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予防指針と世界の動き 第1回エイズ・性感染症に関する小委員会 傍聴記3

 予防指針改正に向けた議論はスタートしたばかりなので、外野席からあれこれ注文をつけるのもはばかられるのですが、憎まれっ子、世にはばかるというしゃれにならない現実もあります。この際、気が付いたこと、感じたことはメモにしておきましょう。

 予防指針小委員会の傍聴報告記というよりも、傍聴感想記ですね。この暮れの忙しい時期に時間と暇を持てあましている方は、客観性にはかなり疑問符がつくという前提でお読みください。前回は以下のような感想も書きました。

《日本国内の、エイズの流行への対応には国際的なエイズ対策の動向が大きく反映されています。そのことがいまなお、総体としては国内のHIV感染の拡大が「低流行期」のレベルになんとか踏みとどまっている大きな理由の一つではないかと私はこれまでの取材体験から感じてもいます》

 実際のところ、どうなの?ということで10月に日本公衆衛生学会のシンポジウムに参加した際の年表を参考までに掲載します。 

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  エイズ予防法は1987年のエイズパニックの最中に法案が作成され、すったもんだの末にほぼ2年後の89年2月に施行されました。個人的にはわが国がエイズ政策を進める上で必要な法律だったと思いますが、予防面が強調されている半面、治療や支援の提供の必要性に関しては現在から見ると、弱いように感じます。

 エイズ問題総合対策大綱は87年2月24日のエイズ対策関係閣僚会議の初会合で決定されています。自民党エイズ問題小委員会で医師出身の参院議員が「1人の人権を尊重するあまり、99人の生命が脅かされるようでは大問題」といった発言を行い、物議をかもした6日後ですね。実は私も、そうした発言に「そりゃま、そうかもしれない」などと思ってしまう浅はかな記者の一人でした。

 この大綱は92年3月に改訂され、HIV陽性者への支援や社会的な偏見、差別の解消の必要性が強調されるようになりました。

 94年8月の第10回国際エイズ会議(横浜)では準備段階で、国内の著名な医学者たちが、HIV陽性者やNGOが集まる会議などにはせず、純粋にサイエンティフィックな学会とはどういうものか、世界に見せてやろうなどと語っていました。

 こうした日本の状況に対し、当時の国際エイズ学会(IAS)のピーター・ピオット理事長と世界保健機関(WHO)世界エイズプログラム(GPA)のマイケル・マーソン部長が、それなら、会議は横浜でなく、バンコクに移しましょうかとプレッシャーをかけています。ピオット博士らが提示した開催の条件は、(1)組織委員会のもとに事務局と同格のコミュニティ・リエゾン・オフィスを設け、HIV陽性者、エイズ関連NGO関係者の参加促進をはかること、(2)そのオフィスの代表には日本で活動するエイズ分野のNGOの代表的人物を任命すること、の2点でした。

 当時、横浜会議の事務局長だった山形操六エイズ予防財団専務理事が三顧の礼をもって迎えたリエゾンの代表が池上千寿子さんです。

 横浜会議の閉会式ではフランスのシモーヌ・ヴェイユ保健相が11月30、12月1日のパリエイズサミットへの参加を聴衆に呼びかけました。実は私は当時、日本にいなかったので横浜会議の現場にはいませんでしたが、会議の様子は旧知のエイズ対策関係者からほぼリアルタイムに近いかたちで教えてもらうことできました。

 パリエイズサミットで採択された共同声明の中のGIPA原則はその後の世界のエイズ対策の重要な骨格をなす宣言です。この際、パリ共同声明のGIPA宣言のくだりも紹介しておきましょう。

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 書き始めるときりがありませんね。99年4月に旧伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法の3法を廃止統合した感染症法が施行され、10月にはエイズ予防指針が告示されています。感染症法は旧予防3法に比べ、患者に対する医療やケアの提供を重視した法律です。エイズ予防指針にも治療、ケア、支援の提供がなければ予防は成り立たないという基本に立って個別施策層のコンセプトが導入されました。ゲイコミュニティのアクティビストが粘り強く厚労省の担当者と交渉を重ねた成果だと言われています。

 2001年には国連エイズ特別総会が開かれ、コミットメント宣言が採択されました。以後、この宣言は5年ごとに検証され、新たな政治宣言が採択されています。

 国内の予防指針も5年をめどに見直しを行うことになっており、実際には見直し作業が毎回、1年ほど遅れ気味になっていることから、国連の新たな政治宣言の採択と国内の予防指針の改正は同じ年、もしくは1年以内の誤差で行われるようになっています。

 世界のエイズ対策の大きな流れと日本国内のエイズ政策がほぼ同じ方向性を維持してきた背景にはこうした時系列的な事情もあります。もちろん、さらにその背景には保健医療、社会開発の両分野で海外の動向にも常に目配りを続けてきた医学者、アクティビスト、そして強いてムリムリに付け加えればジャーナリストといった人たちの存在も見逃せません。

 ・・・ということで、今回の予防指針改正の背景はどうなるのか。前にも書いた「エイズ対策の医療化」といった傾向が気になりますが、これについては今年6月のエイズ終結に関する国連総会ハイレベル会合の政治宣言を参考にすべきでしょう。HATプロジェクトの2016年7月のところで、5回に分けて日本語仮訳を掲載してあるので、ご関心があるかたはご覧下さい。

 http://asajp.at.webry.info/201607/index.html

 読まないと思うけど、念のため。