職場で何が必要か VCT@WORKのHIV検査戦略から エイズと社会ウェブ版300 

昨日、プレスリリースを紹介した国際労働機関(ILO)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告書『VCT@WORK 就労者のための個人情報を守る自発的HIV検査とカウンセリング』の最初の部分を日本語に訳してみました。

 ILOの公式サイトにPDF版で掲載されている報告書は全部で20ページ(実質19ページ)ありますが、ここで訳したのはそのうちの2ページと数行なので、ごく一部ですね。ただし、この部分にVCT@WORKの基本戦略が8項目にわたって掲載されているので、計画の趣旨がおおむね把握できるのではないかと思います。

 VCT@WORKは90-90-90ターゲットの最初の90の達成のために職場における検査を活用しようというキャンペーンです。報告書にはこう書かれています。

 『90-90-90治療ターゲットの達成、中でもHIV検査の普及にもっと具体的に貢献することを目指し、 ILOとUNAIDS、国際経営者団体連盟(IOE)、国際労働組合総連合(ITUC)は2013年6月のILO総会で、VCT@WORK計画を発足させた』

 日本でも企業の健康診断にHIV検査を入れればいいという意見はずっと以前からありました。しかし、「隠れているHIV感染者を手っ取り早く掘り起こせ」みたいな発想がその背後にちらついていて、どうも強制検査、義務的検査の変形バージョンのような印象が払拭できません。個人的にはVCT(自発的検査とカウンセリング)を基本とするHIV検査の原則に抵触する印象を受けます。

 それではVCT@WORKはその「VCT」の部分をどう保証していくのか。この点は気がかりですね。先ほど少し紹介した基本戦略(戦略的な8つの柱)には、そのあたりにかなり目配りしている様子がうかがえます。以下の8項目です。報告書には簡単な解説もついています。

 ・アドボカシー・コミュニケーション・トレーニング

 ・エビデンスに対する十分な配慮

 ・人権に基づくアプローチ 

   ・複数疾病の検査

 ・戦略的パートナーシップ 

 ・HIVエイズのメインストリーム化

 ・モニタリングと評価

 個人的には「そうかぁ、なるほど」と思える項目も、「何を言っているのかよく分からない」という項目も、「例によって紋切り型」の項目もあります。その中で最も注目したいのは最初の『アドボカシー・コミュニケーション・トレーニング』でしょうか。以下のように説明されています。

 『この計画は職場でのスティグマと差別の解消を目指すILOのコミュニケーションキャンペーン ― 職場におけるセロ実現 ― の一環として進められている。慎重に検討されたコミュニケーション戦略に基づき、「早期HIV検査の利益」はHIVに感染していることが分かった場合の「就労者の権利の保護」があって初めて得られるという基本的な考え方を伝えるメッセージが発信されているのだ。HIV検査の促進に取り組むには、ピアエデュケーションの手法を採用し、職場における行動変容コミュニケーションの努力をしっかりと積み重ねていかなければならない』

 とくに『「早期HIV検査の利益」はHIVに感染していることが分かった場合の「就労者の権利の保護」があって初めて得られる』という部分は、企業が何らかのかたちで検査に関係する機会があれば、しっかりと強調しておく必要があります。

 『人権に基づくアプローチ』はいわば大原則ですね。『HIV感染の有無にかかわりなく健康への権利、働く権利を尊重し、差別をなくすことは、計画の成功に不可欠の要素である』と指摘し、さらに『VCT@WORK計画の実施に際しては、世界HIV陽性者ネットワーク(GNP+)と協力して人権尊重の手引きとなる関係機関向け「VCT計画実施における人権の尊重:実務指針」も作成されている』ということです。

 もうひとつ、ここで注意しておきたいのは、報告の中の『計画は当初、30カ国で実施されたが、必要な資金を確保できる国は限られ、2016年時点の実施国数は縮小を余儀なくされている』という部分です。2016年現在で実施中の国は18カ国なので、12カ国は脱落したことになります。資金難がその理由とされていますが、流行のかたちによって、こうしたアプローチが向いている国と向いていない国があるのかもしれません。

 日本ではどうなのでしょうか。この点も先ほどの『「早期HIV検査の利益」はHIVに感染していることが分かった場合の「就労者の権利の保護」があって初めて得られる』という基本認識がまず必要です。

 また、『局限流行期の地域では、キーポピュレーションに焦点を当てる必要がある』(エビデンスに対する十分な配慮から)という指摘も日本国内での流行状況を考えると見逃せません。

 前置きが長くなりました。仮訳はHATプロジェクトのブログにも掲載していますが、ここでも再掲しておきます。

 

f:id:miyatak:20171021222642p:plain

VCT@WORK 就労者のための個人情報を守る自発的HIV検査とカウンセリング

  2016年12月現在の報告

http://www.ilo.org/global/publications/WCMS_583880/lang--en/index.htm

 

