ピーター・ピオット著『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』堂々刊行 エイズと社会ウェブ版372

 すでに全国の書店の店頭でもご覧いただけるようになっていますが、ピーター・ピオット博士の新著『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』が本日220日、発売となりました。

 

www.keio-up.co.jp

f:id:miyatak:20190220144439j:plain

 

 ピオットさんは国連合同エイズ計画(UNAIDS)の初代事務局長として世界のHIV/エイズ対策をけん引してこられた方であり、この本を読まなければ現在のHIV/エイズ対策もまた、論じることはできない。訳者としては、売れてほしいとあからさまには言わないまでも、できるだけ多くの人に読んでほしいと切に思う次第であります。

ピオット博士の日本語訳の著書としては、『ノー・タイム・トゥ・ルーズ エボラとエイズと国際政治』(20153月刊行)に次いで2冊目ですね。翻訳は不肖・私が、樽井正義慶応義塾大学名誉教授とともに担当しました。

前著の刊行から4年もかかったのか・・・感慨もひとしおであります。なぜ、そんなに時間がかかったのかという言い訳も含め、本書の背景を少し説明しておきます。

書店でお求めのうえ(ぜひ)、序章をお読みいただければ書いてあることですが、この本は2009年から2010年にかけて、博士がパリのコレージュ・ド・フランスという国立の特別高等教育機関で行った10回の講義がもとになっています。このため最初は2011年にフランス語で出版され、さらに2015年には英語版(AIDS between Science and Politics)が刊行されています。さらにそれを日本語に訳したのが本書というわけですね。

ひと言で「日本語に訳す」とさらりと言ってしまうと、何で4年もかかるのと思われるかもしれません。思うでしょ、でもね(とここで少々、愚痴が入ります)。

HIV/エイズの流行というのは、現在進行形の世界史的現象であります。流行はいまも刻々と変化を続け、対策もそれに合わせて進化しています。

おまけにUNAIDSが発表している世界のデータは、その流行の現実に肉薄する努力を続けているため毎年、更新されます。それも新しい年のデータが加わるだけならいいのだけど、毎年毎年、過去のデータにさかのぼって更新していくという恐るべき努力を続けています。

ま、その努力は多とするものの、本の翻訳を担当している身にとってはたまったもんじゃないわね。1年ぐらいかけて何とか訳したと思ったら、「あ、そのデータはもう、古いよ」と言われてしまう。勘弁してよと思いつつ、できる限り最新のデータを反映させ、対策についても最も新しい認識に基づいて考えようということで、その都度、ピオット博士に問い合わせて、更新の作業を同時並行的に進めていく。この・・・まあ、何と言いますか、芯の疲れる作業はほとんど樽井さんにお願いしたのですが、私などは脇でみているだけで、くたくたでした。

そのような事情なので、データはできるだけ新しいものに差し替えていますが、差し替え切れていないものもあります。それでも、よくここまでアップデートしたと個人的にはピーターと樽井さんの労力に敬意を表したいと思います。

そして、そうした前提の上に立って、ここではあえて本書の価値とピーターの洞察力の深さを強調したい。ピーターが最初にコレージュ・ド・フランスで講義を行ったのは10年前です。UNAIDSの事務局長を退任したすぐ後ですね。

その後、治療の進歩を反映してHIV/エイズ対策の考え方も変化し、治療が進歩したのだから、医療的な対応で何とかなるのではないかといった楽観的な気分が広がった時期もありました。そうでもしないとUNAIDSはいつまで何やっているんだ・・・などとムチャを言う人もいるので、あえて希望の側面を強調したという経緯もあるかもしれません。

とくにMDGsからSDGsに移行する201516年前後には「2030年のエイズ流行終息」といった強めのスローガンを掲げて運動しないと「エイズはある程度、うまくいったのだからもういいだろう」といった気分が広がり、SDGsから外されてしまうのではないかという危機感もありました。

ただし、最近は「どうもそう簡単にはいかないぞ」という反省の声が強くなっています。科学と政治の微妙な関係を見据えて本書で展開される9つの視点は、その意味でもいま、ぜひお読みいただきたい内容です。10年の変遷を経て、ピーターのぶれない視点には舌を巻く思いですね。書店で本書を見かけたら、ぜひ手に取っていただき、少しは立ち読みをして、やっぱり買おうと思われる方がいらっしゃるようでしたら、訳者の一人としても望外の幸せであります。

 

 

