ラグビーW杯日本大会の直前ですが、ジャーナリズムの片隅にかろうじて身を置いている(と自分ではいまも思っている)私には、ちょっと頭を抱え込みたくなるようなニュースが英国から伝わってきました。
かつてラグビーのウェールズ代表やブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズ(イングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランドの代表選手で構成される特別チーム)の主将も務めたギャレス・トーマス氏が9月14日にHIVに感染していることを自らのTwitterで公表したのです。
こちらですね。1分24秒の動画です。
https://twitter.com/gareththomas14
トーマス氏は沈痛な表情で語っています。でも、英語で、しかも動画です。困ったなあ・・・と思っていたら、HUFFPOSTに日本語の記事が載っていました。助かります。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/gareth-thomas-hiv_jp_5d8068cbe4b077dcbd635439
『スター選手であったトーマス氏は、2009年にゲイであることを公表。その2年後にラグビー界を引退しており、近年はリアリティー番組などに出演していた』
ただし、HIV感染に関してはこれまで、公表していませんでした。感染が明らかにされることに対する強い不安があったようです。
しかも、記事には『Twitterに投稿された動画によると、今回の公表の裏には「情報を公表する」と他者からの脅迫があったという』と書かれてもいます。
この記事を読んだうえでの感想を私もFacebookに少し書いたので、再掲しておきましょう。
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それにしても・・・。
《私より先に『公表する』と脅迫してくる、私の人生を地獄のように変えた悪人の話すことではありません》
どうも、この悪人は雑誌や新聞などのメディア関係者のようです。
仮定の話で恐縮ですが、日本で同じくらい有名なアスリートがいて、その人がHIVに感染していることをたまたま私が知り、本人は「そっとしておいてほしい」と望んでいたとしたら、私が「そうだね」といって黙り通していることができるかどうか。
黙っていたとしても、「公表しようよ」と勧め、本人が公表すると決めたら、その公表の30分前に情報を流したいといった誘惑にはかられるのではないか。
情報を伝えるとはどういうことなのか。どこまで相手の意向に従うのか。広報と報道の差といったことも含め、ますますわからなくなってきます。
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ここで『雑誌や新聞などのメディア関係者』と書いた「悪人」というのは、実はタブロイド紙の記者だったようです。再びHUFFPOSTの記事の孫引きになりますが、トーマス氏はTwitterでこうも語っています。
『この情報をみなさんが知った今、私はとても弱い立場にいますが、だからといって、私は弱いわけではありません』
『強制的に公表することになりましたが、私はHIVの知識を広め、偏見を壊すため、闘うことを選びました』
英BBCのWales版サイトには9月18日に続報が掲載されています。英文ですね。あれやこれやと引用のつまみ食いで恐縮ですが、こちらも紹介しておきましょう。
『Gareth Thomas: Journalist 'told rugby player's parents of HIV'』
https://www.bbc.com/news/uk-wales-49739345
どうも、問題のタブロイド紙の記者は、トーマス氏に公表するぞと脅しただけでなく、彼の両親には息子がHIVに感染していることを勝手に話してしまっていたようです。これもひどい話ですね。トーマス氏も「きわめて個人的な事柄について、自分から落ち着いて両親と話をする機会が永遠に失われてしまった」と述べています。
日本では17日に『HIV感染で内定取り消しは違法』という判決が札幌地裁で出されました。被告の社会福祉法人は判決翌日の18日に公式サイトで、原告がHIV感染について虚偽の報告をしたことが内定取り消しの理由だったと重ねて強調しています。また、今後の対応については『昨日の判決を精査し、当法人としても論点整理含め、代理人と協議したうえで考えたい』ということです。
しかし、奇しくも同時期に国際的な話題となったトーマス氏のケースは、英国でもなお、HIV感染の公表には大きな葛藤があることを示しています。ゲイ男性としては10年も前にカミングアウトしているのに、HIVに関しては公表をためらう。その葛藤はどこから生まれるのか。日本ではどうなのか。
これは報道に携わる人が改めて考えなければならない課題ですね。
同時に、裁判の被告である社会福祉法人ももう一度、「感染の事実を隠し、信頼関係を損ねた」という内定取り消しの理由が成り立ち得るのかどうか、考えてみるべきではないでしょうか。