4364 ピオット博士、エボラを語る エイズと社会ウエブ版161

 

 国連合同エイズ計画(UNAIDS)の前事務局長で、エボラウイルスの発見者の一人でもあるピーター・ピオット博士(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長)が30日、東京・赤坂のアークヒルズで開かれた公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)のメディアセミナー「エボラ出血熱やその他の感染症への対応と新薬開発の課題」に出席し、講演と記者会見を行いました。講演はエボラだけに限定された内容ではありませんが、記者からの質問は時節柄、エボラの流行に集中していました。ここでもエボラにしぼり、報告します。

 

 ピオット博士は、1976年にザイール(現コンゴ民主共和国)で最初のエボラ出血熱の流行が発生した際、当時はまだ原因も分からなかった謎の病気を解明するため、最初に現地調査を行った感染症医であり、その後もザイールやケニアでエイズ対策に取り組むなど、アフリカの感染症対策に長く携わってきました。そのピオット博士から見ても今回は「これほど劇的な流行の拡大は予期できなかった」ということです。また、その拡大の原因については、内戦の影響で流行国の保健基盤が脆弱化し「医師の数は国民10万人あたり1人以下」という状態だったこと、国際社会の支援も初期対応段階で大きく遅れたことなどを上げています。

 

 一方、米国や日本の国内における反応については「エボラではなく、マスヒステリアのエピデミックが広がった」と指摘するとともに、正確な情報を伝えるマスメディアの役割を重視し、「日本にとってエボラはジェネラルポピュレーション(社会一般の人々)に対する脅威ではない。ただし、保健医療従事者にとっては脅威になるので、十分な対応をとれるようトレーニングを行ういい機会だ」と語っています。

 

 さらに「エイズ対策の教訓は、エボラの流行にも生かせるのか」という少々、ムチャ振り気味の一部質問にも誠実に答え、ディナイアル(拒絶)やスティグマ(烙印、偏見)への対処、治療薬開発に伴う医療アクセスの確保などの重要性を指摘していました。

 

 以下、会見に関する私のメモを紹介しておきます。もともとメモを取るのが遅く、注意は散漫、聞き逃しはしょっちゅうという情けない記者なので、かなり飛び飛びで、不正確な部分もあると思います。あくまで参考としてお読みください。

 

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 エボラ出血熱1976年の最初の流行以来38年間で25回あったが、今回の西アフリカのギニア、リベリアシエラレオネ3カ国の流行を除けばすべて数カ月以内に封じ込められている。

 

 今回の流行は昨年12月にスタートしているが世界保健機関WHO)が報告したのは今年3月だった。さらにWHOが緊急事態を宣言したのはその5カ月後だった。これほど劇的な流行の拡大は予期できなかった。リビアシエラレオネでは内戦状態で保健基盤が崩壊し、医師の数が国民10万人あたり1人以下という状態だった。そうした保健基盤の脆弱さがこれほどの拡大を許すことになった。

 

 セネガル、ナイジェリア、さらに西アフリカとは別の流行ではあるがコンゴ民主共和国などでは、感染者の隔離治療、接触者追跡調査、隔離もしくは行動確認といった基本的な手法の対策で封じ込めに成功している。

 

 流行国では、医療に対する信頼性の欠如、初期対応の遅れが流行拡大を招くことになった。死者は5000人を超えたと発表されているが、今回の流行では過去38年間にエボラで死んだ人の合計とほぼ同数の人がすでに亡くなったことになる。

 

《今後の対応は》

 第一のメッセージは、迅速に対応するということだ。そうすれば封じ込める。過剰な対応よりも、対応が遅れることの方が問題になる。

 

 日本には次の2点を求めたい。

(1)  流行国の拡大を止めるための国際的な取り組みに貢献してほしい。流行しているところを抑えることが、国内での感染防止の観点からも最大の対策になる。

(2)  医療従事者が準備をする。まず、患者には先月、どこにいましたかと尋ねる。

 

《マスメディアの情報提供のあり方は》

 先進国では、エボラのエピデミックではなく、メディアによるマスヒステリアのエピデミックが広がった。しかし、情報提供ではメディアは非常に大きな役割を担っている。保健課題についてはぜひ、正確な情報を伝えてほしい。日本にとってエボラはジェネラルポピュレーション(社会一般の人々)に対する脅威ではない。ただし、保健医療従事者にとっては脅威になるので、十分な対応をとれるようトレーニングを行ういい機会だ。

 

 流行国の治療センターでは、防護衣を脱ぐときに一番、感染の危険がある。防護衣の着用による暑く不快な状況での治療や介護の後なので、きちんと手順を守れるよう、手順通りに脱いでいるか誰かが必ず監督する役で立ち会うようにしている。

 

エイズの流行から得た経験はエボラ対策にも生かされているのか》

 エイズもエボラも治療のない状態でアウトブレークが起きた。相違点はHIVの方がはるかに潜伏期間は長いことだ(注:これは大きな感染拡大要因で、HIV感染の流行がパンデミックに拡大してしまったのもこのためだ)。

 

 西アフリカにおけるエボラのアウトブレークには、人々の間にディナイアル(拒絶)の感情があり、それが対応を遅らせることにもなった。(注:エイズの流行の初期もそうだった)

 

 スティグマ(烙印、偏見)への対処も重要だ。HIVでは性行動に関するスティグマがあった。現在のエボラのスティグマは恐怖心からきている。流行国では、エボラから回復した人、その家族などが社会的に忌避される傾向も見られた。そうではなく、回復した人は、積極的に雇用し、死者の埋葬や患者のケアなどで貢献してもらえるようにしてほしい。

 

 大きなターニングポイントは治療薬の開発だ。HIV/エイズに関しては1996年に抗レトロウイルスの多剤併用療法の効果が報告された。しかし、その治療法が途上国にまで普及するには10年かかった。治療へのアクセスの確保も重要だ。

 

8月以降、国際的な支援の動きが本格化した。その結果、流行国の状況は少しずつでも好転しつつあるのではないか》

 地域差があるようだ。シエラレオネではまだ悪化していると伝えられている。リベリアでは一部で新規感染が減って来た。地域社会で信頼されている伝統的なリーダーがコミュニティに予防行動を呼びかけることが重要だ。

 

 致死的な感染症の流行には、3つのフェーズがある。

 1 ディナイアル(拒絶) そんな病気は流行していないと目を背ける

 2 ブレーム・アザーズ(他者非難) 悪者を探す

 3 現実を受け入れ、対策に取り組む

 希望的観測としては、クリスマスまでに、減少がはじまってほしい。ただし、注意しなければいけないのは、エボラの場合、感染した人が一人もいなくなるまで、流行が終わったとは言えないことだ。感染している人が1人でも、そこから流行が再燃することはありうる。最後の一人まできちんと治療を提供して、気をゆるめずに対応することが大切だ。