『十分な蓋然性の説明』

 現代性教育研究ジャーナルのNo95(2018年2月15日発行)にコラム『多様な性のゆくえ One side/No side』の22回目が掲載されました。こちらは表紙ですね。不肖・私のコラムは10ページに載せていただきました。

f:id:miyatak:20190215180957j:plain

 www.jase.faje.or.jp

 《したがって、セクシャルハラスメントに関連する話題には及び腰で、なるべく避けたいという「おじさん心理」があることも認めざるをえないのだが、国連合 同エイズ計画(UNAIDS)のセクハラ疑惑に端を発した混乱については、あえて取り上げておきたい》
 ということで、常にも増しておっかなびっくりの一文です。
 タイトルにある「十分な蓋然性」というのは・・・ま、よかったらお読みください。

 

トランプ大統領の米国内エイズ終結10年計画に対するIAS声明 エイズと社会ウェブ版371

米国のドナルド・トランプ大統領が一般教書演説で明らかにしたHIV/エイズの新たな国内戦略について、国際エイズ学会(IAS)も26日付で声明を発表しました。日本語に仮訳したその要旨です。原文(英文)はIAS公式サイトでご覧ください。

https://www.iasociety.org/The-latest/News/ArticleID/217/IAS-statement-on-President-Trump’s-announcement-of-10-year-plan-to-end-AIDS-in-the-US

 

 声明では「大胆な目標を歓迎する」としているものの、大統領の宣言が『トランスピープルやより広範なLGBTQのコミュニティ、注射薬物使用者、有色人種、難民、セックスワーカー、および女性の権利を直接的に攻撃するような政策やレトリックとの間に齟齬が生じるものであることもまた認識しておかなければならない』と釘を刺しておくことも忘れていません。むしろ、そちらに力点が置かれた声明という印象です。

 UNAIDSの歓迎声明と比べると、骨があるところを見せているという印象ですね。

 声明の最後でも言及していますが、20207月にはサンフランシスコとオークランドで第23回国際エイズ会議(AIDS2020)が開催されます。ちょうど米国の次期大統領選挙で民主、共和両党の候補者がいよいよ決まろうという時期です。いやでも政治的な文脈を意識しないわけにはいきません。

HIV/エイズ対策に関して言うと、米国の現政権が「エイズはもういいだろう」ムードに浸って対策に関心を失ってしまっては困るけれど、変に張り切って強権的かつ短絡的な政策に走られてもこれまた困る。なんとか、だまし、だまし、10年計画の発表まではこぎつけたものの、トランプ大統領のやる気は、もろ刃の剣といいますか、評価が難しいですね。

ま、無関心よりはましなんだろうけれど・・・。

 

   ◇

 

トランプ大統領の米国内エイズ終結10年計画に対するIAS声明

 

 国際エイズ学会(IAS)は米国のドナルド・トランプ大統領が一般教書演説で「米国内のHIV流行を10年以内になくす(eliminate)」という大胆な目標を明らかにしたことを歓迎する。大統領の一般教書演説の後、保健福祉省は5年以内に米国内の新規HIV感染を75%減らし、さらに10年以内には少なくとも90%減らすという目標について詳しく説明するファクトシートを発表した。

 「現在の予防と治療のツールがあれば、ターゲットの達成は可能だが、米国政府が十分な資金を投入して対策に取り組む必要があります」とIASのケビン・オズボーン事務局長は語る。「保健医療へのアクセスを妨げるスティグマや差別、社会的な不平等を含めたHIVの拡大要因を認識し、それに対応しなければ、ゴールに到達することはできません」

 米国は長期にわたり、とりわけ大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通じ、HIV医科学研究および世界的なHIV対策のリーダーであり続けてきた。PEPFARは昨年12月に第3期計画が承認されたところである。米国のコミットメントは、富裕国であっても流行は終わったわけではないこと、そしてHIV/エイズ分野における米国のリーダーシップが世界の対策には不可欠であることを改めて確認している。

 私たちは米国のコミットメントを称える。ただし、大統領の宣言が、トランスピープルやより広範なLGBTQのコミュニティ、注射薬物使用者、有色人種、難民、セックスワーカー、および女性の権利を直接的に攻撃するような政策やレトリックとの間に齟齬が生じるものであることもまた認識しておかなければならない。

