どこであれ、健康の権利があいまいにされるところでは、HIVが広がる UNAIDSが新報告書

 世界エイズデーを前にして、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が新しい報告書を発表しました。そのプレスリリースの日本語仮訳です。

 UNAIDSは毎年この時期に報告書を発表し、世界のどこかでそのお披露目の会合を開いています。プレスリリースを見ると、今年は南アフリカケープタウン郊外にあるカエリチャというタウンシップで開かれたようです。

UNAIDSのミシェル・シディベ事務局長は「2000年当時、南アフリカでは90人しか治療を受けることができなかった。このことはもう、覚えていない人の方が多いでしょう」と会合で語っています。

「いま南アフリカは生命を救うための世界で最も大きな治療プログラムを実施している国になっています。400万人以上のHIV陽性者が治療を受けているのです。私たちはこの大きな成果に勇気づけられ、そしてその成果を継続し、広げていかなければなりません」

 治療の普及を最大限アピールできる場所を選んだわけですね。治療を受けている人が400万人ですか。その努力も並大抵のものではありませんが、流行もまた、すさまじいということを改めて感じるデータです。

 おっと、紹介が遅れましたが、今年の報告書のタイトルは『健康の権利』です。

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現在展開している世界エイズデーのキャンペーンと連動した内容ですね。というか、むしろ報告書の制作過程で、情報分析や検討を重ね、今年はこれだな・・・ということで、キャンペーンの方向性が固まっていったのかもしれません。勝手な想像ですが・・・。

 リリースには末尾に主要推計値が示されています。HIV陽性者数や新規感染者数、死亡者数は今年7月に公表されているデータと同じです。異なっているのは、治療のアクセスの部分で、前回は2016年末時点の抗レトロウイルス治療を受けている人の数が1950万人でした。今回は20176月現在で2090万人となっており、2000万人の大台を超えています。以下、プレスリリースです。

 

 

 

治療を受けているHIV陽性者は約2100万人 UNAIDSが『健康の権利』報告書発表

www.unaids.org

 

 ケープタウン/ジュネーブ 20171120 HIV治療の普及は大きく進んでいる。世界エイズデーを前に、国連合同エイズ計画(UNAIDS)は治療へのアクセスが拡大を続けていることを示す最新報告書を発表した。2000年当時、抗レトロウイルス治療を受けているHIV陽性者は世界で685000人だった。20176月までにその数は約2090万人に増えている。この劇的な拡大は、HIV陽性者が勇気と決意をもって自らの権利を求め、その要求を支える確固としたリーダーシップと財政的な対応がなければ、実現できるものではなかった。

 「2000年当時、南アフリカでは90人しか治療を受けることができなかった。このことはもう、覚えていない人の方が多いでしょう」とUNAIDSのミシェル・シディベ事務局長は南アフリカのカエリチャで語った。「いま南アフリカは生命を救うための世界で最も大きな治療プログラムを実施している国になっています。400万人以上のHIV陽性者が治療を受けているのです。私たちはこの大きな成果に勇気づけられ、そしてその成果を継続し、広げていかなければなりません」

 治療を受ける人が増えれば、それだけ多くのHIV陽性者が生存し、よりよい生活を続けていけるようになる。また、医学研究によると、効果の高い抗レトロウイルス治療を続けているHIV陽性者からは、他の人へのHIVの感染が97%も起きにくくなる。HIV陽性の妊婦に対する治療のアクセスが拡大したことで、子供のHIV新規感染は急速に減少している。HIVの影響が最も深刻な東部・南部アフリカでは、2016年の子供の新規HIV感染件数が2010年と比べ56%も減っている。世界全体でも47%減だった。

 「カエリチャでは2001年に初めてHIV治療を受けられるようになりました。最初の一人です。いまは42000人がここで治療を受けています。カエリチャの治療プログラムの成功は、南アフリカHIVプログラム全体の成功の縮図です」と南アフリカのアーロン・モツォアレディ保健相はいう。

 現在の課題は、治療を必要としていながら受けられないでいるHIV陽性者、子供919000人を含む1710万人のそうした人たちが確実に治療へのアクセスを得られるようにすることにある。また、新規感染が増加している国々ではとくに、HIV予防を公衆衛生プログラムの最上位に位置づける必要がある。

 UNAIDSの新たな報告書『健康の権利』は、社会から排除されがちであり、同時にHIVに最も深刻な影響を受けている人びとがまさに、緊急に必要としている保健医療と社会保障のサービスを得られず、得ようとしても大きな困難に直面している現実があることを強調している。だが、報告書はその現実に対応している革新的な事例もまた報告している。

 たとえばインドでは、セックスワーカーに対し、そして広く社会的にも、スティグマのない保健医療サービスを提供できるようにするため、セックスワーカーが看護助手として働けるようにするためのトレーニングを行っている。ウガンダでは、エイズで両親を失った孫の世話をする祖母のグループが、伝統的な籠を編んで売り、孫たちの学費にあてている。

 2016年には、HIVに新規感染した人は年間約180万人で、年間300万人が感染していた1990年代後半のピーク時と比べると39%減となる。アフリカの年間新規HIV感染は2000年当時と比べると48%も減少している。

 しかし、保健医療とHIVのサービスを提供することが最も効果的と考えられる地域や人口集団に対し、そうしたサービスを拡大してこなかった国々では、新規HIV感染が急速に増加している。たとえば東欧・中央アジアでは、新規HIV感染が2010年当時と比べると60%も増加し、エイズ関連の死者も27%増えているのだ。

 健康の権利に関しては、国際法や各地域の法律、条約、国連の宣言、各国の法律、憲法などにより世界中で繰り返し言及されてきた。『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約』の第12条では、すべての人が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することと健康の権利を定義している。HIV陽性者およびHIVに影響を受けている人たちをはじめとするすべての人が、自分自身の健康に関しては自ら判断し、差別されることなく、尊敬と尊厳をもって、健康不良な状態を予防し、治療を受ける権利も、その中には含まれている。

 各国政府には基本的人権に基づき、健康の権利を尊重し、保護し、実現する責務があることをUNAIDSの報告書『健康の権利』ははっきりと示している。

 この報告書は、HIV陽性者やセックスワーカー、薬物使用者、ゲイ男性など男性とセックスをする男性、若者といったHIVの影響を大きく受けているコミュニティにとって健康の権利がどのような意味を持っているのかを伝える声を提供している。

 「20年前には、治療へのアクセス確保を求めて闘っていました。いまはアクセスだけではなく、私が健康で前向きに生きていくために必要なサポートを求めて闘っているのです。それが私の健康の権利です」と市民社会代表のシンディ・ムガエさんは語る。

 どこであれ、健康の権利があいまいにされるところでは、HIVが広がる。たとえばサハラ以南のアフリカでは若年層の新規HIV感染の67%1524歳の若い女性・少女で占められている。複数の調査により、この地域の若い女性・少女の多くは、年長の男性から感染していることが明らかにされている。これは、若い女性や少女がセーファーセックスを求めることができるかどうか、教育を受けられるのか、それぞれの年齢に適した性と生殖に関する健康サービスを受けているのかどうかといった懸念が大きいことを示すものだ。

 また、これらの研究は、HIV陽性の男性にはHIV検査や治療、さらにはより幅広い保健サービスが、なかなか届けられないという問題も明らかにしている。男性に健康の権利を自覚してもらうことが大きな課題なのだ。2016年にはサハラ以南のアフリカの男性は、女性に比べると、18%治療を受けようとしない傾向が強く、エイズ関連の疾病で死亡する人が8%多かった。

