《なぜコンドームを配るのか》 One Side/No Side 12

 現代性教育研究ジャーナルの4月号に掲載された連載コラム One Side/No Sideの12回目です。モハメド・アリは確か、ローマ五輪のボクシング・ライトヘビー級で金メダルを獲得した後、米国に戻り、どこかの飲食店で人種差別的な対応を受け、怒って川に金メダルを投げ捨ててしまった・・・というような話を聞いたことがあります。アトランタではアリと五輪の和解というような受け止め方もされていました。コンドームとはあまり関係のない話ですいません。

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One Side/No Side 12 
 なぜコンドームを配るのか

 もうすっかり春なので、昔の話を蒸し返すようになって恐縮だが、今年は韓国の平昌で冬季オリンピックパラリンピックが開かれ、日本選手団の健闘に国内も沸いた。オリンピックの常として、開会式直前までは、これで本当に開けるの?といったネガティブな見方が広がり、大会が始まったとたんに雰囲気が一変して盛り上がる。今回もその伝統的パターンは見事に踏襲されていたようだ。
 ただし、2年後の東京大会を控える日本の関係者は「ほらね、いつものことだから」と妙な安心をせず、しっかりと準備にあたっていただきたい。
 私はスポーツ記者ではなかったので、五輪取材の経験がそう豊富なわけではないが、1996年のアトランタ五輪では取材班のキャップを務めた。柔道で田村亮子選手が北朝鮮のケー・スンヒ選手に敗れて金メダルを逃し、マラソン有森裕子選手はバルセロナの銀に続いて銅メダルを獲得して『自分で自分をほめたい』と語っている。女性アスリートの存在感が強く印象に残る大会だった。
 そのアトランタでも開会前には、選手村の工事が間に合わないとか、ホントにやるの?といった報道が多く、いまひとつ盛り上がりに欠ける雰囲気だった
 その中で唯一、関心を集めたのは、聖火リレーの最終走者は誰か、つまりメインスタジアムの聖火台に火をともす栄誉は誰が担うのかということだったように思う。サプライズ演出の目玉として大会関係者にはかん口令が敷かれ、隠されれば知りたくなるメディア心理もあって、新聞やテレビでは、ああでもない、こうでもないと予想が飛び交っていた。
 結論から言えば予想はことごとく外れた。最終走者は報道でも名前が挙がっていた女子競泳のジャネット・エバンス選手だったが、あらら、その先にはなんとパーキンソン病を患うモハメド・アリ氏が走者ならぬ最終点火者として待ち受けているではないか。
エバンス選手からトーチを受け取ったアリ氏の両手は小刻みに震え、走ることはかなわない。だが、その姿であえて多くの人の前に登場し、点火装置に火をともした。
 いまの自分に誇りを持つこと。アリ氏の姿は、同じく開会式の場で伝えられた『私には夢がある』という大会メッセージとも二重写しになり、おそらくスタンドの大観衆も、テレビを見ていた世界中の人たちも胸を熱くしたのではないか。
 このメッセージは地元アトランタ出身の公民権運動指導者マルチン・ルーサー・キング牧師による有名な演説の一節であり、冷戦後の世界に託す希望のフレーズでもあった。開会式は予定時間を大幅に超え、五輪プレスセンターで取材指揮にあたっていた急造キャップは「あちゃ~、締め切りに間に合わないぞ」とやきもきしつつ、それでもアリ氏が登場したときには心が震えたことを思い出す。
 大会中は選手たちの活躍の一方、選手村で大量のコンドームが配布されているといった話題が、多くのメディアでおおむね興味本位の視点から伝えられた。
 コンドームの無料配布は、アトランタの前の夏季五輪である1992年バルセロナ大会から始まったという説と、さらにその前の88年ソウル大会からだという説がある。どちらなのか、私にはわからないが、少なくともアトランタでは配布されていた。
 目的はエイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染の予防啓発のためだった。配布数は大会ごとに増え、2012年のロンドン五輪では15万個、16年リオ五輪では45万個が用意されたという報道がある。リオの数字はにわかに信じられないが、人づてに聞いた話では2020年の東京でもロンドン並みの15万個は用意する予定があるという。
 数としては妥当なのではないかと、個人的には思う。ただし、その妥当性の根拠はあまり問われていない。この点は問題だろう。よく分からないけれど、とにかく用意しておこうというような印象も国内にはある。これではかえってまずい。次回は五輪とコンドームの関係についてもう少し調べてみよう。