 こうした不均衡の是正に必要なのは、治療や予防のプログラムだけではない。米国の新戦略が成功するには、トラスピープルに対する軍勤務の禁止やLGBTQに対する公的な保健、社会保障サービスの廃止など、スティグマや社会的不公正、ジェンダーによる不公正を助長する有害な政策を米国の議会と政府が見直す必要がある。

 この新たなターゲットは強力な遺産を基礎に設定されている。PEPFARの創設を最初に明らかにしたのは2003年のジョージ・ブッシュ大統領による一般教書演説であり、このプログラムは米国の超党派政策の最も偉大な成功事例のひとつとなった。それに先立ち1990年にはブッシュ大統領が、ライアン・ホワイト包括的エイズ緊急資金(CARE)法を成立させ、HIVエイズに影響を受け、医療に欠ける人たちや家族に質の高いケアを提供できるようにすることを目指している。バラク・オバマ大統領は、Affordable Care Act(患者保護および医療費負担適正化法)で医療保健対象外だった何百万というアメリカ人の医療カバーにおける障壁を取り除いた。

 第23回国際エイズ会議(AIDS2020)は20207月にサンフランシスコとオークランドで開催される。米国内および世界的な戦略を検証する重要なプラットフォームになるであろう。アクティビズムと政治のリーダーシップ、HIV科学とコミュニティ参加の首都であるベイエリアAIDS2020を開催することは、私たちの目標達成を妨げている根本原因のいくつかを解決するための強力なプラットフォームを築くことになる。

 国内および世界でこの流行を終結に導くために、米国は最も高いレベルで、継続的にHIVと取り組み続けなければならない。

 

『シャノン・ヘイダー新事務局次長(プログラム担当)の任命を歓迎 UNAIDS』 エイズと社会ウェブ版370

1年近く空席になっていた国連合同エイズ計画(UNAIDS)のプログラム担当事務局次長兼国連事務局長補に米疾病管理予防センター(CDC)のHIV結核担当ディレクターのシャノン・ハイダー博士が任命されました。

昨年の米中間選挙では米下院議員にワシントンD.C.の選挙区から立候補を目指しましたが、民主党の候補者指名の段階で敗退しているようです。UNAIDSのプレスリリースでは2017年の選挙となっていますが、これは2018年の中間選挙でしょうね、きっと。

国連のアントニオ・グテレス事務総長が任命しているのは国連本部の事務次長補クラスの人事だからでしょうか。したがって、UNAIDSのプレスリリースは「任命を歓迎」となっています。自分のところの人事を歓迎してどうする・・・といった違和感はありますが、そんなものなのかな。

UNAIDSのプログラム担当の事務局次長は、前任者がセクハラの疑いをかけられ、昨年3月に任期切れとなった際、自ら再任を求めなかったという経緯があり、それ以来、空席になっていました。UNAIDSの中でもNo2あるいはNo3あたりの位置づけとなるポストなので、不在のままというのも不自然でしたが、それだけ内部が混乱していたのでしょうね。

すでにお伝えしていますが、ミシェル・シディベ事務局長はこのセクハラ疑惑への対応を批判され、さらに組織の私物化に対する第三者委員会の調査報告を受けて、任期より半年早く、今年6月末で退陣することを表明しています。

半年前倒しして辞めるから、そのかわりきちんと後継者を決め、何とか名誉ある撤退に持ち込みたいということでしょうね。

これに対し外部からは、半年も待っている余裕はない、事務局長の任命権者であるグテレス国連事務総長はシディベ氏を即時退任させたうえで後継人事の検討を急ぐべきだとする意見も出ていました。

ただし、この時期にプログラム担当局長を任命したということは、事務総長もシディベ氏には6月末まで在任してもらおうという意思を示したということでしょうね。

新しいプログラム担当の事務局次長は米国のCDCで国際的なHIV結核対策を統括している女性です。この人事が後継事務局長選びにどう影響するのか、しないのか。そのあたりをどなたか解説していただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか。

以下、任命を歓迎するUNAIDSのプレスリリースの日本語仮訳です。

 

 

www.unaids.org

シャノン・ヘイダー新事務局次長(プログラム担当)の任命を歓迎 UNAIDS

 

ジュネーブ 2019.2.12 国連のアントニオ・グテレス事務総長はシャノン・ヘイダー氏を国連合同エイズ計画(UNAIDS)のプログラム担当事務局次長および国連事務次長補に任命した。