 2016年のエイズ終結に関する国連政治宣言で示された「2030年までに公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行を終結させる」という目標の行く手に待ち受ける課題はどこにあるのか、健康の権利はそれをはっきりと示している。

 新規HIV感染とエイズ関連の死亡を減らすために、そして必要不可欠な保健サービスへのアクセスを確保するためには、保健需要に対応する資金の拡大が必要なことを強調している。各国経済の中で保健支出の割合を高めること、効率化や民間部門との協力で資金の有効活用をはかることなどを通して必要な資金を確保する方法も示している。2020年のHIV資金ギャップは70億ドルと推計されている。

 2030年に公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結を実現するために、UNAIDS2020年までの高速対応課題を設定している。そのためには、誰もが、どこにいても自らの健康の権利を実現し、必要な保健、社会サービスを利用できるよう共同スポンサーやパートナーと緊密に協力していく必要がある。

 

2016年末(*20176月)現在の推計

*2090万人[1840万~2170万人] 抗レトロウイルス治療を受けている人(20176月)

3670万人[3080万~4290万人] 世界のHIV陽性者数

180万人[160万~210万人] 新規HIV感染者数

100万人[ 83万~120万人] エイズ関連の疾病による死者数

 

 

 

UNAIDS announces nearly 21 million people living with HIV now on treatment

CAPE TOWN/GENEVA, 20 November 2017—Remarkable progress is being made on HIV treatment. Ahead of World AIDS Day, UNAIDS has launched a new report showing that access to treatment has risen significantly. In 2000, just 685 000 people living with HIV had access to antiretroviral therapy. By June 2017, around 20.9 million people had access to the life-saving medicines. Such a dramatic scale-up could not have happened without the courage and determination of people living with HIV demanding and claiming their rights, backed up by steady, strong leadership and financial commitment.

Many people do not remember that in 2000 there were only 90 people in South Africa on treatment,” said Michel Sidibé, Executive Director of UNAIDS, speaking in Khayelitsha, South Africa. “Today, South Africa has the biggest life-saving treatment programme in the world, with more than 4 million people on treatment. This is the kind of acceleration we need to encourage, sustain and replicate.”

The rise in the number of people on treatment is keeping more people living with HIV alive and well. Scientific research has also shown that a person living with HIV who is adhering to an effective regime of antiretroviral therapy is up to 97% less likely to transmit HIV. As treatment access has been scaled up for pregnant women living with HIV, new HIV infections among children have rapidly been reduced. From 2010 to 2016, new HIV infections among children were reduced by 56% in eastern and southern Africa, the region most affected by HIV, and by 47% globally.

In 2001, the first person in Khayelitsha started HIV treatment. Today there are almost 42 000 people on treatment here. The success of Khayelitsha’s treatment programme is a microcosm of the massive success of South Africa’s HIV programme,” said Aaron Motsoaledi, Minister of Health, South Africa

The challenges now are to ensure that the 17.1 million people in need of treatment, including 919 000 children, can access the medicines and to put HIV prevention back at the top of public health programming, particularly in the countries in which new HIV infections are rising.

The new report from UNAIDS, Right to health, highlights that the people most marginalized in society and most affected by HIV are still facing major challenges in accessing the health and social services they urgently need. However, the report also gives innovative examples of how marginalized communities are responding.

In India, for example, a collective of sex workers has trained sex workers to work as nursing assistants, providing stigma-free health services to sex workers and the wider community. In Uganda, groups of grandmothers are weaving and selling traditional baskets to allow them to pay for schooling for the grandchildren in their care who lost their parents to AIDS.

In 2016, around 1.8 million people were newly infected with HIV, a 39% decrease from the 3 million who became newly infected at the peak of the epidemic in the late 1990s. In sub-Saharan Africa, new HIV infections have fallen by 48% since 2000.

However, new HIV infections are rising at a rapid pace in countries that have not expanded health and HIV services to the areas and the populations where they are most effective. In eastern Europe and central Asia, for example, new HIV infections have risen by 60% since 2010 and AIDS-related deaths by 27%.

References to the right to health are found in international and regional laws, treaties, United Nations declarations and national laws and constitutions across the globe. The right to health is defined in Article 12 of the International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights as the right of everyone to the enjoyment of the highest attainable standard of physical and mental health. This includes the right of everyone, including people living with and affected by HIV, to the prevention and treatment of ill health, to make decisions about one’s own health and to be treated with respect and dignity and without discrimination.

UNAIDS Right to Health report makes clear that states have basic human rights obligations to respect, protect and fulfil the right to health.

The report gives voice to the communities most affected by HIV—including people living with HIV, sex workers, people who use drugs, gay men and other men who have sex with men and young people—on what the right to health means to them.

Almost twenty years ago, the struggle was about access to treatment. Now, my struggle is not only about access but about ensuring that I have the support that I need to live a healthy and positive life. That is my right to health,” said Cindy Mguye, Civil Society Representative.

Wherever the right to health is compromised, HIV spreads. In sub-Saharan Africa, for example, 67% of new HIV infections among young people are among young women and girls aged between 15 and 24 years. Studies have shown that a large number of young women and girls in the region contract HIV from older men, demonstrating multiple concerns about the ability of young women and girls to negotiate safer sex, stay in education and access age-appropriate sexual and reproductive health services.

Studies have also shown the difficulties health services face in reaching men with HIV testing and treatment as well as broader health services, showing the challenge in encouraging men to exercise their right to health. In 2016, men in sub-Saharan Africa were 18% less likely to be accessing treatment and 8% more likely to die from AIDS-related illnesses than women.

The Right to health gives a clear demonstration of the challenges ahead in efforts to end the AIDS epidemic as a public health threat by 2030, as outlined in the 2016 United Nations Political Declaration on Ending AIDS.

The report underscores that to reduce new HIV infections and AIDS-related deaths and ensure access to essential health services, funding for health needs to increase. It gives examples of how to enhance funding, including increasing the share of health spending as a proportion of national economies, making savings through efficiencies and partnering with the private sector. The funding gap for HIV is estimated at US$ 7 billion by 2020.

UNAIDS has set an agenda to Fast-Track the response to HIV by 2020 towards ending the AIDS epidemic as a public health threat by 2030. It will continue to work closely with its Cosponsors and partners to ensure that everyone, everywhere can fulfil their right to health and can access the health and social services they need.

 

In 2016 (*June 2017) an estimated:

*20.9 million [18.4 million–21.7 million] people were accessing antiretroviral therapy (in June 2017)

36.7 million [30.8 million–42.9 million] people globally were living with HIV

1.8 million [1.6 million–2.1 million] people became newly infected with HIV

1.0 million [830 000–1.2 million] people died from AIDS-related illnesses

♪夜明けのコーヒー~  中野駅にもレッドリボン エイズと社会ウェブ版311

 中野駅北口と駅前の中野サンモール商店街にレッドリボンのバナーが登場しました。こちらは駅の改札口の前。

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 シャッターが半分、降りています。いつもたくさんの人が行きかうステーションがしばしの休息にまどろむとき。状況から察するに18日の未明でしょうか。

 

 すいません。鎌倉から中野まで駆けつけるとなると、電車を乗り継ぎ、ちょっとした大遠征になるので、ずぼらをかまして、まだ実物は拝見できていません。写真はTOKYO AIDS WEEKS 2017フェイスブックに投稿されたものを拝借しました。悪しからず。

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 こちらは中野サンモール商店街。同じくTAWフェイスブックから。設置直後の16日午前1時すぎに撮影されたということです。東京エイズウィークス2017の開幕1週間前ですね。

