IOCとUNAIDSによるHIV/エイズ教育ツールキットの第2部は、若者のスポーツ指導に当たる人たちへのメッセージです。
『HIVに関しても同じことです。お手本を示すことで、若者は理解するのです。もしも選手たちにHIV陽性者をケアするように求めるのなら、そのお手本になるのは皆さんです。誰かがHIV陽性の人について何か言っていたら、その人に向き合い、HIV陽性の人を差別するのは間違っているということを説明してください。HIV陽性の人がチームに参加する機会があれば、どうかそうしてください』
こういう基本を押さえていただけると話が進みやすいですね。そのうえで、スポーツの場を通じて若者にHIV/エイズ教育を提供することが、なぜ必要か、どのように伝えるのかといったことが書かれています。
『コーチとして、あるいはトレーナーとして、あなたには多数の若者の生命を預かる特別な役割があります。その若者たちはまさに、自分自身のセクシャリティや周囲を取り巻く世界を含めた自己発見に直面しているのです。自らの生き方をさぐり、「私は誰なのか」「何のために生きているのか」、そして「男であること、女であること、というのはどういうことなのか」という問に答えを出そうとすれば、時に混乱し、怒りや孤独感にとらわれることもあります』
重要な役割です。とはいえ、コーチがすべてを自分で抱え込む必要はありません。
『若者は自分自身でHIVから身を守る方法を知る必要があります。性的に活発になったり、アルコールや薬物を試してみたくなったりする前に簡潔かつ明確な情報を伝える必要があります。スポーツクラブやスポーツイベントは、少年少女や若い男女にとって、皆さんに見守られながら、セクシャリティや薬物使用の問題を同性のメンバーと話すことのできる理想的な場であり、状況になるのです。医療やエイズ対策の専門家からのアドバイスを受けることができるという点でも若年層にとっては良い機会になります』
HIV/エイズ分野だとたとえば、「ぷれいす東京」のようなNPO法人がいいかなあ。
『あなた自身には十分な経験がないと思うのなら、地元で性の健康教育に取り組んでいる専門家を探してください』
ぜひ、ぜひ。
第2部 コーチ、トレーナー、役員の皆さんに
2.1 変化を促すスポーツの力
スポーツには若者の生活を形成していく力があることはもうご存じでしょう。エイズの時代においてその力は、HIVとエイズの教育、および啓発活動に活用できます。
UNAIDSのミシェル・シデベ事務局長は次のように述べています。
「世界には推計で3340万人のHIV陽性者が生活しており、毎日2000人の若者が新規にHIVに感染しています。その多くがスポーツを観戦したり、実際に行ったりしています。HIVの感染を防ぎ、健康で生産的な生活を送るために、若者にはHIVに関する情報へのアクセスの確保が極めて大きな意味を持っています。村や町、そして世界中で、スポーツコミュニティは若い男女にそのアクセスを確保するための重要なパートナーです」
スポーツ活動に参加している人の大半はすでにHIVに感染するリスクがある行動をとっているか、じきにとるようになるというのが現実です。皆さんはスポーツを通じて、性行動が活発な人たちにHIV感染を防ぐのに必要な行動変容を促し、まだ、性的に活発でない人には安全な行動について伝えることができます。
2.2 自分を守ろう
皆さん自身もHIV感染のリスクにさらされているかもしれません。他の人に教える前に皆さん自身がエイズについて詳しくなってください。それにはHIVとエイズに関する基礎知識を得るだけでなく、感染を防げるような生活を取り入れていく必要があります。
他の人にこうしなさいと教えていながら、自分はまったく逆のことを行っているケースもよくあります。たとえば、若者にタバコを吸ってはいけませんよと注意しているのに、自分がタバコを吸っているようでは、信用はされません。学校で「私がやっていることではなく、言っていることに従いなさい」と注意しても、それは通用しません。
HIVに関しても同じことです。お手本を示すことで、若者は理解するのです。もしも選手たちにHIV陽性者をケアするように求めるのなら、そのお手本になるのは皆さんです。誰かがHIV陽性の人について何か言っていたら、その人に向き合い、HIV陽性の人を差別するのは間違っているということを説明してください。HIV陽性の人がチームに参加する機会があれば、どうかそうしてください。
HIV感染の予防についても同じことです。もしも、あなたが女好きな男だったり、選手からa string of menと見られたりしていたら、禁欲や貞節を説いても信用はされないでしょう。お手本を示すことで、あなたの発言に重みがつくし、あなた自身も感染を防ぐことができるのです。
このツールキットは、あなた自身とあなたの愛する人、性パートナーのHIV感染を防ぐために作られています。安全を保つことで、あなたの支援を必要としている現在と将来の子供や若者、スポーツ愛好家をコーチしたり、トレーニングしたり、指導したりすることができるのです。
