題は解決するといえる状態ではありません。

 

日本でもカスケードを取り入れた対応が必要だと言うことは、最近、医学分野の研究者からしばしば指摘されています。一種のはやりのようなものであるのかも知れませんが、実はカスケードのコンセプトそのものは、そもそも結核対策で1960年代に提唱され、かなり以前から他の疾患にも応用されているようなので、目新しい考え方というわけではありません。もちろん、HIV/エイズ対策に有効なら古くからあるコンセプトであろうが、なかろうが、それは問題にはならないし、日本の場合も、どこに課題があるのかということを把握するうえで有効なツールなのではないかと思います。

 

 それでは、どこが・・・おっと、カスケードのカの字というか最初のところでさっそく、つんのめって転んでしまいそうです。そもそも、HIVに感染している人が国内にどのくらいいるのか、その推定の人数(報告数でなく)ですら、よく分かりません。ここからまず、課題があるとも言えるし、それでも何とか流行の拡大が抑えられてきたのはどうしてなのかというところから、わが国の現状をとらえなおしていく必要があるというか・・・。どうも長くなりそうですね。このあたりはまた機会を改めて。