 静かなる盛り上がりといいますか、折からの寒波にも関わらず、雨にも負けず、中野駅周辺はすでに熱い。中野区の皆さん、商店街の皆さん、中野駅の皆さん、ありがとうございます。1123日、東京エイズウィークス2017始動。翌24日、第31回日本エイズ学会学術集会・総会開幕。参考までに東京エイズウィークスのプレスリリースも一部、紹介しましょう。

 

 《121日は「世界エイズデー」。HIV/AIDSの蔓延の防止と、HIV陽性者に対する差別・偏見の解消を目的として、WHO世界保健機関)が1988年に制定した日です。毎年この日を中心に、世界各国で、HIV/AIDSに関する様々な啓発活動が行われています。

日本では、毎年新たに約1,500名の人が、検査によってHIV陽性と判明しており、継続的な予防啓発の取り組みが不可欠です。また、治療の進歩にも関わらずHIV/AIDSに対する恐怖や不安が根強くあり、誤解や偏見にもとづくHIV陽性者への差別といった課題も依然として存在します。

このような背景をふまえ、『TOKYO AIDS WEEKS 2017』は、市民のHIV/AIDSへの関心を高めて感染拡大の抑止をはかるとともに、HIV陽性者及びHIV/AIDSに対する偏見や差別を解消し、感染した人々も安心して暮らせる社会の実現を目指して開催されます。どなたでも参加できる市民啓発イベントとして、各種団体が自主的に参加し、講演会、発表会、映画上映、展示等を行い、多様な視点からHIV/AIDSを考える機会を提供します。詳しくは、下記概要およびWEBサイト(または別添のパンフレット)をご参照ください。

また、本イベントは、同じ中野区内で1124日(金)~26日(日)に開催される『第31回日本エイズ学会』とも連動しており、両イベント合わせて約3,000名の動員を見込んでおります》

中野駅と中野サンモールに加えTAW 2017期間中は《共催の中野区の協力を得て、中野区役所の庁舎の外壁に7.5m×12.5mの巨大な「レッドリボン」》が掲示されるということです。学術集会もイベントももちろん大切・・・ではありますが、その現場に身を置ける人の数はどうしても限られてきます。メッセージを伝えたい方はいま、どこにいるのか。それもなかなかつかみきれるものではありません。

行政や商店街の皆さんの協力でレッドリボンがシンボルとして広く町を行く人々の目に留まる。あれは何かなと思ってもらえる。そして学会やイベントに参加する人たちが「あれはね」と説明したくなる。その晴れがましい気持ちも含めて、波及効果は計り知れないほど大きいというべきでしょう。おのおの方(長谷川一夫、ちょっと古いか)、いよいよ今週ですね。

 

 

効果50%ワクチンが示す『エイズ流行終結』の困難と希望・・・ エイズと社会ウェブ版310

 米国政府のHIV/エイズ啓発サイトHIV.govに掲載されている記事をもう一つ取り上げます。118日付です。実はオリジナルは米国立衛生研究所NIH)の109日付ニュースリリースということなので、元のニュースリリースを翻訳しました(同じものだけど)。

 タイトルは《HIV/エイズパンデミックを永続的に終結させるにはHIVワクチンが必要》。

https://www.niaid.nih.gov/news-events/durable-end-hivaids-pandemic-likely-will-require-hiv-vaccine

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 日本語仮訳はこのブログの最後に載せてあります。とりあえず、ばくっとまとめた内容を紹介しておきましょう(あくまで私がばくっとまとめたものです)。

         ◇

HIV治療と予防に関する医学の進歩は目覚ましいものがあるが、本気で公衆衛生上の脅威としてのエイズの流行を終結に導くには、抗レトロウイルス薬にだけ頼っていることはできない。中程度の効果が期待できるワクチンがあれば、目覚ましいものでなくても、それを実用化していく必要がある。国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長は現状をそう分析しています・・・

     ◇

ま、こういう話ですね。短いリリースなので、やっぱり後ろに載せた日本語仮訳の全文を読んでもらった方が早いかもしれません・・・と言いつつ感想まじりの紹介をもう少し(どっちやねん)。

モデリング研究によると、現行の治療と予防の努力が持続し、少なくとも50%の効果が見込めるHIVワクチンが開発され、実際に使われるようになれば、パンデミックを抑えることが可能になる》

ということでファウチ博士は《少なくとも控え目な効果が認められるなら、HIVワクチン開発に向けた研究をしっかりと続けていくこと、そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくことが、極めて重要になる》と結論付けています。

 ワクチン研究者と抗レトロウイルス治療の研究者のどちらの面子も立て、しかも、理論上はともかくとして、現実の世界ではそう簡単に「エイズ流行終結」が実現するものではありませんよと逃げ道を残し・・・おっと、そうじゃなかった、釘を刺したうえで、研究の推進を鼓舞する。この豊かな政治性は鮮やかとしか言いようがありません。そう感心しながらも、同じような話を最近、どこかで書いたことがあるなと個人的には思う。

どこだったかな・・・今年の当ブログの書き込みを探していくと・・・ありましたね、ありました。94日付です

miyatak.hatenablog.com

ファウチ博士が例にあげた「モデリング研究」というのはおそらく、今年3月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)という学術雑誌の電子版に掲載されている《Effectiveness of UNAIDS targets and HIV vaccination across 127 countries》という論文の数学モデルによる以下のような試算でしょうね。

 

・抗レトロウイルス治療の普及が現在のレベルのままだと、2015年から35年の間に世界全体で4900万人[4400万~5800万人]が新たにHIVに感染する。

UNAIDS95-95-95ターゲットが実現できれば、このうちの2500万人[2000万~3300万人]の新規感染を防ぐことができる。

・それでもなお、2400万もの人がHIVに感染することになるが、2020年に50%の効果があるワクチンを導入し、その効果を70%まで徐々に引き上げていけば、さらに630万人[480万~870万人]の感染が防げる。

 

 あれ? 90-90-90ターゲットだとか、T as Pだとか、エイズ流行終結だとかについて、世界中の研究者の多くが、エビデンスの名のもとに目いっぱい吹きまくっているストーリーとは、ずいぶん違う印象です。

だから、言ったじゃないのと言いたくなる気持ちは抑えて、あえて嫌味なことは言いませんが(えっ、もう十分、言ってる? 言ってませんよ)、改むるにはばかることなかれ、であります、研究者の皆さん。

もちろん、抗レトロウイルス治療の普及が過ちであるなどと言い張るつもりはまったくありませんが、同時に、ワクチンなどあてにしなくても、これさえあれば・・・みたいな極端な楽観論にくみするつもりもありません。

ワクチンと治療薬の両方がそろったとしても、社会的な課題に対応できなければ、宝の持ち腐れということになってしまうでしょう。そうしたことを総合的に考えていける知恵が必要だということぐらいは、知恵の浅い私のような者にも分かります。

 ファウチ博士もワクチン開発に向けた研究の重要性を指摘しつつ、こう言っているではありませんか。そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくこと。あくまで『そして同時に』であります。さすがに立派だなあ、この方は・・・。

 

 

 

HIV/エイズパンデミックを永続的に終結させるにはHIVワクチンが必要

  2017109日 NIH ニュースリリース

https://www.niaid.nih.gov/news-events/durable-end-hivaids-pandemic-likely-will-require-hiv-vaccine

 

 HIV感染の治療および予防における目覚ましい成果にもかかわらず、HIV/エイズパンデミックの永続的な終結には効果的なHIVワクチンの開発が必要になる。国立衛生研究所NIH)の国立アレルギー感染症研究所長、アンソニー・ファウチ博士は最新の解説の中でこう述べている。

