UNAIDSハームリダクション報告書『害をなすなかれ:健康、人権と薬物使用者』 エイズと社会ウェブ版242

 薬物使用者へのダメ絶対型の厳罰化政策と安全な注射針の提供やオピオイド代替治療などのハームリダクション(被害軽減)政策のどちらを選択するか。これは世界のエイズ対策関係者が国際会議などの場で長年にわたって議論してきた課題です。「もちろんハームリダクションでしょう」というのが最近の世界の趨勢ではないかと私は思っていたのですが、必ずしもそうとも言えない面もあります。

 6月の「エイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合(HLM)」では、準備段階で公表された政治宣言ゼロドラフト(最初の宣言草案)の中のハームリダクションの記述が、実際の宣言では大幅に削減され、トーンが弱められていました。日本からハイレベル会合に参加したNPO関係者の話では、ハームリダクション政策を望まず、薬物使用に対する厳罰化を優先させている国からの強力な巻き返しがあった結果だということです。
 個人的な感想で恐縮なのですが、ハームリダクションの必要性は理解できると思いつつ、でも取締りも必要だよねという感覚も実は私にはあります。理解はできても、どうも腑に落ちていない。そんなもやもやを払うといいますか、情においても分かると思えるような魅力ある、そして心が締め付けられるようでもある議論が8月5日のAIDS文化フォーラムin横浜の開会式直後のトークセッションで展開されました。

 そのときの感想は当日、大急ぎで書いてコミュニティアクションのFetures欄に掲載染ましたのでご覧下さい。 

www.ca-aids.jp

 例によって前置きが長くなりました。すいません。でも、ハームリダクションって何? 実は分かっているつもりで、あまり分かっていないよね(注:ついつい池上彰さんのような言い回しになってしまいましたが、あくまで、私個人のレベルでの話です)・・・ということで、国連合同エイズ計画(UNAIDS)が今年4月15日に発表した報告書『Do no harm: health, human rights and people who use drugs(害をなすなかれ:健康、人権と薬物使用者)』を紹介します。

  

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 とはいえ、大部の英文報告書を全部、読む能力も忍耐力もなく、当日のプレスレリースと報告書の中の5項目の政策提言、10項目の実施提言の日本語仮訳を作成し、エイズソサエティ研究会議HATプロジェクトのブログで2回に分けて掲載しました。少し時期が遅くなりましたが、悪しからず。


 ・Do No Harmプレスリリース
    http://asajp.at.webry.info/201608/article_4.html
  ・5項目の政策提言と10項目の実施提言
  http://asajp.at.webry.info/201608/article_5.html

 ニューヨークの国連本部では4月19日~21日の3日間、国連薬物問題特別総会(the United Nations General Assembly Special Session on the World Drug Problem)が開かれています。それにあわせてUNAIDSがまとめた報告書です。
《UNAIDS報告書は、エビデンスをもとに各国が薬物使用者のHIVの流行を縮小に転じるために採用すべき5項目の政策提言と10項目の実施提言を示している。その中には一定規模までハームリダクション・プログラムを拡大することや個人使用目的での薬物の所持・使用の非犯罪化などが含まれている》(プレスリリースから)

 同じくプレスリリースには、報告書の内容を紹介したこのような記述もあります。
《人びとを中心にしたプログラムは、人道的かつ保健指向であると同時に費用対効果が高く、薬物犯罪の減少や医療保健システムの負担軽減といった社会的な波及効果も大きい。たとえば、オーストラリアでは注射針・注射器交換プログラムへの投資1ドルにつき、生涯医療費が5.50ドル節約できると試算されている。オピオイド代替治療はHIV感染を減らすことで、高い費用対効果を示している。より広範な保健、経済、心理、社会的な利益を計算に入れれば、その利益はさらに大きくなるはずだ》

 こうした考え方は「エイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合(HLM)」の準備段階の議論にも色濃く反映されていたのですが、こちらの会合では有力国を含む一部国連加盟国の巻き返しにあって、後退を余儀なくされる結果になりました。それもまた、いまの世界の現実です。
 ただし、宣言における後退は、会合の場で各国代表がそれぞれ演説の中で表明した方針によってかなりカバーされている面もあります。日本も含む国連加盟各国が、HLMの結果をどう国内政策に生かしていくか、それを中心に考えれば重要なのはむしろこれからでしょうね。