ラヴズ・ボディ エイズの時代の表現 再録(下) エイズと社会ウェブ版308 

 7年前のラヴズ・ボディ報告はこれでひとまず終わりです。東京都写真美術館で開かれた作品展からスペシャルイベントが生まれたのはおそらく、張由紀夫/ハスラー・アキラとジャンジさんを含むアーティストたちのネットワークがあったからではないでしょうか。その成果が7年後の第2回Living Together/STAND ALONEにつながり、武田飛呂城さんの手記朗読に心を揺さぶられ、長谷川博史さんの登場に息をのむ。そして、岩本ラブ吉さんと松中ゴンさんは生島嗣さんの名司会で軽妙なトークを展開する・・・という稀有な一夜になりました。理解というものは「正しい知識」などよりも、このような体験を通して広がっていくのではないか。

 その起点として、ラヴズ・ボディという伝説の展覧会があったと受け止めていただければ幸いです。表現というものは説明するものではなく、ここにこのかたちであるもの、このかたちでしかありえないものではあるのだけど、あえて説明することしかできない人もいるということで、悪しからず。

 以下、参考情報です。

 東京都写真美術館の公式サイトのラヴズ・ボディのページはまだ残っていました。エラい、写真美術館グッジョブ。 
 https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-340.html

 しまった、11月5日は見逃しちゃったなあ、と悔やんでいる方はこちらでもう一度、チャンスがあります。

 ジューシィー!20th Anniversary & Living Together/STAND ALONE 
     11月23日(木・祝)17:30 Open~23:30 Close、新宿二丁目AiSOTOPE LOUNGE

 http://www.ca-aids.jp/event/171123_juicy.html

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◎マルホトラのパーティ ラヴズ・ボディ5 ウエブ版エイズと社会35

2010.10.21

 インドのニューデリーで生まれたスニル・グプタは16歳のとき両親とともに故国を離れ、カナダのモントリオールに移住した。ニューヨークやロンドンで写真を学び、ウイリアム・ヤンと同じように民族的にも性的にも少数者であることを自覚しつつ、写真家、著述家、キューレーターとして認められるようになった。1995年には自らのHIV感染が分かり、HIV陽性者に対する偏見や差別と闘う活動も続けている。

グプタは2005年からデリーに生活の拠点を移している。16歳の少年がインドを離れてから36年後のことだ。現在はデリーとロンドンに在住。HIV/エイズの流行とセクシャリティに関する認識は、欧米とインドでは大きく異なる。「英国をはじめ欧米各国では当初、エイズはゲイの病気と受け止められていた。インドではそもそもゲイコミュニティは法的に認められていなかったし、流行自体も初期段階からゲイコミュニティに限られたものとしてとらえられてはいなかった」とグプタはいう。

初期のエイズの流行により、欧米のゲイコミュニティが社会的な迫害ともいうべき試練に直面したのに対し、インドではエイズの流行が同性愛者に対する認識を変える契機になった面もあるようだ。たとえば、インドのデリー高等裁判所は昨年72日、同性間の性行為を犯罪として扱う法律は違憲であるとの判断を示し、刑法の関連条項の廃止を決定する判決を出した。英植民地時代から150年も続いてきた政策の大転換を促す判決である。 (注)

《同性間の性行為を扱う法律は違憲 インド・デリー高裁判決》

 http://asajp.at.webry.info/200907/article_2.html

 

 もちろん、司法の判断が示されたからといって、同性愛者を忌避する感情がインド社会から消えるわけではない。社会的な差別や偏見も根強く残っている。ただし、それでも違憲判決がもたらす変化は重要だし、エイズの流行が社会と性との関係に与えた影響もまた小さくない。

「医療や支援の活動を続けていけば、男性が男性を愛するということを認めずに避けて通るようなことはできなくなる」とグプタは指摘する。彼の作品「マルホトラのパーティ」にはデリーの川の畔に集まった同性愛者が写されている。

 

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「インドではゲイやレズビアンが集まれる場所がなかったので、川のほとりでパーティが開かれるという情報が流され、そこに人が集まる。20年前にはその人々を撮影することはできなかった。いまは堂々と顔をあげて写真に撮られている。この変化は大きい」