 「シャノンはエイズ結核分野のたぐいまれなリーダーであり、保健システムの改善にも豊富な経験を有しています」とUNAIDSのミシェル・シディベ事務局長はいう。「ワシントンD.C.からジンバブエまで、彼女はこの流行に対しコミュニティレベル、国レベル、世界レベルでどんな対策が必要なのかを理解しています。その視野と知識はUNAIDSおよび2030年のエイズ流行終結に極めて重要です」 

 ヘイダー博士は米疾病管理予防センター(CDC)でキャリアをスタートさせ、最近ではPEPFARの主要実行機関として45カ国に2000人のスタッフを擁するグローバルHIV結核部門のディレクターを務めていた。

 CDCに戻る前はフューチャーズグループ(現パリダム)の保健システムとソリューションセンターの副所長兼ディレクターだった。ワシントンD.C.ではHIV/エイズ、肝炎、STD結核対策上級副部長の任にあった。2017年には米議会選挙に立候補している。

 公衆衛生医として、ヘイダー博士のキャリアは研究、プログラム、政策部門に及んでいる。内科、小児科、感染症科の認定医でもある。ヘイダー博士は1999年にCDCに入って以来、アフリカ各地で勤務している。

 UNAIDS事務局次長としての任期は3月から。

 「プログラム担当の事務局次長代行を務めてきたティム・マルティノーにも感謝の言葉を贈りたい」とシディベ事務局長は語った。

 

 

 

UNAIDS welcomes Shannon Hader as new Deputy Executive Director of Programme

 

GENEVA, 12 February 2019—United Nations Secretary-General António Guterres has appointed Shannon Hader as the new Deputy Executive Director of Programme of the Joint United Nations Programme on HIV/AIDS (UNAIDS) and Assistant Secretary-General of the United Nations.

 Shannon is an exceptional leader in AIDS and TB—with extensive experience in improving systems for health,” said UNAIDS Executive Director Michel Sidibé. “From Washington DC to Zimbabwe she understands the epidemic and the response needed at the community, country and global levels—her vision and knowledge will be critical for UNAIDS and to ending AIDS by 2030.”

Dr Hader started her career at the US Centers for Disease Control and Prevention (CDC) and most recently served as the Director of the Division of Global HIV and TB, a key implementing agency of PEPFAR, with more than 2000 staff across 45 countries.

Prior to re-joining the CDC, she held the position of Vice President and Director for the Center for Health Systems and Solutions at the Futures Group (now Pallidum). She led the HIV response in the District of Columbia while serving as Senior Deputy Director, HIV/AIDS, Hepatitis, STD and TB Administration. And in 2017, she was a candidate for US Congress.

A public health physician, Dr Hader’s career has spanned the research, programme and policy spectrum. She is board certified in Internal Medicine, Paediatrics and Infectious Diseases. Dr Hader has worked in the response to HIV in a number of duty stations throughout Africa since she first joined the CDC in 1999.

Dr Hader will assume her new role in March 2019.

I wish to extend my sincere appreciation to Tim Martineau for serving UNAIDS as Acting Deputy Executive Director of Programme,” said Mr Sidibé.

 

一本刀土俵入りといいましょうか 米トランプ大統領演説の背景 エイズと社会ウェブ版369

 先日もお伝えしたように米国のトランプ大統領が2月5日の一般教書演説の中で、国内の新規HIV感染を10年以内になくしますと約束しました。長い演説の中で1パラグラフ分だけ言及しているだけなので、日本ではHIV/エイズ対策関係者(のそのまた一部の方々)しか関心は持たなかったでしょうね。

 ただし、トランプ大統領も思い付きで「なくします」と言ったわけではなさそうです。 米国政府のHIV/エイズ啓発サイトHIV.govには、一般教書演説があった同じ5日付けでアレックス・アザ―ル保健福祉長官がEnding the HIV Epidemic: A Plan for America(HIV流行終結へ:アメリカ国内計画)という新しい政府イニシアティブについて説明しています。日本語でその要旨を作成しました。エイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログに掲載してあるのでご覧ください。

asajp.at.webry.info

  ということで、少し補足の感想です。

 トランプさんの演説も、政府部内で政策的な検討を重ね、その裏打ちがあることを踏まえて少し派手目の表現でお披露目したということでしょうね。プロパガンダというと悪いイメージが付きまとってしまいますが、このあたりの政策啓発術のあざとさ・・・じゃなかった鮮やかさはわが国のエイズ対策関係者も学びたいところです。

