「誰」に「何」を伝えるのか U=Uをどう受け止めるか3

 日本HIV陽性者ネットワークJaNP+の高久陽介代表は第34回日本エイズ学会学術集会・総会のシンポジウムで「私たちHIV陽性者にとってU=Uとは」と題して報告を行った。Futures Japanが実施した第2回 HIV陽性者のためのウェブ調査(2016年12月25日~2017年7月25日)の結果によると「ウイルス量を検出限界以下に維持することで、HIVを他に感染させる可能性がほとんどゼロになることを知っていますか?」という質問への回答は次のようになっていたという。

 「よく知っている」「まあ知っている」が合わせて85%。「あまり知らない」「全く知らない」は15%。程度の差はあれHIV陽性者の8割以上が抗レトロウイルス治療の感染予防効果を認識していた。( https://survey.futures-japan.jp/doc/summary_2nd_all.pdf 『調査結果サマリー 9.健康管理・日常生活について』から)

 一方で、厚労省研究班が2017年度に行ったゲイ向け出会い系アプリ利用者へのウェブ調査では「セックスの相手がHIV感染している場合でも、感染に気づき治療を継続している場合には、感染の可能性は非常に低くなる」という質問に対し、「正解」とする回答が43%。国内の一般住民を対象にした2018年の内閣府調査では同様の質問に「正解」と答えた人は33%だったという。

 つまり、U=UまたはT as P(予防としての治療)に対する認識は対象層によって大きく異なり、HIV陽性者にとっては、U=Uが「差別の問題を解決するキーワードになる」と言われてもピンとこないと高久さんは指摘する。HIV感染を他の人に伝えるかどうか悩んでいるときに「私たちは分かっていても、相手もそうだとは限らない」と感じてしまうからだ。

 同じくFutures Japanの第2回調査では、自らのHIV感染を伝えたところ「あなたがいけないんでしょと言われたことがある」「伝えた途端に物理的距離を置かれた経験がある」「言わなければよかったと思うことばかりだった」といった回答がほぼ半数を占めていた。HIV陽性者にとって感染を明らかにして受け入れられるかどうかは、ほぼ半々の可能性に賭けることになり、そうした賭けに出るわけにはいかないとの感覚も強いという。

 一方で、U=UがHIV陽性者のメンタルの改善、QOLの改善という点で大きな意義があるとして、高久さんは医療従事者に対し「まだまだ知らないHIV陽性者もいるので、通院先で積極的な情報提供をお願いしたい」と望んでいる。HIVの感染源になるかもしれない、あるいは感染源として扱われるのではないかという不安を克服するうえで、HIV陽性者が知識、情報としてU=Uを知ることには極めて大きな意味があるからだ。

 

 少し話が錯綜してくるが、HIVをめぐる差別やスティグマに関しては同時に「U=Uだから差別しない」ということでいいのかという問題もある。「そもそも日本ではU=U以前に基本的な知識すらアップデートされていない。U=Uだから差別しないのか?そういう戦略・戦術としてU=Uを使わないでほしい」と高久さんはいう。

 たとえば、職場でHIV陽性者と一緒に仕事をするといったレベルの不安はU=U以前にすでに根拠がない。そもそも論として、U=Uに関する確信が持てなかった時代から、ほぼすべての生活においてHIVの感染を理由に差別されるいわれはなかった。

 U=Uが示したのは、治療により性行為でも感染しない状態になるということであり、「セックスをする場面で私たちが安心できるとか、拒絶されないといったところには意味があると思うが、それ以外の就労とか、医療現場での診療拒否といったようなことには関係ない。そこは明確にしておきたい」と高久さんは強調している。

 

 また、金子さんの発表でも話題になったコンドーム使用への影響に関しては、これもFutures Japanの調査結果をもとに「セックスに関するHIV陽性者の本音」が示された。

 ・コンドームなしのセックスの方が好きだ。60.5%

 ・セックスのためにきちんと治療薬を飲もうと思う。78.8%

 ・自分がHIV以外の性感染症に罹るのではないかと心配。68.7%

 つまり、HIV陽性者に対しコンドーム使用というセーファーセックスの呼びかけを繰り返すだけでは効果は限定されるが、自らのセクシャルヘルスの観点を活かせば高い効果が期待できるということだろう。コンドームを「使わせる」という管理的な発想で感染をコントロールしようと考えるよりは、使う人のリテラシーの高さを生かす方が、健康的なリスクコミュニケーションになると高久さんはそう指摘している。

 やや飛躍があるかもしれないが、HIVやセクシャルヘルスに関するこうした指摘は、実はHIV対策としてだけでなく、いま直面している新型コロナウイルス感染症COVID-19の流行に社会(およびそれを構成する組織や個人)が対応するうえでも重要な示唆に富むものではないかと個人的には思う。また少し脱線しましたね。すいません。

 

 報告の最後で、日本におけるU=Uの情報発信について、高久さんは「していった方がいいに決まっているのだが」と前置きしたうえで、「誰」に「何」を伝えるのかという視点からまとめを行っている。

HIV陽性者にとって】 知って損することは一つもない。医療機関で積極的にU=U・性感染症の情報提供を進めてほしい。

【MSM(男性とセックスをする男性)にとって】 予防の選択肢を増やし、安心して検査を受けられる助けになるように多面的なU=Uのメッセージを伝える(選択肢の一つであることには常に留意し、コンドームの代替でもなく、コンドームをしなくていいということでもないことは明確にする)。

【一般住民にとって】 基本的な知識の普及を進めていく努力の中にU=Uを含めていく(基本的な知識としてU=Uが共有できるようする)。

 

 またしても蛇足になるが、U=Uに対する賛否や是非論にとどまることなく、その知識を必要とする人にどうすれば必要な情報として伝えることができるのか。そのための議論と努力を継続的に積み重ねていかなければならない。つまり、使えるものは、うまく使おう。そのことが説得力をもって伝わるシンポジウムだったように思う(すいません白熱のディスカッションは割愛します、あっちっち)。

 いまは、コロナで世の中が浮足立っており、U=Uにはあまり関心が向かないだろう。その程度のことは世事に疎い私もさすがに百も承知ではあるが、当ブログではそれでもなお(・・・というか実は「それだからこそ」なんだけど)、U=Uという情報がもたらす可能性と限界について分かりやすく、整理して伝えられるようシンポから引き継ぐべき課題は折に触れて取り上げていきたいとひそかに考えている。

 

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 なお、高久さんが代表を務めるJaNP+は、ニュースレター第40号(2019年7月)の巻頭でU=Uを特集している。3ページには『U=Uの知見を日本で活かすには』という高久代表のコラムも掲載されているので、あわせて紹介しておこう。PDF版はこちらで。 

https://www.janpplus.jp/uploads/NL_vol40_web.pdf