ババトゥンデ・オショティメインUNFPA事務局長が急死

 国連人口基金UNFPA)のババトゥンデ・オショティメイン事務局長が6月5日夜(米東部時間)、ニューヨークの自宅で急逝しました。68歳でした。お悔やみ申し上げます。

 UNFPA東京事務所の公式サイトに死去のお知らせが掲載されています。
 http://www.unfpa.or.jp/about/index.php?eid=00019&showclosedentry=yes

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 「オショティメインは、3つの革新的な目標を精力的に推し進めていました。1つ目は、予防可能な妊産婦死亡をゼロにすること、2つ目は、家族計画に関するニーズを全て満たすこと、そして3つ目は、女性や少女に対して行われている有害な風習をゼロにすることです。UNFPAは一丸となって、これらのグローバルな目標の下に結集し、彼のレガシーを引き継いでいきます」
 死亡の原因は明らかにされていませんが、ナイジェリアのオンライン新聞 Premium Times は親しい知人の話として、オショティメイン氏は教会からニューヨークの自宅に戻り、一人でテレビを観ている間に亡くなったと伝えています。原因は分からないとしつつ、Premium Timesの記事は、突然の心停止ではないかと推測しています。

 国連アントニオ・グテーレス事務総長は「世界は、すべての人々の健康そして福祉の偉大なる擁護者を失いました」とする追悼メッセージを発表するとともにUNFPAのナタリア・カネム事務局次長をUNFPA事務局長代行に任命しました。
 グテーレス事務総長は追悼メッセージの中で次のように述べています。
 「ナイジェリアの保健大臣であった頃も含め、長年に渡り、家族計画、女性の教育、子どもの健康、そしてHIV/エイズへの対応など、人類の発展において不可欠な要素であることを訴えた彼の発言は非常に貴重なものでありました」

 オショティメイン氏はナイジェリア出身の医師で、2011年にUNFPA事務局長に就任。2期目の任期半ばでした。それ以前にはナイジェリア保健相やナイジェリア国内のHIV/エイズ対策を統合する国家HIV/エイズ活動委員会の委員長などを務め、アフリカのエイズ対策を主導する政治家の一人でもありました。

 日本記者クラブでは2011年4月25日、および2012年10月1日に記者会見を行っています。会見の報告と会見動画は日本記者クラブ公式サイトの以下のページで御覧いただけます。
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/22558/report/
 https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/24879/report/

たどり着いたら、ここも閉店


 先週の金曜日の話です。お昼はおにぎりでもと思って、由比ガ浜通りに新しくできたおにぎり屋さんに行ったら、なんと金曜日は定休日。それならと本覚寺前の谷口屋さんまで遠征を敢行しましたが、これがまた、なんとに輪をかけて、なんと・・・。

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 えっ、2日前に閉まっちゃったの!。お米屋さんがやっているおにぎり屋さんなので、御飯がおいしいと評判。正午を過ぎて行くと、もう売り切れていることもありました。

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 谷口屋というから、谷口さんという方がやっているのかと思ったら違いました。以前、取材したときに聞いた話ですが、妙本寺境内のある谷戸の入口にあるから谷口屋なのだそうです。

 滑川の夷堂橋をはさんで、ツバキ文具店に登場した魚屋さんとは対角の位置。話が脱線しますが、本覚寺と妙本寺は両方とも日蓮宗のお寺で、境内に鐘楼があります。

 谷口屋さんの前から(つまり本覚寺の前から)妙本寺の総門に向かう道は午後6時に歩くと、2つのお寺の鐘が交互に鳴らされ立体音響で響き渡る。6月は日も長く、のんびり歩くのにも最適。ぜいたくな夕暮れですね。

 駅からも近いので観光でお出での方も、帰る前にちょっと寄っていくことができ、しかも、いやあ鎌倉だなあ気分を五感で満喫できる穴場散策路でもあります。

『エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』 続き

 T as Pについて、もう一回、箇条書きにして整理します。

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 できるだけ早く検査を受けて感染を知り、治療を始める。それが本人にも社会にも利益をもたらす。