 理論的には、現在のHIV治療と予防の手段が世界中で効果的に使われれば、HIV/エイズパンデミック終結させることができる。体内のHIVを検出限界以下に抑制させる抗レトロウイルス治療はHIV陽性者の健康にも、陽性者からHIV陰性の性パートナーへの感染を防ぐうえでも効果がある。加えて、曝露前予防服薬(PrEP)のような戦略は、感染のリスクが高い人たちへのHIV感染を効果的に予防することができる。

 しかし、現実的な視点に立てば、ワクチンなしにHIV/エイズの流行を終結させることはできそうもない。HIV検査と治療が大きく普及したにもかかわらず、継続的なギャップは依然として残っている。世界全体で、1700万人以上のHIV陽性者が抗レトロウイルス治療を受けられずにいるのだ。しかも、新規感染は高い割合で続いており、2016年だけでも推定で180万人が新たにHIVに感染している。モデリング研究では、地理的に人が広く散在している地域、とりわけ地方では、すべての人に必要なHIV治療と予防サービスを提供することは極めて困難であると示唆している。加えて、新規感染者が増えれば、世界中がそれに見合ったかたちで、治療や予防の資金を増やしていかなければならない。

 ファウチ博士は控え目な効果しかないHIVワクチンでも、現在の治療と予防の努力とあわせて展開していけば、かなりパンデミックを抑えることができると書いている。免疫システムはHIVに対して防御反応が不十分なので、HIVワクチンは100%近い効果がある黄熱ワクチンやポリオワクチンのように世界的な流行を制御したり終結させたりすることはできないだろう。モデリング研究によると、現行の治療と予防の努力が持続し、少なくとも50%の効果が見込めるHIVワクチンが開発され、実際に使われるようになれば、パンデミックを抑えることが可能になるという。

 少なくとも控え目な効果が認められるなら、HIVワクチン開発に向けた研究をしっかりと続けていくこと、そして同時に現在の治療と予防の手段は積極的に拡大を図っていくことが、極めて重要になるとファウチ博士は結論付けている。

 

 

Durable End to the HIV/AIDS Pandemic Likely Will Require an HIV Vaccine

October 9, 2017

 

Despite remarkable gains in the treatment and prevention of HIV infection, development of an effective HIV vaccine likely will be necessary to achieve a durable end to the HIV/AIDS pandemic, according to a new commentary from Anthony S. Fauci, M.D., director of the National Institute of Allergy and Infectious Diseases (NIAID), part of the National Institutes of Health. 

 

Theoretically, effective global implementation of existing HIV treatment and prevention tools could end the HIV/AIDS pandemic. Antiretroviral therapy that suppresses HIV both benefits the health of those living with HIV and prevents viral transmission to their HIV-negative sexual partners. Additionally, strategies such as pre-exposure prophylaxis (PrEP) can effectively prevent HIV acquisition among people at high risk for infection. 

    

However, from a practical standpoint, ending the HIV/AIDS pandemic without a vaccine is unlikely. Despite extraordinary progress in implementing HIV testing and treatment, substantial gaps remain. Globally, more than 17 million people living with HIV are not receiving antiretroviral therapy. This is compounded by the continuing high rate of new infections, an estimated 1.8 million worldwide in 2016 alone. Modeling studies have suggested that the wide geographic dispersion of people, especially in certain rural areas, would make it extremely difficult to reach all those who need HIV treatment and prevention services. In addition, the economic resources needed to leverage HIV treatment and prevention across the globe continually increase as people become newly infected. 

 

Dr. Fauci writes that even a modestly effective HIV vaccine could substantially slow the pandemic, if deployed alongside current treatment and prevention efforts. Because the immune system mounts an inadequate protective response against HIV, an HIV vaccine most likely will not be as effective as proven vaccines used to control or end global outbreaks, such as yellow fever and polio vaccines, which are nearly 100 percent effective. According to modeling studies, if current HIV treatment and prevention efforts are sustained and an HIV vaccine that is at least 50 percent effective is developed and deployed, the pandemic could be curbed. 

It is critical to continue and accelerate a robust research effort to develop an HIV vaccine that is at least moderately effective, while also aggressively scaling up the implementation of current treatment and prevention tools, Dr. Fauci concludes. 

 

「CAPRISA004 予防効果39%の背景」 エイズと社会ウェブ版309

 現代性教育研究ジャーナルNo80に掲載された連載コラムOne side/No sideの第8回です。こちらでPDF版をご覧ください。 

www.jase.faje.or.jp

 例によって知ったかぶりをして書いていますが、CAPRISA南アフリカエイズ研究センターの略称であることも最近になって知ったばかり。サリム・アブドル・カリム博士のお名前も存じ上げませんでしたが、この方が「T as P(予防としての治療)」というコンセプトのそもそもの生みの親ともいえる大変な研究者だそうです。

 2012年にウィーンの第18回国際エイズ会議でCAPRISA004の研究発表があった時には、会議場でスタンディング・オベーションがあった、と樽井正義・慶應義塾大学名誉教授から教えていただきました。それにしても・・・

そうか! うかつにもおじさんはやっと気が付く。治療薬を含むゼリー状の物質を膣内に塗る。それはやみくもに何でも試してみたわけではなく、どうすれば女性が自ら選択できる予防手段を持てるのかという緻密な課題設定から生まれた発想だったのだ

こんな調子では連載もいつまで続けられるのか、心もとない限りですが、続けているうちにだんだんとやる気がわいてくる感じもします。困ったおじさんだね・・・ったく。

もう少し書いてみたいことがありそうなので、お付き合いください。

『世界エイズデー2017の先を見据えて』 今年の米国のテーマは・・・

 今年の世界エイズデーに向けた米国のテーマは、Increasing Impact Through Transparency, Accountability, and Partnerships(透明性と説明責任とパートナーシップで成果を上げる)です。米国の啓発サイトHIV gov.111日、テーマの発表に合わせ、米大統領エイズ救済緊急基金PEPFAR)を統括するデボラ・バークス大使のメッセージを掲載しました。その日本語仮訳です。

 透明性にアカウンタビリティにパートナーシップ・・・ですか。なんだかありきたりの常套句を並べている印象です。おまけに前文で米保健福祉省HIV/エイズ感染症対策事務所、リチャード・ウォリツキー所長が『資金を有効に活用して最大限の成果を上げなければいけない』みたいな言わずもがなの解説を述べています。

 世界エイズデーは毎年やってくるので、メッセージも底が尽きてくるというか、毎回、苦労します。その苦労は分かりますが、それにしても、なんだか・・・。中途半端感が、それこそ中途半端ではありません。トランプ政権下の現状では、どうしても奥歯にものが挟まったような印象になってしまうのでしょうか。

 

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世界エイズデー2017の先を見据えて  2017111

  デボラ・バークス大使、米国世界エイズ調整官、米国務省国際保健外交特別代表

https://www.hiv.gov/blog/looking-ahead-world-aids-day-2017

 

 米保健福祉省HIV/エイズ感染症対策事務所、リチャード・ウォリツキー所長のノート:世界エイズデーの行事を準備する中で、今年のテーマに関するバークス大使のメッセージを歓迎します。彼女が指摘するように、私たちはいまこのパンデミックの行方を大きく変えるまたとない機会を得ています。資金を最大限、有効かつ効率的に活用し、できる限り大きな成果を上げなければなりません。説明責任と透明性が不可欠です。期待される成果が上がらなければ、改善が必要です。HIV陽性者を支え、HIVで亡くなった人の栄誉を守る最善の方法は、流行終結に向けて最大の成果をあげられるよう努力することです。