 グプタが80年代にロンドンで展示した「ボディ・ポリティックス」という作品はそうしたパーティに集まるゲイ男性の姿を背中から撮影している。正面から撮影することはできなかった。ロンドンでは当時、「オリエンタリズムに過ぎる」と批判を受けたが、グプタは「とんでもない」と反論する。それは欧米とは異なる社会におけるゲイの存在を示すものであっても、グプタにすれば異国趣味などというものではまったくない。

16歳の時にインドを離れていなかったら、いまの自分はどうなっていただろうか」とグプタは振り返る。彼と同年配のゲイの男性のほとんどは、女性と結婚していまは孫もいる。それは「本来の自分の人生をあきらめざるを得なかった人」が何百万人もいたということでもある。

「マルホトラのパーティをいま、インドから紹介できることを誇りに思う」とグプタは語った。まっすぐにカメラを見つめて川のほとりに立つ若者の表情も、背景にある美しい風景も、撮る人と撮られる人との物語の中で、くっきりと鮮やかさを増して伝わってくるように感じられないだろうか。

(注)この高裁判決に対しては、上訴審で20131211日、インド最高裁が同性間の性交渉を違法とする判断を示し、少なくとも司法レベルでは、逆戻りしたかたちになっている。国際エイズ学会(IAS)は直ちにこの最高裁の決定に深い憂慮を表明し、インドのプラナブ・ムカルジー大統領に宛てて「HIV対策を妨げる差別的法律を改正し、性的指向にかかわりなくインドのすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置をとること」を強く求める公開書簡を出している。

 http://asajp.at.webry.info/201312/article_4.html

インド政府は「高裁との意見の相違はないとして、上訴には加わっていなかった」ということで、現状は行政と司法との見方にねじれが生じている印象だが、差別的な法律の撤廃という大きな流れは変わらないと思われる。

これはインドに限ったことではなく、ソチ五輪開催中のロシアの例でも分かるように「HIV対策を妨げる差別的法律の改正」や「性的指向にかかわりなくすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置」に対し反発する感情や動きは依然、世界の各地で根強く残っている。このことはHIV/エイズ対策の観点からも引き続き認識しておく必要がある。

それでは日本はどうなのだろうか。2020東京五輪の開催が決まった現在、「性的指向にかかわりなくすべての人たちの尊厳と人権が守られるための是正措置」は重要な内政上の課題になっていくのではないかと思われる。五輪開催のちょうど10年前に東京都写真美術館で「ラヴズ・ボディ」展が開かれたことは、いまにして「ははあ~ん」と膝を叩きたくなるような象徴的かつ重要な意味を帯びてきた感じもする。

 

 

 

◎それでも世界は ラヴズ・ボディ6 エイズと社会ウエブ版36 2010.10.31

 エイズアクティビストの張由紀夫は学生時代の1993年、京都のギャラリーでアルバイトをしたのがきっかけになり、ダムタイプというアーティストグループと知り合った。その中心的メンバーである古橋悌二が同性愛者である自らのセクシャリティHIV感染のカミングアウトを行っていたことが、彼に強い影響を与えた。古橋がエイズによる敗血症で95年に亡くなり、それを看取ったことから「バトンを受け取ったような気持ちで、今日まで活動を続けてきた」と張由紀夫は語っている。

ハスラー・アキラ99年ごろから数々の作品を発表しているアーティストであり、実は張由紀夫と同一人物である。もちろん、エイズアクティビストとしての日常とアーティストの活動が切り離されて(あるいは切り分けられて)存在しているわけではないし、その作品も21世紀初頭の日本の現実の中で、エイズの流行に直面するということがどういうことなのかを色濃く反映しているものが多い。

ただし、2つの名前を持つ存在が完全に同一であるのかと改めて問われると、そこには微妙な差異があるような気もしてくる。たとえば、張由紀夫とハスラー・アキラとが有する人のネットワークは、重なり合うようでいて同一ではなく、そのネットワークの豊潤さからあえて焦点を求めようとしても、それが一人の人物に収斂していくとは限らない。同一の人物によって形成されているネットワークでありながら、2つの焦点を持つ楕円のような構造がそこには存在するのではないだろうか。

あくまで仮定の上での話ではあるが、東京都写真美術館の『ラヴズ・ボディ』展で張由紀夫/ハスラー・アキラの作品が連名で提示されているのも、そうした微妙な楕円形感覚があるからだろう。