 それなら・・・ということで米CDCは2006年、OPT-OUT検査に踏み切るよう全米の医療機関に勧告を出しました。

 積極的に検査を受けたくないという意思表示をする人以外はすべてにHIVのスクリーニング検査を行うという方式です。

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 日本ではどうか。私はお勧めできないと思いますが、医療分野の専門家を中心に導入を求める声もあります。最近の話題のPrEPも含め考えてみます。

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 HIVに感染していない人がHIV治療のための薬を毎日、服用していれば、HIV感染を防ぐことができる。これがPrEPの考え方です。

 誰でも、というわけではなく、あくまで「相当のHIV感染リスクを持つ非感染者」が対象です。

エイズ性感染症に関する小委員会は、エイズ予防指針と性感染症予防指針の見直しを検討している有識者委員会です。PrEPも取り上げられていますが、とりあえず「相当の感染リスクを持つ人々に曝露前予防投与を行うことが適当かどうか研究を進める」といった方針になりそうです。

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 エイズ動向委員会報告は2007年まで右肩上がりで報告数が増え、その後はほぼ横ばいです。数字で示すとこうなります。

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 世の中には心配事がいろいろあるせいか、エイズに対する社会的な関心はこのところ、あまり高くありません。社会的関心の低下は感染の拡大要因の一つなのですが、それでも国内の新規HIV感染者、エイズ患者報告は2007年以降、年間1500件前後の状態で持ちこたえてきました。NGONPOの持続的な活動の成果が大きいと私は考えています。

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 スタンダードプリコーションは医療機関の院内感染防止策として広く採用されています。80年代に米国でエイズ患者の診療拒否が相次ぎ、その反省からユニバーサルプリコーションという考え方が生まれました。必要な治療が安心して受けられなければ、感染を心配する人は検査を受ける気になれない。その反省が現在の院内感染対策の基本になり、介護の現場でも広く採用されています。

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 こうした考え方はエイズの流行を経験して生まれ、いまはHIV感染の予防だけでなく。より広範な危機管理策となっています。

 例えば、新興感染症が流行しても医療機関はパニックに陥ることなく対応できます。高齢化社会を迎え、介護施設などで様々な集団感染を未然に防ぐ手立てにもなります。

 未知の病原体による新たな感染症の流行が社会を襲った場合、初期段階でそれを把握することは困難です。

 エイズもそうだったように、なんだかよく分からないけれど人々が倒れていくといった事態にどう対応するか。そうした危機への社会的な安全保障基盤にもなります。

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 世界人口を70億、日本の人口を1億で計算すると、90-90-90達成時の日本の新規HIV感染件数は7000件余り、95-95-95だと3000件弱になります。

 あれあれ?と思いませんか。

 国内の新規HIV感染者・エイズ患者報告はこの10年、毎年1500件前後で推移しています。こうした傾向が10年も続いているということは、実際の感染件数も報告数と大きくかけ離れているわけではないと私は思っています。

 ケアカスケードは日本でも重要な指標として受け止められています。現状が80-90-90だとすれば、最初の80を90に引き上げることは大切です。現状で十分というわけではありません。

 それでも、新規感染に限定すれば日本はすでに「流行終結」のレベルを下回っています。エイズによる死者も少ない。つまり、この2つの指標からみれば、日本ではすでに「流行終結後の社会」が実現していることになります。

 この点を抜きにして、諸外国との海外比較をやりはじめると、議論が変な方向に行ってしまいそうです。

 一方で、先行の2指標とは対照的に、スティグマや差別はゼロではない。この点も見過ごすわけにはいきません。

 もう一度、「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行の終結」について整理してみましょう。

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 繰り返しになりますが、「流行終結」が目指すのはHIV陽性者がいない世界ではありません。