 2030年のエイズ終結はいま、国際社会の確固とした合意となっている。

 アジェンダ2030のターゲット3.3は、2030年までに公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行を終結に導くとしている。エイズ終結に向けたUNAIDS高速対応戦略(2016~21)は、2030年のエイズ流行終結を呼びかけている。2016年の国連総会ハイレベル会合で加盟国が採択したHIVエイズに関する政治宣言も2030年のエイズ流行終結を呼びかけている。

 エイズ終結にはHIV対策の高速対応が必要になる。90-90-90治療ターゲット 1は、2020年までに達成すべきその重要目標の一つとされている。だが、HIV検査が焦点となる最初の90には、目標と現実の間に大きなギャップがある。2016年UNAIDS報告では、HIV陽性者の約40%が自らの感染を知らずにいるのだ。

 90-90-90治療ターゲットの達成、中でもHIV検査の普及にもっと具体的に貢献することを目指し、 ILOとUNAIDS、国際経営者団体連盟(IOE)、国際労働組合総連合(ITUC)は2013年6月のILO総会で、VCT@WORK計画を発足させた。職場は男女就労者とその家族、コミュニティに対し、就労者が日常の多くの時間を過ごす場所であり、HIV検査サービスの特別な機会が提供できるからだ。

 計画は当初、30カ国で実施されたが、必要な資金を確保できる国は限られ、2016年時点の実施国数は縮小を余儀なくされている。高速対応を維持し、2016年に計画を実施している国は18カ国 2 となっている。

1 HIV陽性者の90%が自らのHIV感染を知り、感染を知った陽性者の90%が治療を受け、さらに治療を受けている人の90%が体内のウイルス量を低く抑えられるようにする目標

2 カンボジアカメルーン、中国、コンゴ民主共和国、エジプト、グァテマラ、ハイチ、ホンジュラス、インド、インドネシアケニアモザンビーク、ナイジェリア、ロシア、南アフリカタンザニアウクライナジンバブエ

 

 VCT@WORKの発足以来、就労者とその家族410万人がHIV検査を受け、10万3286人が治療につながっている。

  

VCT@WORK計画は以下の戦略的な柱により進められている:

 

アドボカシー・コミュニケーション・トレーニング この計画は職場でのスティグマと差別の解消を目指すILOのコミュニケーションキャンペーン ― 職場におけるセロ実現 ― の一環として進められている。慎重に検討されたコミュニケーション戦略に基づき、「早期HIV検査の利益」はHIVに感染していることが分かった場合の「就労者の権利の保護」があって初めて得られるという基本的な考え方を伝えるメッセージが発信されているのだ。HIV検査の促進に取り組むには、ピアエデュケーションの手法を採用し、職場における行動変容コミュニケーションの努力をしっかりと積み重ねていかなければならない。

 

エビデンスに対する十分な配慮 VCT@WORK計画は、鉱業、運輸、建設、保健、観光など一般人口層と比べるとHIVの影響を大きく受ける主要経済部門の就労者を含め、感染の高いリスクにさらされている集団に焦点をあてて進めるようエビデンスを重視する必要がある。移動、移住労働者もHIV検査促進の対象となることが多い。局限流行期の地域では、キーポピュレーションに焦点を当てる必要がある。

 

人権に基づくアプローチ HIV感染の有無にかかわりなく健康への権利、働く権利を尊重し、差別をなくすことは、計画の成功に不可欠の要素である。したがって、この計画は2010年の『HIV及びエイズ並びに労働の世界に関するILO勧告』(No.200)にもとづく人権の枠組みのもとで進められている。加えて、VCT@WORK計画の実施に際しては、世界HIV陽性者ネットワーク(GNP+)と協力して人権尊重の手引きとなる関係機関向け「VCT計画実施における人権の尊重:実務指針」も作成されている。

 

複数疾病の検査 HIV検査に対するスティグマを解消し、VCTサービスへの理解を広げるためにHIV検査は統合的かつ複数疾病の検査計画を通して進めていく。

 

戦略的パートナーシップ HIV検査、労働分野、国家エイズプログラム、HIV陽性者組織などのキープレーヤーとの戦略的パートナーシップを強化する。

 

HIVエイズのメインストリーム化 この計画はジェンダーの平等や多様性尊重、差別解消などILOの分野横断的な政策遂行課題の中に組み込まれている;また、他のILOのアウトカム(成果文書?)とも関連している:社会保護の土台を構築し広げる(アウトカム3);非公式経済の公式化(アウトカム6);労働査察を通した職場の法令順守(アウトカム7);容認できない労働形態からの就労者の保護(アウトカム8)。

 

モニタリングと評価 各国の国レベルでのエイズ対策における主要な検査プログラムやUNAIDSとの協力体制を強化し、就労者のためのHIV検査データの収集、分析を進め、各国のシステムの改善に生かす。

 

 

 

Voluntary Confidential Counselling and HIV Testing for Workers

 Report as of December 2016

 

There is a strong consensus within the global community to end AIDS by 2030. 