 ただし、官僚主導で変に目端を利かせると、またズルをしそうな嫌な予感もあります。この辺りが昨今の日本社会のつらいところですね・・・おっと、脱線しました。

 米国の新予防戦略『HIV流行終結へ:アメリカ国内計画』とは何か、先ほどのHATプロジェクトの日本語要旨から抜き書き的に紹介しておきましょう。

 『HIVの流行を終結させる時がきました。アメリカ国内におけるHIVの新規感染をなくすための一世代に一度の機会です』

 一本刀土俵入りではありませんが、一世一代と訳してもいいかもしれません。大見得を切ったところで、いよ!トランプさん・・・といった掛け声がかかるかもしれませんね。ただし、よく見ると、なくすというのはゼロにするということではなさそうです。

f:id:miyatak:20190212114010p:plain

 抗レトロウイルス治療の普及や曝露前予防服薬(PrEP)など、治療と予防の新しいツールを生かし、なおかつ新規感染がいま最も多く発生している地域に集中的に資金を投入すれば、米国内のHIV感染は劇的に減らすことができる。こう主張しています。

 どれくらい劇的かというと次のような数値目標が示されています。

 《大統領イニシアティブは今後5年で新規感染を75%減らし、10年間では90%減らすことを目指しています。この間に25万件のHIV感染が防がれることになります》

 目標ですらゼロではありません。米国の新規感染は、以前よりかなり減少していますが、それでも年間約4万件と推定されています。つまり、このままの状態なら10年で40万件の新規感染が発生することになります。この期間に25万件の新規感染を減らすということは、単純に計算すると、10年間のHIV感染が15万件に減るということになります。

 ははは、君の計算は単純すぎるねと笑われてしまうかもしれませんが、少なくともゼロにはなりません。うまくいったとしても、10年間で3割程度にまで減らせるといったレベルでしょうか。10年後に90%減が実現したとしても年間新規感染は4000件、現在の日本の年間報告数のほぼ3倍です。

トランプさんはそれをなくすと言い切って細かい説明はせず、さっさと次の話題に移ってしまう。さすが、ツィターで鍛えられたアメリカファーストの大統領であります。

 再びアザ―ル長官の説明に戻りましょう。新しいイニシアティブは『互いに機能することで、米国内のHIV流行を終結に導く、診断、治療、プロテクト、対応の基本4戦略に焦点を当てます』ということです。

 診断では、自らの感染を知らないでいる米国内のHIV陽性者は約16万5000人と推定し、この人たちが早期に感染を把握し、治療につながれるようにすることに力点が置かれています。『HIV検査を簡素化し、誰もが受けられるようにし、ルーティン化していきます』ということで、ルーティン化とは何を指すのか、少々、気がかりです。

 治療の項では、年間の新規HIV感染の87%は、HIVケアと治療を受けていない人から感染していますということで、検査と治療の早期開始、および治療継続によるウイルス量の抑制の重要性が指摘されています。

 プロテクトではHIV感染の高いリスクに曝されている人たちの予防策としてPrEPの普及が強調されています。

 対応はどこで感染が起きているかを素早く把握し、そのデータをもとに対策を速やかに実行できるようにすることを目指しています。

 もちろん、次のような指摘もあります。

 《そして、HIVを取り巻くスティグマはいまなお悲劇的なまでに存在し、HIV陽性者やHIV感染の高いリスクに曝されている人たちが保健医療や社会保障サービスを受けることを妨げ、この人たちの尊厳や尊重も損なわれています。医学だけで対応できる問題ではなく、社会が取り組むべき課題なのです》

 でも何というか、微妙に管理指向が強いというか。社会が取り組むべき課題を医学で解決してしまうために、利用できるものなら協力を仰ぎましょうといったニュアンスもあり、「新規感染をなくします」という威勢のいい掛け声にはうっかり乗れないぞというアラームのようなものが遠くの方から聞こえてくる印象もあります。

 《HIVで亡くなったアメリカ人は1981年以来、70万人に達しています。今後10年以内に次の世代のHIV流行を終結させるチャンスを私たちは手にしています。そうしないわけにはいきません:この新たな対策が取られなければ、新規感染は今後も続き、拡大を続けていくでしょう。さらに多くの人の命が奪われ、HIV予防と治療にかかる直接の費用だけでも、米国政府の負担は2000億ドルを超えることになります》

