HIVとオリンピック・パラリンピック5 『ソチ五輪とオリンピック憲章』

 

ソチ五輪とオリンピック憲章

 20142月に開かれたソチ冬季五輪はロシアにとって、旧ソ連時代のモスクワ五輪以来36年ぶりに国内で開かれるオリンピックだった。日本で平成という時代がスタートしたのと同じ1989年から始まった冷戦終結ソ連崩壊という世界史的な大激変を挟み、国際環境も大きく変わった・・・はずだったが、ソチもまた、政治に翻弄される五輪となった。

同性愛者に対し抑圧的な政策で臨むプーチン政権に欧米諸国から批判があがり、米国やイギリス、フランス、ドイツなどの首脳が開会式に参加しないことで抗議の意を表したからだ。

 ロシアのプーチン政権は20136月、ロシア同性愛宣伝禁止法を制定した。厳密にいえば同性愛を禁止する法律ではなく、青少年に同性愛を容認するような宣伝行為を禁止し、違反者には罰金刑を科すという法律なのだが、性的少数者の団体や同性愛者のためのHIV性感染症クリニックの活動は困難になり、閉鎖に追い込まれる例も多くなった。このことはHIV/エイズ対策の成否を左右する「キーポピュレーション」へのHIVサービス提供を妨げ、ロシア国内でHIV感染の流行拡大を促す結果を招いている。

 法成立の経緯については、日本の国立国会図書館が発行する『外国の立法』20138月号にも『【ロシア】ゲイ・プロパガンダ禁止法の成立』として紹介されている。最後の『法改正への評価』にはこう書かれていた。

『ロシア政府は、ゲイ・プロパガンダ禁止法は児童の精神的発達を守ることを目的としたものであり、同性愛者そのものを弾圧するものではないとしている』

『しかしながら、ゲイ・プロパガンダ禁止法ではどのような行為が具体的に宣伝行為 プロパガンダ)に該当するのかが明示的に示されておらず、当局者によって恣意的な運用が行われる可能性も指摘される』

(注10)【ロシア】 ゲイ・プロパガンダ禁止法の成立

http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8262622_po_02560207.pdf?contentNo=1

 まさにその恣意的な運用を欧米の首脳は看過できなかったのだろう。付け加えておくと、日本からは安倍晋三首相が開会式に出席し、異なる対応を示した。

 ソチ五輪から10カ月後の201412月にモナコで開かれたIOC総会では、オリンピック憲章が改正されている。前文にある7項目の根本原則のうち第6項に性的指向や言語、出自などが加わった点が大きな改正点だった。

 

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(注11 日本オリンピック委員会公式サイトから

www.joc.or.jp

 

 

また、この総会で採択された40項目(20+20)の提言『アジェンダ2020』でも、『IOCはオリンピズムの根本原則第6項に性的指向による差別の禁止を盛り込む』と明記された。

2020年の東京オリンピックパラリンピック開催は20139月のIOC総会で決定しているが、その翌年の憲章改正も開催の前提条件となることは改めて指摘するまでもないだろう。改正前に決定している大会だから、大目に見ましょうなどということにはならない。

一方で、厚労省エイズ動向委員会の報告によると、わが国の新規HIV感染者報告の7割以上は男性間の性感染で占められている。

(注122016エイズ発生動向年報

 http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/16nenpo_menu.html

性的少数者への偏見や差別が根強く残る社会では、それが感染を心配する人たちの検査や治療へのアクセスを妨げ、効果の高い対策の実施を妨げる要因になる。

抗レトロウイルス治療が目覚ましく進歩し、治療の普及がもたらすHIV感染の予防効果に関しても数多くのエビデンスが報告されていながら、現実にはHIVの新規感染は2010年代の前半に期待されていたほど減少してはいない。したがって、少なくとも現時点では、公衆衛生上のエイズ流行終結という大目標への軌道には乗っていないことが最近はしばしば指摘されるようになった。

では、それはどうしてなのか。世界が共有し、日本国内でも直面しているこうした課題への関心が、五輪を機に国内でも一層、広がることを期待したい。