米国のトランプ大統領が2月5日に議会で一般教書演説を行いました。政権3年目の施政方針を示す演説です。当初は1月29日に予定されていましたが、メキシコ国境の壁建設をめぐる与野党対立で政府機関の閉鎖が続き、2月5日まで演説もできないという状態でした。そのいわくつきの演説のごくごく一部ですがHIVにも言及し、10年以内にHIVの流行をなくすよう予算措置を講ずることを約束しています。
No force in history has done more to advance the human condition than American freedom. In recent years, we have made remarkable progress in the fight against HIV and AIDS. Scientific breakthroughs have brought a once-distant dream within reach. My budget will ask Democrats and Republicans to make the needed commitment to eliminate the HIV epidemic in the United States within 10 years. We have made incredible strides. Together, we will defeat AIDS in America and beyond.
(米国の自由ほど人びとの生活条件を改善する力になったものはありません。ここ数年、私たちはHIV/エイズとの闘いで目覚ましい成果を上げてきました。科学の飛躍的進歩で、遠い夢だったものが、手の届くところまで来ているのです。10年以内に米国のHIVの流行を確実になくすための予算を私は民主党と共和党に求めたい。私たちは信じられない成果を上げてきました。力を合わせて米国のエイズに打ち勝ち、さらに先に進みましょう)
延々と続いた演説の中のほんの1パラグラフなので、あまり目立ちませんが、この時期にHIV/エイズについて取り上げただけでも、さすがはアメリカ・・・と私などは思います。まずは米国内、そして「その先(beyond)」は世界の流行終結にも強い意欲を示したと読めそうです。
もっとも2030年までに米国、および世界が目指しているのは「公衆衛生上の脅威としての流行」の終結であり、HIV感染がまったくなくなる状態ではありません。それでもなくす(eliminate)と強く言ってしまうところが政治家のレトリックなんでしょうね。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)がさっそく、この部分に反応し、『2030年までに国内のHIV感染をなくすという米大統領の誓約を歓迎』というプレス声明を発表しています。一応、訳してみましたが、どうもこの歓迎は奥歯にものが挟まったというか、何というか。少々、微妙です。
まず、「米国大統領の誓約」を歓迎してはいるものの、ドナルド・トランプ大統領という固有名詞はどこにもありません。外交的な声明とはそんなものなのでしょうか。米国内はともかくとして、国際的に見ると、トランプ政権の拡大版グローバル・ギャグルールの影響は決して小さくなく、エイズ流行終結どころか、拡大しちゃうよという悲鳴が上がっている国もあります。したがってUNAIDSの声明にもトランプさんを持ち上げる気にはなれません・・・といったわだかまりがそこはかとなく感じられます。考え過ぎかなあ。
それでもまあ、米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を何とか維持している政権内部のHIV/エイズ政策担当者に対しては、感謝もしている。そのあたりの心理的な背景があって固有名詞抜きで、大統領演説を歓迎するという変化球を使ったのかもしれませんね。
また、シディベ事務局長談話の「米国内のエイズ終結を約束した大統領を称えます。そのためには、社会から排除されている人を含めすべてのHIV陽性者およびHIV感染のリスクに曝されている人たちの人権を守ることを基盤に据えた対策が必要です」といったあたりは、この際、歓迎に乗じて言いたいことは言っちゃおうという便乗感もありますね。その声が届くかどうかはまた別の話。以下、UNAIDSプレス声明の日本語仮訳です。
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2030年までに国内のHIV感染をなくすという米大統領の誓約を歓迎
国連合同エイズ計画(UNAIDS)プレス声明
ジュネーブ 2019年2月6日-UNAIDSは、2030年までに国内のHIV感染をなくすという米国大統領の誓約を歓迎する。大統領は2019年2月5日に議会で行った一般教書演説の中でこう宣言した。
「2030年のエイズ終結を呼びかけるUNAIDSを支援し、HIV対策に取り組む米国の確固とした姿勢は、これまでに何百万という人の生命を救ってきました」とミシェル・シディベUNAIDS事務局長は述べた。「米国内のエイズ終結を約束した大統領を称えます。そのためには、社会から排除されている人を含めすべてのHIV陽性者およびHIV感染のリスクに曝されている人たちの人権を守ることを基盤に据えた対策が必要です」
UNAIDSによると、米国内のHIV陽性者数は2015年現在で約120万人と推計されている。流行はおおむね大都市部に集中し、なかでもゲイ男性など男性とセックスをする男性やアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックおよびラテンアメリカ系男女、薬物使用者などへの影響が極端に大きい。
「米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通じた世界的なHIV対策への米国の貢献は、極めて大きな成果を上げていました」とシディベ事務局長はいう。「世界全体の子供の新規HIV感染は2010年当時と比べ35%も減っています。また、2200万人が抗レトロウイルス治療を受けられるようになり、何百万もの人の生命が救われました」
米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)を通して、米国は2003年以降、世界のHIV対策に800億ドルを超える投資を行ってきた「世界がHIVの流行に効果的に対応するためには、2020年時点で260億ドルが必要です。このままでは、年間50億ドルが不足している状態であり、米国による強力かつ持続的な支援が強く求められています」とシディベ事務局長は語る。
UNAIDSは米国の新たなHIV戦略の詳細を知り、米国内においても世界全体でも、引き続きエイズ終結に向けて協力してくことを期待している。
Press statement
UNAIDS welcomes pledge by the President of the United States of America to stop HIV transmission in the country by 2030
GENEVA, 6 February 2019—UNAIDS welcomes the pledge by the President of the United States of America to stop HIV transmission in the country by 2030. The President made the announcement during his State of the Union Address to Congress on 5 February 2019.
“The United States of America’s steadfast commitment to the HIV response and its support to UNAIDS’ call to end AIDS by 2030 have saved millions of lives,” said Michel Sidibé, Executive Director of UNAIDS. “I commend the President’s commitment to end AIDS in the United States, which will require a response grounded in human rights to reach all people living with and at risk of HIV, including the most marginalized.”
UNAIDS estimates that around 1.2 million people were living with HIV in the United States in 2015. The epidemic is largely concentrated in urban environments and disproportionally affects gay men and other men who have sex with men and African American, Hispanic and Latino women and men, as well as people who use drugs.
“The contribution by the United States to the global response to HIV, made through support for the President’s Emergency Plan for AIDS Relief, has made a tremendous impact,” said Mr Sidibé. “Globally, new HIV infections among children have been reduced by 35% since 2010 and 22 million people are accessing antiretroviral therapy, saving millions of lives.”
Through the President’s Emergency Plan for AIDS Relief, the United States has invested more than US$ 80 billion in the global response to HIV since 2003. “Strong, continued support for the global response from the United States is required given there is a US$ 5 billion shortfall from the US$ 26 billion required for an effective response to HIV in 2020,” said Mr Sidibé.
UNAIDS looks forward to seeing the details of the new United States strategy on HIV and to continuing to work closely with the United States to end AIDS, both in the country and around the world.