 

 

  国際社会は毎年121日を世界エイズデーとしています1エイズで亡くなった人を偲び、HIV陽性者やHIV感染の高いリスクにさらされている人を助け、支援にあたるケア提供者や家族、友人、コミュニティをたたえる1日です。

 2017年の世界エイズデーのテーマをここに発表します:透明性と説明責任とパートナーシップで成果を上げる。

  このテーマは内外におけるHIV/エイズの流行と闘ってきた米国政府の長期にわたるリーダーシップを反映したものです。そして、この流行を危機の状態から制圧へと移行させるにはどうしたらいいのかを示しています。米国内および世界全体で公衆衛生上の脅威としてのHIV/エイズの流行を終結に導くには、いまが対策の強化を図る歴史的な機会であることを明らかにしてもいます。そして、私たちが共通の目標を達成するには透明性、説明責任、パートナーシップが不可欠であることを強調しています。

 HIV/エイズ対策はいま、かつてない局面にあります。近代史上初めて、ワクチンにも完治療法にも頼ることなく、パンデミックの行方を変える手段を手にしたのです。流行の制御は予防と排除、あるいは根絶に向けた現場の活動にかかっています。効果的なHIVワクチンと完治療法に向けた継続的かつ更なる科学的ブレークスルーにももちろん、期待しています。 

 HIV/エイズに取り組む米国政府のリーダーシップと約束は、アメリカの人びとの善意と共感と寛容が直接、反映したものであり、すべての部門のパートナーと協力することで一層の大きな力を発揮することができます。

 世界のどこにいても、そして、それぞれの組織やコミュニティや隣近所でどんな役割を担っているにしても、皆さんが私たちとともに理解を広げる動きに加わること、そしてそのためにどのような行動をとられているかを示すことを期待しています。

 世界エイズデーについては、PEPFAR.gov および HIV.govをご覧ください。そしてソーシャルメディアでは ハッシュタグ #WAD2017 を使ってください。

 

 

 

Looking Ahead to World AIDS Day 2017

By: Ambassador Deborah L. Birx, U.S. Global AIDS Coordinator & U.S. Special Representative for Global Health Diplomacy at the U.S. Department of State | Published: November 01, 2017

 

 

Director’s Note from Richard Wolitski, Ph.D., Director, HHS Office of HIV/AIDS and Infectious Disease Policy: As we prepare for the annual observance of World AIDS Day, we welcome this message from Ambassador Birx sharing this year’s theme. As she notes, we now have the unprecedented opportunity to change the course of the pandemic. This brings with it the obligation to ensure that our resources are being used in the most efficient and effective ways and are having the greatest possible impact. Accountability and transparency are essential aspects of this. If results are not what we need them to be, we must take action to improve them. The best way to honor people living with HIV and those we’ve lost is to achieve the greatest possible impact in all the work that we do to end the epidemic.

 

Every year, the global community commemorates World AIDS Day on December 1. It is a time to honor those who have lost their lives to AIDS, communicate our ongoing commitment to assist those who are living with or at risk for HIV, and celebrate the caregivers, families, friends, and communities that support them.

 

I am proud to announce the theme for World AIDS Day 2017: Increasing Impact Through Transparency, Accountability, and Partnerships.

 

This theme reflects the United States government’s longstanding leadership in addressing HIV/AIDS both at home and abroad and how we are increasing our impact to move epidemics from crisis toward control. It also highlights the historic opportunity we have to accelerate progress toward ending the HIV/AIDS epidemic as a public health threat in the United States and around the world. Finally, it emphasizes the critical role of transparency, accountability, and partnerships in reaching our collective goals. 

 

We are at an unprecedented moment in the HIV/AIDS response. For the first time in modern history, today we have the tools to change the very course of a pandemic by controlling it without a vaccine or a cure. Controlling the epidemic would lay the groundwork for preventing, eliminating, or eradicating it, which we hope will be possible through continued and future scientific breakthroughs for an effective HIV vaccine and cure. 

 

The U.S. government’s leadership and commitment to addressing HIV/AIDS are a direct reflection of the goodwill, compassion, and generosity of the American people and are enhanced by our collaboration with partners from all sectors. 

 

We hope that you will join us from wherever you are around the globe and in whatever role you play in your organization, community, or neighborhood to raise awareness and show how you are taking action.

 

For everything World AIDS Day, follow PEPFAR.gov and HIV.gov, and use the hashtag #WAD2017 on social media.

 

ラヴズ・ボディ エイズの時代の表現 再録(下) エイズと社会ウェブ版308 

 7年前のラヴズ・ボディ報告はこれでひとまず終わりです。東京都写真美術館で開かれた作品展からスペシャルイベントが生まれたのはおそらく、張由紀夫/ハスラー・アキラとジャンジさんを含むアーティストたちのネットワークがあったからではないでしょうか。その成果が7年後の第2回Living Together/STAND ALONEにつながり、武田飛呂城さんの手記朗読に心を揺さぶられ、長谷川博史さんの登場に息をのむ。そして、岩本ラブ吉さんと松中ゴンさんは生島嗣さんの名司会で軽妙なトークを展開する・・・という稀有な一夜になりました。理解というものは「正しい知識」などよりも、このような体験を通して広がっていくのではないか。

 その起点として、ラヴズ・ボディという伝説の展覧会があったと受け止めていただければ幸いです。表現というものは説明するものではなく、ここにこのかたちであるもの、このかたちでしかありえないものではあるのだけど、あえて説明することしかできない人もいるということで、悪しからず。

 以下、参考情報です。

 東京都写真美術館の公式サイトのラヴズ・ボディのページはまだ残っていました。エラい、写真美術館グッジョブ。 
 https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-340.html

 しまった、11月5日は見逃しちゃったなあ、と悔やんでいる方はこちらでもう一度、チャンスがあります。

 ジューシィー!20th Anniversary & Living Together/STAND ALONE 
     11月23日(木・祝)17:30 Open~23:30 Close、新宿二丁目AiSOTOPE LOUNGE

 http://www.ca-aids.jp/event/171123_juicy.html

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◎マルホトラのパーティ ラヴズ・ボディ5 ウエブ版エイズと社会35

2010.10.21

 インドのニューデリーで生まれたスニル・グプタは16歳のとき両親とともに故国を離れ、カナダのモントリオールに移住した。ニューヨークやロンドンで写真を学び、ウイリアム・ヤンと同じように民族的にも性的にも少数者であることを自覚しつつ、写真家、著述家、キューレーターとして認められるようになった。1995年には自らのHIV感染が分かり、HIV陽性者に対する偏見や差別と闘う活動も続けている。

グプタは2005年からデリーに生活の拠点を移している。16歳の少年がインドを離れてから36年後のことだ。現在はデリーとロンドンに在住。HIV/エイズの流行とセクシャリティに関する認識は、欧米とインドでは大きく異なる。「英国をはじめ欧米各国では当初、エイズはゲイの病気と受け止められていた。インドではそもそもゲイコミュニティは法的に認められていなかったし、流行自体も初期段階からゲイコミュニティに限られたものとしてとらえられてはいなかった」とグプタはいう。

初期のエイズの流行により、欧米のゲイコミュニティが社会的な迫害ともいうべき試練に直面したのに対し、インドではエイズの流行が同性愛者に対する認識を変える契機になった面もあるようだ。たとえば、インドのデリー高等裁判所は昨年72日、同性間の性行為を犯罪として扱う法律は違憲であるとの判断を示し、刑法の関連条項の廃止を決定する判決を出した。英植民地時代から150年も続いてきた政策の大転換を促す判決である。 (注)

