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ジカ熱とHIV:関連を科学的にとらえる 国際エイズ学会(IAS)公式サイトから

エイズ・感染症

 春とはいえ、日本ではまだ寒いので、主に蚊が媒介して広がるジカ熱の流行はあまり大きな関心事にはなっていません。でも、夏にリオ五輪が開かれるブラジルの流行は深刻です。さらに症例は中南米だけでなく他の地域の国でも報告され、季節の移行に伴って、日本でも当然、関心というか、むしろ不安が高まり、場合によっては社会的なパニックを巻き起こす懸念もなしとはしません。もちろん、感染拡大への備えは必要ですが、感染した人が何か犯罪を犯したかのように扱われてしまうことは避けたいと、いまから(いまだからかもしれませんが)ひそかに思っています。

 蚊による感染の拡大だけでなく、性感染事例も各国で報告されています。過不足なく備えられるかというと、それはかなり難しいだろうなあという印象が個人的にはありますが、日本国内の流行に関して言えば、対応できない感染症の流行とはいえないという印象もまた(個人的な感想レベルに過ぎませんが)持っています。

 国際エイズ学会(IAS)の公式サイトにブラジルで蚊を媒介する感染症の対策に長くあたってこられたブラジル・デング・アルボウイルス協会の理事長で、IAS会員でもあるアーサー・ティマーマン博士のインタビュー記事が掲載されています。その日本語仮訳を作成しました。

 ブラジルでは昨年、ジカ熱の流行が拡大しただけでなく、デング熱の流行もこれまでで最大だったことが報告されているそうです。『ブラジルの都市開発モデルが蚊にとって絶好の繁殖環境を与えている』と博士は指摘しています。また、ブラジル経済の悪化により、研究予算が確保できず、血清学的検査の開発も十分にできない状態だということです。

 『ブラジルはいま、ネッタイシマカという単一の媒介生物による3つの大きな感染症の流行を抱えているのだ。1986年以来のデング熱、2013年以来のチクングニア熱、そして、おそらく2014年からのジカ熱である』

 性感染に対する新たな報告や知見には周到な注意を払う必要があるものの、現状では感染拡大の最大要因である蚊の対策に全力をあげるというのが、現在のブラジルの予防対策の基本のようです。

 HIV/エイズとの関係では、HIVとジカウイルスとの重感染の影響はいまのところ認められないということです。むしろ、『HIVの流行はいまも大きな教訓として、コミュニティの協力の重要性を示している。アドボカシーやコミュニティ・アウトリーチ、教育キャンペーンなどを通し、法的な障壁や誤解、スティグマを克服しなければならない。それこそがまさにジカウイルス感染の流行を終結に導くための対応なのだ』として先行する感染症対策事例としてのHIV/エイズ対策の教訓を重視しています。以下IASのインタビュー記事の日本語仮訳です。

 

 

ジカ熱とHIV:関連を科学的にとらえる

  アーサー・ティマーマン博士 IAS会員・ブラジルの疫学者

 http://www.iasociety.org/IASONEVOICE/Zika-and-HIV-Connecting-the-Science

 

 アーサー・ティマーマン博士は感染症医であり、1994年からIASのメンバーとなっている。現在はブラジル・デング・アルボウイルス協会の理事長としてブラジルで活動している。ブラジルでは2015年4月に16人の患者が報告されて以降、ジカ熱の流行が続いており、アーサーは社会に向けてこの流行に関する情報提供を続けている。中南米ではジカ熱の流行が拡大し、30年以上前のエイズの出現を思わせるような厳しい状況をもたらしている。2015年5月には、ブラジルの保健当局が国内北東地区におけるジカウイルスの感染を確認した。それから現在までに中南米の18カ国といくつかの地域で感染が報告され、世界保健機関(WHO)は今年だけで南北アメリカ大陸の400万人に感染する恐れもあると予測しているブラジルの現状はどうなっているか、調査で何が分かったか、そしてこの流行と闘うには何が必要か、などについて。アーサーは語った。

 

