『なおウイルス抑制には至らず』 エイズと社会ウェブ版374

 抗レトロウイルス治療(ART)を続けていれば、HIVに感染した人の体内のウイルス量は極めて低い状態に維持される。その結果、治療を受けているHIV陽性者の健康状態を良好に保ち、同時に他の人に性行為でHIVが感染することも防ぐことができる…。

国連合同エイズ計画(UNAIDS)が提唱するケアカスケードの90-90-90ターゲットは、治療と予防の両面でのこうした成果を目指し、「公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」につなげていこうとする戦略です。

では、その目標はいま、どこまで到達できているのでしょうか。

UNAIDSの公式サイトでは、現在の入手可能な最新の推計データをもとに2017年時点の状況が紹介されています。世界のHIV陽性者のうち、体内のウイルス量が抑制されている人の割合は47%ということです。

『なおウイルス抑制には至らず』というタイトルが示すように、期待通りの成果が上がっているわけではありません。

 時系列的に直近の3年間で比較すると、2015年は38%2016年は43%ということなので、体内のHIV量が検出限界値未満となっている人の割合が着実に増加を続けてはいるものの、なお半数を超えるには至らずという状態です。UNAIDSは検査、治療、ウイルス抑制という3段階のギャップを示し、どこがネックなのかを説明しています。

 最も大きいのは検査ギャップで、推計によるとHIV陽性者のうち25%は検査で自分が感染していることを確認できていません。

次いで、治療ギャップ(検査で陽性と分かっても治療を開始していない人)が16%、ウイルス抑制ギャップ(治療を開始したもののウイルス抑制には至っていない人)が11%ということです。

ウイルス抑制ギャップは、HIV陽性者全体に占める割合としては最も小さいのですが、他の2つのギャップが検査や治療の普及キャンペーンで縮小傾向にあるのに対し、3年間ずっと11%で横ばい状態が続いています。

日本の場合は、HIVに感染していることが分かれば、治療につながり、ウイルス抑制を果たせる人が多いので、検査を必要としている人たちにどうすれば検査を受けてもらえるようにできるかということが喫緊の課題とされています。

ただし、事情は世界各地で異なります。

今後はいかに安定的に治療を継続し、ウイルス量の抑制を維持できるかどうかが最も大きな課題になる。とくに途上国ではそうした国々が増えてきそうです。予定調和的に流行の終結が待っているわけではありません。

   ◇

37日追加分

ここでFacebookでこの記事を紹介した際のU=Uに関する追加コメントを掲載しておきます。

HIV感染にまつわる偏見や差別の解消を目指すうえで、U=U( Undetectable = Untransmittable、検出限界値未満なら感染しない)は有効なメッセージだという主張があります。実際に有効なメッセージになるようにする努力は必要かつ重要です。

ただし、世界の現状を見ると、U=Uに該当する人はHIV陽性者全体の47%にとどまっています。

U=Uに当てはまる人と当てはまらない人を分断するメッセージにならないようにすること、あるいはそうしたメッセージにしたくなる誘惑に抗うことも、メッセージを伝える際に考えておくべき努力の一部でしょう。

そんなこと、あんたに言われなくても分かってるよとお叱りを受け、不興を買うことになりそうですが、私の場合、以前、勤務していた会社でも不興は買いまくっていたので、慣れています。したがってこの際、これもあえて言っておこう。

U=Uは有効であり、魅力的であり、かつ危ういメッセージでもあります。使う人の立場によって異なる意図で使われることもあります。

それを承知の上で、使える場面で有効性を発揮できるように使っていこう。


    ◇

 以下、UNAIDSのサイトに掲載された記事の日本語仮訳です。重複になりますが最後は次のような指摘で結ばれています。

『治療を受けているHIV陽性者の90%がウイルス抑制を果たすという2020年ターゲットに世界全体が実現するには、HIV関連のスティグマと差別に取り組むこと、治療継続を支援すること、ウイルス量のモニターを行い、治療がうまくいかなくなれば迅速に把握して対応することが必要です』

これは日本にもあてはまりますね。

 

www.unaids.org

 

なおウイルス抑制には至らず

 UNAIDS 201934

 

 

 HIV陽性者が自らの健康状態を保ち、他の人への感染を防ぐには、抗レトロウイルス治療を続け、体内のHIV量を検出限界値未満もしくは非常に低いレベルに抑えた状態を維持する必要があります。ただし、データ入手が可能な最新年である2017年の場合、ウイルス量の抑制を果たしている人はHIV陽性者全体の半数以下にとどまっています。

 ウイルス量抑制を阻んでいるのは、3つのギャップです。(下記グラフ参照)

 

  検査ギャップ:検査を受けていないので、自らの感染を知らない状態のHIV陽性者

  治療ギャップ:感染の告知は受けたが、治療を開始していないHIV陽性者

  ウイルス抑制ギャップ:治療は開始したけれど、ウイルス量の抑制には至っていないHIV陽性者

 

圧倒的に大きいのは検査ギャップです。2017年時点で、HIV陽性者の4分の1が自らの感染を知らずにいます。さらに、感染を知っているけれど治療を受けていない人が16%、治療を受けていても抑制には至っていない人が11%を占めています。 

 

f:id:miyatak:20190305202458p:plain

 HIV感染を知らない人の割合が最も大きいとはいうものの、最近はウイルス抑制ギャップも課題としてより顕著になってきました。HIV感染を知っている人の割合と治療のカバー率の拡大は以前より進んでいます。HIV陽性者のうちのウイルス抑制ギャップの割合だけが11%で横ばいのままとなり、結果としてウイルスを抑制できていないHIV陽性者の中でのウイルス抑制ギャップの占める割合は、2015年の18%から2017年の21%へと拡大しています。(下記の図を参照)

 

f:id:miyatak:20190305202539p:plain

  治療を受けているHIV陽性者の90%がウイルス抑制を果たすという2020年ターゲットを世界全体が実現するには、HIV関連のスティグマと差別に取り組むこと、治療継続を支援すること、ウイルス量のモニターを行い、治療がうまくいかなくなれば迅速に把握して対応することが必要です。

 

 

Not there yet on viral suppression

04 March 2019

 

For people living with HIV to remain healthy and to prevent transmission, the HIV within their bodies needs to be suppressed to undetectable or very low levels through sustained antiretroviral therapy. In 2017—the year for which the most recent data are available—less than half of all people living with HIV were virally suppressed.

There are three gaps on the path to viral suppression (see graph below):

 

The testing gap: people living with HIV who have not been tested and are unaware of their infection.

The treatment gap: people living with HIV who have been diagnosed but have not initiated treatment.

The viral suppression gap: people living with HIV who have initiated treatment but are not virally suppressed.

 

By far the biggest gap is the testing gap—one quarter of all people living with HIV were unaware that they were living with the virus in 2017. A further 16% were aware of their HIV status but not on treatment and an estimated 11% were on treatment but not virally supressed.

 

 

Although the gap in knowledge of HIV status is the largest, the viral suppression gap is growing more prominent. Knowledge of HIV status and treatment coverage has increased more rapidly than viral suppression. As a result, the percentage of people of people living with HIV and on antiretroviral therapy who are not virally suppressed has remained static at 11% in recent years, and the viral suppression gap’s share of the total gap has grown from 18% in 2015 to 21% in 2017 (see graph below).

 

 

Addressing HIV-related stigma and discrimination, providing treatment adherence support, monitoring viral load suppression and responding quickly to evidence of treatment failure can bring the world closer to the 2020 target of viral suppression among 90% of people living with HIV on treatment.