《同性間の性行為を扱う法律は違憲 インド・デリー高裁判決》

 http://asajp.at.webry.info/200907/article_2.html

 

 もちろん、司法の判断が示されたからといって、同性愛者を忌避する感情がインド社会から消えるわけではない。社会的な差別や偏見も根強く残っている。ただし、それでも違憲判決がもたらす変化は重要だし、エイズの流行が社会と性との関係に与えた影響もまた小さくない。

「医療や支援の活動を続けていけば、男性が男性を愛するということを認めずに避けて通るようなことはできなくなる」とグプタは指摘する。彼の作品「マルホトラのパーティ」にはデリーの川の畔に集まった同性愛者が写されている。

 

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「インドではゲイやレズビアンが集まれる場所がなかったので、川のほとりでパーティが開かれるという情報が流され、そこに人が集まる。20年前にはその人々を撮影することはできなかった。いまは堂々と顔をあげて写真に撮られている。この変化は大きい」

 グプタが80年代にロンドンで展示した「ボディ・ポリティックス」という作品はそうしたパーティに集まるゲイ男性の姿を背中から撮影している。正面から撮影することはできなかった。ロンドンでは当時、「オリエンタリズムに過ぎる」と批判を受けたが、グプタは「とんでもない」と反論する。それは欧米とは異なる社会におけるゲイの存在を示すものであっても、グプタにすれば異国趣味などというものではまったくない。

16歳の時にインドを離れていなかったら、いまの自分はどうなっていただろうか」とグプタは振り返る。彼と同年配のゲイの男性のほとんどは、女性と結婚していまは孫もいる。それは「本来の自分の人生をあきらめざるを得なかった人」が何百万人もいたということでもある。

「マルホトラのパーティをいま、インドから紹介できることを誇りに思う」とグプタは語った。まっすぐにカメラを見つめて川のほとりに立つ若者の表情も、背景にある美しい風景も、撮る人と撮られる人との物語の中で、くっきりと鮮やかさを増して伝わってくるように感じられないだろうか。

(注)この高裁判決に対しては、上訴審で20131211日、インド最高裁が同性間の性交渉を違法とする判断を示し、少なくとも司法レベルでは、逆戻りしたかたちになっている。国際エイズ学会(IAS)は直ちにこの最高裁の決定に深い憂慮を表明し、インドのプラナブ・ムカルジー大統領に宛てて「HIV対策を妨げる差別的法律を改正し、性的指向にかかわりなくインドのすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置をとること」を強く求める公開書簡を出している。

 http://asajp.at.webry.info/201312/article_4.html

インド政府は「高裁との意見の相違はないとして、上訴には加わっていなかった」ということで、現状は行政と司法との見方にねじれが生じている印象だが、差別的な法律の撤廃という大きな流れは変わらないと思われる。

これはインドに限ったことではなく、ソチ五輪開催中のロシアの例でも分かるように「HIV対策を妨げる差別的法律の改正」や「性的指向にかかわりなくすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置」に対し反発する感情や動きは依然、世界の各地で根強く残っている。このことはHIV/エイズ対策の観点からも引き続き認識しておく必要がある。

それでは日本はどうなのだろうか。2020東京五輪の開催が決まった現在、「性的指向にかかわりなくすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置」は重要な内政上の課題になっていくのではないかと思われる。五輪開催のちょうど10年前に東京都写真美術館で「ラヴズ・ボディ」展が開かれたことは、いまにして「ははあ~ん」と膝を叩きたくなるような象徴的かつ重要な意味を帯びてきた感じもする。

 

 

 

◎それでも世界は ラヴズ・ボディ6 エイズと社会ウエブ版36 2010.10.31

 エイズアクティビストの張由紀夫は学生時代の1993年、京都のギャラリーでアルバイトをしたのがきっかけになり、ダムタイプというアーティストグループと知り合った。その中心的メンバーである古橋悌二が同性愛者である自らのセクシャリティHIV感染のカミングアウトを行っていたことが、彼に強い影響を与えた。古橋がエイズによる敗血症で95年に亡くなり、それを看取ったことから「バトンを受け取ったような気持ちで、今日まで活動を続けてきた」と張由紀夫は語っている。

ハスラー・アキラ99年ごろから数々の作品を発表しているアーティストであり、実は張由紀夫と同一人物である。もちろん、エイズアクティビストとしての日常とアーティストの活動が切り離されて(あるいは切り分けられて)存在しているわけではないし、その作品も21世紀初頭の日本の現実の中で、エイズの流行に直面するということがどういうことなのかを色濃く反映しているものが多い。

ただし、2つの名前を持つ存在が完全に同一であるのかと改めて問われると、そこには微妙な差異があるような気もしてくる。たとえば、張由紀夫とハスラー・アキラとが有する人のネットワークは、重なり合うようでいて同一ではなく、そのネットワークの豊潤さからあえて焦点を求めようとしても、それが一人の人物に収斂していくとは限らない。同一の人物によって形成されているネットワークでありながら、2つの焦点を持つ楕円のような構造がそこには存在するのではないだろうか。

あくまで仮定の上での話ではあるが、東京都写真美術館の『ラヴズ・ボディ』展で張由紀夫/ハスラー・アキラの作品が連名で提示されているのも、そうした微妙な楕円形感覚があるからだろう。

 厚労省エイズ動向委員会報告では、国内の新規HIV感染者報告の約7割、エイズ患者報告の約5割は男性の同性間の性行為が感染経路であると考えられている。おそらくは報告が示唆する流行の現状に対応するためにということなのだろうが、張由紀夫によると、HIV/エイズに関連する政府の予算も、個別施策層としてのゲイコミュニティを対象にした予算と一般の予算が切り分けられ、「一般の中にはゲイが存在していないと考えられている」という。

より現実に即した対策を目指すための手法が、政策の意図を超えて、あるいは政策の意図に内在化されたかたちで、性的な少数者に対する新たな排除の感覚を生み出していく。エイズアクティビズムの中で張由紀夫が感じるそうした危惧を踏まえ、ハスラー・アキラは「今回の展覧会が開催されたことの意義」を強調しつつ、次のように語る。

 「昨年の新型インフルエンザの流行に対する社会の対応は80年代のエイズパニックと同じなのではないかと感じざるを得ない。誰が犯人かを捜しだして排除する。感染症の流行に対するこのような感覚において日本の社会はほとんど変わっていない。その状況が怖い。過剰なまでに予防が強調され、無菌室のような空間や時間を作ることを理想とするような怖さを感じた」

 人から人へと感染する疾病の流行は、コミュニケーションと深くかかわりのある現象でもある。つまり、社会の中に存在する人が他の人とまったく関係を持たない状況がありうるとすれば、病原体の感染もまた成立しない。RED STRING(赤い糸)と名付けられたハスラー・アキラの作品の前に立つと、「それでいいのか」と問いかけられ、一瞬の困惑に投げ込まれる。

たとえば、抱き合って横になっている男性2人の人形は、指と指とを絡めた手のまさにその指先のみが赤く塗られ、血の色を連想させる。エイズの病原ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)は日常の生活では感染しませんということが予防啓発のメッセージとしてしばしば語られる。ここでいう「日常の生活」には「性行為を除いては」という注釈が必要だろうが、それは別にしても、日常の生活で絶対に感染は起きないのかと詰め寄られれば、「そんなことはありません」と答えざるを得ない。指先に出血を伴うような傷口がお互いにあれば、握手で感染することだってありうるではないか。