 そうではなく、HIVに感染している人も、していない人も安心して社会生活を続け、HIV感染を心配する人が検査を受けやすくなるような条件を整える。そのことによって、HIV感染の流行が「公衆衛生上の脅威」とならない状態を維持していける。そうした世界です。

 「排除」や「撲滅」といったスローガンとは対極にある世界といってもいいでしょう。

 UNAIDSが昨年7月に発表した『予防ギャップ』報告書によると、成人の年間新規感染者数はこの5年間、世界全体で見ると200万人前後でほぼ横ばいのままです。世界全体で見れば、治療の普及にもかかわらず、期待したほど「T as P」の成果は現れていません。時間がかかるのかもしれませんね。

 一方で、最近の世界の動きを見ていると、さまざまな場面で「排除」の選択を待望するような雰囲気が強くなっている印象も受けます。そうしたことがHIV/エイズ対策にも影響しているのかどうか、私には分かりません。

  分からないけれど、そうかなとも少し感じています。

 治療の進歩は重要です。HIVに感染している人にも、感染している人を含めた社会にも、その進歩が予防につながることを歓迎しない理由はありません。

 ただし、治療の進歩を活かすには、必要な人に必要な検査と治療を届ける条件を整えていくための支援が大きな意味を持っている。そのことも忘れるわけにはいきません。

 『予防ギャップ』の存在は、改めてこの点を示しているのではないでしょうか。『T as P』は『S as P』、つまりSupport as Prevention(予防としての支援)の重要性を再認識するきっかけにもなっています。

 治療で感染が減るのだから、支援などもういらないというわけにはいかない。ごくごく当たり前のことですが、それに気づくのに5年もかかったのです。

  エイズの流行は終わったわけでも、過去のものでもありません。治療の進歩は重要です。予防対策にも大きな影響を与えています。

  ただし、そのメッセージが「エイズはもういいだろう、治療もあるし」といった社会的雰囲気を広げてしまうことになると、それは逆に負の効果をもたらし、流行の拡大要因になるリスクもはらんでいます。

 《治療の進歩を生かすには、継続的な社会の対応、とりわけ「支援」の重要性を再認識しなければならない》

 S as Pはずっと前から、最も費用対効果の高いHIV/エイズ対策でした。様々な立場の人がそれぞれの立場を生かして参加してきたし、過去形でなく現在進行形でそうであり続けてもいる。長いエイズ取材の体験を経て、いま改めてそのことを感じています。

 最後にポスターを2枚、紹介しておきましょう。

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 それぞれのポスターのメッセージに対しては、私はどちらかというと批判的です。誤解を招きやすい。

 ただし、それは簡潔かつ印象的なメッセージを伝えようとする際の宿命かもしれないなと最近は思うようになりました。

 したがって、個人的にはこんなポスターは無視しろとか、抹殺しろといった議論にも与しません。

 短いフレーズではすべてを言い尽くすことはできない。マイナスの効果を生み出してしまうこともある。

 その負の側面を批判することは簡単です。でも、あれもダメ、これもダメと言い始めたら、何も伝えられなくなってしまう。

 どうしたらいいのか。むしろ話題にして、ああでもない、こうでもないと言ってみる方がいいのではないか。肴にして楽しむというと、一生懸命アイデアを絞り出した人には申し訳ないのですが、最近はそう思っています。

 様々な議論のきっかけとなる素材提供の努力には敬意を払い、なおかつ忌憚のない意見をどんどん出すということで、できれば皆さんの感想もうかがえれば幸いです。

 

『エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』

(注)2017年6月3日午後、釧路労災病院で開催された道東HIV拠点病院等連絡協議会研修会の講演原稿です。事前に用意していたものですが、参考までにアップします。

 寄る年波と言いますか、老眼が進み、演壇上では字があまりよく読めなかったので、実際の講演は原稿とはかなり異なっていますが、趣旨は変わっていません。長いので2回に分けて掲載します。

 

