蟹江憲史著『SDGs(持続可能な開発目標)』 読後感想文

 新型コロナウイルス感染症COVID-19が世界に広がったことで、最近は国連の『持続可能な開発目標(SDGs)』の重要性と今日性を改めて認識する機会が増えたように思います。

 経済のグローバル化が進んだ結果、現在の世界の仕組みが実は、どうもうまく機能しなくなっているのではないか。そんな漠然とした不安はもう何年も前から指摘されてきました。2030年を達成の目標年とするSDGsが国際社会の共通目標として、2016年にスタートしたのもおそらくはそのためだったのでしょう。

 しかし、これまでの4年間は周知期間のような感じで、いよいよ2020年からが「行動の10年」だそうです。その入り口でCOVID-19パンデミックに直面し、各国の対応はこれまでグローバリズムに薄々と感じていた不安と心配の蓋をはっきりと開けちゃうかたちになりました。世の中の仕組みが、ありふれた風邪の親戚のようなウイルスによって、ほとんど機能不全の寸前まで追い込まれてしまう。個人的にはいまなお、なんでこうなるの?という釈然としない感覚がぬぐえずにあるのですが、同時に世の中の持続可能性というものをこの際、もう少し学んでおかなければならないと遅ればせながら思うようにもなりました。

 

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 ちょうど、そのタイミングをはかったかのように、書店の店頭に並んでいたのが本書でした。ま、お値段もアフォーダブルだったし、買っちゃいますよね。

 著者の蟹江さんは慶應義塾大学総合政策学部の教授であり、2011年からSDGsに取り組み続けています。こういう書き方をすると、ずいぶん前からの知人のようになれなれしくなってしまいますが、実は私には、蟹江さんとの面識はほとんどありません。数年前にごくごく少人数のメディア向けSDGs勉強会があり、そこで総括的な説明をしていただいたことがある程度でした。記憶があいまいですが、おそらく2016年のSDGsスタートより前であり、出席していた記者は3人か4人でした。国連もなんかやっていますね。日本のマスメディアのSDGsに対する関心はその程度だったのではないかと思います。

 その当時から熱心にSDGsの意義を説き続けていた方の著書です。SDGsの由来と展望。17の目標(ゴール)と169のターゲットの詳細な説明。企業とSDGs自治体とSDGs。みんなのSDGs。そしてポストコロナ時代に向けた展望・・・と、新書1冊でこれほど包括的に分かりやすく解説していただける方は、あまりいないでしょう。

 国連の開発分野における包括的目標としては、2000年から2015年までの国連ミレニアム開発目標MDGs)がありました。私の個人的な認識では、SDGsはその後継目標として生まれ、MDGsの成果を引き継ぐものという印象が強くありました。

 MDGsはゴールが全部で8つあり、その中の目標3が感染症対策でした。中でもHIV/エイズ対策が重視され、国際社会の政治的リーダーシップと現場レベルのコミュニティの並々ならぬ努力、医学分野の研究成果、そしてそれを支える資金の確保といった要素がうまくかみ合って、大きな成果を上げることもできました。

 もちろん、成果といっても、流行の拡大には何とか歯止めをかけ、減少に転じたかもしれないと期待できるところまでようやくこぎつけましたというレベルです。いわば中盤で持ちなおしたものの、流行が終わったわけではまったくありません。

 したがって、対策はまだ半ばであるということは合わせて強調しておかなければならないのですが、それでも2000年当時には「そんなの無理、無理」と思われていたような目覚ましい成果をあげてきました。そのMDGsの優等生とも言うべきHIV/エイズ対策の成果により、後継目標(ポストMDGs)に対する世界の期待もまた大きく高まっていました。

 ただし、これはあくまで私の個人的な認識であり、説明会における蟹江さんのお話しは少し異なっていました。

 本書にも詳しく書かれていますが、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミット(国連環境開発会議)から20年後、つまり2012年に同じくリオデジャネイロで開かれたリオ+20(国連持続可能な開発会議)がポストMDGsの議論を大きく進展させ、SDGsへの道を開いたということです。

 そうだったのか・・・、私はもっぱらエイズ対策の観点からポストMDGsの議論を観ていたので、気が付かなかったのかもしれません。そういえば、「エイズはもう成果が上がったのだからいいだろう」といった意見があり、HIV/エイズ対策は一時、ポストMDGsの枠組みから外されそうになった。このため、UNAIDSが大慌てでエイズを外さないでほしいという運動を展開し、公式サイトでも協力を呼び掛けていた。そんな記憶がかすかにあります。

 本書を読むことで、過去の記憶を呼び起こしつつ、いろいろな流れがあってSDGsは経済、社会、環境の統合を目指す広範な目標になっているのだなということが改めて整理できました。包括的、かつ正確にSDGsのことを知ろうと思えば、本書が格好の教科書になるのではないかと思います。その分、お役所の報告書にも似た固さが感じられる部分もありますが、一方で、こんなエピソードも紹介されてもいます。

SDGsの17の目標については、2つの日本語訳があり、例えば目標1だと・・・。

 A:あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困を終わらせる。

 B:貧困をなくそう。

目標2は・・・。

 A:飢餓を終わらせ、食糧の安定確保と栄養状態の改善を実現し、持続可能な農業を促進する。

 B:飢餓をゼロに。

 ここで紹介されているAは蟹江さんらによる日本語訳。Bは「一緒に活動したい」と蟹江さんの研究室を訪ねてきた博報堂の方を中心とするボランティアのコピーライターたちが「行動を促すような言葉」にギュッと凝縮したものだということです。AもBもともに必要ですが、個人的にはBに惹かれるし、SDGsに対する親しみもぐんと増します。また、国連広報センターの日本語版SDGsアイコンのキャッチコピーにも《日本語コピー制作協力:博報堂クリエイティブ・ボランティア》のクレジットのもとで公式訳として使われています。 

www.unic.or.jp

 

 親しみやすさ。これもまた、イノベーションの大きな要素というべきでしょう。異なる分野のプレイヤーが集まることで生まれる相乗効果。それを掬い上げて公式訳に採用した国連広報センターもいぶし銀のアシストでした。