「アスリートとして、私はフィールドで懸命にプレーをしてきました。しかし、私自身や他の人の人生をプレーするつもりはありません。あなた自身をHIVから守りましょう」
フランク・フレデリックス 陸上短距離のナミビア代表として五輪で4つの銀メダルを獲得。IOCの選手委員会委員長。
2.3 若者に教えよう
史上最大となった現在の若者層はエイズがなかった世界を知りません。15歳から24歳までの若者はエイズの脅威に最もさらされている年齢層(HIV新規感染の半数、あるいは毎日6000人の新規感染者の半数を占めている)であり、同時にHIV感染の流行の流れを変えるための最も大きな力が期待される年齢層でもあります。HIV感染の50%は若者で占められており、その多くは20歳の誕生日を迎える前に感染しています。大半は十代で性行動が活発になり、15歳以前ということも多いのに、HIVなど聞いたこともないという若者が何百万人もいるのです。
若者がHIV感染の高いリスクにさらされているいくつかの理由:
・ 世界のHIV陽性者の90%近くが自らの感染に気付いておらず、知らない間に他の人にも感染している。
・ 性感染症(STIs)は15~24歳の若者が最も多く感染している。STIsにかかると、HIVに感染しやすくなる。
・ 若年成人層はとりわけSTIsに感染しやすいのに、ほとんどの人はそのことを知らない性的に活動的になる年齢が早い若者は、性パートナーを変える傾向がより強く、STIs感染のリスクが高くなる。
・ 感染に気付かない、はずかしいと思う、サービスを受けるお金がないといった理由から、若者は保健サービスを受けたがらない傾向が強い。若者向けの保健サービスがないところもあるし、あったとしても、あまり若者の身になって考えないところが多い。性的に活発な若者を非難するような態度のところもある。
・ 若いということは、危険を恐れなかったり、何でも試してみたくなったりする傾向が強い。このため安全ではないセックスを行ったり、注射薬物を含む薬物使用に手を出したりしやすくなる。
・ 若者が社会に出ると飲酒の機会が増え、セックスに無警戒になることもしばしばある。酒に酔うと、セックスを拒んだり、コンドームを使用したり、セーファーセックスを行ったりということが困難になり、安全ではない性行為を行う傾向が強くなる。
多くのコミュニティでエイズの影響が明らかであるにもかかわらず、他人のHIV感染について、ひそひそと語るような雰囲気がなお残っています。エイズの流行は私たちすべてにとって将来の破壊につながる脅威であり、HIV感染の予防とHIV陽性者のケア、支援のためには、私たちすべてがそれぞれの役割を果たしていかなければなりません。
だからこそ皆さんが、父親であり、母親であり、息子であり、娘であり、兄弟であり、姉妹であり、労働者であり、先生であり、時にはコーチであるあなたが、HIVとエイズへの対応の中でそれぞれの役割を果たすことが求められているのです。コーチとして、あるいはトレーナーとして、あなたには多数の若者の生命を預かる特別な役割があります。その若者たちはまさに、自分自身のセクシャリティや周囲を取り巻く世界を含めた自己発見に直面しているのです。自らの生き方をさぐり、「私は誰なのか」「何のために生きているのか」、そして「男であること、女であること、というのはどういうことなのか」という問に答えを出そうとすれば、時に混乱し、怒りや孤独感にとらわれることもあります。
仕事や生活維持の必要から、家族が分断され、親たちが子供と過ごす時間が少なくなっている時代には、コーチやトレーナーや役員といったかたちでスポーツとかかわる人たちの役割が、かつてなく重要になります。皆さんは信頼され、尊敬され、お手本になる存在です。ロールモデルです。そして、若者をHIV感染から守り、エイズが提起したさまざまな問題に社会がどう対応すればいいのかという大きな課題に直面しているのです。
広く信じられている考え方とは異なり、性の健康教育は、性体験の開始時期を早めたり、すでに性的に活発な若者のリスクを大きくしたりするものではありません。研究の成果によれば、質の高い性の健康教育は若者の性行為開始年齢を遅らせ、すでに性的に活発な人たちのコンドーム使用を増やすことが明らかにされています。
(注:UNAIDS、行動のための目標と考え方、男が違いを作る、世界エイズキャンペーン2000、20)
あなたがいま選択すべきことははっきりしています。セクシャリティや薬物使用について話すことと、指導している選手や愛する人たちが死ぬことと、どちらがより困惑することなのでしょうか。
2.4 HIVに対応するための「方法」と「理由」
次ページの囲みにあげた例は、HIV啓発が多くの効果をもたらすことを示しています。HIV啓発を行うもともとの理由は、選手やスポーツ指導者をHIV感染から守ることですが、それぞれのコミュニティを教育するという役割も担っています。
HIVとエイズの情報提供を始める前に保護者の同意を得ておく方がいいでしょう。あなたが不本意な状況に追い込まれたり、非難を受けたりすることが防げます。