エイズの流行は終わるのか キーワードで見るHIV/エイズの現状と課題』

 私は1973年に産経新聞社に入り、以来44年間、新聞記者でした。もうすぐ退職します。この間、ニューヨーク支局長や編集長、論説委員なども経験し、つらいことや泣きたくなることも人並みにありましたが、振り返って見れば、けっこう楽しかったのではないかと今は思っています。

 HIV/エイズについて取材を始めたのは今から30年前の1987年でした。国内でエイズパニックと呼ばれる大混乱が起き、そのときにたまたま社会部の厚生省担当記者だったからです。

 「なんでエイズの取材をしているのですか」と聞かれることがときどきあります。

でも、最初はどうしてもこうしてもない、否応なくという感じでした。

 記者生活の一方で、NPO法人エイズソサエティ研究会議の事務局長、公益財団法人エイズ予防財団の理事としてもエイズ対策にかかわってきました。

 ニューヨークにいたころは、稲田頼太郎先生にも助けていただき、JAWSという日本人向けのエイズ対策団体を作ってワークショップや日本語の電話相談などを行っています。

 エイズの流行という世界史的現象に遭遇し、様々な場面で悩んだり、迷ったりしてきたその30年の経験も、できればどこかににじませながら、本日はHIV/エイズの現状と課題について私なりにお話ししたいと思います。

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 真ん中のバナーは12月1日の世界エイズデー前後に行われる「東京エイズウィークス」というキャンペーンのキャッチコピーです。

 エイズはまだ流行っているんですかと聞かれることがよくあります。もう終わったと思っていたと率直に言う人もいます。

 「いや終わっていませんよ」とこちらが勢い込んで話し始めても、あまり興味はなさそうです。

 ああ、そうか、と改めて思います。「エイズはもういいだろう」とまではっきりとは言わないけれど、社会の関心は以前ほど高くない。

 もちろん、社会が関心を持たなければ、流行が下火になるわけではありません。ウイルスが遠慮して感染を控えるようなこともありません。

 むしろ社会的な関心の低下は感染の新たな拡大要因なのではないかと個人的には心配しています。どうやって現状を伝えれば、関心をもってもらえるのか。そんなことも考えます。

  2015年末現在のUNAIDS推計で世界の現状を確認しておきましょう。

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 世界のHIV陽性者のほぼ半数にあたる1820万人が抗レトロウイルス治療を受けています。年間のエイズ対策資金は現在、190億ドルですが、必要額は262億ドルと試算されています。この72億ドルのギャップが解消すれば、流行は終結に向かうということでしょうか。

 16年前の2001年には、国連エイズ特別総会で当時のコフィ・アナン事務総長がこう語っていました。

《世界がエイズと闘うには70億~100億ドルの「戦費」が必要だ》

 2003年12月1日に世界保健機関(WHO)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)が発表した「3by5」計画は、緊急に治療が必要な人を600万人と推定し、2005年末までに、その半数にあたる300万人に治療を提供する計画でした。

 21世紀に入ってからグローバルファンド(世界エイズ結核マラリア対策基金)や米国の大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)が創設され、国際的なHIV/エイズ対策への投資は劇的に拡大し、治療の普及も進みました。

 それでも普及率はいまなお50%です。

 HIVの感染はいまも続いていること、そして早期治療の重要性が確認され、治療の対象が増えていること。この2つが普及率50%の背景にはあります。

 努力が足りないわけではありません。治療の観点からも、予防の観点からも早期検査、早期治療の重要性が強調され、世界は相当がんばってきました。

 それでもまだ、エイズは終わっていません。

 この現状をどうしたらうまく伝えられるのか、治療の進歩を背景にして、最近は聞きなれない言葉が次々に登場します。一部の専門家にしか理解できない話を聞かされた挙げ句、「エイズはみんなの問題です」などと言われても関心は持てませんよね。

聞きかじりの知識しかありませんが、最近のキーワードをできるだけ分かりやすく説明してみます。

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 「流行の終結」が目指しているのは、エイズが存在しない世界、HIV陽性者がいない世界ではありません。流行を「公衆衛生上の脅威」とならない状態にすることです。

