T as P 予防としての治療
U=U 検出限界値以下なら感染しない
Living Together 私たちはもう一緒に生きている
同じようなメッセージを伝えているように見えますが、同じではない部分もあります。逆にいえば、同じでない部分もあるということは、メッセージとしての共有部分が大きいということでもあります。その共通の部分を重視するか、微妙ではあっても異なる部分の意味の相違にあえて重点を置くのか。
HIV/エイズ対策は広く社会の多くの人の理解と共感を得なければ進めていけません。同時にHIV感染の拡大を促す要因は、社会の中で比較的、少数に属する人たちが直面する課題に深くかかわっています。したがって、そうした諸課題への対応ももちろん不可欠です。
どちらを重視するかと言えば、それは両方です。どちらかではありません。だからこそメッセージは工夫に工夫を重ねる必要があり、そのベースとなる考え方も、経験の蓄積を踏まえつつ、深めていかなければなりません。
TOP-HAT News第129号は、必要な情報を分かりやすく伝えるために作成された『UPDATE! いくつ知っている?』という冊子を紹介しています。
T as Pも、U=Uも、それぞれ重要なメッセージなのですが、Living Togetherとはひとつ重要な相違があることにも留意しておくべきでしょう。
それは前の二つが治療の進歩を前提にしたメッセージであるのに対し、前者は有効な治療法がなかった時代に困難な流行と対峙する中で、その基本姿勢として生み出された考え方であるということです。
治療が進歩したのだから、もうLiving Togetherはいらないと言わんばかりの言動に接することも最近は(まれにですが)あります。決してそうではないということは改めて(そして何度も)強調しておく必要があるでしょう。T as Pも、U=Uも、Living Togetherという基本姿勢があって、はじめて成立するメッセージなのではないか、少なくとも私はそう思っています。
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第129号(2019年5月)
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TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。
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◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆
1 はじめに 必要な情報を分かりやすく
2 『U=U』と『LIVING TOGETHER』の麗しくも悩ましい関係
3 検査普及週間と検査相談月間
4 UNAIDSのミシェル・シディベ事務局長が退任
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1 はじめに 必要な情報を分かりやすく
ピンクの表紙に大きく『UPDATE! いくつ知っている? 』の文字。そして、その題字下には少し小さな文字でこう書かれています。
『エイズ対策はなぜか略字と数字のオンパレード、これじゃ何のことだか』
いやあ、確かに・・・とうなずかざるを得ません。
試みに『U=U』とか『PrEP』とか『90-90-90』とか、エイズ対策に深くかかわる人たちの間では比較的、当たり前のように使われるようになった用語について、街を行く人たちに尋ねてみてください。10人中おそらく8人、いや9人は「知らない」と答えるのではないでしょうか。
蛇腹式になったピンクの表紙のパンフレットは、4月28、29日に代々木公園で東京レインボープライド2019というイベントが開かれた際に、コミュニティセンターaktaとNPO法人ぷれいす東京が開設した合同ブースで配布されました。最近のキーワードを短く、そして分かりやすく伝える試みの一つです。
パンフはこちらのウェブサイトにも掲載されているので、ご覧ください。
https://aidsweeks.tokyo/update/
治療をめぐる最新のコンセプトを伝えるために、聞きなれない用語が次々に登場しています。医学研究の進歩がもたらした大きな成果というべきなのかもしれませんが、そのスピードに世の中がなかなか追いつけない側面もあります。
HIV/エイズに対する社会的な関心の低下が、予防対策の課題としてしばしば指摘されてきました。もっと、一人一人が自分のこととして関心を持つようにならないと・・・。
でも、それを世の中のせいにしてしまったのでは、そもそも啓発の意味がありません。たとえば、『U=Uについて説明してください』と急に言われたら、長くエイズ対策に取り組んできた人でも、けっこう焦ってしまうのではないでしょうか。
治療の進歩はHIV/エイズをめぐる現実を大きく変えてきました。その成果は、HIVに感染している人や感染の高いリスクに曝されている人に対する社会的な差別や偏見を解消するうえでも大きな力になります。
しかし、そうした進歩や変化を広く多数の人に伝えるにはどうしたらいいのか。この課題は依然、残されたままです。
その課題に対応するため、蛇腹のパンフには以下の6つのキーワードに『日本の現状』を加えた7項目が取り上げられています。絞りに絞った選択ですね。
・U=U
・LIVING TOGETHER
・90-90-90
・HIV check
・PrEP
・COMBINATION予防