    ◇

 

 医者として働き始めた当時、エイズは死の病だった。何年もたって、それでも闘いは続いている。私たちはいま、同じようにウイルスが原因となる新たな流行に直面している。ジカウイルスだ。新たな疾病に対し、臨床的にも疫学的にもどう対応したらいいのかよく分からなかった時期のことを思い出す。病因がはっきりしていなかった時代を思い出す。エイズの原因になるウイルスが見つかっていなかった時期を思い出す。原因は様々に推測されていたが、HIV(当時はHTLV- IIIまたはLAVと呼ばれていた)の発見には4年もかかり、どうして免疫不全を起こすのかを理解するにはさらに時間がかかった。そしていまもなお多くのことを学ぶ必要がある。

 

 私たちはいま、ジカ熱の流行でも同様の試練に直面している。ジカ熱の血清診断マーカーはまだ見つかっていないし、どうして小頭症の原因になるのかも分かっていない。さらに疫学的にも、臨床診断や予防の面でもいまなおはっきりしないことが多い。

 

 ジカウイルスは主に感染したヤブ蚊に刺されることで人への感染が広がる。デング熱チクングニア熱を媒介するのと同じ蚊である。ブラジルはいま、ネッタイシマカという単一の媒介生物による3つの大きな感染症の流行を抱えているのだ。1986年以来のデング熱、2013年以来のチクングニア熱、そして、おそらく2014年からのジカ熱である。

 

 ジカウイルスは感染した男性から性交渉の相手にも広がっており、性感染の可能性が指摘されている。だが、どのくらい長くジカウイルスが精液中に残っているか、女性から性交渉の相手に感染することはあるのかなど、性感染についてはまだ十分には分かっていないことが多い。性感染報告例は増える可能性があるので、詳細に監視を続け、感染ルートを追跡していく必要がある。

 

 ブラジルの状況は非常に厳しい。ジカ熱の流行をさらに詳しく把握するには血清診断のための検査法を緊急に開発する必要がある。保健省(MOH)によると2015年のジカウイルスの感染件数は150万件以上だった。爆発的な件数である。ブラジル社会において最近、想定されていた感染症の流行予測を大きく超えている。

 

 

HIVとジカウイルスの関係についての患者レベル調査

 

 私はジカウイルスに感染した2人のHIV陽性者について個人的に症例を検討したが、合併症などはまったくなかった。ウイルス学的、または免疫学的な観点からは、ジカウイルスの感染による影響は認められなかった。

 

 デングウイルスとHIVの重感染に関しても以前、同じような結果が出ていたし、HIV感染のさまざまな段階におけるデング熱の影響を調べた事後調査も同様だった。デングウイルスとHIVに同時感染しても臨床像に違いは出ないことを明らかにした研究もある。このことはデングウイルスがHIV感染の症状の進行を促すものではないということを示しているように見えるが、HIVとジカウイルスの重感染については、さらに短期および長期の影響を調べていく必要がある。

 

 しかし、私には、妊娠女性をどう守るか、ウイルスをどうコントロールするか、そして集中的な蚊の対策をどう進めていくかということの方により関心がある。蚊こそが今回の流行において、大量感染の主要因になっているからだ。

 

 

母子保健に対するジカ熱流行の影響

 

 今回の流行の第一波はブラジル北東部の最も貧しい地域で発生した。したがって、これまでのところ最も大きな打撃を受けているのは、この地域に住む女性である。調査を行った結果、妊娠期間中のジカウイルス感染と新生児の重い先天性異常である小頭症の間には相関関係があると私たちは考えている。

 

この警戒すべき発見により、汎米保健機構(PAHO)や米国疾病管理予防センター(CDC)などの保健当局は、妊婦および妊娠予定の女性に対し、ジカウイルスに感染するリスクがある国への渡航を延期するよう警告を急ぎ、ジカ熱が流行している地域に住む人には蚊に刺されないよう勧告した。ブラジル政府は女性に対し、ウイルスが広く残っている状態の間は妊娠を避けるか、または延期するよう警告を発してもいる。しかし、私はさらに踏み込んで、この環境下で妊娠することの現実的なリスクを伝えるよう男女両方に教育すべきだと考えている。エビデンスに基づく情報を広く伝えることに力を入れれば、それぞれの人がその情報にしたがって自らの健康を守るにはどうしたらいいかを判断できるからだ。