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 政治の指導者には「少なくとも公衆衛生上の脅威ではなくなりました」という逃げ道が用意されることになります。

 ただし、国際政治のそうした「ずるさ」を差し引いても、「エイズが存在しない世界」や「HIV陽性者がいない世界」を目標にしていないことには意味があると思います。UNAIDSは「エイズ流行終結」を次のように定義しています。

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 ちょっとわかりにくいですね。箇条書きにしてみましょう。

  1. HIV感染を制御または封じ込め、社会と個人の生命に対するウイルスの影響が小さくなって、健康障害や偏見、死亡、孤児などが大きく減少する。→感染が広がらない。
  2. エイズの影響が低下し平均余命が伸びる。→感染しても長く生きられる。
  3. 人々の多様なあり方や権利が無条件に受け入れられ、生産性が向上してコストが下がる。→社会的な影響が小さくなる。

 

 そのためにはまず、2020年までに90-90-90を実現しよう。昨年6月の「エイズ流行終結に関する国連総会ハイレベル会合」では、このことも国際的な了解事項として政治宣言に盛り込まれています。

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 UNAIDSの試算によると90-90-90を実現すれば世界の年間HIV新規感染件数は現在の4分の1の50万件以下に減ります。さらに目標を上げ95-95-95を達成すれば新規感染は10分の1の20万件以下になる(あくまで試算です)。

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 このあたりで流行終結ということにしよう。これが国際社会の約束です。ハードルをかなり低く設定している印象ですが、それでも実現は容易ではない。

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 こうした目標は「予防としての治療」の効果に期待がかけられるようになったからです。90-90-90だと治療を受けているHIV陽性者が90×90で81%、ウイルスが検出限界以下の人はさらに90をかけて73%になります。

 現状は60-80-75ぐらいでしょうか。意外にがんばっているとは思いますが、道はまだ遠い。

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 英語で「治療」と「予防」の頭文字をとって「T as P」とも呼ばれています。コンセンサス声明は米国を中心に著名な医学者、アクティビストらが賛同者となって発表された声明です。治療によって感染した人の体内のウイルス量を減らせば他の人に性行為などで感染することもなくなるのだから、治療の普及こそが有効な予防対策であるという考え方を強く打ち出しています。

 U=Uというのもあります。《Undetectable=Untransmittable》の略称です。

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 重要なメッセージですが、治療は誰のためのものかという点で、大きな課題を抱えてもいます。

 

店主急逝につき・・・。

 大船は果物が安く購入できるので、ときどきリュックをかついで買い出しに行きます。5月の中頃だったでしょうか、買い出し途中に遭遇した張り紙。シャッターが降りていたので定休日なのかと思ったら・・・。

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 小さな食堂でしたがお昼時にはいつも行列ができていました。きっとおいしかったのでしょうね。いずれ空いているときがあれば・・・と思っているうちに、とうとう一度も行けなくなってしまいました。ご冥福をお祈りします。

見ようとすれば見えるものへの対応 エイズと社会ウエブ版271 

 昨日(6月1日)はCNN制作の『UNSEEN ENEMY(グローバル時代に潜む脅威:感染症時代のパンデミック)」というドキュメンタリーの上映会がありました。90分ぐらいの映画の短縮バージョン(30分)だそうです。 