 厚労省エイズ動向委員会報告では、国内の新規HIV感染者報告の約7割、エイズ患者報告の約5割は男性の同性間の性行為が感染経路であると考えられている。おそらくは報告が示唆する流行の現状に対応するためにということなのだろうが、張由紀夫によると、HIV/エイズに関連する政府の予算も、個別施策層としてのゲイコミュニティを対象にした予算と一般の予算が切り分けられ、「一般の中にはゲイが存在していないと考えられている」という。

より現実に即した対策を目指すための手法が、政策の意図を超えて、あるいは政策の意図に内在化されたかたちで、性的な少数者に対する新たな排除の感覚を生み出していく。エイズアクティビズムの中で張由紀夫が感じるそうした危惧を踏まえ、ハスラー・アキラは「今回の展覧会が開催されたことの意義」を強調しつつ、次のように語る。

 「昨年の新型インフルエンザの流行に対する社会の対応は80年代のエイズパニックと同じなのではないかと感じざるを得ない。誰が犯人かを捜しだして排除する。感染症の流行に対するこのような感覚において日本の社会はほとんど変わっていない。その状況が怖い。過剰なまでに予防が強調され、無菌室のような空間や時間を作ることを理想とするような怖さを感じた」

 人から人へと感染する疾病の流行は、コミュニケーションと深くかかわりのある現象でもある。つまり、社会の中に存在する人が他の人とまったく関係を持たない状況がありうるとすれば、病原体の感染もまた成立しない。RED STRING(赤い糸)と名付けられたハスラー・アキラの作品の前に立つと、「それでいいのか」と問いかけられ、一瞬の困惑に投げ込まれる。

たとえば、抱き合って横になっている男性2人の人形は、指と指とを絡めた手のまさにその指先のみが赤く塗られ、血の色を連想させる。エイズの病原ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)は日常の生活では感染しませんということが予防啓発のメッセージとしてしばしば語られる。ここでいう「日常の生活」には「性行為を除いては」という注釈が必要だろうが、それは別にしても、日常の生活で絶対に感染は起きないのかと詰め寄られれば、「そんなことはありません」と答えざるを得ない。指先に出血を伴うような傷口がお互いにあれば、握手で感染することだってありうるではないか。

 あるいは、男女が並んで歩いている人形がある。その2体の人形を結ぶ赤くて細い糸はさらに後方に伸び、後をついてくる犬につながっている。てっきり若いカップルが犬を連れて散歩をしているところではないかと思って犬の人形をよく見ると、赤い糸は犬の首輪につながれているのではなく、犬が端をくわえている。

つまり、犬は細く伸びた血の糸を噛んでいるのだ。のどかに見える散歩の風景が一転してまがまがしい情景に変化していく。

(注)作家本人に確認したら、これは散歩ではなく台所に立っているところで、人形は玉ねぎと包丁を持っているのだという。まいったね。アートのたくらみについていくのはなかなか大変だ。ただし、台所の男女もまた、まがまがしく見えるものではないので、血の糸が介在して生まれる状況の変化は散歩の想定と基本的に変わらないと考えていいだろう。

 HIV感染を心配する人から相談を受けた経験がある人の話では、抱き合うだけで感染することはありませんよと説明しても、「万が一、こういうことがあったら」「それでも万が一・・・」と容易に納得してもらえないことがまれにあるという。万が一のケースを想定していけば、もちろん日常の生活の中でもHIVに感染する可能性はある。その万が一すら起きないように、絶対の安全の保障を世の中が求め始めたらどうなるのか。「感染が起きるということは、人々が出会ったり、触れ合ったり、何がしか関係を持つことです。それを否定することは、人間の社会に闇を作ることではないか」と張由紀夫/ハスラー・アキラはいう。

RED STRINGとともに『ラヴズ・ボディ』展に出品されているビデオ作品の中で、彼は次のようなメッセージも送り出している。

 

だけど忘れないで

それでも世界は

愛に溢れているんだ

 

 HIV治療の進歩と予防の重要性を強調するあまり、エイズの流行という現象のすべてを技術的に処理できるといわんばかりの言説をためらいもなく披瀝してはばからない世の中だからこそ、韜晦に逃れることなく、「触れ合いを肯定的に伝えたい」という張由紀夫/ハスラー・アキラの直截なメッセージは貴重である。