『エボラとHIV:長期にわたる行動変容はどのようにして可能か』 エイズと社会ウエブ版178

 少々、ムリムリ感はありますが、いまHIVについて語るには、まずエボラの話から切り出さなければならない。これは日本だけの事情ではないようですね。人道分野の報道や論評を幅広く取り上げる国際的なネットメディアIRIN(地域情報統合ネットワーク)のHIV/エイズ関連サイトPlus Newsに久々に記事が掲載されたと思ったら、タイトルは『エボラとHIV:長期にわたる行動変容はどのようにして可能か』となっていました。

http://www.irinnews.org/report/101260/ebola-and-hiv-how-to-change-behaviour-for-the-long-term

 

HIV対策の経験をエボラの啓発キャンペーンにも生かそうという趣旨の記事ですが、どっちつかずの印象があるのは、この時期の苦しさでしょうか。しかし、いくつかの点で記事の中には非常に興味深い指摘が含まれています。気が付いた分を箇条書きにしてみましょう。

 

1 リベリアでは、エボラの流行終結を確認する条件である連続42日間症例報告ゼロの実現も間近だが、かりにその条件が満たされてもWHOはすぐに終結を宣言はしないだろう。

2 そう言っているそばから(記事掲載の直後に)リベリアで新規症例が1例確認された。

3 南アフリカでは25年以上もHIV/エイズ啓発キャンペーンを積み重ねてきたにもかかわらず、HIVの性感染や予防について正確に認識している人は27%しかいない。

4 南アフリカですら、HIV予防を呼びかける看板もポスターもほとんど見かけなくなり、10年前ならあふれるほどあったメディアによるHIV/エイズ啓発キャンペーンも影をひそめている。

5 その理由の一つは、治療の普及で流行は終結させられるといった誤解があまりにも強調されすぎているためだ。

 

 5番目の「誤解」の部分には私の主観がかなり入っていますが、英文の記事ではbelief(信仰)です。まあ、信仰でも信念でもいいけど、とにかくこの部分は太字にして、ぴかぴかとハイライトで強調したいくらい困った状況が世界中の医療の専門家とされる人たちを中心にあり、それがHIV/エイズに対する社会的な関心の喪失を招く遠因になっているということでしょう。治療の進歩も、その普及がもたらす予防対策上の効果も、もちろん重要ですが、それだけでエイズの流行が終結するかのような幻想は振りまくべきではない。さまざまな手段を組み合わせて、その相乗効果でなんとか流行を縮小に転じさせていかなければならない。いまはそんな時期です。はしゃいでいる場合ではありません。短い記事の紹介なのに、前置きが長くなりましたが、いい加減さでは定評のある私のような一介のロートル記者が、高名かつ有能かつ社会的地位も高いであろう医療関係の皆さんにこんな悪態をつかなければならないという世界の現実も、かなりつらいといえばつらいものがあります。以下、Plus Newsの記事の日本語仮訳です。

 

    ◇

 

エボラとHIV:長期にわたる行動変容はどのようにして可能か

 By Obinna Anyadike, Editor-at-Large

 

2015年3月20日 ナイロビ(IRIN) リベリアでは過去3週間、新規のエボラ症例は報告されていないが、まだウイルスを排除したというには時期尚早だ。リベリア国境は穴だらけだし、近隣では流行発生にうまく対応しているとは言えない。

 

[この記事の発表後、リベリアでは3月20日にエボラの新規症例が確認されたことが発表された]

 

 リベリアがエボラ-フリーを宣言するには新規症例の報告が連続42日間ないことが条件になる。しかし、その条件が達成されたとしても、世界保健機関(WHO)がただちに終息を宣言することはないだろう。WHO報道官のマーガレット・ハリスはそう語っている。

 

 「サーベイランス(流行監視)システムはきちんとしているし、現時点でリベリアにエボラ症例がないということは確信できます。しかし、国境沿いではいまも患者発生のリスクを大きく抱えているのです」と彼女はIRINに語った。

 

 ギニアシエラレオネのエボラとの闘いは後退を余儀なくされている。最近になって再び患者発生が続いているのだ。リベリアにおけるエボラ対策のアドバイスも完全に守られているわけではない。たとえば、葬儀のための遺体の搬送などはいまなお行われているとハリスは言う。