印刷物として配布されたのは日本語版だけでしたが、ウエッブには英語版と中国語版も掲載されています。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、多言語による情報の発信もまた、重要な課題の一つですね。厚労省の委託事業としてaktaが運営しているHIV情報サイト『HIVマップ』には昨年11月からH.POTが開設されています。
『日本にいる、日本語を母語としないゲイ・バイセクシュアル男性のために、HIV/AIDSの基本情報をそれぞれの言語でまとめたウェブサイト』であり、11言語に対応しています。
HIV/エイズ情報を必要とする人たちのコミュニティ、関連分野のNGO/NPO、行政機関、研究者、企業などが協力して「必要な人に、必要な情報を、受けやすいかたちで」伝える試みは、少しずつではありますが、すでに始まっています。
2 『U=U』と『LIVING TOGETHER』の麗しくも悩ましい関係
もう少し蛇腹パンフの紹介を続けます。パンフに取り上げられた各項目には、それぞれ300字以内の説明が付けられています。例えば『U=U』は・・・
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体の中でHIVというウイルスが増えるのを防ぐ治療(抗レトロウイルス治療)を続けていれば、体内のウイルスの量を現在の検査方法では見つけられないほど減らすことができます。
英語ではそれをUndetectable(検出限界値以下)と呼んでいます。頭文字はUです。
その結果、HIVに感染していても健康な状態で生活を続けることができ、同時にセックスで他の人にHIVが感染することもなくなる。その事実が最近の数々の研究で明らかになりました。
つまり、感染が可能ではなくなるという意味からUntransmittableと呼ばれています。こちらも頭文字はU。治療の進歩が感染の予防にも役立つ。U=Uはそれを伝える重要なメッセージです。
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300字というのは、パンフレットを手渡され、さっと目を通すぎりぎりの長さ(短さ)でしょうね。それ以上、長くなるともう読まない。次のページもめくらない。
したがって、300字で説明しきれない場合には、次のページにバトンを手渡し、項目間の相乗効果で理解が深められるような工夫もなされています。
『U=U』の次のページには『LIVING TOGETHER』が登場します。こちらも紹介しておきましょう。
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治療の普及による予防効果はTreatment as Prevention(予防としての治療)の頭文字をとってT as Pと呼ばれています。U=Uはこの点に着目し、治療の進歩を生かしてHIV陽性者に対する偏見や差別を解消するためのキャンペーンです。
T as PもU=Uも極めて重要なメッセージなのですが、治療を受けているかどうかでHIV陽性者を分けてしまう側面もあります。
現実には、未治療の状態でも、コンドームや一般的な感染対策で予防は可能です。
『HIVを持っている人も、そうでない人も、まだ分からない人も、すでに一緒に暮らしている』Living Togetherのこのメッセージは、U=Uとあわせ、ますます重要になっています。
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メッセージの比較が成立することで、『U=U』の可能性とともに、危うさにも言及し、それは最後の『COMBINATION予防』にもつながっていきます。ページをめくるワクワク感が少し出てきました。
HIV/エイズ対策は一筋縄ではいきません。検査を受けようと呼びかけただけで、検査を受ける人が増えるわけではない。コンドームを使おうと言えば使う人が増えるとは必ずしも言えない。ほぼ40年にわたるHIV/エイズ対策の長い経験の蓄積を生かし、キャンペーンの説得力を高めていくには、『U=U』も『Living Together』も『COMBINATION予防』も含めた重層的なメッセージが今後、ますます求められていくことになりそうです。
3 検査普及週間と検査相談月間
6月は東京都のHIV検査相談月間です。また、その最初の1週間である6月1日から7日までは、厚生労働省と公益財団法人エイズ予防財団が主唱するHIV検査普及週間でもあります。HIV検査は重要ですが、普及にはまず、検査を受けようかな、どうしようかなと迷っている人に適切な情報が伝わるような仕組みが必要です。迷ったら相談。どこに行けば、あるいはどこに連絡をとれば、相談することができるのか。
その入り口が大切になります。
4 UNAIDSのミシェル・シディベ事務局長が退任
国連合同エイズ計画(UNAIDS)のミシェル・シディベ事務局長が突然、退任し、母国マリの保健社会福祉大臣に就任しました。UNAIDSの公式サイトには5月8日付で『ミシェル・シディベ氏がマリの保健社会福祉相に任命されたことを祝福』とのプレス声明が掲載されています。
今回の退任自体は突然ではありますが、シディベ氏はもともと6月末に事務局長を辞めることが決まっていました。昨年末の段階で、UNAIDS事務局内のセクハラ疑惑への対処をきっかけにした外部委員会の調査により、強権的で身勝手な組織運営を厳しく批判されていたからです。
調査報告書は即時辞任を求める内容でしたが、シディベ氏はこれに対し、2019年末までだった任期を半年、前倒しして6月に退任することを明らかにし、昨年12月の理事会で承認されています。即時辞任ではなく、6月末まで留任する理由は『指導者の秩序ある交代』を果たすためとしていたのですが、その『秩序ある交代』などお構いなしに母国の閣僚ポストに就く結果となりました