選手に話をするときには(望まない妊娠、性感染症、HIVといった)セクシャリティの否定的な側面を強調しすぎないようにし、親密な関係の構築や性による愛や歓びといった肯定的な側面を忘れずに伝えることが必要です。薬物使用の話をするときと同じように、強調しすぎると、ダメージだけを残す結果になってしまいます。そうしたバランスを欠くアプローチは選手やスポーツ指導者、ボランティアから見抜かれ、結果としてあなたが伝えるべきことがすべて拒絶され、相談を受けたり、同僚やメディアからロールモデルとして受け入れられたりといったこともできなくなってしまうでしょう。セックスやドラッグについて率直に語ることが、信頼を獲得し、相手が自ら自分を守る選択を行うのを助ける鍵になります。
若者は自分自身でHIVから身を守る方法を知る必要があります。性的に活発になったり、アルコールや薬物を試してみたくなったりする前に簡潔かつ明確な情報を伝える必要があります。スポーツクラブやスポーツイベントは、少年少女や若い男女にとって、皆さんに見守られながら、セクシャリティや薬物使用の問題を同性のメンバーと話すことのできる理想的な場であり、状況になるのです。医療やエイズ対策の専門家からのアドバイスを受けることができるという点でも若年層にとっては良い機会になります。
あなた自身には十分な経験がないと思うのなら、地元で性の健康教育に取り組んでいる専門家を探してください。
あなたを取り巻く世界を守ろう-HIVを止めよう。
囲み4: HIVについてよくある誤解
以下の科学的情報は、若い人たちの判断の助けとなります。
「女性はHIVに感染しにくい」 本当か、間違いか。
感染予防策をとっていない性行為では、女性は男性よりも2倍、HIVに感染しやすくなります。
女性はとりわけHIV感染に対して脆弱であり、世界のHIV陽性者のほぼ半数は女性が占めています。その理由としては、適切な知識が女性には十分、伝えられていないこと、予防サービスへのアクセセスが十分ではないこと、セーファーセックスを相手に要求しづらいこと、マイクロビサイドのような女性が自分でできるHIV予防策が欠けていることなどがあげられます。女性用コンドームは、女性自身がコントロールすることができる手段なのですが、なかなか普及はしません(資料4)。エイズの影響が最も深刻な地域の中には、少女の半数以上がエイズについて聞いたことがまったくなかったり、HIVの感染経路について少なくとも大きな誤解がひとつはあったりすることが、これまでの調査研究で明らかにされています。
世界全体では、少女や若い女性の5分の1から半数が、最初の性行為は強要されたものだったと答えています。非常に早い時期から、レイプされたり、性行為を強要されたりした経験を多くの女性が持っています。暴力的、もしくは強制的な性行為は、強引な挿入で子宮粘膜を傷つけ、HIV感染のリスクを増大させることになります。
「結婚していれば、HIV感染からは安全だ」 本当か、間違いか。
結婚はHIV感染を防ぐことにはなりません。
途上国では、女性の大半は20歳までに結婚するのでしょうが、HIVの感染率は性的に活発な同年代の未婚女性より高くなっています。HIV予防プログラムの多くが「ABC」スローガン- abstain(禁欲)、be faithful(貞節)、consistently use condom(コンドームを常に使用)-を中心に据えています。ただし、このメッセージが女性や女児の支えにはなっていないところも多いのです。性的な暴力が蔓延しているところでは、禁欲やコンドーム使用を求めることは現実の選択肢になりません。社会的、あるいは経済的な力がないことから、多くの女性や女児が禁欲や貞節やコンドーム使用の交渉をできずにいるのです。
「少年はセックスについて何でも知っている」 本当か、間違いか。
少年や若い男性はセックスやセクシャリティについてよく知っていると思われていることが多いのですが、そうではありません。
周囲からそのように見られていると、無知だと思われることを恐れ、かえってHIVに関する情報を求めようとしなくなってしまうこともよくあります。HIVとエイズに関する情報と教育を通じて、少年や若い男性たちは成長していくのに必要な判断力を身につけ、責任感のある大人になることが可能になります。若者が性の健康教育(自分自身の身体のことや妊娠や性感染症について知ることのできる教育)を受けていないと、HIV感染のリスクが高くなることが研究によって示されています。
(注6)UNAIDS, Boys, young men and HIV/AIDS, I care…Do you? World AIDS Campagin 2001
文化的な信念や期待が、男性のHIVに対する脆弱性を高めてしまうこともあります。男性は女性に比べると、ヘルスケアを求めたがらず、(飲酒、薬物使用、無謀な運転といった)健康に良くない行動に走る傾向が強いのです。
「HIVに感染するのはゲイ男性だけで、私には起きない。私たちはこう思いがちです。だが、私は誰もが感染しうると言いたい。マジック・ジョンソンでも、なのです」
マジック・ジョンソン、米プロバスケットボール協会(NBA)の選手だった1992年、HIV陽性であることが検査で判明したと発表している。