 

 とはいえ、危機の終結が宣言される日がいずれ来るとして、そのときには予防に関して今回の経験からなにを引き出すのか。地球規模のHIVキャンペーンに匹敵するようなモデルがあるのだろうか。

 

 

もうひとつの流行

 抗レトロウイルス(ARV)治療はエイズの恐怖を大きく減殺したものの、それでも2013年現在、世界で年間210万人が新規にHIVに感染している。南アフリカHIV陽性率12%という重荷を背負っている。南アフリカ人間科学研究評議会(HSRC)の統計では、2012年には46万9000人が新規にHIVに感染しているのだ。

 

 25年を超えるHIV啓発キャンペーンにもかかわらず、HSRCの調査では2012年時点でHIVの性感染と予防に関して正確な知識を持っている人は27%にとどまっている。そして性的に活発な年齢層の男女のコンドーム使用率は、3分の1強にまで落ち込んでいる。

 

HIV予防のお題目は簡潔なものだ。ABC―abstain(禁欲)、be fsithful(相手は一人)、use condom(コンドーム使用)である。しかし、「治療が広く受けられるようになって、ゲームのルールが変わった」とHSRC主任調査官のリークネス・シムバイはIRINに語った。「[予防の]看板もポスターもほとんど見かけなくなった。10年前ならあふれるほどあったメディアによるHIV/エイズキャンペーンなど言うまでもない」

 

 「その理由の一つは、治療によって流行を終わらせることができると確信するようなバイオメディカル(生体医学)信奉者の解決策があまりにも強調されすぎていることです」と彼は言う。「基本に立ち返りABCに着目する必要があると指摘したい」

 

 HIVでもエボラでも、公衆衛生キャンペーンは、感染予防策と疾病治療が受けられる状態を整え、スティグマと闘い、うわさや誤解には反論していくといった作業を組み合わせて進められてきた。

 

「人々が日常生活で使っている言語により、受け手が信頼している人から、明確で、正確な情報を届ける必要がある。そして基本的な資金さえ提供されれば、人々はアドバイスに従って行動するようになる。HIVのときと同じように、エボラに関しても人々は病原体がどのように感染し、どのようなことでは感染しないか、自分自身を感染から守るにはどうしたらいいのかといったことを知る必要があった。教育がエボラの拡大を止める最良のワクチンである」とコンサーン・ワールドワイドの世界HIV/エイズ・プログラム顧問、ブレダ・ガハンは書いている。

 

 

理解を増すために

 だが、西アフリカ諸国の保健当局は緊急事態の初期において、自らの信頼性を損なうようなメッセージを掲げて闘わなければならなかった。どうしても伝統的な慣行の中の感染リスクが高い行動を変えることに焦点を当てる必要があったからだ。それは社会的な条件やコミュニティの信仰のシステムを無視するかたちの説得になってしまった。医学雑誌ランセットの人類学的に見たエボラ対策という記事はそう指摘している。

 

 「WHOは人々がなぜそのような行動を取るのかを理解するように努めなければならなかった。それは極めて難しい作業です」とハリスは言う。「行動を変えるにはどんなメッセージが必要なのかを理解するため、私たちはこうした技術を持つ人を積極的に採用しました」

 

 行動変容には「コミュニティからの調達が必要」であり、「人々がなにを優先させているか」を理解する必要があるとシムバイは指摘する。昔のトップダウン方式では人々は受け身で情報に接するだけになってしまうからだ。

 

 「大多数の人はHIVが最も大きな関心事というわけではないことが分かりました。毎日の食事や家の屋根の補修の方が大事なのです。関心事項トップ10のうち、HIVは5位か6位です」とシムバイは指摘する。したがって、HIVの感染拡大要因のいくつかは「社会保障や少女の通学保障など他の構造的な対策と同時に」基本的な脆弱性を解消していくかたちで対応していく必要があることが明らかになった。

 

 こうした工夫は、メッセージの陳腐化を回避し、持続的に伝えていくことを可能にするので、エボラ予防のキャンペーンにも生かせるはずだ。「エボラの感染拡大を促す行動を避けるよう人々に呼びかけるには、社会的に受け入れ可能で、同時に疫学的にも適切な行動変容を実現できるよう地元で話し合いながら合意を形成していく必要がある」とランセットの記事は主張している。

 

 

 

 

Ebola and HIV: how to change behaviour for the long term

By Obinna Anyadike, Editor-at-Large

 

NAIROBI, 20 March 2015 (IRIN) - There have been no new Ebola infections in Liberia in the past three weeks, but it’s still far too early to say the virus has been defeated – Liberia’s borders are porous and its neighbours have been less successful in taming their outbreaks.

