もう1週間たってしまいましたか。ようやく暖かくなりましたね。先週の土曜日付SANKEI EXPRESS紙に掲載された【湘南の風 古都の波】です。長谷寺の秘仏・後立観音は4月30日まで特別公開されているそうなので、春の鎌倉散策の折にはどうぞ。
【湘南の風 古都の波】ヒヨドリ一羽 春を呼ぶ
http://www.sankeibiz.jp/express/news/140317/exg1403171709006-n1.htm
体感的に言うと、鎌倉が一面の雪景色になるのは平均で2年に1回ぐらいだろうか。海辺は温暖なので、北鎌倉で雪がちらついていても、由比ガ浜や材木座の海岸付近は雨ということも時々ある。
その鎌倉が今年は、海岸の砂浜が雪原になるほどの大雪に2回も見舞われた。しかも、3月に入ってもまだ、真冬並みの寒さ。いい加減にしてほしいなあ、もう…と北風に首をすくめながら鎌倉駅に近い日蓮宗本覚寺の境内を訪れると、鐘楼(しょうろう)脇ではもう、桜が満開ではないか。
どうなってんの…。河津桜。伊豆半島東海岸の静岡県河津町で1955(昭和30)年ごろ、原木がみつかった早咲きの桜で、2月上旬に開花し、3月上旬には満開となるという。早いだけでなく、花の期間が桜にしては長い。
本家・河津町の桜並木はもちろん見事だが、最近は鎌倉の神社やお寺の境内でもよく見かける。
本覚寺は室町時代に身延山久遠寺(くおんじ)から日蓮上人の遺骨が分骨され、「東身延」と呼ばれるようになった。境内に夷堂(えびすどう)があり、正月三が日の「初えびす」と1月10日の「本えびす」には商売繁盛を願うたくさんの人でにぎわう。
すぐ近くには同じく日蓮宗の妙本寺。こちらはかつて、中原中也と小林秀雄が一緒に境内の海棠(かいどう)の花を見て春の午後を過ごしたという少々わけありのエピソードも残る。
海棠の見頃は4月の半ば。本覚寺と妙本寺はともに午後6時になると鐘がつかれる。鐘の音の立体音響を聴きながら暮れゆく裏道を歩く。これもまた鎌倉散策の楽しみの一つだ。春が待ち遠しい。
≪「背後まであまねく慈悲を」≫
相模湾を望む浄土宗の名刹(めいさつ)、長谷寺は小高い観音山の山すそに位置する下境内と中腹の上境内とに分かれている。小雨まじりの3月1日朝、妙智池と放生池の周囲に紅白の梅とピンク色の河津桜が咲き競う下境内から、石段を上がって上境内の観音堂を訪れた。
これまで見ることのできなかった秘仏、後立(うしろだち)観音の特別開帳がこの日から始まったのだ。
長谷寺には、高さ9.18メートル(光背を入れると11.8メートル)の本尊十一面観音のほかに2体の観音様が安置されている。本尊の前に立つ前立(まえだち)観音、そして今回の特別開帳で前立観音の横に並んで立っているのが後立観音だ。長谷寺の資料によると、後立観音は江戸時代に造立されたという。
ただし、「伝世の経緯などは謎に包まれている」ということで、分からないことも多い。秘仏だけにミステリアスですね。
1923(大正12)年9月1日の関東大震災で、木造だった当時の観音堂が被災するまでは、本尊の正面に前立観音、背面に後立観音が置かれていた。後立観音はその後、別の場所に安置されていたが、昨年(2013年)から修繕を進め、90年余りの時を経て今回の特別開帳にこぎつけたという。
開帳期間は春が3月1日~4月30日、秋は8月1日~9月30日の予定。
修繕の際、とくに傷みがひどかった光背は新しいものに造り替えられており、旧光背の部材で後立観音御守も制作されている。「観音菩薩の慈悲が(われわれの目の届かない背後まで)あまねく施されるように」という願いが込められた御守だ。
春は名のみのお天気とはいえ、1日は土曜日だったこともあって、午前中からたくさんの参拝客が観音堂を訪れていた。
特別開帳について、長谷寺ではとくに積極的な事前告知を行っていたわけではなかったという。露座の大仏で有名な高徳院と十一面観音の長谷寺は、いわば鎌倉散策長谷地区編の2大拠点。
まず江ノ電で長谷まで行き、心ほぐれるワンデー散策の出発点に長谷寺を選ぶ人も多いのだ。
観音堂の天井からは、後立観音につながる真新しい五色の手綱が垂れ下がっていた。その手綱を軽く握って祈りをささげる。
特別開帳を知らずに訪れた人たちにとってはきっと少々の寒さも吹き飛んでしまうような、幸運な鎌倉の休日のスタートになったに違いない。