国際エイズ学会(IAS)のクリス・ベイヤー新理事長が第20回国際エイズ会議の閉会式で行った演説を部分抜粋し、少し長い解説とともにHATプロジェクトのブログに掲載しました。
http://asajp.at.webry.info/201407/article_19.html
当ブログでも再掲するとともに、少し補足しておきましょう。演説の中で、ベイヤー新理事長は、自らの性的指向を明示して次のように語っています。
《IASの歴史で初めて、私はゲイ男性であることを公表している理事長になります。友人や愛する人の多くが、効果のある治療法の開発を待つことなく亡くなっています。HIVサービスが必要な人、HIVサービスを求めている人のすべてをインクルージョンすることが私の理事長としての基本的な課題です》
横浜で国際エイズ会議が開催されたのが1994年8月で、IASは当然、それ以前からありました。つまり、その歴史は優に20年を超えているわけですが、そうだったんですか。やや意外でした。国際社会に過剰な幻想を持ってもいけませんね。インクルージョンはなかなか日本語に訳しにくい単語のひとつで、ちょっとトリッキーな言い方をすれば「排除を排して広く受け入れる」という考え方でしょうか。IASのインクルージョンも一段、階段を上がった印象です。ただし、理事長がどのような性的指向を有しているかということと、理事長としての業績の評価はまた別の話です。逆にいえば、いままでゲイ男性であることを明らかにしている理事長がいなかったからIASはダメだという話ではないし、逆にベイヤー理事長はゲイ男性なのだから、あまり業績について厳しい評価は控えようみたいなことにもなりません。
ベイヤー博士も、それは百も承知の上で、あえて自らのセクシャリティに言及したのではないかと思います。
もうひとつ。国際社会がHIVのパンデミックを軽視することへの危惧は、ミレニアム開発目標(MDGs)が2015年で終わりになるため、国連では現在、その後の新たな開発と貧困削減目標を定める「ポスト2015」の議論が活発になっています。その中でHIV/エイズ対策は大きく出遅れ、課題として重視されないで終わってしまう恐れもあります。
MDGsの中では、HIV/エイズ対策は目覚ましい成果をあげてきました。このことがポスト2015の文脈の中では、必ずしも強みとはならず、逆に他の分野からは「もうエイズ対策はいいでしょう。もっと他に力を入れるべき課題がたくさんあるのだから」みたいな突っ込みの材料を与えるかたちになってしまいました。「エイズの終わり」みたいなことを喧伝していたら足下をすくわれてしまった感じですね。国際社会は油断も隙もならないといいますか・・・。
せっかくの過去10年余りの努力と成果も、いま一段と対策の規模拡大をはかることができなければ台無しになってしまう。そうした危機感が国連合同エイズ計画(UNAIDS)やIASの中でかなり強まり、遅ればせながら巻き返しに出ているのがポスト2015をめぐる現在の状態ではないかと思います。
「エイズの終わりの始まり」みたいなメッセージが2年前のワシントン会議あたりから喧伝されていましたが、ふと気が付いてみれば、体よく逆宣伝に使われちゃったような印象も受けます。社会的文脈の中でのエビデンスに基づくと称する医者の愚かしさも、こうなるとけっこう罪深いですね。
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第20回国際エイズ会議閉会式における国際エイズ学会(IAS)、クリス・ベイヤー新理事長の演説
(解説)メルボルンの第20回国際エイズ会議閉会式(2014年7月25日)では、国際エイズ学会(IAS)の理事長が交代し、クリス・ベイヤー博士が新理事長としての演説を行いました。その演説の日本語仮訳なんですが、前任者のフランソワーズ・バレ-シヌシ理事長への賛辞など最初の部分は割愛し、最後に出てくる2016年ダーバン会議への決意表明も省略して真ん中のあたりだけ訳しました。もういまや目標達成は「should」でなく「must」だだとかといった言葉だけやたらと強めの決意表明には少々、辟易としているので、手を抜いてしまいました。申し訳ありません。
真ん中部分は楽観的見通しがそのまま実現すると思ったら大間違いで、克服すべき課題は多いということを指摘しています。「インクルージョン(包摂)」に逆行するような差別的な立法や法執行が顕著になってきている。つまり「排除」の傾向が強まっていること。治療提供の目標と現実の「ギャップが大きい」こと、予防や治療などのHIVサービスのカバー率がKP(キーポピュレーション=対策の鍵を握る人たち)の間では極めて低いこと、そしてHIVのパンデミック(世界的大流行)が世界の重要課題として取り上げられない恐れがあることなどが例示されています。
まとめてみると、
1 「排除」的発想の拡大
2 治療提供の「ギャップ」
3 キーポピュレーションへの「無理解」
といったところでしょうか。「排除」「ギャップ」「無理解」「軽視」。これらのキーワードは課題が別々に存在している分けではなく、相互に関連していること、したがって対応もその関連を意識しながら進めていく必要があることを示唆しているように思います。
第20回国際エイズ会議閉会式 クリス・ベイヤー演説
2014年7月25日
http://www.aids2014.org/WebContent/File/AIDS2014_closing_address_Chris_Beyrer.pdf
(抜粋して訳してあります。全文はAIDS2014公式サイトの英文pdf版演説原稿をご覧下さい)
見通しは明るいと言えればいいのですが、この先に克服すべき大きな課題がいくつもあります。失敗するリスクもあるのです。どれ一つ、簡単には解決できないでしょう。
第一に、排除の問題があります。
私たちの運動は、そもそもがインクルージョンの伝統に支えられています。差別をしないことが基本です。HIV陽性者に対する差別と闘ってきました。女性や男性、子供に十分な医療が提供できていない国に対しても、治療を受ける権利があるんだということを主張し、国際保健のあり方を変えてきました。そして、世界に向けて、それが可能なことを示してきました。注射薬物使用者に向けた注射針や注射器交換やエビデンスに基づく薬物治療を進めてきました。セックスワーカーがサービスを受けられるようにしてきました。性的少数者のインクルージョンを強く求めてきました。
しかし、今日では、こうした成果の多くが危ういものになっています。差別的な法律と政策の波が押し寄せ、排除の方に引き戻そうとしています。権利を制限し、医療アクセスを狭め、ウイルスを助け、扇動しているかのようです。ひとつ例をあげましょう。ローズマリー・ナムビルはHIV陽性の65歳の看護師です。彼女はウガンダで、感染させた罪に問われ、3年の刑を受けています。HIV陽性の医療提供者を投獄してウガンダのエイズ対策にどんな効果があるというのでしょうか。