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 『グローバリゼーションが進む現代においては、ひとたび地域的な感染症が発生すれば、瞬く間に世界各地に感染が広がり、世界的な流行「パンデミック」につながり、社会・経済・公衆衛生に与える甚大な影響が懸念されています』ということで、エボラ、ジカ熱、インフルエンザなど最近の新興、再興感染症の流行事例を丹念に取り上げ、報告しています。
 開発が進めば、新たな病原体との接点が増え、未知の感染症に遭遇するリスクもそれだけ高まる。だから開発はやめようというかたちには、いまの世界は動いていません。
 開発に伴って予想されるリスクを把握し、どのようなリスクにどのように対応していくかということは、持続可能な開発目標(SDGs)において共有された世界の共通課題でもあります。そのためには過去の事例、あるいは現在進行形の事例を検証し、次への備えをしていく必要があります。
 感染症の流行は発生すると、世界中に懸念が広がり、不安のパンデミックという現象が流行地から遠く離れた場所で派生する一方で、いったん流行がおさまると、さっぱりとその不安も忘れてしまうという側面もあります。社会的なコミュニケーションも大きな課題であり、個人的なことをいえば、そうした観点は実は私の主要な関心(専門とは言わないまでも)領域でもあります。
 本当は起きてからでは遅い。危機が起きていない、あるいは起きているけれどUNSEEN(不可視)の段階での対応が重要なので、マスメディアを通じて、いわゆる「平時」の社会にもこうした情報がインプットされることは大いに意義深いといわなければなりません。
 短縮版でなく、ロングバージョンの方はそう遠くない時期にNHKで放映予定があるということでした。大いに話題になってほしいですね。
 上映後のトークセッションでは、エボラウイルスの発見者の一人であり、国連合同エイズ計画(UNAIDS)のピーター・ピオット博士も同趣旨のお話をされていました(つまり、私がここで書いていることも博士の受け売りという側面があることは否定できませんが、なにせ博士の著書の訳者なもんで・・・)。
 その中で博士が、次のリスクとして最も警戒しているのは呼吸器系の感染症だということです。確かに新型インフルエンザ、SARS重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)など、21世紀に入ってから世界は何度もぐらっ、ぐらっと来ています。まだ把握されていない感染症がどこかで広がり始める可能性もあります。
 問題は、来るかどうかではなく、いつ来るかだという指摘もあります。

 博士はまた、新たな感染症の流行について「アウトブレークを防ぐことはできない。ただし、流行を拡大させないことは可能だ」ともおっしゃっていました(一応、お断りしておくと、見栄をはって同時通訳の機会を使わずに聞いていたので、聞き間違いの可能性もあり)。

 これには、医科学的な研究ももちろん大切ですが、共通課題として感染症の流行拡大要因を社会的な対応によって、あるいはそのための基盤整備によって、なくしていくという手法、ないしはそれを可能にする社会的な共通理解といったものが極めて重要になってきます。
 ただし、まだ来ていないもの、いつくるか分からないものに恒常的に予算と人と時間をかけることが持続可能なのかどうかという議論も一方ではあります。「もういいだろう」「とりあえずはいいだろう」ということになりがちです。
 これも個人的な意見なので、だれも聞いてはくれないでしょうが、そうなると、いま起きている流行、現在進行形の(見ようとすれば見える)流行への対応をきちんと整えることで、それがUNSEENな何かへの備えになる、そうした戦略的な安定性を持続可能性につなげることが求められるのではないか。
 具体的には、HIV/エイズや毎年のインフルエンザといった現在進行形の感染症対策の意味を、日常性の中からそうした課題に結びつけていけるような戦略的持続可能性が必要ではないかと思っています。たとえば院内感染防止策として医療機関で広く行われている(はずの)スタンダードプリコーション(標準的予防策)なども、HIV陽性者に対する診療拒否をどうすれば回避できるかというエイズ対策の経験の中から生まれた汎用性の高い危機管理策です。

 そうしたことも含め、これまでの経験から、いま(そしてこれからも)しっかりと強調しておかなければならないのは、何か未知の病気のアウトブレークがあったとしても、その病気にかかった人、あるいはその周囲の人は、得体の知れないモンスターなどでは決してなく、その病気と最前線で闘っている人たちであり、その人たちへの治療や支援の提供こそが対策上最も重要な社会的課題になるということです。

 報道もこの基本線を外すことのないようなかたちで行うことができるかどうか。流行が報じられたとたん、世の中の雰囲気ががらっと変わってしまい、報道もその変化に迎合するように変わっていくといった経験もなかったわけではないので、どうなるのかは実はそのときになってみないと分かりません。