 あるいは、男女が並んで歩いている人形がある。その2体の人形を結ぶ赤くて細い糸はさらに後方に伸び、後をついてくる犬につながっている。てっきり若いカップルが犬を連れて散歩をしているところではないかと思って犬の人形をよく見ると、赤い糸は犬の首輪につながれているのではなく、犬が端をくわえている。

つまり、犬は細く伸びた血の糸を噛んでいるのだ。のどかに見える散歩の風景が一転してまがまがしい情景に変化していく。

(注)作家本人に確認したら、これは散歩ではなく台所に立っているところで、人形は玉ねぎと包丁を持っているのだという。まいったね。アートのたくらみについていくのはなかなか大変だ。ただし、台所の男女もまた、まがまがしく見えるものではないので、血の糸が介在して生まれる状況の変化は散歩の想定と基本的に変わらないと考えていいだろう。

 HIV感染を心配する人から相談を受けた経験がある人の話では、抱き合うだけで感染することはありませんよと説明しても、「万が一、こういうことがあったら」「それでも万が一・・・」と容易に納得してもらえないことがまれにあるという。万が一のケースを想定していけば、もちろん日常の生活の中でもHIVに感染する可能性はある。その万が一すら起きないように、絶対の安全の保障を世の中が求め始めたらどうなるのか。「感染が起きるということは、人々が出会ったり、触れ合ったり、何がしか関係を持つことです。それを否定することは、人間の社会に闇を作ることではないか」と張由紀夫/ハスラー・アキラはいう。

RED STRINGとともに『ラヴズ・ボディ』展に出品されているビデオ作品の中で、彼は次のようなメッセージも送り出している。

 

だけど忘れないで

それでも世界は

愛に溢れているんだ

 

 HIV治療の進歩と予防の重要性を強調するあまり、エイズの流行という現象のすべてを技術的に処理できるといわんばかりの言説をためらいもなく披瀝してはばからない世の中だからこそ、韜晦に逃れることなく、「触れ合いを肯定的に伝えたい」という張由紀夫/ハスラー・アキラの直截なメッセージは貴重である。

 

 

ラヴズ・ボディ エイズの時代の表現 再録(中) エイズと社会ウェブ版307 

 

◎言葉には尽くせない落差 ラヴズ・ボディ3 エイズと社会ウエブ版33 (2010.10.8

 オーストラリア人以上にオーストラリア人らしくあれ。1943年にオーストラリアのノース・クイーンズランドで生まれたウイリアム・ヤンは、少年時代に母親からこう言われて育った。白豪主義White Australia Policy)という言葉に総称される白人最優先主義が国家政策として採用されていた1950年代のことである。中国系3世のオーストラリア人であるウイリアム・ヤン少年にとって、オーストラリア人らしく考え、語り、行動することはつまり、自らの存在が半ば否定されるかたちで成長することだったのではないか。

「幼い頃から自分がゲイであることは分かっていた」ともヤンはいう。人種もしくは民族的な文脈に加え、性的指向においても、彼は当時のオーストラリア社会の中で二重に少数者であることを抱えながら、息を潜めるようにして暮らしていくことを余儀なくされていた。

 「抑圧されるべきものとして24歳までクローゼットに隠れ、カミングアウトしなかった」

 大学では建築を専攻したが、舞台と演劇に強く惹かれ、1960年代後半にクイーンズランド州の州都ブリスベーンからオーストラリア最大の都市シドニーに移って脚本家として生活するようになった。

ゲイ男性としてカミングアウトし、新たな自分のアイデンティティを獲得していったのはこの時期だという。性や文化に関する考え方の大きな変革期であり、ゲイリボリューションと呼ばれる動きが、欧米やオーストラリアで広がろうとしている時期でもあった。

若きウイリアム・ヤンは舞台・演劇に惹かれながらも、戯曲では生活が苦しいので、写真を撮って生計を立てるようになった。そのせいか、彼の作品はストーリー性とでもいうべき演劇的な構成を色濃く持つ。「自分にとって写真はドキュメンテーション(記録を残すこと)」であり、その記録には文章が必ず付けられている。「コンテクスト(文脈)を加えることでアートとしての表現になる」とヤンは説明する。

独白劇《悲しみ》(1996年)の中の《アラン》という作品にも、一枚一枚の写真に日記のような短い文章が付されている。

アランはかつて分かれた恋人である。198810月にアランがエイズシドニーの病院に入院したことを知り、ヤンは見舞いに行く。アランはいったん回復して退院するが、しばらくすると病状が悪化して再入院し、今度は回復することなく、衰弱しきった状態で世を去る。19907月のことだ。

 《アラン》はその3年ほどの元恋人の様子を撮影した18枚と、もっと若いときのアランの写真1枚、そして19の文章で構成されている。亡くなった日の写真にはこう書かれていた。

 

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《きのう彼を見たときは死人のようだと思ったけれど、昏睡状態にあっても生きているアランと、死んでしまったアランとでは、その落差は言葉に尽くせないほど大きかった》

写真で見る限り、生きているアランの元気なときと衰えてからの落差もまた大きい。アランは906月、「病院ではもうこれ以上のことはできないから」と帰宅を許され、自宅に戻る。だが、7月には自宅で投薬治療を続けることをやめ、ホスピスに移る。やせ衰え、衰弱しきった姿は痛ましい。それでもヤンが撮影した写真は、当時報道で取りあげられることがしばしばあった末期のエイズ患者の写真を見るときと大きく印象が異なる。

どうしてなのか。「ストーリーが大事だ」とヤンは作品の前で説明した。それが文章でコンテクストを明らかにするということなのかもしれない。

 1990年の夏、私は米国東海岸のボストンで、何人ものHIV陽性者と食事をともにし、話を聞いた。エイズ・アクション・コミッティとボストン・リビング・センター、マルチ・カルチュラル・エイズ・コーリションという3つのHIV/エイズ団体で、日本からやってきた新聞記者であることをことわったうえでボランティアとして通うことを許可され、たくさんの「HIV/エイズに影響を受けた人たち」と日常のかなりの時間を共有していたからだ。

抱きしめて「my friend」と言いたくなる気持ちを抑え、「違うんだ。私はあくまでエイズについて取材をする新聞記者としてあなたと知り合ったのであり、あなたの友人ではないし、友人になることもできない」と何度、心の中で繰り返したことだろうか。

それはいま会っている目の前にいる人に対する最小限の誠意である。そう思う一方、悲しさや苦しさで自分自身が押しつぶされてしまうことがないように、どこかで対象と一定の距離を保とうとするジャーナリズムの手法にしがみつきたい気持ちがあったからなのかもしれない。

 ヤンのドキュメンテーションは、そうした手法とは一線を画すものであるように思える。作品の前で淡々と語る小柄な東洋人(のように私には見える)のどこにそのような強さがあるのか。そんなことを考えながら、私は日本のエイズ対策の最前線にいたもう一人の小柄な東洋人(つまり日本人なんだけど)を思い出していた。

 

 

 

◎夢の坂道 ラヴズ・ボディ4 エイズと社会ウエブ版34 (2100.10.9

 やせて、小柄で、穏やかな風貌。静かでゆっくりとした語り口。そして白髪の交じった角刈りの頭のかたちに至るまで、ウイリアム・ヤンは広瀬さんに雰囲気がよく似ている。HIV人権情報センター東京事務所でHIV陽性者の支援活動などを続け、1993年に第1PWA賞を受賞した広瀬泰久さんである。

 日本のHIV/エイズの流行は諸外国に比べれば、はるかに規模が小さく、HIV陽性率も低い。これは大いに評価すべきことではあるのだが、日本のエイズ対策が成果をあげた結果であるとは、私のような調子のいい新聞記者でも、とてもいえない。