 

 

基礎医学研究強化への警鐘

 

 HIV研究に何が必要だったかという経験をもとに、ジカ熱研究を進めるには基礎医学研究を強化し、病因に関する知見を増やしていく必要があることを認識しなければならない。それが患者レベルでジカ熱とHIVとの相互作用に関しても、より詳しく知るための基盤となるのだ。

 

 第一段階はいまだに確立されていない血清学的検査の開発だ。現状ではPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査が適切な検証もないまま使われているに過ぎない。ブラジル経済の悪化により、公的な検査体制に十分な資金が確保できていないことが、流行の拡大を許してきた大きな理由となっている。ジカ熱の流行拡大が国際社会の関心を高め、資金状況が改善されて、血清学的検査やワクチン開発に向けた中和抗体の発見などの基礎医学研究が活性化することを私は期待している。

 

 30年間にわたり、ブラジルはネッタイシマカと闘ってきた。だが、ジカ熱の流行は拡大し、デング熱も昨年はブラジル国内で過去最大の流行が報告されていることで明らかなように闘いは不成功に終わっている。ブラジルの都市開発モデルが蚊にとって絶好の繁殖環境を与えている。それがいま直面している課題なのだ。国営企業、各省庁、市長、軍隊を含め、国をあげた対応が必要となっている。HIVの流行はいまも大きな教訓として、コミュニティの協力の重要性を示している。アドボカシーやコミュニティ・アウトリーチ、教育キャンペーンなどを通し、法的な障壁や誤解、スティグマを克服しなければならない。それこそがまさにジカウイルス感染の流行を終結に導くための対応なのだ。

 

 私が今日、お話をしたのは、将来の同じような流行に備え、流行と闘うためには研究への投資が大切なことを認識していただきたいからでもある。

 

 

 

Zika and HIV:Connecting the Science

 

Dr. Artur Timerman,

IAS member and epidemiologist in Brazil

 

Dr. Artur Timerman is a medical doctor of infectious diseases and an IAS member since 1994. He is currently working in Brazil as the President of Sociedade Brasileira de Dengue e Arboviroses. In this role, Artur has been providing public information on the Zika outbreak since it was first described in 16 patients in April 2015. Since that time, Zika has spread across Latin America, with tragic consequences that parallel the emergence of AIDS more than 30 years ago. In May 2015, the public health authorities of Brazil confirmed the transmission of the Zika virus in the northeast of the country. Since that time, Zika transmission is now reported in 18 countries in Latin America and the Caribbean, as well as several other territories, and the World Health Organization (WHO) predicts it could affect 4 million people across the Americas this year alone. Artur shares what the situation is like in Brazil, what his research is showing, and how we need to combat the outbreak. This is his story…

 

In my first years of medical practice, dealing with AIDS at that time was invariably fatal. Years later, still battling HIV, we are now faced with another outbreak of a similar nature – the Zika virus. I remember the time when we did not have a clinical-epidemiological diagnosis of a new disease. I remember the era when we did not have a precise etiologic diagnosis. I remember a time when we had not yet discovered the virus responsible for AIDS. Pathogenesis was discussed by inferences but it took us four years to discover HIV (then HTLV-III or LAV) and even more time to understand how it caused immunodeficiency, although a lot still needs to be learned.

 

 Now we find ourselves facing similar challenges with the Zika outbreak. We do not have serological markers of Zika yet, we do not know how it causes microcephaly, and there is still a lot of uncertainty regarding epidemiology, clinical diagnosis, and prevention.