 したがって、いま偉そうなことを言ってもしょうがないのですが、勝負どころであることは認識しておきたいですね。
 蛇足ながら、皆さん、何かの機会に『UNSEEN ENEMY』を見る機会がおありでしたら「そうか、これはピオット博士の『NO TIME TO LOSE』も読んでおかなければいけませんね」と思っていただけると幸いです。手回しの良いことに、日本語版もちゃんと出版されています(一応、これは宣伝)。

Tの前はSでしょう・・・ということでとりあえず明日から6月 エイズと社会ウェブ版270

メルマガ東京都エイズ通信の第117号が配信されました。

 http://archives.mag2.com/0001002629/

 

  •  平成29年1月2日から平成29年5月28日までの感染者報告数(東京都)

  ※( )は昨年同時期の報告数

    HIV感染者          147件  (142件)

    AIDS患者            36件  ( 39件)

     合計               183件  (181件)

HIV感染者数、AIDS患者数ともに昨年同時期と同程度のペースで報告されています。

 

 微妙ですね。報告ベースで横ばいの状態が続いています。実際の感染件数は分かりませんが、報告の横ばい傾向が何年も続いているので、感染の動向もそれほど掛け離れたものではないという印象を受けています。

 昨年7月にダーバンの国際エイズ会議で英国のヘンリー王子が指摘した「自己満足のリスク」が高まりやすい時期ではないかと個人的には感じています。したがって、予防、治療、ケア、支援に地道な努力を続けている現場の皆さんを励ますような社会的エールがいまこそ大切だなあと思う時期でもあります。

 明日6月1日からの1週間は厚生労働省エイズ予防財団が主唱するHIV検査普及週間、そして6月の1カ月間は東京都のHIV/検査・相談月間です。

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 体の中でHIVが増えるのを妨げる治療薬が次々に開発され、その成果に基づいて感染の可能性がある人はできるだけ早く検査を受け、感染が分かったら治療を開始することが推奨されるようになりました。

 HIV/エイズ研究の大きな進歩です。そうすることで感染した人は自分自身が長く生きていくことが期待できるようになったし、他の人への感染のリスクも大きく低下することが確認されています。

 この成果が新たな予防ツールとしてのT as P(予防としての治療)の基本的考え方です。7月にパリで開かれる国際エイズ学会(IAS)の会議の演題をさらっと斜め読みしていたら、「ABCにDを加える」といったタイトルも見受けられました。

 AはAbstinence(禁欲)

   BはBe faithful(貞節

 CはCondome(コンドーム)

 で予防対策のABCなどと呼ばれています。治療が予防にも有効と言うことで、これにDrug(薬)も加えて、ABCDにしようと言うことでしょうか。あくまでタイトルから私が勝手に想像しているだけなので、講演の内容は分かりません。それでも、うまいこと言うなと、ついつい感心してしまいました。

 ただし、ここであえて強調しておきたいのは、ABCよりはXYZに近い「S」、つまりSupportの重要性です。T as Pが成立するためには、まず感染を心配する人が検査を受けやすい状態、安心して検査や治療を受けられる環境を整えることが必要です。

 T as Pの社会的な成立条件はどんなものなのか。このあたりはいま、T AS Pを何年か強調してみて新たに浮上している世界的な共通課題であり、同時にそれぞれの国、それぞれの社会が、自らの流行の状態や社会のあり方を踏まえながら個別に考えていくべき古くからの課題でもあります。

 ということで、個人的にはT as Pの前提として、S as P(予防としての支援)、英語で言えばSupport as Preventionの再評価が必要ではないかと考えています。

 感染した人、感染を心配する人、あるいは感染した人や感染を心配する人を支える人に対する社会的支援の枠組みを改めて考えてみる必要があるということですね。アルファベットの順番から言ったって、Tの前はSでしょう・・・などと、だぼらを吹いてもしょうがないけれど、けっこう真剣です。