ラグビーのワールドカップ(W杯)で11月1日(金)、ニュージーランドと3位決定戦を戦ったウェールズは後半、力尽きて40-17で敗れました。さすがに今大会7試合目となると、チームとしても満身創痍の状態だったと思いますが、レッドドラゴンズの不屈の闘志はテレビ観戦の画面からでも、胸を打つものがありました。
その熱戦の前夜の話ですが、かつてのウェールズ代表主将であり、代表として100試合出場という輝かしい経歴を持つギャレス・トーマスさんが東京・神宮前のプライドハウス東京2019を訪れ、日本ラグビーフットボール協会・谷口真由美理事、プライドハウス東京・松中権代表とのトークセッションに臨みました。
トーマスさんは、現役時代の2009年、ゲイであることをカミングアウトしています。世界のトップクラスの選手としては、初のオープンリーゲイ・プレーヤーであり、2011年に引退するまで、プレーを続けていました。
また、今年9月にはHIVに感染していることもツィターで自ら明らかにしています。
HIV感染のカミングアウトについては当ブログでも経緯を紹介したので、参考までに紹介しておきます。
プライドハウスという会場の性格上、多くの方の関心はセクシャリティのカミングアウト、およびその後にあるようでした。それももちろん重要なテーマです。トークショーでも話題になったように、ラグビーという競技は多様な個性を尊重し、それぞれの特色を生かしつつ、チームの総合力を高めていくというダイバーシティとインクルーシブに本質的な価値を置く競技といってもいいでしょう。
それは否定しません。ただ、私にとってそれと同時に、ぜひ聞いてみたかったのは、2009年にセクシャリティについてカミングアウトしているアルフィー(トーマスさんの愛称)が、10年間もHIV感染については秘密にしていた。それはどうしてだったのかということです。
トークショーで話された内容については、後で以下のようなメモを作成しました。アルフィーは私が抱いていた疑問に誠実に答えていたように思います。
メモは盛りだくさんの話の内容を全部、網羅しきれているわけではありませんし、寄る年波で、ノートを取るスピードもめっきり落ち、記憶力も低下しているので、正確さにおいてもやや(実はかなり)自信がありません。それでも、そんなに外れた内容にはなっていないだろうと思うので、ご関心がおありの方は参考にしてください。
プライドハウス東京トークセッション メモ
2019年10月31日(木)午後7時~8時、プライドハウス東京2019
谷口真由美さん(日本ラグビーフットボール協会理事)
松中権さん(プライドハウス東京代表)
【自己紹介】
ギャレス・トーマスさん
アルフィーと呼んでほしい。そう呼んでくれれば友達です。
1995年からラグビーのウェールズ代表。日本との試合がデビュー戦だった。同年W杯でも日本と対戦し、その試合では3トライをあげた。
プロのラグビー選手として初めてゲイであることを公表し、公表後もプレーを続けた。ウェールズ代表として初めて100試合出場を果たした選手である。
谷口真由美さん
2019年6月から日本ラグビー協会理事、父親が近鉄ラグビー部のコーチだったため6歳の時から10年間、花園ラグビー場で暮らしていた。
松中権さん
プライドハウスはLGBTが安心していられる居場所を目指す。
30NPO・個人、18企業、15大使館が一緒になって運営。
(以下、敬称略。トーマスさんについてはご本人のお言葉に甘え、アルフィーとします)
【ラグビーW杯について】
松中
ラグビーのW杯2019についてどう思うか
W杯には選手として4回、放送局のコメンテーターとして3回かかわっている。ウェールズ開催の第4回(1999年)を除けば、おそらく今回が最高の大会。開催前は多くの人がうまくいかないのではないかと不安を持っていたが、人も文化もスタジアムも雰囲気も素晴らしい。ラグビーの試合は成長し続けることが大切。日本対スコットランドの試合は6000万人もの人が観ていた。ラグビーはこれからも日本に広がっていくと思う。
谷口
日本ではいままで、ラグビーはメジャーなスポーツではなく、競技人口も減って10万人を割っている。W杯がこんなに盛り上がるとは思わなかった。この熱が冷めないようにするにはどうしたらいいか。
【セクシュアリティとカミングアウト】
松中
スポーツ業界はLGBTQに対する差別も大きいのに、アルフィーさんはどうしてカミングアウトしようと思ったのか。
自殺も考えたが、死にたくなかった。しかし、ラグビーのプレーができなくなると思うと、生きていくこともできない。
ラグビーに必要なのは才能だけではなく、最も大切な価値は正直であること、誠実であることだ。私のカミングアウトに対し、チームメートはその価値を認め、理解してくれるのではないかと思った。
一方でチームメートだけでなく、他の多くの人やメディアの反応も怖かった。セクシャリティでなく能力で判断してほしいのに、そうならなかったらどうしようと思った。
スポーツ人としてすべての人を喜ばせることはできない。自分の近くにいる人を幸せにできれば、自分も幸せになれると考えるようになった。
いつ、どのようにして自分がゲイであることをカミングアウトするか。そのタイミングは慎重に考え、自分が何をしたいのかを示せるようにした。
午前中にカミングアウトし、午後にはラグビーの試合に出た。カミングアウトで得るものも失うものもなく、同じように扱ってほしかった。次の日の新聞にはプレーをしたということが載った。
