『HIV感染で内定取り消しは違法』 いま当然の判断を示すことの大切さ エイズと社会ウェブ版417  

 

 当然の判断なのですが、その当然がこの時期に裁判所から判決として示されたことは重要だと思います。世の中にはまだまだ、「えっ、当然なの?」と驚く人が多いのかもしれない。個人的にはそんな印象もあるからです。

 その世の中の片隅で、HIV/エイズ対策にかかわる報道や情報提供を30年以上も続けてきた身としては、判決を歓迎する一方で、いまなお裁判が差別や偏見を解消するための重要な啓発の機会であるという状況を脱し切れていないことは、個人的に自らの無力を再確認する機会でもあるので、内心じくじたる思いも抱かざるを得ません。

 

 HIVに感染していることを告げなかったとして就職の内定を取り消されたソーシャルワーカーの男性が、内定先だった社会福祉法人を訴えた裁判で、札幌地方裁判所は9月17日、「周囲に感染する危険は小さく、感染の事実を告げる義務はない」と認め、法人に165万円の賠償を命じました。

 判決の部分はNHKのニュース丸写しです。実際に取材もしているわけではないし・・・。情報の共有という意味で、NHKのニュースサイトの記事を紹介しておきましょう。

www3.nhk.or.jp

 男性は社会福祉法人に対し慰謝料など330万円の賠償を求めていました。判決については次のように報じられています。

 『17日の判決で、札幌地方裁判所の武藤貴明裁判長は「HIVは極めて例外的な状況においてのみ感染が想定されるもので、原告の男性についても主治医の所見などから、周囲に感染する危険は無視できるほど小さい。採用面接で感染の事実を告げる義務はなく内定の取り消しは違法だ」と認めました』

 『さらに、病院側が過去のカルテをもとに男性の感染の事実を把握した点についても、医療情報の目的外利用でプライバシーの侵害にあたると指摘し、社会福祉法人に165万円の賠償を命じました』

 就職するのに、私はこういう病気を抱えていましてなどということをいちいち申告する必要はそもそもない。この点でも判決は明確です。

 個人的な感想を言うと「極めて例外的な状況においてのみ感染が想定される」という部分には少しだけ違和感を持ちました。例えば、性行為は例外的な状況なのかなあとか・・・。

 ただし、これは揚げ足取りですね。就労に関する文脈で言えば、ま、許容範囲かな。ここでさらに、セックスワークは例外的なのかという議論をしだすと、論点がどんどんずれていきそうなので、セックスワークに関していえば、そこに従事する人の健康の維持や確保、そのための人権の尊重ということはHIV感染のコンビネーション予防の重要な要素でもありますという指摘にとどめておきましょう。

 社会福祉法人は「あす(注:つまり18日に)ホームページでコメントを発表する」ということです。ここで判決に従うという決断をするのも、遅ればせながら大切なことではないかと思います。

 

 日本エイズ学会は、2019年6月24日付で『HIV感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた声明』を発表しています。札幌地裁の訴訟に直接、言及しているわけではありませんが、裁判の過程で被告の社会福祉法人側から示されたHIVに関する認識が(裁判に勝ちたいという動機を割り引いたうえでも)あまりにもひどく、医療や福祉の現場がこのような状態ではさすがに困るということからまとめられた声明です。

 当ブログでも紹介しましたのでご覧ください。

 http://miyatak.hatenablog.com/entry/2019/06/25/223944

 

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 蛇足になりますが、そのときの私の個人的な感想も少しだけ、再掲しておきます。

 『ここで強調しておきたいのは治療が進歩したかどうか、あるいは体内のウイルス量が検出限界値以下に抑えられているかどうかに関わりなく、『企業、医療機関』がHIV陽性者を採用しなかったり、解雇したり、一緒に働くことを拒否したりする根拠はまったくないということです』

  『それは21世紀に入ってからなくなったのではなく、1980年代からずっと根拠がなかったことなのです。根拠のない対応が続いているのはいまに始まったことではありませんが、一方で、いまもなお続いていることにショックを受けます。同じように改めてショックを受けた方も日本エイズ学会の中で少なくなかったように推察します』