 HIVで亡くなった人は米国だけで70万人に達している。HIV流行を終結させるチャンスを生かさないわけにはいかない。その通りだと思います。$200 billionは2000億ドルだから日本円にすると20兆円を超えるよね・・・と思わず指折り数えて計算もし直してしまいました。でも、このやり方でうまくいくのだろうかという疑問も素人目には残ります。勢いに乗せられて日本のHIV/エイズ対策関係者が都合のいい部分だけ強調して取り入れようとするような傾向が強まってくるかもしれません。

 日本の場合は、これまで何とか機能してきたコミュニティレベルの努力をつぶすことなく新たな変化に対応していけるような戦略眼を失わずに対策が進むことを老兵はささやかに、かつ改めて期待します。

歓迎も中ぐらいなり・・・ エイズと社会ウェブ版368

米国のトランプ大統領25日に議会で一般教書演説を行いました。政権3年目の施政方針を示す演説です。当初は129日に予定されていましたが、メキシコ国境の壁建設をめぐる与野党対立で政府機関の閉鎖が続き、25日まで演説もできないという状態でした。そのいわくつきの演説のごくごく一部ですがHIVにも言及し、10年以内にHIVの流行をなくすよう予算措置を講ずることを約束しています。

 

No force in history has done more to advance the human condition than American freedom.  In recent years, we have made remarkable progress in the fight against HIV and AIDS.  Scientific breakthroughs have brought a once-distant dream within reach.  My budget will ask Democrats and Republicans to make the needed commitment to eliminate the HIV epidemic in the United States within 10 years.  We have made incredible strides. Together, we will defeat AIDS in America and beyond. 

(米国の自由ほど人びとの生活条件を改善する力になったものはありません。ここ数年、私たちはHIV/エイズとの闘いで目覚ましい成果を上げてきました。科学の飛躍的進歩で、遠い夢だったものが、手の届くところまで来ているのです。10年以内に米国のHIVの流行を確実になくすための予算を私は民主党共和党に求めたい。私たちは信じられない成果を上げてきました。力を合わせて米国のエイズに打ち勝ち、さらに先に進みましょう)

 

 延々と続いた演説の中のほんの1パラグラフなので、あまり目立ちませんが、この時期にHIV/エイズについて取り上げただけでも、さすがはアメリカ・・・と私などは思います。まずは米国内、そして「その先(beyond)」は世界の流行終結にも強い意欲を示したと読めそうです。

 もっとも2030年までに米国、および世界が目指しているのは「公衆衛生上の脅威としての流行」の終結であり、HIV感染がまったくなくなる状態ではありません。それでもなくす(eliminate)と強く言ってしまうところが政治家のレトリックなんでしょうね。

 

国連合同エイズ計画(UNAIDS)がさっそく、この部分に反応し、『2030年までに国内のHIV感染をなくすという米大統領の誓約を歓迎』というプレス声明を発表しています。一応、訳してみましたが、どうもこの歓迎は奥歯にものが挟まったというか、何というか。少々、微妙です。

まず、「米国大統領の誓約」を歓迎してはいるものの、ドナルド・トランプ大統領という固有名詞はどこにもありません。外交的な声明とはそんなものなのでしょうか。米国内はともかくとして、国際的に見ると、トランプ政権の拡大版グローバル・ギャグルールの影響は決して小さくなく、エイズ流行終結どころか、拡大しちゃうよという悲鳴が上がっている国もあります。したがってUNAIDSの声明にもトランプさんを持ち上げる気にはなれません・・・といったわだかまりがそこはかとなく感じられます。考え過ぎかなあ。

 それでもまあ、米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を何とか維持している政権内部のHIV/エイズ政策担当者に対しては、感謝もしている。そのあたりの心理的な背景があって固有名詞抜きで、大統領演説を歓迎するという変化球を使ったのかもしれませんね。

 また、シディベ事務局長談話の「米国内のエイズ終結を約束した大統領を称えます。そのためには、社会から排除されている人を含めすべてのHIV陽性者およびHIV感染のリスクに曝されている人たちの人権を守ることを基盤に据えた対策が必要です」といったあたりは、この際、歓迎に乗じて言いたいことは言っちゃおうという便乗感もありますね。その声が届くかどうかはまた別の話。以下、UNAIDSプレス声明の日本語仮訳です。

 

    ◇

 

2030年までに国内のHIV感染をなくすという米大統領の誓約を歓迎

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)プレス声明

www.unaids.org

 

ジュネーブ 201926日-UNAIDSは、2030年までに国内のHIV感染をなくすという米国大統領の誓約を歓迎する。大統領は201925日に議会で行った一般教書演説の中でこう宣言した。