カーディフとトゥルーズの試合では、自分は孤独ではないと感じることができた。7万人の観客がいて、トゥルーズの選手が紹介されると拍手喝采が起き、カーディフの選手の紹介ではブーイングがあった。だが、私の名前が紹介された時には、みんなが拍手をしてくれたのだ。
谷口
日本のラグビー界が変わろうとしているのは事実だが、歩みはまだゆっくりでしかない。そもそも男性ばかりでダイバーシティのない組織だった。果たしてアルフィーのような選手が出てきた時に、観客も拍手できるのか。マッチョな世界であるせいか、セクシャリティをからかったり、笑ったりしがちである。まだ、日本では知ることから始めなければならない段階だと思う。
しかし、歩みを止めるわけにはいかない。
私はヨーロッパもまだ道半ばだと思う。トップクラスのレフェリーで、自らゲイであることを公表しているのはナイジェル・オーエンスだけであり、選手でゲイであることを公表したのは私だけだ。
オープンにすることで、その事実が勇気をもって見られる。そうすると周囲も変わってくる。私のカムアウトの後、差別をしないようにしようという動きが広がってきた。
【日本へのメッセージ】
松中
日本へのメッセージは。
すべての恐怖がなくなるように、まずは環境を作ってほしい。
苦労して、苦しんで、自殺を考える前に行けるところがあるんだということを感じられるようにしてほしい。リアクティブ(受け身)ではなく、プロアクティブ(積極的)になってほしい。
松中
アルフィーさんは今年、HIVに感染していることもカミングアウトしました。
どう思われるかということを非常に恐れていた。家族もたくさんの友人もいる。
HIVに関しては政府やテレビが20年、30年前に言っていたことをいまも信じている人が多い。HIVに感染したら死んでしまう。感染することが怖い。そう感じているのだ。自分はこうして生きているということを理解してもらえないのではないかと恐れた。
それでもHIVに対する理解はゆくゆく深まっていくと思うし、自分でもスティグマを取り払いたいと考えた。
セクシュアリティの時と同じように朝、HIVに感染していることを明らかにし、その日の午後にはアイアンマンレースに出場した。
たくさんの人がサポートしてくれた。弱みを見せることは自分の強さを見せることだと思う。
谷口
2001年に3カ月間、南アフリカでスティグマの調査を行った。その時は人種に関する調査だった。
日本でいま、HIVの知識が浸透しているとは思えない。治療を継続していればHIVが感染しない病気になっているということも知られていない。理解は進んでいない。ラグビー界がこのことにも率先して取り組んでいければいいと思っている。
質問(会場との質疑応答)
イギリスでもHIVに対するスティグマがいまなおそれほど強いとは思わなかった。
政府は20年以上前に、エイズで人びとが亡くなることに対し、強力な宣伝を行った。
アンプロテクテッドセックス(感染予防策をとらないセックス)をしないように警告しなければならなかった。
医学的には進歩しても、人びとはいまもHIV/エイズに関する当時の宣伝の記憶を持っている。
その時は必要だったかもしれないけれど、状況は変わった。しかし、この点に関しての教育にはもう熱心に取り組もうとしない。
世界で最も難しいことは何か分かりますか。教育ではなく再教育です(教えることではなく、教えなおすことです)。
イギリスでは私がHIVに感染していてもアンディテクタブル(体内のウイルス量が現在の検査精度では検出できないほど低い状態)なら生命保険にも問題なく入れるようになっている。でもスティグマはまだある。
質問
アイアンマンレースでハグした相手は。
ハズバンドです。
多くの人がアイアンマンレースに出たことを応援してくれていると実感できた。彼とハグするところを見てほしかった。私はまだ弱く、頼りたい人もいる。こういう人が力をくれているのだということを見てほしかった。
イギリスの若い世代には希望を持っている。ブラック、ゲイ、ホワイト、トランスの人といったことはあまり関係なく見ている。インターネットやソーシャルメディアは、ときにはネガティブに働くこともあるが、大きな力になることも多い。
【後に続く選手は】
質問
いまカミングアウトしている現役選手はいない。それはどうしてなのか。
トッププロフェッショナルの選手に対し、ゲイであることが望まれていないと感じるのかもしれない。選手は正直さの価値に基づいて生きることができたとしても、影響は自分だけではない。
1週間厳しい練習をして80分間の試合に備える。社会の中でどう受け止められるかを考えてしまう。一生懸命やってきたことが、言ってしまったことで失われてしまうかもしれないという心配もあるのではないか。
【最後に一言】
松中
プライドハウス東京は当初、2020だけの予定だったが、ラグビーW杯に合わせてでプライドハウス2019を開いて本当によかったといまは思っている。
谷口
ラグビーには社会的な価値があり、きっと社会を変えていけるのではないか。ラグビーがソーシャルイノベーションを進めていけると信じている。
ダイバーシティとインクルージョンには自分の人生のすべてをかけて取り組んでいきたい。あまり認識されていないところがあれば、どんどん話しにいきたい。それが人びとを一緒にする力になると信じていきたい。
逆にみなさんに聞きたいのだが、日本ではダイバーシティはある程度、許容されていると思いますか。
挙手を求める(きわめて少数)
まだ十分ではないと思いますか。(挙手多数)。
私が実際に感じていたことと同じです。私自身が本当の自分で居づらいように感じた。いろいろな人たちが来て、それぞれが自分自身でいられると感じられるようになる。それは本当に大切なことです。