もう一つの例です。プーチン政権がクリミア半島を併合した際、最初の日にもうクリミアのメタドン・プログラムの終結が発表されました。東ヨーロッパ・中央アジア地域では薬物使用者は基本的なHIVサービスの利用を拒否され続けています。エイズの流行がさらに悪化するとしても誰も驚かないでしょう。
私たちはみな、ロシア、インド、ナイジェリア、ウガンダにおける反同性愛法や反同性愛政策にもっと注意する必要があります。しかも、さらに多くの国でこうした法律や政策の導入が議論されているのです。
彼らが基本的な人権や自由に厳しい姿勢をとっているだけでなく、こうした法律はエイズ対策全体を脅かすものでもあるからです。
IASの歴史で初めて、私はゲイ男性であることを公表している理事長になります。友人や愛する人の多くが、効果のある治療法の開発を待つことなく亡くなっています。HIVサービスが必要な人、HIVサービスを求めている人のすべてをインクルージョンすることが私の理事長としての基本的な課題です。
第2に治療のギャップがあります。
2013年だけで160万人もの人がHIV治療を受けずに亡くなっていることは受け入れがたいことです。また、子供が最も治療を受けられずにいるということも受け入れられません。WHOの新ガイドラインでは、抗レトロウイルス治療(ART)を受ける必要がある人は2800万人を超えているのに、実際に治療を受けている人はその半分以下です。2014年段階でHIV陽性者の半分以上が治療を受けていないという状態で、「エイズ終結」が近い将来に実現するなどということはありません。私たちはうまくいかないかもしれないというリアルな可能性を率直に認めなければなりません。
2030年の新たな目標はみな、分かっています。しかし、私はここで提案したい。メルボルンを去り、今後2年間に何ができるのかを考えましょう。
いままでのペースを維持するにしても、2016年半ばまでに、さらに400万人にARTを提供しなければなりません。2016年の目標としてはどうでしょうか。
もう一つ問題があります。世界全体で見ると、HIV陽性者のうち抗レトロウイルス治療(ART)を受けている人の割合は、注射薬物使用者の間では4%、MSM(男性とセックスをする男性)では14%にとどまっています。セックスワーカーやトランスジェンダーの人たちに関しては、HIV陽性者のうち治療を受けている人の割合はほとんど分かりません。ただし、非常に低いということは分かります。予防手段のカバー率もすべてのKP(キーポピュレーション)で極めて低いでしょう。これは変えていく必要があります。ダーバンでは、キーポピュレーションに対する治療と予防は計測可能なかたちで現実に大きく拡大したと言えるようにしましょう。それができなければ、どんな地域でもエイズの終わりを期待することはできません。
最後に、HIVの世界的大流行がまだ続いているのに、世界の課題としては取り上げられなくなってしまう恐れもあります。この段階でそんなことになれば、おそるべき人類の悲劇です。でも、そうなるかもしれません。メルボルンを去るに当たって、もっと結束し、もっとしっかり取り組むことを約束しなければなりません。さらに、私たちには治癒の実現やワクチン開発という極めて重要な研究課題もあります。HIV陽性者の高齢化や保健システム、科学、人権、法律、法執行なども課題です。
それでも、私は現実に希望を失っていません。それが2016年のダーバン会議で、オリーブ・シサーナとともにの共同委員長となることを名誉に思う理由でもあります。オリーブはアフリカの女性として初めて国際エイズ会議の委員長を務めます。そして、世界で最も若い女性のHIV陽性率が高いダーバンに私たちは集まるのです。
Chris Beyrer
Closing session speech
I wish I could tell you that I was optimistic about our continued success. But I think we must face several critical challenges in the years ahead—or risk failure. None will be easy to address:
First, Exclusion:
From the beginning, our movement has had a proud tradition of ever-widening circles of inclusion. We made non-discrimination our basis, and we fought discrimination against people living with HIV. We changed global health by insisting that women, men, and children living in under-resourced countries had a right to treatment—and then we changed the world by showing that it could be done. Our movement pushed for needle and syringe exchange for people who inject drugs and for evidence-based drug treatment; we worked to insure sex workers had access to services; and we pressed hard for the inclusion of sexual and gender minorities.
But today, many of those victories are threatened. A wave of discriminatory laws and policies are setting us back--toward exclusion: limiting rights, reducing health care access, and aiding and abetting the virus. Here’s just one example: Rosemary Namubiru, a 65 year old nurse living with HIV who is right now serving a 3 year prison sentence in Uganda, wrongfully jailed in an alleged transmission case. How does jailing this positive provider help Uganda respond to AIDS?