 「2030年のエイズ終結を呼びかけるUNAIDSを支援し、HIV対策に取り組む米国の確固とした姿勢は、これまでに何百万という人の生命を救ってきました」とミシェル・シディベUNAIDS事務局長は述べた。「米国内のエイズ終結を約束した大統領を称えます。そのためには、社会から排除されている人を含めすべてのHIV陽性者およびHIV感染のリスクに曝されている人たちの人権を守ることを基盤に据えた対策が必要です」

 UNAIDSによると、米国内のHIV陽性者数は2015年現在で約120万人と推計されている。流行はおおむね大都市部に集中し、なかでもゲイ男性など男性とセックスをする男性やアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックおよびラテンアメリカ系男女、薬物使用者などへの影響が極端に大きい。

 「米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通じた世界的なHIV対策への米国の貢献は、極めて大きな成果を上げていました」とシディベ事務局長はいう。「世界全体の子供の新規HIV感染は2010年当時と比べ35%も減っています。また、2200万人が抗レトロウイルス治療を受けられるようになり、何百万もの人の生命が救われました」

 米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通して、米国は2003年以降、世界のHIV対策に800億ドルを超える投資を行ってきた「世界がHIVの流行に効果的に対応するためには、2020年時点で260億ドルが必要です。このままでは、年間50億ドルが不足している状態であり、米国による強力かつ持続的な支援が強く求められています」とシディベ事務局長は語る。

 UNAIDSは米国の新たなHIV戦略の詳細を知り、米国内においても世界全体でも、引き続きエイズ終結に向けて協力してくことを期待している。

 

 

Press statement

UNAIDS welcomes pledge by the President of the United States of America to stop HIV transmission in the country by 2030

GENEVA, 6 February 2019—UNAIDS welcomes the pledge by the President of the United States of America to stop HIV transmission in the country by 2030. The President made the announcement during his State of the Union Address to Congress on 5 February 2019.

The United States of America’s steadfast commitment to the HIV response and its support to UNAIDS’ call to end AIDS by 2030 have saved millions of lives,” said Michel Sidibé, Executive Director of UNAIDS. “I commend the President’s commitment to end AIDS in the United States, which will require a response grounded in human rights to reach all people living with and at risk of HIV, including the most marginalized.”

UNAIDS estimates that around 1.2 million people were living with HIV in the United States in 2015. The epidemic is largely concentrated in urban environments and disproportionally affects gay men and other men who have sex with men and African American, Hispanic and Latino women and men, as well as people who use drugs.

 The contribution by the United States to the global response to HIV, made through support for the President’s Emergency Plan for AIDS Relief, has made a tremendous impact,” said Mr Sidibé. “Globally, new HIV infections among children have been reduced by 35% since 2010 and 22 million people are accessing antiretroviral therapy, saving millions of lives.”

Through the President’s Emergency Plan for AIDS Relief, the United States has invested more than US$ 80 billion in the global response to HIV since 2003. “Strong, continued support for the global response from the United States is required given there is a US$ 5 billion shortfall from the US$ 26 billion required for an effective response to HIV in 2020,” said Mr Sidibé.

UNAIDS looks forward to seeing the details of the new United States strategy on HIV and to continuing to work closely with the United States to end AIDS, both in the country and around the world.

 

 

「チャレンジJ9」キックオフ会見

 

 今年はラグビーW杯が日本で開催されます。日本代表の活躍は大いに期待したいところですが、「One for All, All for One(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」というラグビー精神は、グランド上で展開される選手たちの闘いにとどまるものではない・・・と柄にもなくロートル記者の心は震えてしまいました。

 全身の筋肉が徐々に失われていく難病 ALS筋萎縮性側索硬化症)の治療法研究と患者の皆さんを支援するため、日本のラグビー関係者が中心になって寄付を呼び掛ける「チャレンジJ9」というキャンペーンのキックオフ記者会見が27日午後、東京・内幸町の日本記者クラブで開かれました。多少はラグビーの知識もあり、暇でもありそうだということで不肖・私が司会を依頼され、お引き受けしたのですが、正直言って引き受けてよかったと思う有意義な会見でした。会見動画も日本記者クラブの公式サイトにアップされるでしょうから、隠さずにお知らせしておけば、会見の最後のところでおじさんは、司会でありながらついつい感極まって声を詰まらせてしまったのであります。