 

The Zika virus is primarily transmitted to people through the bite of an infected Aedes mosquito. This is the same mosquito that transmits dengue and chikungunya. In Brazil, we now have three major epidemics transmitted by one single vector, the Aedes aegypti mosquito: dengue since 1986; chikungunya since 2013, and Zika likely since 2014.

 

 Sexual transmission of Zika is also possible as we now know that the virus can spread by men to their sex partners. However, we still do not know enough about sexual transmission of Zika, such as how long the virus remains in the sperm and whether women can transmit the virus to their sex partner. With more cases of sexually transmitted Zika emerging, we must continue to closely monitor and track sexual transmission routes.

 

The situation in Brazil is overwhelming. We are in urgent need of serological tests in order to better understand the Zika epidemic. According to our Ministry of Health (MOH) more than 1.5 million cases of Zika infections occurred in 2015. This is an explosive number, greater than you would expect for an infection so recently introduced into our society.

 

 

Researching the connection between the HIV and Zika viruses at the patient level

 

 I personally have followed two HIV patients diagnosed with the Zika infection, who have no complications at all. I did not observe any impact of their Zika infection in terms of virological or immunological parameters.

 

We previously had the same experience regarding dengue and HIV coinfection, and retrospectively analyzed the problem of dengue in HIV cases at different stages. Some studies revealed that the clinical profile of concurrent dengue and HIV are not different. This may indicate that dengue does not accelerate the progression of HIV, however, we need more studies regarding the short and long term effects of HIV and Zika coinfection.

 

However, I am even more concerned about how to protect pregnant women, how to control the virus, and how to conduct an intensive fight against mosquitoes - which is the main cause for the massive spread of this outbreak.

 

 

The effects of Zika on maternal and child health

 

The first wave of the epidemic occurred in the poorest area of Brazil in the Northeast and therefore, the greatest burden until now was on women living in this area. We have investigated and believe that there is a correlation between Zika infection during pregnancy and microcephaly, a severe birth defect in the newborn brain.

 

Consequently, this alarming discovery has prompted health authorities, including the Pan American Health Organization and the Centers for Disease Control and Prevention (CDC), to swiftly issue travel alerts to pregnant women and women planning pregnancies to postpone any travel to countries at risk of Zika transmission, and recommendations to those living in Zika affected areas to avoid exposure to mosquitoes. The Brazilian government has even issued warnings to women advising them to avoid and postpone becoming pregnant while the virus remains at large. However, I believe we should go further and educate both men and women about the actual risks of being pregnant in this environment. If we prioritize making evidence-based information widely available, then individuals can make informed decisions about their own health.

 

 

 A wake up call to advance basic science research forward

 

We must extrapolate what was acquired in HIV research and apply this to Zika research to pursue basic science advances and improve knowledge of pathogenesis. This will be fundamental for obtaining more information regarding the interaction of Zika and HIV at the patient level.

 

The first step is to develop a serological test, which has not been available until now and only PCR testing (polymerase chain reaction) was used without adequate validation. Brazil’s slumping economy is heavily impacting the outbreak as our public laboratories are absolutely underfunded. My hope is that the Zika outbreak will finally raise global awareness to better fund and accelerate research into basic science, such as serological tests and the discovery of neutralizing antibodies, which are the first steps in vaccine development.

 

 For 30 years, Brazil has been fighting the Aedes aegypti mosquitoes and with unsuccessful results, as demonstrated by the Zika outbreak and the largest dengue epidemic ever reported in Brazil just last year. Our urbanization model is the perfect breeding ground for mosquitoes and that is the challenge we are facing, which requires national mobilization, including state-owned companies, government ministries, city mayors, and the army. What the HIV epidemic continues to teach us is the importance of community mobilization, such as advocacy and community outreach and education campaigns, to overcome legal barriers, misinformation and stigma. This is exactly the type of mobilization we require to bring the Zika virus to an end.

 

“We cannot let history repeat itself. We must not return to the time when we were not investing in the research needed to control this type of outbreak and blame those who contracted the virus.”

 

Today, I am sharing my story to bring attention to the critical research investment needed to control and combat these outbreaks in the future.