ピーター・ピオット著『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』堂々刊行 エイズと社会ウェブ版372

 すでに全国の書店の店頭でもご覧いただけるようになっていますが、ピーター・ピオット博士の新著『エイズは終わっていない 科学と政治をつなぐ9つの視点』が本日220日、発売となりました。

 

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 ピオットさんは国連合同エイズ計画(UNAIDS)の初代事務局長として世界のHIV/エイズ対策をけん引してこられた方であり、この本を読まなければ現在のHIV/エイズ対策もまた、論じることはできない。訳者としては、売れてほしいとあからさまには言わないまでも、できるだけ多くの人に読んでほしいと切に思う次第であります。

ピオット博士の日本語訳の著書としては、『ノー・タイム・トゥ・ルーズ エボラとエイズと国際政治』(20153月刊行)に次いで2冊目ですね。翻訳は不肖・私が、樽井正義慶応義塾大学名誉教授とともに担当しました。

前著の刊行から4年もかかったのか・・・感慨もひとしおであります。なぜ、そんなに時間がかかったのかという言い訳も含め、本書の背景を少し説明しておきます。

書店でお求めのうえ(ぜひ)、序章をお読みいただければ書いてあることですが、この本は2009年から2010年にかけて、博士がパリのコレージュ・ド・フランスという国立の特別高等教育機関で行った10回の講義がもとになっています。このため最初は2011年にフランス語で出版され、さらに2015年には英語版(AIDS between Science and Politics)が刊行されています。さらにそれを日本語に訳したのが本書というわけですね。

ひと言で「日本語に訳す」とさらりと言ってしまうと、何で4年もかかるのと思われるかもしれません。思うでしょ、でもね(とここで少々、愚痴が入ります)。

HIV/エイズの流行というのは、現在進行形の世界史的現象であります。流行はいまも刻々と変化を続け、対策もそれに合わせて進化しています。

おまけにUNAIDSが発表している世界のデータは、その流行の現実に肉薄する努力を続けているため毎年、更新されます。それも新しい年のデータが加わるだけならいいのだけど、毎年毎年、過去のデータにさかのぼって更新していくという恐るべき努力を続けています。

ま、その努力は多とするものの、本の翻訳を担当している身にとってはたまったもんじゃないわね。1年ぐらいかけて何とか訳したと思ったら、「あ、そのデータはもう、古いよ」と言われてしまう。勘弁してよと思いつつ、できる限り最新のデータを反映させ、対策についても最も新しい認識に基づいて考えようということで、その都度、ピオット博士に問い合わせて、更新の作業を同時並行的に進めていく。この・・・まあ、何と言いますか、芯の疲れる作業はほとんど樽井さんにお願いしたのですが、私などは脇でみているだけで、くたくたでした。

そのような事情なので、データはできるだけ新しいものに差し替えていますが、差し替え切れていないものもあります。それでも、よくここまでアップデートしたと個人的にはピーターと樽井さんの労力に敬意を表したいと思います。

そして、そうした前提の上に立って、ここではあえて本書の価値とピーターの洞察力の深さを強調したい。ピーターが最初にコレージュ・ド・フランスで講義を行ったのは10年前です。UNAIDSの事務局長を退任したすぐ後ですね。

その後、治療の進歩を反映してHIV/エイズ対策の考え方も変化し、治療が進歩したのだから、医療的な対応で何とかなるのではないかといった楽観的な気分が広がった時期もありました。そうでもしないとUNAIDSはいつまで何やっているんだ・・・などとムチャを言う人もいるので、あえて希望の側面を強調したという経緯もあるかもしれません。

とくにMDGsからSDGsに移行する201516年前後には「2030年のエイズ流行終息」といった強めのスローガンを掲げて運動しないと「エイズはある程度、うまくいったのだからもういいだろう」といった気分が広がり、SDGsから外されてしまうのではないかという危機感もありました。

ただし、最近は「どうもそう簡単にはいかないぞ」という反省の声が強くなっています。科学と政治の微妙な関係を見据えて本書で展開される9つの視点は、その意味でもいま、ぜひお読みいただきたい内容です。10年の変遷を経て、ピーターのぶれない視点には舌を巻く思いですね。書店で本書を見かけたら、ぜひ手に取っていただき、少しは立ち読みをして、やっぱり買おうと思われる方がいらっしゃるようでしたら、訳者の一人としても望外の幸せであります。