 ラグビー、熱いなあ。W杯、ますます楽しみだぞ・・・ということで、ジャパンの活躍を祈るとともに、病を抱えて生きる人たちの困難な闘いと勇気を微力ながら支えることができればというささやかな思いも込め、「チャレンジJ9」キャンペーンの紹介と会見報告を行います。 

www.jnpc.or.jp

 

 キックオフの記者会見を行ったのは、「チャレンジJ9」の発起人である以下の3人です。

 ・元ラグビー日本代表廣瀬俊朗さん

ラグビージャーナリスト、村上晃一さん

帝京平成大学教授、井手口直子さん(薬学)

会見の様子は動画があるので、詳しくは日本記者クラブの公式サイトでそちらをご覧いただくとして、大づかみに報告すれば、広瀬さんがキックオフ宣言を行い、村上さんがキャンペーンの概要と発足に至る経緯を報告し、井手口さんがALSに関する説明を行いました。以下は私のつたない理解の及ぶ範囲でまとめたその要約です。

f:id:miyatak:20190207232149j:plain

ALS患者の岡部宏生さんと記者会見を行った(後列左から)村上晃一さん、井手口直子さん、廣瀬俊朗さん

J9Jは、1995年の第3ラグビーW杯南ア大会で優勝した地元南ア代表(スプリングボクス)の名SHスクラムハーフ)、ユースト・ファン・デル・ヴェストハイゼン選手の名前(Joost)の頭文字。9SHの背番号です。1990年代最高のスクラムハーフといわれるファン・デル・ヴェストハイゼン選手は引退後の2008年にALSを発症し、20172月に45歳で亡くなっています。2011年には自らの病気を公表し、「J9基金」を設立して病気への理解と治療法研究開発のための活動を続けてきました。その活動により南アフリカでは現在、患者支援センター(JCN)が作られているそうです。

日本の「チャレンジJ9」は南アのJCNからJ9の名称使用の承認を受け、第9ラグビーW杯決勝戦が行われる今年112日まで続けられる募金キャンペーンです。ここでのJ9は日本(Japan)で開かれる第9回大会という意味も込められています。

募金活動はノーベル賞学者の山中伸弥博士が所長を務める京都大学iPS細胞研究所の研究支援を呼びかけ、京都大学基金iPS細胞研究基金」に2019円または20190円を振り込めば、その金額によって「チャレンジJ9」の募金であることが識別できるようになっているそうです。詳しくはチャレンジJ9の公式サイトをご覧ください、

www.challengej9.net

 

山中所長のメッセージも載っています。

チャレンジJ9による寄付は、ALSだけでなく、他の難病やけがの治療研究にも役立てられる予定です。自らが抱える病気のみに限定しないことはALSの患者団体の皆さんが望まれていることでもあるそうで、こうしたOne for Allも涙もろいおじさんライターはぐっと来てしまいます。

 

会見にはALS患者である岡部宏生さん(特定非営利活動法人ALS/MND サポートセンター さくら会理事)も出席され、以下のようなメッセージを寄せていただきました。岡部さん自身は声を出して読むことができないため代読でしたが、資料として配布された全文を当ブログでも紹介させていただきます。

   ◇

2015年桜のジャージが世界の舞台で大暴れをしてくれました。

それはスポーツ史上最大の番狂わせと言われたりもしました。 でもそれを成し遂げた選手達は歴史をかえるのは自分達だと言う矜持を持って試合に臨んでいたのです。

私達ALS患者は日々の闘病に疲れ果てている事も多いですし、スポーツ観戦どころではない事も多いのです。 それでもこの歴史的な快挙には血が興奮して一瞬病気を忘れた程です。 そのラグビー関係者の皆様が私達ALS患者をサポートしてくださっている事は本当に嬉しく励まされるものです。 まさに勇気と希望を与えて頂けるものだと言えます。 それはチャリティーとかサポートという枠をも超えて私達に力を届けてもらっているものです。

ラグビーALSは両極端に感じることが普通だと思いますが、どちらもチームで支える事や前にはパスはできなくても実は前に進んでいる事、またはどちらに転がるかわからない事など共通点が沢山あるのです。 ラグビーの精神はまさに私達も生きていく中で、どうしてもやっていかなければならない事なのです。 そして、近いうちにこの病気がノーサイドになってくれる事を心より願って、サポートをしてくださっている関係者の皆様に最大の感謝をお伝えする次第です。