【湘南の風 古都の波】春なお寒く、去りゆく3月


 8年間にわたる長期連載にお付合いいただき、ありがとうございました。また、快く取材に応じていただいた沢山の皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 SANKEI EXPRESS紙が今月末をもって休刊となるため、毎月1回の写真連載【湘南の風 古都の波】も今回(3月19日掲載)が最終回となりました。渡辺照明記者の写真に力負けしないよう、原稿もそれなりにがんばって書きました。軽~く書いているように見えるのは私の不徳のいたすところ・・・じゃなく秘術を尽くした努力のけっかでありまして、実はもうへとへと。惜しまれつつ(だと思いたい)、連載が終わってほっとした気持ちも少しあります。


【湘南の風 古都の波】春なお寒く、去りゆく3月
 (写真はこちらで) 

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 鎌倉を舞台にしたこの連載のスタートは2008年3月だった。もう8年も前でしたか。リーマン・ショックも、東日本大震災も起きていなかったし、鶴岡八幡宮の石段の脇には大銀杏(いちょう)がそびえていた。

 そういえば中国の人権弾圧に抗議して北京五輪聖火リレーに反対する行動が世界中で見られた時期でもあったか。

 騒然たる世界の動きとは少し離れて、鎌倉にはゆっくりと時間が流れているように感じた。あまりにゆっくりしているので、かえって周回遅れの魅力が生まれる。この町が多くの人の心を惹(ひ)きつけるのは、実はそれが理由ではないか。

 3月になると鎌倉を訪れる人が増える。町の三方を囲む低い山々の花と緑も、庭先の枝にぶら下がる夏みかんも、春の日差しをあび存在感を増していく。

 南に開けた相模湾ではしらす漁が解禁され、飲食店のメニューにも食のキラーコンテンツとして「生しらす丼」が登場する。

 春なお寒く、それでも3月。当連載にとっては、サヨナラ3月でもある。当初の予想を裏切り、8年も続いた毎月1回の連載は、本日が最終回となる。

 個人的には名残惜しいと思う。そんなに続けていたらテーマが尽きてしまうでしょう。そう言われることもあった。

 だが、休日をつぶし鎌倉の町を歩き続けた渡辺照明記者、地図を担当した鎌倉在住の筑紫直弘記者、加えてゆるい原稿ばかりの私の3人には、伝えたい風景や表情との尽きることのない出会いの8年間だった。町は、そして日本は、これからどうなるのか。最後に自戒も込め、鎌倉で最も厳しい表情をお届けしよう。


 ≪眼光鋭く国難を救う≫

 春先に寒い日が続いたせいか、今年はウグイスの声を聴くのも遅かった。ウグイス側の事情というよりもむしろ、こちらが寒さに萎縮し、外出を控えていたからだろう。

 珍しく温暖な土曜日となった3月5日、鎌倉市十二所(じゅうにそ)の明王院を訪れた。

 JR鎌倉駅東口からバスに乗って15分ほど、鎌倉時代には「塩の道」と呼ばれた金沢街道を泉水橋バス停で降り、3、4分歩く。

参道の向こうから「ホーホケキョ」の鳴き声。まだ完全に鳴き方を習得していないらしく、正確に書けば「ホーッケキョ」ぐらいだろうか。ちょっとつまずきそうになる。

 枝垂れ梅、ウグイス、萱葺(かやぶ)き屋根の本堂。市街地をほんの少し離れただけなのに境内は山里の春だった。梅の向こうでは白木蓮も咲き始めている。

 明王院は鎌倉幕府第4代将軍、藤原頼経が1235(嘉禎元)年、幕府の鬼門の方角にあたる十二所に建立した。鬼門除(よ)けの祈願寺として、本堂には五大明王が祀(まつ)られている。

 不動明王を囲むように降三世(ごうざんぜ)明王、軍荼利(ぐんだり)明王、大威徳(だいいとく)明王、金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王。公式サイトには《国難を救いたい、どうしても叶(かな)えたい願い事があるなどの特に強い御祈願をするときには、五大明王の前で護摩法要を修して御祈願をいたします》と説明されている。

明王院の不動明王東日本大震災翌年の2012年4月、国の重要文化財に指定されている。鶴岡八幡宮境内にある鎌倉国宝館から出展依頼があり、明王院では「世情不安定なときこそお参りがしやすいように、出開帳というものがある」と依頼を受けた。その展示を文化庁の担当者が見に来たことが指定のきっかけになったという。

 2年前には、ほぼ1年がかりで修復が行われた。剥落した小片もすべて集め、欠落したピースを埋めていくようにして創建当初のお姿が再現された。

 特別許可を得て、本堂で撮影した鋭い眼光と峻厳(しゅんげん)な表情を見ていただこう。右手に利剣(りけん)、左手には羂索(けんさく)。叱られているようにも思えてくるが、これはわれわれ凡人の煩悩を断ち切り、一人残らず救い出すための剣であり綱なのだという。

 最後になりましたが、月一回のゆっくりした連載を長い間、ご愛読いただきありがとうございました。いまはゴールにたどりついた長距離走者のごとく、大地に崩れ落ち、息も絶え絶えの心境ですが、いつかまた鎌倉という町のどこかでお会いしましょう。