 

[After this article was published an Ebola case was confirmed in Liberia on 20 March]

 

For Liberia to be deemed Ebola-free, there must be no new cases over 42 consecutive days. But even with that goal achieved, the World Health Organization (WHO) is unlikely to immediately declare the crisis over, said WHO spokesperson Margaret Harris.

 

“We have good surveillance, we’re pretty convinced we don’t have cases at the moment in Liberia, but they are so at risk from the outbreaks still going on along the borders,” she told IRIN.

 

Guinea and Sierra Leone have suffered setbacks in their fight against Ebola, with a recent spate of cases in both countries. And compliance by Liberians with Ebola advice has not been total; high-risk activities such as the transportation of the dead for funerals is still occurring, said Harris.

 

But when the day does come and the crisis is declared over, how can prevention lessons be made to stick? Are there models to emulate from the global HIV campaign?

 

The other epidemic

 

Antiretroviral (ARV) treatment has reduced the fear of AIDS, but there were 2.1 million new HIV infections globally in 2013. South Africa bears the bulk of the burden with a prevalence rate of 12 percent. Data from South Africa’s Human Sciences Research Council (HSRC) indicates that 469,000 new HIV infections occurred in 2012.

 

Despite more than 25 years of HIV awareness campaigns, the HSRC survey found only 27 percent of South Africans had accurate knowledge about sexual transmission and prevention of HIV in 2012, and condom use had fallen to just over one-third of sexually active men and women.

 

The HIV prevention mantra was the simple ABC – abstain, be faithful and use condoms. But “the ball game has changed with the widespread availability of treatment”, Leickness Simbayi, a lead investigator at HSRC, told IRIN. “You hardly see any [prevention] billboards or posters, let alone media-based HIV/AIDS campaigns which were abundant over a decade ago.

 

“This is partly because of the over-emphasis on biomedical solutions, including the belief that we can treat ourselves out of the epidemic,” he said. “I’d like to see us go back to the basics and highlight ABC.”

 

Both the HIV and Ebola public health campaigns have had to make the complex science of infection and disease control accessible, tackle stigma and counter rumour and misinformation.

 

“People need clear, accurate information in their own language, delivered by people who they trust and believe in; then they can act on advice given if basic resources are provided. Just as with HIV, people need to know how Ebola is transmitted, how it is not transmitted and how they can protect themselves. Education is the best vaccine to stop the spread of Ebola,” wrote Breda Gahan, global HIV/AIDS programme adviser with Concern Worldwide.

 

Better understanding

 

But health authorities in West Africa struggled with the messaging at the beginning of the emergency – which undermined their credibility. Essentially the approach has focused on changing risky behaviour related to “traditional” practices, and in so doing has ignored the social context and belief systems of the communities they are trying to persuade, according to an article in the medical journal The Lancet by the Ebola Response Anthropology Platform.

 

“WHO is going to have to get a lot better at understanding the decisions people make, and that’s really the hard part,” said Harris. “We are actively recruiting people with these skills so we can understand the message to action better.”

 

Behaviour change “requires buy-in from the community” and recognising “people’s priorities”, said Simbayi - a far cry from old “top-down” approaches that treated the audience as passive recipients of information.

 

“We found that for the majority of the population, HIV was not their number one concern. Getting food on the table and a roof over their heads was. Out of the top 10, HIV was fifth or sixth,” Simbayi noted. Some of the drivers of HIV could therefore be addressed “simultaneously with other structural interventions, such as social grants, or keeping girls in school”, tackling the roots of vulnerability.

 

That creativity could be applied to the Ebola prevention campaign, to keep it relevant and avoid message fatigue. “Those tasked with asking people to change practices and activities associated with Ebola transmission should be allowed the time and flexibility to negotiate mutually agreed changes that are locally practical, socially acceptable, as well as epidemiologically appropriate,” the Lancet article argued.