エイズ予防指針と性感染症予防指針の改正に向けた厚生科学審議会感染症部会の第8回エイズ性感染症に関する小委員会が5月14日、東京・新橋の航空会館で開かれました。午後3時から約2時間、前半はエイズ予防指針、後半は性感染症予防指針について、厚労省が改正の主な論点を説明し、小委員会の委員、および参考人から質問と意見を受けました。ここではエイズ予防指針を中心に傍聴報告を行います。当日の資料は厚労省の公式サイトに公開されているので、関心のある方はご覧ください。
エイズ予防指針は1999年4月に施行された感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)のもとで、半年後の同年10月に告示されました。以後おおむね5年に一度、見直しを行うことになっており、これまでに2006年、12年、18年に改正指針が告示されています。つまり今回が4回目の改正となります。
エイズ性感染症小委員会は昨年6月18日に第7回委員会を開催し、厚労省が改正のたたき台が示しました。ちょっと待ってよ、いきなりたたき台かよ・・・と私などは面食らってしまいましたが、実はその前段階で3回、「当事者を含め、幅広くご意見を伺うため」に『エイズ予防指針に向けた打ち合わせ会』が非公開で開かれています。
小委員会の参考人となったNPO関係者によると、打ち合わせ会での指摘事項はおおむね論点として取り上げられていました。その意味では現場の意見や感触を反映させ得る仕組みに思えますが、なぜそうした会合が非公開で、悪く言えば「こそこそ」と開催されたのか。個人的には非公開にする意味がまったく分かりません。
また、今回は昨年6月の第7回小委員会から1年近く間隔が開いており、長期の空白には、参考人から「裏切られたような気持ち」といった発言もありました。寄らしむべし、知らしむべからずといった感覚ではないことを祈りたい・・・と憎まれ口を先に書いてしまいましたが、改正の方向性には期待ができるように思います。
小委員会で示された主な論点は以下の9点でした。
① 予防指針全体の構成
③ U=U
④ 偏見や差別の撤廃
⑤ 個別施策層への対策
⑥ 曝露前予防
⑦ 医療体制
⑧ 郵送検査(検査体制)
⑨ エイズ予防指針に基づいたモニタリング
全部はフォローしきれませんが、感想を含めていくつかの論点を紹介しておきます。
- 予防指針全体の構成
現行指針との最大の違いは、人権尊重の強調です。厚労省の資料には改正の方向性として『エイズ予防指針は国のHIV感染症対策の向かうべき方向性を示す大方針として、施策の方向性を示す内容とする』としたうえで、人権の尊重が第六(6番目)から第一に移っています。人権を尊重しなければ感染症の予防は成立しない。このことは国際的なエイズ対策の共通認識であり、施策の方向性を示す大原則として強調することは大切です。
これまでの予防指針には目標が設定されていないことから、そもそも設定の必要性をめぐる議論も含め、現状では死亡報告が把握しきれていない点などが指摘されました。新規感染ゼロのゼロには違和感があり、ケアカスケードの95-95-95を達成目標とすべきではないかとの意見もありました。
- U=U(Undetectable=Untransmittable)
論点整理の資料では『抗HIV療法を継続することで、血液中のウイルス量を一定基準未満に6カ月以上抑え続けられていれば、性行為を通じて他者にHIVが感染することはない』と説明しています。予防指針には初めて盛り込まれる考え方ですが、改正の方向性として『重要な概念として「前文」「発生の予防およびまん延の防止」「医療の提供」で、U=Uについて記載してはどうか』との案が示され、大きな異論はないようでした。。
- 偏見や差別の撤廃
改正の方向性として『感染者等が、偏見・差別なく適切かつ必要な医療・福祉サービスを受けられることが重要である』『HIV/エイズに対する不十分な知識等により生じうる感染者等に対する偏見・差別に加え、HIV/エイズ対策を阻害する要因となりうる個別施策層に対する偏見・差別が存在することや、それらの撤廃の重要性を記載する』との案が示されています。参考人からは『偏見差別がなくなるまではHIV陽性者の支援が必要なことを示してほしい』との意見がありました。
- 個別施策層への対策
個別施策層は1999年の予防指針策定時から記載され、その後の改正でも常に採用されてきた注目すべき考え方です。厚労省の改正の方向性には次の2点が示されています。
1 現行指針を踏襲し、個別施策層はMSM、性風俗産業の従事者、医療目的以外で薬物を使用することがある者(現行の「薬物乱用・依存者」より表現変更)としてはどうか。
2 世界の現状として、UNAIDSがキーポピュレーションを提唱していることについて記載し、こういった方々におけるHIV感染に係る実態を把握するための研究を引き続き継続することが重要であることを記載してはどうか。
この方向性には、複数の参考人から「トランスジェンダー、外国籍、受刑者にはなぜ触れないのか」「キーポピュレーションとひとくくりにせず(トランスジェンダー、外国籍、受刑者)に言及すべきではないか」といった意見が出されました。
とりわけトランスジェンダーをはじめ多様な性自認を持つ人たちへの言及の不在には、「多様な人たちを含む表記、記載の工夫」を強く求める意見が出され、「外国人が個別施策層に含まれないのは奇異」とする意見もありました。
キーポピュレーションについては、対策に特別な配慮を必要とする人たちを指す用語であると同時に、「キー(鍵)」の部分から「施策の鍵を握る対策の担い手」という含意を受け止める必要があります。
個人的な感想で恐縮ですが、行政側はこれまで個別施策層を対策のパートナーとしては遇しておらず、そのことが、指針を見直すたびに「記載は間違っていなかったが、結果として絵に描いた餅に終わった」という反省につながっていました。そうした反省に終止符を打てる(あるいはその契機となる)指針の策定と運用を期待したいと思います。
以下の論点もそれぞれ重要な課題を踏まえたものであることは論を待ちませんが、今回は以上の報告にとどめておきます。小委員会はもう一度、開かれ、その後所定の手続きを経て、厚労大臣告示に向けた指針案の策定が進められる見通しです。