Here’s another: When the Putin Administration annexed the Crimean Peninsula, they announced on the first day the end of Crimea’s methadone program. People who inject drugs across Eastern Europe and Central Asia continue to be denied the basics of HIV services—and it should surprise no one that the epidemics there continue to worsen in 2014.
We should all be deeply concerned about the anti-gay laws and policies being enacted in Russia, India, Nigeria, Uganda, and now being actively debated in many more countries.
Not only because they so restrict basic human rights and freedoms, but because these laws threaten the entire AIDS response.
I am the first openly gay person to lead the IAS, and as a man who buried too many friends and lovers before we had effective treatment, let me pledge that inclusion for all who need and want HIV services will be a fundamental focus of my leadership.
Second: The Treatment gap
It is unacceptable that 1.6 million people died of untreated HIV disease in 2013. Or that children continue to be among the least treated of our human family. With the new WHO guidelines, more than 28 million people are now eligible for ART—but less than half are getting it. With the majority of people living with HIV in 2014 untreated—we are going to “end AIDS” anytime soon. And we have to frankly acknowledge that there is a real risk that we will not succeed.
We’re all aware of the new targets for 2030. But I’d like to propose that we think about what we might be able to achieve leaving Melbourne and in the next 2 years.
Just keeping the pace we are at will require providing ART to at least 4 million more people by mid-2016. How does that sound as a goal for 2016?
Here’s another: As few as 4% of IDU and 14% of MSM are receiving ART globally. We barely know what ART coverage levels are for sex workers and transgender people—but we do know they are alarmingly low, as is the coverage of essential prevention interventions for all KPs. This has GOT to change. Let’s commit to gathering in Durban, able to say that we have made real and measurable progress in expanding treatment and prevention to key populations, without which, we cannot hope to end AIDS in any region of the world.
Finally, we are at risk for the HIV pandemic falling off the global agenda before we are done. It would be an immense human tragedy to fail at this stage, but we might. We’re going to need more solidarity, more commitment as we leave Melbourne together. And we still have a hugely important research agenda ahead in cure and vaccines, from HIV adolescence to aging, in health systems, implementation science, in human rights, the law, and law enforcement.
But I do have one real note of optimism! And this is that I am so honored to serve as co-chair of the Durban 2016 Conference with my friend Dr. Olive Shisana. Olive is the first woman from Africa to chair an International AIDS Conference. And we will be gathering together in Durban, where young women have the highest rates of HIV they face anywhere in the world.