国民皆保険と呼ばれるほど公的な医療保険が整い、医療へのアクセスが確保されていること。国民の大多数がほぼ共通の言語を使用し、マスメディアも高度に発達しているので情報を継続的に広く国民に送り届ける社会基盤が整っていること。そして、疾病の予防や健康に対する国民の関心が極めて高いこと。それらが、日本国内でのHIV感染の抑制要因となってきたということはできる。

 ただし、それは日本のエイズ対策の成果というわけではなく、エイズという新興感染症パンデミックに直面したときに、日本にはそのような社会基盤が整っていたということであり、その結果として厚生省(現厚生労働省)がエイズ対策分野において錯誤に等しい数々の悪手を打っても、諸外国に比べれば、なんとかHIV感染の拡大を抑えられてきたということだろう。

 もちろん、緩やかな拡大傾向はこの20年の間、ずっと続いている。それでもなお、日本のエイズの流行は総体としてみると、低流行期の段階にある。それは主に2つの要因によるだろう。

ひとつは極東の島国であるという地理的環境である。先進国のエイズの流行の中心であった米国からは太平洋を隔て、アフリカからも遠い東アジアはそもそもHIVというウイルスが入ってくるのが遅かった。

もうひとつは、ウイルスの伝播のスピードよりも情報の方が早く国内に伝わり、そのことで流行の初期段階から、草の根のレベルでエイズ対策と取り組むNPONGOCBOといった組織が活動を開始し、かつ継続してきたことだ。

 活動の開始はともかく、継続に関しては、そう容易なことではなかった。一時的にパニックのような事態が起きた時期を除けば、エイズの流行がそれほど広がっていない状況のもとで社会の関心が高くなることはあまり期待できない。関心を持続的に維持することは流行がかなり広がっている国でも、たやすいことではない。そうした中で、日本国内では、忍耐強いアクティビストたちの存在がかろうじて現場レベルでの活動を支えてきた。それでなんとかエイズ対策が維持されてきたという印象も強い。

 広瀬泰久さんもその卓越した忍耐力を持つアクティビストの一人だった。彼の人柄については当ブログのフォルダー《詩集・エイズの時代を生きる》の中で、《夢の坂道》と題する詩を紹介し、背景説明の文章も掲載したことがある。『ラヴズ・ボディ』展の紹介という観点からは、かなり逸脱してしまうが、90年代初頭の日本のエイズ対策の現場がどんな様子だったのかということを(少なくともその一端を)伝えるために、以下に再掲したい。

 

夢の坂道

    広瀬泰久さんに

感染していることには

何の価値もない

普通の人は

いない

特別な人は

いる

 

東京の真ん中にも

マンハッタンと同じように

湿った路地はまだ残っていますか

印刷屋の機械が

硝子戸越しに

なんだかんだとうなりをあげ

猫のしょんべんはそれでも乾き

狭い木の階段をあがっていくと

小さなガスストーブの上で

やかんはしゅんしゅんと

まだ湯気をあげていますか

 

エイズの時代を生きるために

ウイルスに感染している必要は

まったくないし

感染していない必要もない

一人で電話の前にいて

大河小説のように

ゆっくりと話していたから

ほとんどかかってこない電話相談には

うってつけの人なんだ

時間もあるし

浅はかにも僕はそう思っていた

エイズと名のつく集まりには

どこにでも顔を出していて

でも発言の機会には

あまり恵まれていないようだった

 

夜道は寒くありませんか

どうして一人で帰るのですか

もっと話がしたかったから

ラーメンを食べようといって

僕は天津飯を食べた

永田町でも中野でも飯田橋でも

だんだん薄くなっていく背中が

遠ざかっていくのは

いつも坂道で

冷たい風が吹いていた

あれは

季節のせいだったのでしょうか

 

感染していること自体には

何の価値もない

でも僕にはそれが分からなかった

普通の人はいない

特別な人はいる

だれにとっても

   (1995

 

 第1回PWA賞の受賞者であるHIVと人権情報センターの広瀬泰久さんが亡くなったとき、私はニューヨークにいました。東京の知人からその連絡をいただき、広瀬さんについて何か書き残しておきたいと思いながらなかなかまとめられず、この詩を書いたのもかなり時間が経過してからでした。

 広瀬さんは不思議な人でした。小柄でやせていたこともあって、あまり目立たない存在でしたが、エイズ対策に関する知識はおそらく誰よりも詳しく、話を始めると次から次へとさまざまなエピソードが飛び出して止まりません。HIVと人権情報センターの東京事務所はJR神田駅に近い裏路地に面した木造家屋の2階にありました。1991、2年当時を振り返ると、昼の間はスタッフがたくさん出入りしていましたが、夕方を過ぎてからは広瀬さんが1人で留守番をしながら、たまにかかってくる電話相談を受けていることが多かったように思います。

 私は90年11月にボストンから戻ったばかりの頃にHIVと人権情報センターの講演会に招かれ、ボストンのエイズ対策の現状などをお話したことがあり、それ以来、たびたび広瀬さんが留守番をしている事務所を訪れました。半分は取材のつもりでしたが、残る半分は広瀬さんが話してくれる思い出話の数々が面白くて、通っているような状態でした。スタッフの1人だったHIV陽性の若者から「宮田さんはしょっちゅう遊びに来てるけど、いつ仕事をしてるの?」と聞かれ、「新聞記者はいかにも仕事をしているように仕事をしていたのではダメなんだ。君にはサボっているように見えるけど、こういう時間の蓄積が大切なんだよ」といい加減な受け答えをしていた記憶があります。

 古いガスストーブの上のやかんがしゅんしゅんと音を立てながら湯気を上げている部屋は昭和へと逆戻りをしたような感じで、ときどき相談の電話がかかってくると、広瀬さんはゆっくりと長い時間をかけて相手の話を聞いていました。あくまで先を急がず、話そのものに没入して行くようなところがあり、ああ、この人は気が長いんだと思いましたが、後になって考えて見ると、そのころすでに彼は長く抱えていた持病が悪化していくのを自覚していたようです。語るべきものはすべて語っておきたいという焦燥感を深く心の内部に沈めながら、ゆっくり反芻するように話を塗り重ねていく。そんな印象が残っています。

 こうした話法は会議などにはあまり向かず、せっかちな私はAIDS&Society研究会議の運営委員会などで何度も「広瀬さん、早く結論を言ってよ」「もうちょっと、まとめて話してくれない」などと無神経な態度で話をせかしたものでした。浅はかとしかいいようがありません。

 あの頃、新聞記者の間では、HIV陽性者を競って探し出し、話を聞くことが何か非常に重要な価値のあることのように考えられていました。HIVに感染している人を紹介できるという触れ込みで、マスメディアの報道をあやつるかのごとき振る舞いを見せる人も世の中にはいました。私はひそかにそうした風潮への違和感を抱くようになり、「感染していることには/何の価値もない」という詩の最初の2行につながっていきました。非難をあびることはある程度、覚悟していましたが、詩を見てもらったエイズ対策関係者からは少なくとも、非難の言葉は帰ってきませんでした。「あいつに文句を言うと、また後がうるさいから。困ったもんだね」ぐらいのことは思われていたのかもしれません。

 広瀬さんのやせた背中は、何度か入退院を繰り返しているうちにますます薄くなっていきました。でも、彼は自分の衰え行くからだのことなどそっちのけで、相談に訪れたHIV陽性者のためにアパートを探したり、病院に付き添ったりと奔走していました。広瀬さんのあまりにも豊富な知識と手腕にみんな、つい頼りすぎてしまったのかもしれません。