Target 3.3 of Agenda 2030 focusses on ending AIDS as a public health threat by 2030. The UNAIDS Strategy (2016 – 21) on the fast track to end AIDS calls for the end of AIDS by 2030. The United Nations Political Declaration on HIV and AIDS adopted by members States at the United Nations High Level Meeting in 2016 also calls for the end of AIDS in 2030. 

To end AIDS, the HIV response must be fast-tracked. The 90-90-901 treatment targets are one of the key targets to be achieved by 2020. The first 90 focusses on HIV testing. Critical gaps exist in HIV testing. In 2016, UNAIDS reported that approximately 40% of all people living with HIV did not know their HIV status.

To contribute concretely to the 90-90-90 treatment targets and more specifically to HIV testing, the ILO, UNAIDS, International Organization of Employers (IOE) and the International Trade Unions Confederation (ITUC) launched the VCT@WORK Initiative at the International Labour Conference (ILC) in June 2013. VCT@WORK was launched because the workplace offers unique opportunities to reach women and men workers, their families and communities with HIV testing services in locations where they spend most of their daily lives.

The Initiative was initially implemented in over 30 countries but shrinking resources necessitated the repositioning of the Initiative in a limited number of countries in 2016. Retaining the focus on fast track countries, the initiative was implemented in 18 countries2 in 2016.   

 

1 90% of all people living with HIV will know their HIV status, 90% of all people with diagnosed HIV infection will receive sustained antiretroviral therapy, and 90% of all people receiving antiretroviral therapy will have viral suppression

 2 Cambodia, Cameroon, China, Congo DR, Egypt, Guatemala, Haiti, Honduras, India, Indonesia, Kenya, Mozambique, Nigeria, Russia Federation, South Africa, Tanzania, Ukraine and Zimbabwe

 

Since its launch, 4.1 million workers and their families have taken the HIV test and 104,926 tested positive and 103,286 were referred for treatment. 

 

 

The Strategic Pillars of the VCT@WORK Initiative are highlighted below: 

 

Advocacy, Communication and Training: The initiative is built around the ILO’s communication campaign — Getting to Zero at Work —that focusses on reducing stigma and discrimination at work. In a carefully crafted communication strategy, messages are built around the ‘benefits of early HIV testing’ backed by the ‘protection of the rights of workers’ in case they are found to be living with HIV. HIV testing is supported by a strong behaviour change communication effort at workplaces, using a peer education approach. 

 

Evidence-informed: Evidence is used to ensure that the VCT@WORK Initiative focusses on populations most at risk including workers in key economic sectors such as mining, transport, construction, health, tourism, etc, with a relatively higher burden of HIV than the general population. Mobile and migrant workers are also often the focus of HIV testing initiatives. In concentrated epidemics, the focus is on key populations.  

 

Rights-based approach: The right to good health, right to work irrespective of the HIV status and ensuring non-discrimination are seen as critical elements to the success of the Initiative. Therefore, the Initiative is implemented within a rights-based framework following the principles as defined in  the ILO’s HIV and AIDS Recommendation, 2010 (No. 200). In addition, “Respecting human rights in the implementation of the VCT initiative: operational guidelines”  have been developed in partnership with Global Network of People Living with HIV (GNP+) to provide guidance to partners on respecting human rights in the implementation of the VCT@WORK Initiative. 

 

Multi-disease testing: HIV testing is promoted through an integrated and multi-disease initiative in order to de-stigmatize HIV testing and facilitate uptake of VCT services. 

 

Strategic partnerships: Strategic partnerships with key players, engaged in HIV testing initiatives, world of work actors, national AIDS programmes and organizations of people living with HIV are forged. 

 

Mainstreaming HIV and AIDS: The Initiative is embedded in the ILO’s work around the cross cutting policy driver of gender equality, diversity and non-discrimination; and is linked to different ILO outcomes: Creating and Extending Social Protection Floors (Outcome 3); Formalization of the Informal Economy (Outcome 6); Promoting workplace compliance through labour inspection (Outcome 7); and Protecting workers from unacceptable forms of work (Outcome 8). 

 

Monitoring and evaluation: Partnerships are strengthened with national AIDS programmes, key testing initiatives at the country level and UNAIDS to ensure that HIV testing data for workers is  collected, analysed and feeds into the national systems.